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第二話・友達の始まり

高校を卒業し、今まで暮らした町から離れるまどか。それまでの高校生活の前半です。

 まどかは一見おとなしい雰囲気があるが、好奇心旺盛で好きなことに対しては積極的。しかし、恋に対しては少々弱気な一面もあった。高校一年の終わり頃、まどかは隣の席の男の子が気になっていた。向島秋生という双子の兄弟の兄の方で背が高く、はっきりした眉毛に大きな瞳、短髪がさわやかな野球児である。ジョークが好きな彼は休み時間は友人らといつもゲラゲラと声高々に笑い、授業中も教壇に立つ教師に頻繁に質問を投げかけ、授業を脱線させたり、漫才をしてるかのような愉快なやりとりをよくしていてクラスの全員がそれを楽しんでいた。入学してすぐの頃は秋生に対し、うるさい人だとまどかは思っていた。しかし嫌でも毎日聞かされる。段々と話の内容に吹き出すようになり、秋生の性格を理解していき夏休み前にはまどかは毎日笑えるようになっていた。秋生は場を明るくにぎやかに盛り上げる人気者でみんなから「アキちゃん」「アキくん」と呼ばれ、女子達の人気格付けランクはB。ランクは順番に良いとされる者に上から順にABCとなっているようだ。Dは平凡らしい。残念ながら対象外の者達にはランクが無いようだ。

まどかが隣の席に座っていた時、秋生に彼女はいなかった。まどかは二年のクラス替えの前になんとか秋生と今より仲良くなって携帯のメールアドレスを交換したいと思っていた。何度か教えてもらおうと話しかけてみても、彼はいつもおかしなことばかり言うので話がちっとも先に進まなかった。

(たった一言なのにどうしてスパッと聞けないのかな・・・何とも思ってない人には気軽に言えるようなことなのに。)

考える度に秋生への気持ちが深いような気がしてならないまどか。そして結局聞けないままに春休みに入ってしまい、夜になると毎日のように


また同じクラスになれますように!


そう日記に書いていた。携帯電話は高校の入学祝いとして両親に与えられた。しかし当時まだクラスの半分も携帯電話を持っている者はいなかった。家からかかってくる電話が主で、登録されている友達の携帯番号は初めの頃は十数件だけだった。だが日が経つに連れてクラスの携帯人口は増え、まどかが秋生と隣の席になる少し前に秋生もやっと念願だったらしい携帯を手にし、クラス中に見せびらかしていた。秋生と仲のいい女子がアドレス交換しているのをまどかは遠くでいいなあと思って見ていた。それは秋生に対する自分の気持ちに気付く最初の出来事でもあった。

新学期、結局クラスは離れてしまった。まどかは落ち込んだ。秋生のいない教室には、違和感と寂しさの混ざったような静けさがあった。恐らくそう思っているのは自分だけなのであろうと思った。新しい自分の机に鞄を置き、椅子に座り、まだ一枚も張り紙がされてない殺風景な教室を見回す。次々に教室に入ってくる人達は不安げな面持ちをしているが、親しいらしい友人を見つけると強張った顔が緩む。その様子を見ていたまどか。

(折角の新学期なんだから暗い顔をしてちゃダメだ。)

そう言い聞かせて、新しい仲間に挨拶をするために明るく振る舞った。狭い町なのでほとんどの子は顔見知りだった。遠くから通って来ている人は少数。卒業まではこのクラスで過ごすのだ。

(新しい教室、新しい教科書、新しい仲間、先生。気持ちを入れ替えてまた楽しく過ごしたい。始めが肝心!)

そして次の休み時間にはまどかは秋生のいるクラスに偵察に行っていた。まだ新しい教室に馴染めないためだろうか、女の子の多くは、以前の級友に会いに行っていた。まどかはそれに紛れていた。恥ずかしくて勇気が無いため秋生本人に話しかけには行かない。そのクラスにいる友人に用事があると見せ掛けて、遠くから秋生の様子を見ようと思ったのである。特に意識して見なくても相変わらず大きな声でギャグを言って笑っている秋生。存在感は前と少しも変わらない。

(クラスが新しくなったのに・・・少しは緊張とか、様子を見るとか、そういうのは無いのかしら・・・。)

そう思いながら友人と話しつつ教室を見回す振りをして、人と人の間から秋生の姿を見る。

(元気なら何よりだけど、でもやっぱり寂しいな。でもしょうがない、また見に来よう。)

帰りがけにまたチラッと秋生の方を見た。その日から秋生の隣には翔平がいるようになっていた。



「だ〜か〜ら〜、しっつこいな〜。俺は、高校では部活はやらないって決めるんだよ。」

だるそうに嫌そうな声を出しているが顔は少しも嫌そうでない。だらっとしたワイシャツにあえて緩められているネクタイ。手には化学の教科書にノート、ペンケース。ズボンの後ろのポケットからはアヒルの携帯ストラップが垂れていて、翔平がスタスタ歩くのと同時に左右に揺れている。髪の毛はワックスで今時のヘアスタイルに保たれていて、自然体というよりは、何だかちょっとかっこつけてるような感じに見える。さわやかスポーツ少年とは言い難い。

「だからなんでなの?あんなに上手いのにもったいないよ。宮本君がチームにいたら男バスは今よりもっと上に行けるだろうし、試合に勝つのは楽しいことだよ。みんなでそれを分かち合ったりさ・・・。それってもっと楽しいことでしょ。そうでしょ?」

