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くらうん《リライト前》  作者: 永ノ月
3章 影の戦線編
22/38

TARGET19 誰かのために

2年1組 城島 忍

一年前からGSOの保護下にある少年で、能力は《読心ウィスパー

本人に会ったことのある人間はほとんどいないため、彼の素性を知る者は同じくである。

目覚めたのは高校入学と同時、そして不登校となった。まず、彼を知る同級生から話を聞くことにした。


「すいません、見たことはあるんですが…話したことはなくて」

「そうですか…わざわざありがとうございました」

生徒の一人が、申し訳なさそうに生徒会室をあとにする。

客席用のソファにもたれかかった梓弓先輩は、深い溜息をついた。

「はぁ…なかなか城島の知人はいないな、まったく!もっと他人と話しなさいよ!」

「梓弓先輩、それは怒っても仕方ないと思うのですが…」

苦笑する結衣は、紅茶の入ったカップを差し出す。

「わかってる、けど…」


それも仕方ない。かれこれ聞き込み始めてから16人、皆が皆城島を詳しく知らないと言って帰っていった。

すべてを担当していた梓弓には、相当な負担がかかっているだろう。

「やっぱり私が変わりますよ!後は任せてください!」

梓弓先輩の肩を掴んで、ずいっと顔を寄せた。

「に、二条さん?近いです…」

「あらアーちゃん、私より二条さんの方をとってしまうの?」

「違いますよ会長!からかわないでください!!」

「じゃあ私がアーちゃんを奪っちゃおっかな〜」

「どこの百合劇場ですかここは」


書類を片手に、八束先輩が女だらけの部屋へ乗り込んできた。

「おかえり八束くん。どうだった?」

八束先輩は、持った紙を皆に見えるように掲げ、ひらひらと揺らしてみせた。

「やっぱり、先生に聞いて住所を聞くのが一番早いかと思いまして。同学年同性の友達という設定で、彼の家に訪問しようと思います」

『おぉーっ!』

皆が一斉に拍手し、彼の仕事ぶりを称える。

「行動力あるな、見直したよ!」

「さすがは八八コンビの片割れですね!!」

「二条はそろそろ、それ定着させようとするの止めようか」


しつこいのを振り切って、会長席に座る愛先輩のもとへ歩を進める。

「これから行ってきます」

「ありがとうございます、八束くん」

その光景を見ていた梓弓先輩は、耐えきれないというように、勢いよく立ち上がる。

「わっ…たしも行きます!副会長として仕事を果たすために、八束に同行します!」

「あら?」

愛先輩はどこか嬉しそうに笑い、梓弓先輩を見つめた。

「ちょ、ついてくんなよ!忍くんが緊張したらどうすんだよ!」

「そ、それは…」

「いいではないですか、連れていってください。八束くん」

「会長…」

やはり愛先輩の押しに負けたのか、梓弓先輩へ視線を向け、ついてこいと目配せして、部屋を出た。

それに続いて梓弓先輩も、早足で退出した。


「…もしかして梓弓先輩って、まさかですか?」

結衣が目を緩めて、愛先輩へ視線を向ける。彼女も楽しそうに笑って、答えた。

「ええ、恐らく。私のカンもそう言ってるわ」

「えっえっどういうことですか?私にも分かるように説明してください!!」

まったく鈍い私はには、理解できなかったが…





鞄を片手に校門をくぐると、門前で隼人センパイが待っていた。暑そうにネクタイを緩め、襟をパタパタと仰いでいる。

「お待たせしました!」

「おせえよ、さっさと行くぞ」

「はーい!」


今日こうして2人で帰る理由は他でもない、道師さんからの呼び出しがかかったからである。隼人センパイが電話で話したらしく、内容ははぐらかされたらしい。

隠し事が嫌いな隼人センパイにはかなり嫌でしょうが、上司の呼び出しにはしっかり顔を出すようです。

