TARGET11 奇襲返し
愛先輩が刺された。
その突然の出来事に、誰一人足を動かせずにいた。静寂の中、ポタポタと、赤い血が地面へと垂れ落ちる。
瞬間、梓弓先輩の能力が発動し、一気にレオまでの距離を詰める。
その表情は怒りに満ちていた。
「きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「殺気が無いですよ、八崎副会長」
愛先輩を突き放し、目にも止まらぬ梓弓先輩の足技を涼しい顔で掴むと、一回転して愛先輩の方向へ投げ返され、覆い被さるように倒れる。
「アーちゃん、大丈夫…?」
「私は問題ないです、それより愛さんは…!」
「私は…ちょっと無理ですかね…?」
刺された部分を抑えるが、出血により制服は血に滲む。
「レオ!」
呼ぶと同時、彼の目の前まで拳を振りかざす。が、レオは避けようともしなかった。
そしてやはり、私の拳は、目の前でピタリと止まった。
「なぜ、止めた?」
レオが冷たい声色で呟く。
「私は…私は信じられない。最初から敵だったの?じゃあ何で脱出に協力したの?」
「ギリギリまで、お前達の信用を得るためだ」
「今日3組で話してたのは…」
「テロの打ち合わせだ」
「ふざけないで!!あなたのオーラは…純粋で、真っ直ぐなオーラを纏っていたのに!!」
泣きわめくように甲高い声で叫ぶと、レオは鼻で笑った。
「とんだ節穴だったな、その能力は」
歯を食いしばり、もう拳一つ進めれば殴ることができる。
しかし私には、それができない。
「推測通りだ、どこまでも甘い…覚悟のない人間が戦場へ立つな」
レオの右手から、血のついたナイフが迫ってくるのが見える。
だが、反応が遅れて間に合わない…
「ぐっ…!!」
目を瞑り、痛みが襲ってくるのを待った。しかし、痛みは一向に襲ってこない。
ゆっくりと目を開け、状況を確認した。そして把握した。
刺されたのは私はではなく、割り込んで彼女の盾となった…
「雪原先輩…!」
「生意気な1年が!くたばりなさい!シンパ…」
瞬間、ふわりと何かが宙を舞い、地面に落ちた。
私は目の当たりにした、落ちたのは…雪原先輩の右腕。
「あっあああああああああ!」
「そっちだけで面白そうなことしてるのが悪いんだよ、俺達も混ぜてよ?」
はっと気がつくと、愛先輩のつくった白の壁は消え、先頭に立つ金髪長身の男が剣を抜き、雪原先輩がレオへ向けていた右手を切断した。
ということは、さっきの少年も!
振り返ると、少年は倒れ込む二人へ、ゆっくりと歩み寄っていた。
「さあ、お姉さん達。僕がじっくり痛ぶってあげるよ?」
じりじりと近づき、腰に携えた剣を抜く。
「死んじゃえ…つっ?!」
振りかざした剣は、何かに吹き飛ばされ、手に痺れを覚える。
「…あの女、この細い剣を正確に撃ち抜いただと?」
吹き飛ばされた剣には、ど真ん中に小さな穴が開けられている。
少年の鋭い視線が、銃を構える私へ当てられた。
「お前らはあとでいいよ、僕はあの赤髪…がっ?!」
突然、少年は腹を抑えて蹲ってしまった。
「ん〜、どうしたの?ショーンくん?」
ショーンと呼ばれた少年は、何とか顔を上げて答える。
「何者かに…殴られた感触が…」
「本当?誰かここに…おや?」
見渡すと、その場には敵と見られる人間達は忽然と姿を消していた。
雪原の右腕だけが、グラウンドへ佇んでいた。
「消えた?瞬間移動か?」
「そんなチート能力者なんてそうそういないよ。隠密ってとこかな…?」
長身の男は冷静に、その場を整理してみせると、長い髪の男へ向けて話す。
「じゃあ、アプト君はここにいてね?誰も逃がしちゃダメだよ?」
アプト、と呼ばれた男は黙って頷く。
「行くよ、ショーン、ウェスカーくん。まだ遠くには逃げてないはずだよ」
ショーンはレオへ近づき、鋭く睨みつける。
「さっきの女、生意気…レオは何故殺されなかったんだ?」
レオの目は完全に据わっており、口だけが微笑む。
「そりゃあ、彼女がトモダチだからさ」
☆
何とか逃げ切った一同は、校舎の中へ身を隠す。
「はぁ…はぁ…助かりました。ありがとうございます、えっと…」
「八束だ、八束 智樹 」
短く切られた黒い髪に、激しい息切れと恐怖で歪んだ表情の八束先輩によって、ここにいる人達は何とか逃げ切ることに成功した。
「八束先輩…さっきのはどうやって?」
「《隠密》俺と俺の触れているものすべてが他の視界から消える。カメレオンのようなものだ」
「なるほど…あっ雪原先輩!!」
壁に寄りかかって座り、激しく息を切らしている雪原先輩へ駆け寄る。
切断された右腕からは、いまも血が流れ続けている。尋常ではない量の血が、彼を囲んだ。
「私を庇って…私のせいで、雪原先輩が…」
「勘違いするな、あれは…私のミスだ。壁が消えているのに気づけなかった…私の…ぐっ!!」
「雪原先輩!!」
「おい想真さん、しっかりしてください!」
私と八束先輩が必死に声をかけるが、意識は遠のく一方で、顔色はどんどん赤みを失ってゆく。
「ハッ…ハハ…無様な保護能力者にしては、格好いい最期じゃないか…そう思わないか?」
「ふざけないでください!こんなところで冗談など…」