後ろから追いかけるまどか。少し間をおいて翔平がめんどくさそうに答えた。

「俺なんかいなくたって、あの人達なら充分上まで行けんだろ。」

「でも・・・。」

まどかが言いかけた時に始業のベルが鳴り出した。

「あーやべー遅れる。じゃあな。」

そう言って翔平は走り出した。まどかはその場に残され納得がいかない顔をしていた。まどかはこの前の朝に見たバスケットをしている翔平の姿と、その後の翔平の言う言葉がずっと釣り合わないと感じていた。一週間前に翔平に話し掛けてからまどかは翔平に毎日のようにバスケット部に今からでも入るように言っていた。翔平のいる教室に行って秋生を意識しつつ声を掛けてみたり、廊下で見かけた時に。でも翔平の答えはいつもノー。理由を教えてくれないのだ。まどかはそれが何故なのか、どうしてなのか、ずっと気になっていた。まどかは小学生のミニバスからずっとバスケットを続けていた。最初は近所の友達に付き添って見学に行っただけだったが、その日初めてボールに触り、何度も高く放ってゴールのネットに入れることができた瞬間からバスケットが好きになってしまった。それから少しずつ上達し、中学でバスケット部に入部した時は毎日のように練習できるようになってすごく嬉しかった。練習は辛くて厳しい。でも試合に勝ってしまえばまた頑張ろうと思える。仲間と頑張って達成することが何より楽しいのだ。なのにあんなに上手な翔平が部活も入らず一人で趣味のようにバスケットをしている理由がまどかにはわからなかった。翔平の力量も可能性も翔平自身の生活ももったいないと思ったのだ。

「おい、何やってんだ。授業始まるぞー。」

振り返ると他の教室の先生がまどかに気付いて遠くから呼んでくれていた。

「あっ!すいません!!・・・マズイ。」

慌てて自分の教室へ戻る。ガラッと教室のドアを開けると室内には誰もいなかった。

「えっ!?」

何事かと思い辺りを見回す。

「あれ?!」

時間割の方に目をやると次の時間はまどかのクラスも移動教室だったのである。すっかり忘れていたのだ。

「あ〜しまった〜!!」

大慌てで準備して電気を消して教室を出た。少し走ったが廊下に響く自分の足音が大きく、他の授業中の人達に申し訳無いと思い、途中からは逆にゆっくり歩き出した。それに、もう先生に怒られるのはわかっている。焦ってもしょうがない。そう思ったのだ。まどかはマイペースな性格であった。そしてどうしたら翔平をバスケット部に入部させられるのかを考えた。

(まずはやっぱり、どうして嫌なのか理由を聞かなきゃ。大きなお世話かもしれないけど同じバスケをする者としてほっとくのはもったいないもんね。)

階段を上りあれこれ考える。そして教室に着いたまどかは先生に対する遅れた言い訳を用意し勢い良くドアを開けた。

「すいません、遅れました。」

そう言った次の瞬間、時が止まったかのように辺りはしんと静まり返り、中にいた全員がまどかをおかしな物を見るような目で見ていて、先程まで軽快に授業の説明をしていた先生までが静止してこちらを見ていた。どうしたんだろうかとまどかは思った。だが、その中にさっきまで話をしていたはずの翔平が窓側の席でポカンと口を開けたままでいるのを見つけ、まどかは異変に気付いた。

「あ・・。」

一瞬にして顔が熱くなり、ものすごく焦った表情で次の動きに移ろうとしたが、時既に遅し、

「小野寺さん・・・。ここは今、五組の授業中で、君は確か八組じゃ・・。」

化学の先生が半ば吹き出しそうに言う。

「おい小野寺〜、何やってんだよ。朝飯食って来なかったのかよ〜。っていうか!もしかして俺に会いに来たのか〜。ここに座れよ〜。」

そう言って自分の隣を指差しているのは秋生だった。教室内がザワザワとし始め、クスクス笑う者もいた。

「すっ、すいません!間違えました!!」

そう言ってさっきよりも勢い良くドアを閉め、恥ずかしさで涙目になりながら猛ダッシュで美術室に走った。まどかは間違って実験室に来てしまっていたのだ。翔平と話していた時に見た化学の教科書が無意識にここへと足を運ばせてしまったのである。実験室にいた生徒達はなんだったんだ?と不思議顔である。先生は少し笑いを取ってすっきりと授業を再開したのだ。だが、何となくまどかがここへ来た理由がわかってしまった翔平は一人で声を押し殺して涙を浮かべ、プルプルと肩を震わせて笑っていた。

「あいつアホだ・・・。」

翔平はしばらく窓の外に顔を向け笑っていた。



次の日の夜、夕食を終えて居間のソファに深々と座りテレビを見る翔平。宿題をしようか、それとも風呂に入ってしまおうか考をえていた。それから二階の自分の部屋に行き、宿題に取り掛かろうと机のライトを点けた時に部屋のドアをノックする音がした。母親がドアを開け入ってきた。

「電話だよ。」

電話の子機を渡された。

「誰?」

翔平の母は首を傾げて部屋を出て行った。翔平は緊張した。友達なら携帯に連絡してくるはずだ。母の表情もいつもと少し違った。

(一体誰が・・・?)

上半身を前かがみに恐る恐る子機を耳に当てた。

「・・・もしもし?」

間髪入れずに女の声がした。

「こんばんはー!小野寺です!!」

翔平の不安な様子とは裏腹に元気で大きな声で深刻さのかけらも無い。

「は?小野寺って・・?誰?」

「えーひどい!!私の名前知らなかったの?最近よく話してたのに!最初に聞いてくれればいいのに。」

声でこの電話の相手が誰なのかわかった。

「なんだー、バスケ部の人か〜。」

翔平はまどかのことをバスケ部の人と呼んでいた。

「突然ごめんね。びっくりした?」

翔平は背もたれにもたれ掛かった。

「したよ〜!!なんだよ、どうやって家の電話番号を」

最後まで言い切らないうちに

「うん、電話帳で調べたの。宮本さんってこの辺はあんまりいないからすぐわかったよ。」

少し間が空く。

「電話帳!?・・・あれっ、でも・・・確か、この辺りでも10件以上はいるはずだけど。」

「そうなんだけど、一軒ずつかけたらいずれたどり着けるかなーって思って電話帳の上からかけてみたのさ。でもねー、最初にかけた宮本一郎さんちに翔平君いますか?って聞いたら翔平の家はここだよって教えてくれたの。親切な人でラッキー。すぐわかっちゃった。ふふふ。」