「てっきり、上司の呼び出しとか無視してぶいぶいやる人かと思ってましたよ〜」

「バカにすんな」

「あぅっ!すぐ殴らないでください、身長が縮んじゃうじゃないですか!」

「どうせチビだからいいだろ…それに、俺は自分より強い奴の言うことしか聞かねえよ」


片手で肩を叩きながら言う、どうも最近肩がこってしまうらしく、よく見かける仕草である。

「ある意味さすがですね。ということは私、隼人センパイより強いから言うこと聞いてくれますよねってうぎゃァァァァァァ!」

隼人センパイは無言で、私の頭を鷲掴み徐々に力を強めてゆく。思わず死にかけの蝉のような悲鳴を発し、隼人センパイはそれに失笑する。

「うぅ…これだからドSは…」

「反応が面白い奴が悪いんだ」

「ふん!せっかく隼人センパイのためにマッサージの本を買ったというのに、その態度じゃしてあげませんよ!!」


心当たりがあったのか、隼人センパイは目を細め、こちらへ視線を移す。

「あれ、お前のだったのか?」

「はい。最近の隼人センパイはお疲れ気味だったので、もしよければと思いましたが…やっぱり無しですね」

「…」

隣を見ると、目を逸らしながらも、照れくさそうに後頭部を触る隼人センパイがいた。そして低く小さな声で、呟いた。

「…俺だけじゃなくて、瀬見さんにもしてやれよ」

「もちろんです♪」

嬉しそうに笑い、視線を前へ移す。





電車に揺られて数分、駅から徒歩5分ほどの東東京支部に足を踏み入れると、入口では弥生が出迎えた。

珍しく、長い白髪を後ろで束ね、かわいらしい耳を顕にしている。

こちらを見つけると、嬉しそうに笑い、手を振った。

「未来たそ、はーくん、お久しぶり!」

「お久しぶりです!ポニテ、可愛いですね!」

「キャー!未来たそ愛してるぅ〜♡」

「ふぐえっ?!」


いきなり抱きしめられ、苦しそうにもがく私を、隼人センパイはただ冷たい目で見てから、溜息混じりに口を開いた。

「さっさと用を済まさせてくれ、斬崎」

「ちぇっ、冷たいの〜」

私を腕で抱きしめたまま、引きずるように歩き出す。隼人センパイはその一歩後ろで歩く。

エレベーターで上がって最上階、道師さんの部屋へと案内された。


総合本部にある仕事的な空間とは打って変わって、そこには道師さんの私的な空間が広がっていた。

壁際の本棚には、この時代にはすっかり珍しくなった紙の本が連なり、見つめていると目が回りそうだ。

入口から真っ直ぐ進むと机があり、そこにもまた大量の、今度は書類が積まれていた。

その奥に、黒い頭が小さく揺れていた。


「アキラくーん!連れてきましたよ〜?」

「あ、ああ…ありがとう。二条と…誰だ?」

「ぶっ飛ばすぞ。寝てんじゃねえよ居眠り野郎が」

まだ開ききっていない目を擦り、腰を少し反らして伸びをする。

「いいか、私は今日で三徹目なんだ。不機嫌なんだ。私を怒らせるな」

「さ、三徹目…!」

狂気の沙汰に、私は肩を震わせた。

「だからといって付き合いの長い後輩を忘れんな」

「冗談だ。まずはこれをお前たちに渡す」

道師さんから手渡されたのは、数枚の書類。

冒頭には『渋谷第二高校襲撃事件 全容』私と隼人センパイは、思わず息を飲んだ。

犠牲者の中には、知っている名前があった。

真弓 レオナルド

「彼についてだが…二条、大丈夫か?」

道師さんが視線を向けられる。私は見つめ返し、黙って頷いた。


「奴はSと名乗る人間に操られていたと言っていたらしい、自宅を調査したが…既に手が回されていたようだ。中は荒らされて、手紙らしきものは一つとして残っていなかった」

Sという人間、この事件を操ったであろう犯人の影。

そしてページをめくると、紅白のカプセルの写真が貼られている。

「これは、隼人が服用するのを見たらしい。そして拾った敵能力者の衣服から出たのを研究班にまわした。下記がその結果だ」