「トモ…お前は唯一、俺を保護能力者ではなく、一人の能力者だと言ってくれた。俺は嬉しかったんだ…」
八束先輩は顔を逸らし、静かに唇を噛み締めている。
「二条さん、君は頭がいい。きっと将来、能力者の…明るい将来をつくってくれる…」
「その将来に、あなたは…!」
彼の腕から力が無くなり、だらりと流れ落ちる。
閉じた目の下では、口元は緩んで笑みが浮かべられていた。
涙を流す八束先輩は未だ、その顔を見れずにいた。
雪原 想真、享年17歳
最後まで生徒達を最優先し、体育館突破の立役者となった彼は、無情にも生命を奪われた。
「きゃああああああああ!」
聞き覚えのある叫び声にはっとなり、私は走り出す。
廊下へ立つと、視線の先には2人に拘束されかけている橘 結衣が映った。
「結衣ちゃん!」
銃を抜き、正確に一撃、二撃と兵士達の肩を撃ち抜く。
「ぐぁぁっ…おのれ、小娘が…」
今度は走って懐へ飛び込み、トンファーを腰から引き抜き、伸ばすとまた正確に首筋を殴り、気絶させる。
結衣の顔は、不安と恐怖と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「み、未来ちゃん…」
大粒の涙を零し、私の胸へ飛び込んだ。
「なんで来たの?他の人達は?」
「みんな上へ逃げた…でも、未来ちゃんとか、レオくんが頑張って戦ってるのに、逃げるなんて、できなくて…」
レオ…
「いい結衣、落ち着いて聞いて?レオは味方じゃなかった。私達を裏切ったの、それで愛さんが今重症を負ってるの、結衣の能力で治せるよね?お願い、結衣にしかできない!」
私の中へ蹲っていた結衣が顔を上げ、真っ直ぐに私の瞳を覗き込む。
「レオくんが…?私にしか、できない?」
うん、と首を一度だけ下に振り、結衣の手を取って隠れていた場所へ戻る。
「二条、そいつは?」
見知らぬ女性に、八束先輩は警戒する。
「大丈夫ですよ、彼女は治癒の能力者なんです!」
「なんだと?!じゃあ想真さんも…!」
「ひっ…?!」
必死の形相で迫る八束先輩に、結衣は恐怖を覚え、私の後ろへ隠れる。
「落ち着いてください八束先輩。蘇生なんて…できません」
ハッと我に帰り、後ずさる。
「す、すまない…取り乱した」
本来、彼は冷静なはずだった。
彼のオーラは、常に迷いのない動きをしていた。しかし現在、雪原 想真という友人であり、先輩を失ったショックは大きく、彼を大きく取り乱した。
「確かに、戦場で落ち着けという方が難しいですよね」
「二条は…言葉の逆だな」
「そうですか?私だって慌てています、ですが今はやるべきことを、やらなければならないんです」
「それが言えるだけで、お前は充分優秀だよ」
そして、結衣が愛先輩へ駆け寄り、傷を診る。
「奇跡的に致命傷ではないようです!えっと…10分程で完治できます!」
「お願い、橘さん」
愛先輩が弱々しい声で呟き、結衣は力強く頷いた。
「ガーディアン様ぁ〜!出ておいでぇ〜!」
外から呑気な、歌でも歌うような声が聞こえる。
さっきの長身の男の声だ。
「敵は…」
能力で壁越しに外を確認する、長身の男に…化物じみた動きの少年。そして…
「やっぱり、レオもいるか…」
私は考えた。どうすれば、この状況を打開できるだろうか…
考えろ、考えろ…
今動けるのは私、八束先輩、梓弓先輩の3人。正直、彼らが1対1の勝負に乗るとは限らない。
待てよ?3人…相手は4人だった。そして1人は…!!
「八束先輩、梓弓先輩、提案があります。この状況を打開する、奇策です」
無謀なのは百も承知。それでも、このアイディアが頭から離れない、成功のビジョンを映し出している。
二人は歩み寄り、耳元で作戦内容を伝える。当然、驚愕の表情を私へ向けた。
「し、正気ですか?!いくらあなたでも、それは無茶です!」
「そうだ!いくら何でも…ここは隠れられる俺が君の役を…」
「ダメです。ヒーローの役は、譲りませんから」
この状況でも尚、私は笑った。
それに思わず二人も笑みがこぼれた。本当にできてしまいそうな余裕の笑顔に、彼らは救われようとしている。
「まったく…これで生き残ったら、英雄譚として使わせてもらうからな?だから、死ぬなよ?」
八束先輩が笑い、そして真剣な表情へ変わる。
梓弓先輩が割り込んで、私の肩を持つ。
「私から言うことはないです、私を倒したあなたに、簡単に負けられては私のメンツも立ちませんし」
「え、八崎。お前負けたの?」
何も知らない八束は、梓弓の方を見る。
なっと声をもらし、八束を睨んだ。
「あ、あれは…ああもういい!やるぞ二人とも!」
「そういえば八崎と八束…八八コンビですね!」
「うるせえ!!」「違います!!」
梓弓先輩は治療中の愛先輩を担ぎ、安全な場所へ運び、三人で校舎の入口へ立つ。
「おや、3人だけかな?」
長身の男はこちらを見つけて、上機嫌なのか嬉しそうに剣を抜いてシャンと奮った。
「さあ、やろうか?僕の名はアーサー、義軍の刺客が一人」
「…いきます!」
未来、梓弓、八束は走り、敵との距離を縮めてゆく。
そして…
敵3人は、思わぬ奇策に驚きの声を漏らした。