楽しそうに笑う声が聞こえた。

「宮本一郎って!それ、俺の伯父さんの家だよ。お前マジか!?」

「あ、そうだったんだー。じゃあ電話で教えてくれたのは伯母さんかな。女の人だったから。」

ケロッと答えられた。あまりの予想外の話しに翔平は言葉が見つからない。

(この女は伯父の家に電話をかけている。なんてヤツだ!そして伯母が出た。俺のことを好きな女の子だと絶対に思われたはずだ!そして伯母は、伯父や従弟にも言いふらすだろう。あの家の人達の性格からするとそのうち俺はからかわれてしまう。)

そう思った。

「お・・お前、なんてことしてくれたんだよ!今度会った時に何言われるかわかんねーじゃん。しかもさっきうちの親もなんか変だったし。」

「ご心配なく。伯母さんには授業の合同研究のことで至急聞きたいことがあったのでって言っといたからら。」

また間が空いた。

「え?ホントに?」

「はい。」

それを聞いた翔平はすっかり安心した。安堵の息が漏れた。しかしまどかに対する敵意はさほど変わらない。しかしまだ知り合ったばかり。あまり傷つけるようなことも言いたくない。

「お前、おもしろいヤツだな。」

かろうじてそう言えた。

「うん、ありがと。」

「俺は褒めてないぞ。馬鹿にしたんだ。」

翔平は半ばあきれていた。そしてその時にはだいぶ冷静になっていた。

「私にとっておもしろいは褒め言葉なんです。」

「あっそ。反抗的なヤツだな。で、電話なんかしてきてどうしたんだよ・・・何の用・・あっ!そうだ。お前昨日さ・・・」

実験室で見たまどかを思い出して吹き出した。

「昨日?あっ、昨日のことは!あれは、ちょっとした間違いで・・・。」

翔平は大きな声で笑った。まどかの慌てた話し方がより鮮明に昨日の失態の場面を蘇らせた。更に昨日、笑いたくても笑えずに苦しかった分を吐き出すようにお腹の底から笑った。

「ふふふ。」

まどかもつられて笑った。

「あの後遅れて美術室行ったんだけど、私があまりにも情けない顔をしてたみたいで先生に怒られるどころか逆に心配されちゃってさ。結構遅れたから怒られちゃうかなーって最初思ってたんだけど私もそれどころじゃなくて、やっぱ作られた話よりも真実って見た目で伝わるものなのかな。」

「美術!?あっ、そういえばお前スケッチブック持ってたよな!なのになんで来ちゃったんだよ!アホだー。ありえねー。」

しばらくこの話で翔平は笑い続けた。一階にいた翔平の母にまで笑い声は聞こえていた。すっきりするまで笑った翔平は涙を拭いた。

「あーあ。で、なんで電話してきたんだっけ?」

最初あれだけ軽快にしゃべっていたまどかだが、電話をかける前はやはり緊張していた。男の子に電話をかけるのは初めてではない。でも最初にかけるのはいつも勇気が入った。その相手が好きな人であれば尚更。そうでない相手でもいきなり電話すると普段とは違う日常に入り込んだような気持ちになったからだ。翔平に電話をかけた理由は、その昨日の失態で五組の人達や、特に秋生に馬鹿にされるのではと思い、近寄りたくなかったから。昨日の今日では今の翔平のように笑い者にされるのは避けられない。だが少し経ったら忘れられるとは思った。だが、内容はいつもの話。翔平のあまり話したくないみたいな雰囲気には気付いていた。だが、だからこそさっさと聞いてしまおうと思ったのだ。電話ならもしかしたら話してくれるかもしれない。何か言いたくない訳があるんだろうと思った。まどかにはいつもとは違う緊張があった。だが煙たがられるどころか、こんなに笑い者にされ自分でもそれが楽しくなって、なんだか打ち解けられたような感じになりすっかり緊張は解けていた。昨日の出来事は恥ずかしかったが、今それが役に立ったような気がして良かったと、まどかは思った。そして本題に入れると思った。

「うん、あのさ、宮本君て」

言いかけた時に翔平は割り込んだ

「あっ、もしかして告白か?俺に惚れちゃった!?」

「えっ!?ちょ、ち、違います。」

話はまた逸れたうえ、そんなこと言われると思ってなかったまどかはびっくりしてしまい、どもって答えてしまった。

「え〜、ホントにぃ?」

「ホントに違います。そんなんじゃありません。」

まどかはそう言って呼吸を整えた。

「ふ〜ん。」

「・・・ちょっと、信じてないでしょ。ホントに違うよ!」

「ほんとかなあ。」

(こいつ・・自信過剰な勘違い男なのかな。・・ちゃんとわからせないとうるさそうだわ。)

「あのね・・・私には一応他にちゃんと好きな人はいる・・ので。」

ゆっくりと話す。好きな人という単語を言うと同時に秋生の顔が浮かんで恥ずかしくなった。

「へ〜、彼氏いるんだ。」

「いやっ!違う!!付き合ってない!・・片思いで・・。」

語尾の方の声が小さくなった。

「ふ〜ん。じゃあ、好きな人って誰?」

「は?!」

まどかは焦りだした。そしてマズイと思った。

「誰?」

「そ、そんなの教える訳ないよ!何言ってんの。」

「でも最近お前は俺に質問ばっかりしてきてたよな。だから俺にも質問させろ。」

「いや、ちょっとそういうのはやってない・・・。」

まどかは慌てて答えたが翔平は独り言を始めてしまった。

「俺さ〜こないだ朝に会った時にさ、あんたのことどっかで見たと思ったんだよね。どこだっけ・・・。」

まどかはこの時電話をかけたことを激しく後悔していた。

(何故こんなことに・・・違うこと言えばよかった。何を馬鹿正直に答えてんの私。この人きっと私をはめようとして「告白か?」なんて聞いてきたんだわ・・話もそらされてるし・・・やられた。)