「こ、これって…?」

「ああ、それは能力の強化をするとともに《精神世界の一部を破壊する》薬らしい。私が見た頃には、だいぶ人間離れしていたがな…」

「レオ…」


私は、退院から2日後に真実を伝えられた。

彼の本性、最期の姿、最期に残された言葉。泣き崩れる私を、隼人センパイは黙って、寄り添うように、黙って隣に立っていた。

その日の記憶が、脳裏に蘇る。

「その書類はあげよう、記憶の片隅にでも置いておいてくれ」

「…はい、ありがとうございました」

「隼人は、何かないか?」

黙っている隼人へ問うと、紙を見たまま言った。

「これ、お前が作ったのか?」

「ああ、そうだが」

「…ド下手くそだな、相変わらず」

「ちょっと隼人センパイ!それはひどいんじゃないですか!!」

隣で叫ぶ私を、道師さんは手で制した。


「自分でもそう思う。本当はいつも弥生にやってもらっているが…先日体調を崩してな、俺も少しは手伝わなくては、と思っただけだ。やはりパソコン仕事は私に向いていないことも再認識した」

「アキラくん…」

胸の前で両手を握る弥生に、道師さんは無愛想な表情を動かして、僅かに笑う。

「なんか、お前変わったな」

「それを言うなら、隼人はもう少し変わるべきだ」

それに隼人センパイは黙って、こちらへ視線を移した。瞳には涙が溜まっており、今にも泣き出しそうな顔をしている。


変わるべき、か…

「…悪かったよ、口が滑っただけだ」

「これから毒舌したら、私が殴りますからね?もう…」

「へいへい」


「そういえば二条、新人戦へ出ると言ったな。メンバーは?」

「はい!愛先輩、梓弓先輩、八束先輩と…城島先輩に出てもらいます!」

最後の一人に、道師は眉をひそませた。

「城島…忍か?」

「はい、そうですけど…」

「悪いことは言わない、彼は止めた方がいい」

予期せぬ一言に一瞬固まって、すぐに反論した。

「何でですか!条件は満たしてますよ!」

「そうではない。彼は、彼の能力は…強大で、悲惨な能力だ。そっとしといてやってほしい」

強大で…悲惨?

道師さんにそれほどまで言わせる彼の能力《読心ウィスパー》とは一体…?





帰り道、私はいつものように歩いていた。隼人センパイはいつも私の斜め前を歩いていた、でも今日は、隣を歩いていた。私の歩調に合わせていた。

「どうしたんですか!体調でも悪いんですか?!」

「あー…肩がこったよ」

こちらは見ずに、隼人センパイはそう言った。

「ホント、隼人先輩は素直じゃないですよね〜」

「うるせぇよ」

その声色は、少し弾んでいるように聞こえた。私は満足して、沈みゆく夕日をぼんやりと眺めながら歩いた。


「ただいまです!せみゆーさん!」

「おかえりなさいミキちゃん、隼人くん!ところでこの本、誰のですか?」

瀬見が手に持っているのは、例のマッサージ本。

「ああ、私のです!」

「そうなんすか、今日暇な時間に読んでたんですよ!だいたい覚えましたんでミキちゃん、全身マッサージしましょうかぁぁ?!」

明らかにその顔は善意ではなく、下心に満ちている。その証拠として、鼻の下は伸び伸びである。


「瀬見さんきめえ」

「この前も言いましたけど、自分隼人くんより年上ですからね?」

「どうせなら隼人センパイにやってあげてください、肩がこってるらしいので」

「えっ、おい未来…」

「いい機会っすね、体という体を揉みほぐしてあげますよ隼人くーーん…」

「ちょ、やめろ、マジで!」

ずるずると引きずられていく隼人センパイを不敵な笑みで見つめつつ、せみゆーさんに飲み込まれてゆく様を、指をさして笑いました。


「お前は絶対許さない」

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