TARGET14 HERO
GSO 東京総合本部
「なあ聞いたか?渋二で大規模なテロが起こったらしいぜ」
「マジかよ!俺ら出動しなくていいのか?」
「敵はほとんど片付いてて、道師支部長が出動したってよ」
「なーんだ、ならもう安心だな」
「ああ、なんてったって東京最強と呼び声高い《特級能力者》様だからな〜!」
☆
「さっきまでの威勢はどうした?!」
アプトは声を荒らげて、次々と結界をつくっては飛ばしてくる。
あの壁に押しつぶされたら、怪我どころでは済まない。
「大丈夫か、八束?!」
「余裕だよ。お前こそやばいんじゃないか?」
梓弓の心配に背き、八束は平然とした口調で返すが、その息は荒れている。
「全然余裕そうじゃないぞ…私は余裕だけどな…」
「へっ、お互い強がってどうすんだよ…俺の能力で逃げることもできるぞ?」
八束の提案に、梓弓は首を横に振った。
「私達の役目は、なるべく彼の注意を引くこと、あと少しすれば…援軍が!」
最後の気力を振り絞り、身体へムチを打って攻撃を躱す。
あと少し、あと少し…
「しまっ…!」
「八束!!」
ついに足がついてこなくなった、八束がよろめいて地面に崩れ落ちる。
そこへ慈悲の欠片もなく、薄赤色の壁が押し寄せる。それを梓弓が、素早く間に入り込み、受け止めた。
押しつぶされそうな八束を背に、結界の壁を必死に抑えた。
いくら身体強化とはいえ、身体はとっくに限界を超えていた。
徐々に結界は、梓弓を地面へと近づけた。
「バカ!お前も潰されちまうだろ!!」
「八束が潰されるのを見ているのなら、ここで一緒に潰された方がマシよ!!」
「はは、ハハハ…アーッハッハッハ!潰れろぉぉぉ!!」
「くっ…!!」
瞬間、重くのしかかっていた結界は、どこかへ消えて失くなった。
アプトを見ると、彼の腹部には赤い刃渡りの鎌が突き刺さり、手を震わせていた。
彼の後ろには、黒い髪に真っ白な肌を兼ね備えた不気味な男が佇んでいた。その立ち姿はまるで、死神。
「きっさま…もう援軍が…?」
「なんだ、お前はそこまで強くないな。もっと強いのを出せ」
鎌を引き抜くと、アプトは声も出さず、その場へ倒れた。
「道師様!」
梓弓は明るい声色で叫んだ。
道師は声の方向を見ると、僅かに笑ってみせた。
「ありがとう、八崎。そして…八束」
「お、覚えているんですか?もうだいぶ前に戦闘員を辞めたのに…」
「例え非戦闘員でも、この地に住まう能力者の顔と名前はすべて覚えている。支部長として当然の義務だ」
『その割には、だいぶ苦労してたけどね〜』
道師の握っていた鎌が、呑気な声をあげた。
「か、鎌が喋った?!」
すると、鎌は道師の手を離れ、ふわりと宙を回ると、一瞬で女性へ変わった。真っ白な髪を巻き上げて華麗に着地し、八束を見つめる。
「やあやあ、《武器化》の能力者にしてアキラくんの最強最高のパートナー、斬崎 弥生でーっす!」
「余計なことをするな。八崎、手練はどこだ?」
道師の目はなぜか好奇心が混じっており、うずうずとしているのが僅かに感じ取れた。
「えっと…あ、いない?!恐らく理事長のもとへ行ったかと!」
「よし分かった、いくぞ弥生」
「はいはーい!」
再び鎌へと変身し、道師の腕へ吸い込まれていった。それを八束は、呆然と見つめていた。
「驚いた…ペアにはあんな戦い方もあるのか…」
梓弓は座り込んで、答えた。
「あれをできるのは、道師様の技量と、斬崎さんの絶対的信頼があってこそだよ」
道師の決して大きくない背中は、今は最も頼れる影に見えた。
☆
「ショーン!…まさかアンタまで能力者だったとはな、しかも二条のパートナーときたか」
レオの言葉には目もくれず、青ざめる未来へ駆け寄る。
「とりあえず刺さってるのは抜いて、止血をする。痛てえけど少しだけ、我慢しろ」
「だい、じょうぶです…隼人センパイに、いつも…殴られてますから…」
未来は無理やり笑ってみせるが、俺は笑わなかった。
未来の手を握り、真剣な表情で見つめる。
「いくぞ…」
素早く剣を抜き、ワイシャツの袖を切って縛り、応急処置を済ませる。
未来は苦悶の表情こそ浮かべたが、悲鳴をあげることはなかった。本当に強い女だ。
「よく頑張った。あとは俺に任せて、ゆっくり寝てろ」
「そうさせて…もらいます…」
教室側の壁へ運び、寄りかかるように座らせる。ゆっくりと目を閉じるのを確認すると、立ち上がってレオを睨んだ。
「真弓 レオナルド、いや…レオナルド=ウェスカー。お前は重大なミスを犯した」
レオは答えず、ただ無言で構えた。
「この俺を…怒らせたことだ」