電話の向こうで苦悩するまどかを他所に、考え込む翔平。

「制服だったな〜・・何か見てたような・・あ!そうだ!俺の教室だ。最近よく来てるよな。」

ビクッとするまどか。すっかり受話器は汗ばんでいた。

「んでさ〜、あんまり気にしてなかったけど、うちのクラスとか他もそうだけど、そこに顔出すヤツって大体、前に同じクラスとか同中で友達だったっていう感じだよな。でもあんたがいつも話しに来てる人って石橋さんだよな。よくよく考えると不思議かもな。」

「石橋智子は小学校が一緒で家も近いのよ。それが何か不思議?」

そう言ったすぐ後に、まどかは嫌な予感がして緩やかに心臓の鼓動が早くなっていく。

「俺、一年の時石橋さんと同じクラスだったけど、その時あんたの姿見た覚えほとんどないんだよね。」

まどかはギクッとした。確かに一年の時に石橋智子の教室には特に用事がない限り行ってはいなかった。二年になって秋生と石橋智子が同じクラスになったのをいいことに、石橋智子の所に行っては秋生を遠くから見ていた。

「へ、へぇ〜、同じクラスだったの?それは知らなかったよ。」

どもりながら答えた。

「ふ〜ん。なるほどね。うちのクラスのヤツか。」



翌朝、教室で朝礼を終えたまどかはぐったりして机にふせっていた。

「まどか、朝練で疲れちゃったの?頑張ってるね。」

隣の席に座っている本田咲が気付いて声を掛けてきた。咲は中学の時に一度同じクラスになったことのある子で、ぽっちゃりとかわいらしい顔をしていて、優しくて成績も良く女の子らしい。男子からの人気も厚い。まどかとは対称的だ。以前はそんなに話さなかったが、二年になってすぐの席替えで隣になったためよく話せる友達になっていた。

「うん、まあね・・。」

まどかは顔を上げ弱々しく答えた。

「なんか顔色悪いみたい。あまり無理しないでね。」

「・・ありがとう・・咲ちゃん・。」

咲が天使に見えた。顔がほころぶ。

昨夜、まどかは翔平に尋問され続け、最終的に相手を教えるまで電話を切らせてもらえなかった。そして更に延々とそのことについて質問され続けた。秋生は翔平の友達だ。翔平にとってこの話題はおもしろくてしょうがなかったのであろう。まどかが答えなければ秋生にこのことを言うなどと言い、根掘り葉掘り聞かれたのだ。まどかの聞きたかったことは何一つ聞くことすらできなかった。電話を切った時にはもう11時を回っていた。そこで既に疲れきっていたのだが宿題を思い出した。普段なら宿題はせずに寝ただろう。しかも大嫌いな数学だ。しかし今回の宿題の内の一問は予めまどかに当てられていて翌日黒板にその回答を書くことになってる。やらないわけにはいかない。わからないながらなんとか終えた。だが、宿題を解いている間中、翔平の理不尽な電話の内容に悔しさがこみ上げていて寝付くことができないと思ったまどかはその後日記に殴り書きをしたのだった。眠りについたのは深夜二時。勿論寝坊して、朝練どころかごはんも食べられずに急いで出てきたのだ。

(秋生くんのことはまだ誰にも秘密だったのに・・・。しかも何であんなヤツに一番に知られなきゃいけないのよ・・・。それにあの人はいっつも秋生君の隣りにいる。羨ましい・・・。)

まどかは大きなため息をついた。

(でも!いつばらされてもおかしくない状況だわ!私は弱みを握られたんだ。)

また机に突っ伏した。翔平に敵意を抱いた。日記に書いたおかげでだいぶ落ち着いていたが思い出す度に悔しかった。まどかは好きな人ができても信用できる人にしか打ち明けることは無かった。以前友達に話してクラス中に広まって、冷やかされ、意中の人に無視されたことがあったからだ。なのに今回は思いがけず翔平にばれてしまった。本来なら大切な人にしか教えない大事な秘密。それを、勝手に取り上げられ好き勝手にいじくり回されたような気分だった。過去の冷やかしを思い出す。

(もう宮本君には話しかけないでおこう。)

そう思っていた。

始業ベルが鳴り、その日最初の授業が始まった。まどかは頭を上げ、机から数学の教科書を出そうとした。しかし教科書もノートも無い。それどころかペンケースも見つからない。まどかは凍りついた。頭が一瞬真っ白になり、少しずつ冷静に記憶を辿る。

(ええと、昨日宿題が終わってノートを閉じた。それから日記を書いて机にしまった。そのまま寝た。)

と、いうことを一瞬で回想できた。が、寝坊したために、そのまま自宅の机に置きっぱなしであるという恐ろしい事態に気付いたのだ。

(ギャー!まずい!)

まどかは冷静さを保つのが精一杯だった。

(いや、でもまだきっと大丈夫!この先生は話好きだからいつも授業の最初に昨日の出来事とか今日の所感を述べるはず!その間にやれば・・)

慌てて咲に教科書を借りようとした。

「え〜、では今日はまず昨日当てておいた宿題を解いてもらいましょうかね。今日の一番は〜、小野寺さん。黒板にお願いします。」

まどかはまたもや凍りついた。



その日の放課後、まどかはふらふらと教室を出て体育館に向かった。

(今日はついてない・・・。いや、ここのところついてない・・・。)

数日前の実験室での教室間違い、翔平の誘導尋問、そして今朝の寝坊に数学の授業。もともとまどかはドジな子ではあったが、こんなにも短期間に失敗が続くのは初めてだった。特に昨夜から今日にかけては最悪であった。そして全てのことに翔平が絡んでいる。

(あの人は悪魔よ。もう絶対関わらないようにしなきゃ。でも最初に話しかけたのは私だわ。しばらくおとなしくしてなさいっていう神様のお告げかもしれない。)

たまにまどかの中に神様という存在が現れる。

(でも神様なんてホントにいるのかな?)

わからないながら、いつも神に祈ったりしていた。

ざわざわとした校内、友達同士でおしゃべりしながら歩く女の子達、教室の隅で机を挟んで親しげに話す男女に目をやりながら歩いた。まどか放課後はほぼ毎日部活をして過ごしていた。体育館が使えない日も、外を走ったり筋トレをしたりと別メニューが用意されていて、常にバスケットの上達のために時間を費やし体を鍛えていた。それが当たり前ではあったが、たまに私の青春はこれでいいのだろうか?と疑問を持つこともやっぱりあった。

階段を下りきったところでまどかの体は突然後ろに引っ張られた。

「わっ!」

驚いてふらつき、後ろを見るとその人はまどかの鞄を掴んでいた。秋生だった。まどかは更に驚いた。

「わりーな。まぁ怒るなよ。」

「いや、別に・・・怒ってないけど。」

何が何だかわからないが、久しぶりに秋生と話せて嬉しいのと緊張とで慌てるまどか。

「今日、野球部練習休みなんだぜー!」

秋生は嬉しそうだった。

「そうなんだ。めずらしいね。」

「ダーイケに男の子が産まれたんだってよ。」

「えー、そうなんだ!すごいね!今日だったんだ。」

ダーイケとは野球部顧問の池田のことで、もうすぐパパになるという噂はまどかも知っていた。そのことについて驚きはしたものの、それでも少し声が裏返る。

「だから今日は記念日で部活も休みだ!やったぜ!」

秋生はお尻を横に突き出し変なポーズを取った。

「それで自慢したかったのね。」

(特に私に用があった訳ではないんだから、たまたま通りがかっただけのことなんだから、動揺しない!)

マインドコントロールをしつつ、秋生を見上げる。

「小野寺は練習か。ま、頑張れよ。」

「あ、うん。ありがと。」

「じゃあ、これやるからな。」

そう言われて飴の包み紙のような物を渡された。

「じゃーなー。」

渡すと同時にズカズカと歩き出す秋生。

「あ、バイバイ。」

そう言いながらぐしゃぐしゃの紙の隙間に何かが書かれていることに気付きよく見てみた。

「ん?俺様のギャグ当番?何これ・・・あっ!」

紙を広げて見てみると、そこには携帯の番号とアドレスらしきものが汚い字で書かれていた。

「嘘・・・これって・・。」

その時、翔平がバタバタと階段を下りて来た。

「小野寺さん、ちーっす!」

驚いて反射的に紙を隠すまどかの横を、歯を出して笑いVサインをしながら通り過ぎ、翔平は秋生の後を追った。まどかは翔平に対して何も反応ができなかった。だが、この手元にある紙は秋生の物で、ここに書かれているのは秋生の連絡先で、これがまどかの手元に渡るように翔平がきっと何かをしたのだということはわかった。それは、それまではまどかに対していつも気だるそうにめんどくさそうにいつも言葉を選んでいるかのように話していた翔平が、わざとらしいとも思えるような笑顔を見せたことでそう思えた。それに昨夜、翔平に聞かれたのだ。秋生のどこがいいと思ったのか、いつ頃から好きだと思うようになったのか、電話したりしたことがあるのか、遊んだことはあるのか・・・。

聞かれている間は興味本位に尋問されているようで苦痛だった。しかし、この時まどかはそうではなかったのかもしれないと思えた。今手に握っている、ゴミと見間違えてしまいそうな紙は今のまどかにとって最も欲しかった物で、それを与えてくれた翔平という存在の位置付けがまどかの中で大きく変わった。家に帰ると早速手を震わせながら何度も訂正しながらやっとまともだと思える文章を作り、秋生に初めてメールした。返事がなかなか返ってこない。じわじわと待って、待って、やっと返事が来た。

(ギャー!!やったー!!)

まどかは心の中で叫んだ。両手を上に上げて万歳した。そしてこの喜びを誰かに伝えたいと思った。そしてその夜も、まどかは翔平の家に電話をかけた。



それ以来、まどかは翔平に頻繁に連絡をするようになった。初日の一度きりだと思われたが、家にいる時はだいたい翔平の家の電話に連絡し、出先では携帯のメールを使った。秋生の相談。家の話。友達のこと。バスケットについて。マイブーム、音楽。女同士のように話は尽きなかった。学校でも時間があればよく話した。まどかは翔平に対して何でも話した。翔平もまどかを変だけど話せるいいヤツと思っていた。何よりおもしろいヤツだと。わずか数ヶ月で急激に親しくなったために、周りの友人はもちろん、学年中の誰もが二人はつきあっているのだと思っていた。勘違いされて、否定はするが、仲の良さは変わらなかった。

まどかは秋生にはまだ気持ちを伝えようという段階ではなかった。まずは友達になってお互いのことを少しずつ知ってそれから・・・と考えていたので頻繁には連絡はしなかった。本当は毎日でもしたい気持ちだった。しかし変に勘ぐられるのではということを恐れ、微妙な距離を保っていた。変なことを聞いて嫌われたくない、おかしなヤツだと思われたくない、そういう気持ちが常にあり、秋生にメールをする時はいつも緊張していた。電話をかけることは無かった。だが、翔平には暇さえあれば連絡していた。今日こんなことを秋生に言われた、秋生が学校でお菓子をくれた、CDを貸してくれた、など何かあると逐一翔平に報告をした。そして翔平はそれに対し、よかったな、よくやった、などと褒めてやり、まどかはその言葉にいつも安心した。