「相当自信があるんですね、先生」
「当然だ、俺は道師のヤロウより腕はたつぜ?」
「それは興味があるな、ぜひお手合わせを…」
しかしそれを手で制し、人差し指をたてて左右に振った。
「甘いな、今からやるのは…殺し合いだよ」
レオは不気味な笑顔を浮かべ、右手をゆっくりと開く。
「悪いが長期戦をするつもりはない!今すぐ死んでもらおう!」
無数の岩山は、同時に俺めがけて飛んできた。
「ふっ…甘えよ」
そう呟いた刹那、現れた岩山は、一瞬で砕け散っていた。
「な、何が起こった…?」
「お前とは見えている世界が違う、オトナの力ってやつを見せてやるよ」
そう言うと、彼の踏み込みと同時に一気にレオの前へ現れた。これも、ほんの一瞬きの世界であった。
「っ…なるほど、高速移動か。だがその手の攻撃など手馴れている!!」
向けられた拳を弾き、今度は岩となったレオの拳が襲いかかる。それを表情一つ変えず、素手で受け止める。
「そんなもんか?もう少し楽しませろよ」
神経がだんだん据わってゆく感覚を覚える、増してゆく集中力に、高揚感すら覚えた。
しかし少年は引くかない、彼には使命がある。
「国へ、世界へ能力者差別の撤廃を要求するため…俺は戦い、事を起こさなければいけない!」
「くだらねえな」
「なんだと…?」
夢見事のような、あまりにも幼稚な願望を耳にし、笑うにも値しない。そして大人げない俺は、その願望を一蹴する。
「小学生の七夕かよ。んなもん言ったって『はいそうですか』で終わるに決まっている。それに世界中に目をつけられるのはお前だ。それともなんだ?神のような僕様の言葉に、何十億といる人々が、全員従ってくれる、とでも思ってるのか?」
「なめるのもいい加減にしろ!」
レオが強く地面を蹴り、力のまま無数の岩山が、俺へ襲いかかる。
目の前、床、天井すべてから降り注ぐ岩山に、普通なら避けきれない。
きっとレオは、勝利を確信した。妙に余裕と迫力のある、強大な敵を。
例え高速移動とはいえ、これは避けることができないのだから…と。
しかし、それは検討違いでしかない。
しかし岩山は、無情にも空を切って互いを削り合った。
「なっ…?!」
レオの視界からあの男は消えていた。まるで泡のように影すら残さずに。
「どこだ?!」
「こっちだよ、後ろの注意薄すぎだろ」
振り返ると、ポケットへ両手を突っ込む青年が立っていた。まるで長い時間ここへいたかのように、ゆったりとした佇まい。
「バカな…隣を通った感覚はまるで無かったぞ…?」
「瞬間移動したんだよ」
「ハッ、そんなの虚言だ」
嘘だと分かっているけれど、彼の余裕の笑みに、押し切られてしまいそうな勢いがあった。
自身の額から汗が吹き出したことを感じ、ようやく自分が、目の前の男に恐怖していることが分かった。
「負けを認めれば、拘束で勘弁してやるぜ?」
「戯け…これは使いたくなかったが、お前を倒すために使ってやろう」
胸ポケットから取り出されたのは、紅白のカプセル。
ただの薬にはとても見えなかった、だがそのカプセルにはどんな効果があるのか、俺には検討がつかなかった。
「見ていろ…これで、これでお前のそのスカした面を恐怖で染めてやろう、そのあとに顔の皮を剥がしてその目を…」
ふと視線に、青ざめた顔で瞳を閉じた未来が映った。
関係はどうあれ、友人として認識してしまった未来を見つめると、自分の不甲斐なさに襲われた。それを振り払うように舌打ちし、手に握ったカプセルへ視線を移す。
それを俺は、目に焼き付けた。もう忘れないように、フォルム、大きさ。
そしてそのカプセルは、宙を舞ってレオの口へと吸い込まれた。
「…っぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
レオが叫んだかと思えば、今度は膝をつき、口を抑えている。口を押さえた掌からは、ドス黒い血がまとわりついている。その血は、ただの血には見えなかった。まるで呪われた魔女の危険な薬のような、禍々しい雰囲気が漂っている。
「…何だそれは」
ふらつきながらも、なんとか立ち上がったレオへ問うた。
「……能力者の、新しい扉だよ」
瞬間、俺の目の前へ、無数の針山の如く鋭い岩が、さっきとはまるで別次元のスピードで迫ってきた。それを冷静に、見つめる。
「…ったく、まーた報告書作んなきゃいけねえじゃねえか。めんどくせえ…」
言葉とともに、目の前の岩はひとつ残らず砕かれた。
そして血走ったレオの目は、笑っていた。俺はそれを見て目を細め、笑い返してみせた。
「これでイーブンだな、さあ、殺し合いを始めようぜ」