そんなある日まどかにとって辛い出来事が起こった。

事の起こりは七月の七夕の頃、町内のお祭りの二日目の夜のことだった。まどかはバスケットの練習を終えた後に猛スピードで家に帰り、急いでシャワーを浴びた。ドライヤーで一生懸命くせの強い髪を乾かし、慣れない手付きで髪を結う。そして買ったばかりの洋服を袋から出して着た。それは露出気味の派手な飾りの付いた物であった。それからほとんどしたことのない化粧もした。リップを塗った後、姿見に映った自分を見たまどかは興奮して飛び跳ねた。

その夜、一緒に縁日を回る約束をしていた咲と翔平とそして秋生。翔平の計らいでまどかは秋生と一緒に縁日を回れることになっていた。持つべきものは友達だと思い、翔平に強く感謝した。と、言っても二人きりではなく、翔平もいた。三人では不自然なのでまどかが咲も誘って四人でということになっていた。まずは神社の近くの古ぼけた商店の前で咲と落ち合った。毎年変わらない露店の並ぶ順番、一番手前から花やサボテンやめずらしい植木を飾った出店に、綿飴、たこ焼き、焼きそば、フルーツ飴、お面、金魚すくい・・・広場にはお化け屋敷とオートバイショーなどの催し。毎年変わらない。雰囲気も出店も。まどかは毎年祭りを楽しみにしていた。どこまでも続きそうな左右に続く夜店の灯りの間の道を幼い頃は父、勲の肩車で通った。少し高い位置から一気に坂道を下ると鳥居がある。星が点々と輝く空の下、甘い匂いや香ばしく食欲をそそる匂いに囲まれて夜店を回るのが大好きで、帰りたくないと言って両親を困らせた。まどかは人込みは嫌いだったがお祭りの人込みは大好きだった。すれ違う人は皆、一年に一度のお祭りを家族だったり、友達だったり、恋人だったり、大切な誰かと特別な時間を過ごしている。その楽しそうに笑顔で歩いている見知らぬ人を見ているとまどかもワクワクと楽しくなった。そして思春期から去年までは、恋人同士で歩く人達がとても羨ましいと思うようになった。


いつか自分も好きな誰かと一緒に手をつないで歩いてみたいな。


毎年この時期になると日記にそう記されていた。そして今年やっと、手はつなげないながらもまどかはお祭りを家族でも友達でもない、好きな人と一緒に歩けるという初めての日が来た。好きな人と学校の外のプライベートで会うということ自体が初めてのことだった。まどかは四人で縁日を回れるという、秋生の了解をもらえたと翔平から聞いた時からずっとこの日が来るのが楽しみで、格好はどうしよう、どんな会話をしよう、並んで歩けるかな、など毎日のように模索して授業中もニヤニヤしていた。

翔平と秋生が待っているはずの鳥居の近くまで来た。まどかの心臓の鼓動は鳥居に近付くと供に高鳴った。周りの音や会話が聞こえなくなる位にまどかは緊張していた。だが、鳥居にはまだ二人は来ていなかった。しばらく待ったが、おなかが空いていた咲は我慢できなかったのか焼きそばを買ってくると言ってまどかをその場に残して行ってしまった。まどかは部活の練習後はいつもおなかを空かせて家に帰っていたが、この日ばかりは少しも空腹感など無かった。だが一人残され少し落ち着いて神社のある方の階段を登る人の群れをまどかは眺めた。

(そういえば、学校から帰る時、まだ野球部の人が何人かグラウンドにいたなあ。秋生君もその中にいたのかなあ。遅れてるのはそのせいかな。)

階段を登る人の群れは途切れない。その時、ブルブルと携帯が振動し、まどかは翔平か秋生だと思い、すぐさま携帯を取り出した。


遅れてごめん。もう着く。


翔平からのメールだった。また一瞬で緊張が体中を走った。遠くに目をやると焼きそばを持った咲と、その十メートル後ろ位に翔平らしい人が見えた。その隣に秋生もいた。秋生は部活帰りらしく練習着のままだった。強張った顔で何とか笑顔を作り、まどかは手を振った。それぞれみんな手を振り替えしてくれた。まどかはその後のことはほとんど覚えていなかった。緊張しすぎていたのと、人に酔ったのとで、どんな会話をしたのか、何を見たのか、お賽銭を投げて何をお願いしたのか、たこ焼きの味がおいしかったのかどうかさえも。ただ一つ引っ掛かったのは秋生がいつも学校で言うおかしなギャグがこの夜、いつも以上にポンポン出ていたのに顔が少しも笑っていなかったということ。

その後まどかは秋生に家まで送ってもらった。それは翔平の計らいではなく秋生が自ら志願した。それにはまどかも翔平も咲も驚いた。帰り道にはもう意識がはっきりしていた。初めての二人きりという状況に落ち着かずドギマギして、あんなにシュミレーションした会話はすっ飛んでしまい、何も思い浮かばずに下を向いたり、チラッと秋生を見たりしながら歩いていた。秋生も急に静かになり、たまに沈黙を破るようにポツリポツリと翔平や部活の話をした。秋生の様子はやっぱりいつもより変で、それが余計にまどかを緊張に走らせた。そしてまどかの家が見えた。

「あ、ここでいいよ。」

まどかは足を止めた。

「おう。」

秋生も足を止めた。何か言いたげに見えた。

「じゃーな。」

そう言ってすぐに歩いた道を戻って行った。やっと緊張から解き放たれたまどかは気が抜けて玄関前でつまづいてしまった。自分の部屋に戻り、すぐに服を脱いだ。

「あー緊張した〜!」

ベッドに横たわり、すぐに秋生にメールをした。


送ってくれてありがとう。気を付けて帰って下さい。


部屋着に着替えているとすぐ返信が来た。


サンキュー。また明日な。


まどかは笑顔で携帯電話を見つめた。秋生と距離が近付いたような気がして嬉しくてくすぐったいような気持ちになった。

(さっき何を言おうとしたんだろう?ひょっとして秋生君も私に気があるとか?キャー!なーんて。)

すぐにまた翔平に帰りの報告をした。

「よかったな。もう秒読みなんじゃないか?」

「いやー、そんなことはまだないよー。でもすごい嬉しかった。翔平君のおかげだね。」

「自ら送って行くとは思わなかったもんなー。びっくりしたよ。」

「えへへ。」

まどかは照れ臭そうに笑い、その後三十分位話して疲れて眠った。

翌日、祭りは三日目の最終日。まどかは出掛けずに家にいることにしようと思っていた。だが、中学からのバスケット部のチームメイトの倉橋倫代に帰り道に誘われた。この日は体育館ではなく外の練習だったので比較的疲れてはいなかった。どうしようかと思ったが、飴細工のことを思い出した。

まどかは露店の中で飴細工を見るのが一番好きだった。毎年は来てくれないので来た年にはいつも見に行っていた。頭に鉢巻きをしたおじさんが、箱から手に握れる位のお饅頭みたいな形の透明に近い薄い白い色の状態の飴を取り出して、札を見たお客さんから注文された物を次々に手際良く作っていく。真ん中を押してくぼみを作って少し伸ばし、筆でちょんと色を付けるとぐにゃぐにゃに伸ばして重ねてを繰り返し全体にまんべんなく色を馴染ませ、また元の形に丸める。それは大きなパワーストーンのように美しかった。それを割り箸の先端に固定する。生暖かい飴が固まらない内に指で引っ張ったり、手の平で押したりしながらハサミで形を整え、切ったりしてまた筆で色を付け、あっという間に動物の形が姿を見せる。初めて見たときまどかは感動した。そしてしばらくおじさんのマジシャンとも思える技の数々を見ていた。最初は見ているだけだったが、数年後には何かを作ってもらっていた。単純なあひるやうさぎはすぐできるので値段が安い。次に来てくれた時には一番高いペガサスを作ってもらおうと思っていた。ペガサスの飴細工は幼い頃からのまどかの憧れであった。そう思うと無性に行きたくなる。去年は来てなかったから今年は来ているかもしれないと思った。まどかは倫代の誘いに乗り、また家に帰って服を着替えて出掛けた。

最終日ともあって昨日よりも混んでいた。倫代はウキウキして鼻歌を歌っていた。

「それ、何の歌?」

「美優の新曲!すっごいいいよ!あたし最近大好きなの、美優!」

倫代はやや興奮気味でまどかを見た。

「美優か〜、テレビとかでちょっとしか聴いたこと無いけどそんなにいいんだ。」

「う〜ん!詩がね、切ないの!片思いのもどかしさっていうか、言いたいけど言えないみたいなキュ〜ンっていうか、マドちゃんわかる!?」

倫代は力説して質問した。

「ハイハイ。」

「ちょっとぉ、何よその反応!明日CD貸してあげるから聴いてみなさいよ!」

まどかは倫代の言う美優という歌手はあまり好きではなかった。顔は可愛らしいが声が好きになれなかったのだ。しばらく歩くと昨日は目に入らなかった飴細工が見えた。

「あっ!来てる!みっちゃん、私あれが見たい!!」

まどかが指を指した先を見て

「またぁ?!マドちゃんずっと前もへばり付いて見てなかった?」

「えっ、そうだった?」

倫代の方を向いて笑い、また前を向いた時にまどかは人混みの中に秋生を見つけて立ち止まった。

「あいたっ。」

倫代がまどかにぶつかった。

秋生は飴細工の店の隣りのイカ焼きを買っていた。隣には浴衣姿の女の子がいた。

まどかは物凄い動揺をした。楽しかった祭りの雰囲気も周りの音も全てが一瞬で無くなった。だがすぐに我に返り、倫代にその様子を悟られたくなかったまどかは、一瞬でくるっと後ろを向いた。

「やっぱり、先に何か食べよう・・・。」

後ろを見ないように倫代の服の裾を引っ張った。

「そうだね、そうしよう!」

倫代は空腹だったのでその案に賛成し、まどかの様子には気付かなかった。

振り返ってすぐの店で串焼きを買おうとした。出来上がった物は売れたばかりで焼けるまで少し待たなくてはならなかった。倫代は白い煙を出してジュージューと油を出す豚肉を食い入るように見て、早く食べたいと漏らした。だがまどかは、チラチラと横目で二人を見て、本当に秋生だろうか、見間違いではないだろうか、そう、秋生の双子の弟の夏輝ではないだろうかと確認した。長身で、髪をツンツン立てて、大きな声で笑う、毎日教室で聞いていた声だった。隣りで見ていた笑顔だった。そしてイカを無邪気に食べ、女の子に話し掛けながらこちらに向かって歩いて来る。秋生に見つかりたくなくて、屋台の台から垂れ下がっている「ポテト300円」の札を見ていた。秋生に早く後ろを通り過ぎて欲しかった。

「おじさん、しっかり焼いてね。」

そう言って倫代にブーブー言われた。



「どういうことかはっきり言えよ!」

翔平の怒りの混じった声が公園に響いた。倫代と別れた後、まどかは家への帰り道で翔平に電話をかけた。翔平はすっとんで来てくれた。駅の近くの公園でベンチに腰掛けて、まどかは芝生を落ち着き無く歩きながら電話する翔平を見ていた。街頭に照らされた翔平の影が伸び縮みを繰り返す。

「なんだよそれ・・・。」

翔平が自宅からここまで来る間にまどかはだいぶ落ち着いてしまっていた。一方、翔平は怒り冷め止まぬ感じで電話の向こうの秋生に説明を求めた。

「もう、お前とは口を聞かない。」

電話を切って頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

「なんだよあいつ!くそっ!」

むしゃくしゃしている様子で翔平はため息を付いたり、頭をかきむしったりし、いつもののんびりした様子は欠片も無かった。まどかはベンチから離れ翔平の方へ近寄った。翔平の隣りに座り込んで芝生をブチブチと引っこ抜く。それを見て、翔平もあぐらをかいて座り込んだ。少し沈黙が続いた。

「ごめんね・・・。」

翔平はまどかを見た。

「お前が謝ることないだろ!?悪いのはあいつと・・・あいつと俺だよ。お前は何にも悪くない!」

翔平は必死に言った。

「うん・・・。でも・・・。」

「なんだよ。」

下を向いたまま芝生を抜き続けながらまどかは言った。

「うん・・・その・・・宮本君と秋生君にこんなことで喧嘩っていうか、感じ悪くさせちゃって申し訳ないなーって・・・。」

「はあ!?こんなこと!?お前はあいつに傷つけられたんだぞ!俺はムカついてしょうがない!あいつがこんなことするなんてがっかりだ!許せない!こんなことじゃないだろ!」

翔平もブチブチと芝生を千切り取り、無造作に遠くに投げた。まどかは芝生を抜く手を止めた。

「だって、付き合ってた訳じゃないし・・・秋生君に何か言われた訳でも無いし、ただ私が一人で勝手に舞い上がっちゃっただけだし・・・。」

「・・・・。」

まどかは続けた。

「あの子、確かサッカー部のマネージャーしてる子だったと思う。どこかで見た気がしたんだけど、さっき思い出した。」

「そうらしいな。」

「・・・秋生君すごく楽しそうだった。昨日は少しも楽しそうじゃなかったのに。」

「そんなことないだろ。今朝だって学校で楽しかったって言ってたぞ。」

まどかは小さく首を振った。

「今思えば無理してたんだなってわかるよ。たぶん昨日一緒に回るの断れなかったんじゃないかな。秋生君はたぶん私の気持ちに気付いてただろうし。宮本君にも本当のこと話せなかっただろうし。だから、昨日は彼なりの優しさだったのかもね。秋生君は悪くないよ。宮本君もね。」

翔平はまどかの方を見た。

「・・・悪いのは私だよ。」

「なんでそうなるんだよ。お前は被害者だろ。」

「ううん、私は全然女の子らしくないし、どっちかっていうと男だし・・・胸だって無いし。」

翔平は思わず鼻で笑った。

「さっきの子は浴衣着ててね、悔しいけど可愛かった。下駄を履いて歩いて危なっかしくて、なんて言うか、守ってあげたくなるっていうか・・・。」

翔平は意味がわからないと言った面持ちだった。

「だから、私が悪いの。二人がこんなことで喧嘩する必要ないよ。それに私、嬉しかったよ。宮本君のおかげで秋生君と仲良くできたし、楽しかったし。私に悪いとか思わないで。早く仲直りしてよ。」

鋭い目つきでまどかに言い寄った。

「あいつのこと許せるのか!?」

まどかは少しビクついたが、冷静さを保ったままだ。

「・・・だって秋生君だってこうしたくてした訳じゃないはずだし・・・かわいそう。」

翔平は両手を地面につけてうなだれた。

「お前って本当に・・・。」

「何?」

顔をあげた翔平はまどかを困った目つきで見た。

「なんでもね。」

見上げると月があった。空は雲が無く、月の光は神々しく見えた。

「宮本君はさ」

まどかが言いかけた。

「翔平でいいよ。」

「え?」

「同じ中学の女子はみんな俺のこと翔平って呼んでるから、お前も翔平でいいよ。ずっと言おうと思ってたんだけど、お前に宮本君って呼ばれるの何かかゆくなるんだよな。」

「失礼な!」

「翔平でよろしく。」

「んーじゃあ、しょうがないなあ。」

まどかは咳払いをし、若干照れて

「翔平・・・くん。」

「あれっ。」

翔平は首を横に傾げた。

「くんはいらない。」

「翔平君でいいの。」

「あっそ、反抗的なやつ。」

まどかは芝生に寝転がった。翔平は少し驚いた。

「あーまたダメだったよー!!何でこんなに彼氏できないんだろー!!」

投げやりにゴロゴロ転がって叫んだ。翔平から三メートル位離れた所でうつ伏せになり、静かになった。

「あきらめんなよ。」

離れた所から翔平の声が響いた。まどかは顔を上げて起き上がり、またその場に座り込み翔平の方を向いた。服に少し土がついて汚れていて、顔にも葉っぱのような物が付いている。

「たぶん、あの二人はすぐ別れると思う。持っても多分、半年位だ。」

「なんで?」

「勘だな。それにあいつはお前が嫌いな訳じゃないし、その頃にまた頑張ってみてもいいんじゃないか?」

「・・・そうかな・・・。」

「お前の自由だな。」

翔平は立ち上がりまどかのいる方へ歩いて来た。

「今までは正直なところ、面白半分な所もあったけどこれからは全面応援するから何かあったらいつでも言え。」

まどかはその言葉が嬉しくてにっこり笑った。今までが面白半分である訳が無い。さっきの怒った様子でも充分にわかっていた。自分のために何かしてくれようという気持ちなのだろうと感じ取れた。

「ありがとう。またいろいろ相談するね。とりあえず今日はもう帰ろうか。」

時計に目をやると十時を過ぎていた。

「うわー!いつの間に!」

まどかと翔平は公園から急いで走って出て行って別れた。神社の方からは祭り帰りの人々がぞろぞろと家路へと歩いている。浴衣を着てお面を被りながら余韻に浸る家族。疲れて眠ってしまい、親に抱かれている子供。手をつないで歩くカップル。オレンジ色の街灯に照らされ街も人も眠りに就こうとしているかのように見えた。その中を一人逆走して家へと向かう。まどかは失恋は既に何度も経験済みだったが、今回は期待が大きかっただけに傷は深いと思っていた。でも自分でも驚く程に立ち直りが早く、楽しい気持ちで走っていた。こんなことは今までに無かった。その時、まどかの中に今までとは違う新しい気持ちが生まれていた。

(眠っている場合じゃない!早く家に帰ってこの気持ちを日記に書かなきゃ!)

しかしまどかは、家で帰りが遅いことを怒られ勲と響子からお説教を受けることになったため、日記を書くことはできなかった。



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