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ミルクとパンプキンスープ


吾輩はマオである。


遠藤家に飼われているしがない猫である。いつも明るい雪斗殿と、厳しくも優しい春紀殿、そして何よりも愛しくてやまない夏野嬢に囲まれて吾輩の猫生は充実していると言えよう。たった数年前まで道端で哀れな声を出していた生活が嘘のようだ。


そう、吾輩は数年前は捨て猫であったのだ。

しばらく吾輩の猫生にお付き合い願いたい。




*******



吾輩、4年ほど前は道端のダンボールの中でにゃあにゃあと鳴くことしかできなかった若輩者であった。前の飼い主の顔は当に忘れてしまった。何でも他の猫が子供を生みすぎて手狭になってしまったようなのだ。

日差しが強い日や雨の日などは、申し訳程度に入れられていた毛布にくるまり必死でやり過ごしたものだ。雨に打たれながら、明日を迎えられることだけをただひたすら願う日々。毎日が地獄であった。




そんな吾輩を、ある日暖かい手が拾い上げてくださった。ひどい雨の日であった。


濡れ雑巾のようになっていた吾輩をそのお人はやや乱暴につまみあげ、ふわふわしたストールで包み込んでくださった。

(このまま目が覚めなくても良い・・・)

ストールから微かに漂う金木犀の香りに、吾輩の意識はゆっくりと沈み込んでいったのである。






「ただいま」

「おかえり~・・ってやだ!びしょぬれじゃない!!」

不意に耳に飛び込んできた甲高い声に吾輩は目を覚ました。暖かいストールのなかで身をよじっていると二つの顔が吾輩を覗き込んでいた。

「・・・拾ってきた」

そう言った男性は無愛想に吾輩を突き出した。

「あら、子猫?この子もびしょぬれね~」

そういった女性は吾輩を抱きかかえるとすぐさま風呂場へと急いだ。

「ハルちゃんも早くシャワー浴びなさいね!風邪引いたら大変大変」

そう言いながら女性は洗面台に吾輩を下ろし、取り付けられていた小さなシャワーで吾輩を洗うと、丁寧に毛を乾かしてくれた。ずっと雨風にさらされてきた毛がふわふわによみがえる。

「あなた三毛ちゃんなのね~。こうして見るとけっこう美人さんね」

抱き上げられて褒められるが、吾輩、オスである。だが女性はそれに気づかず吾輩の毛を優しく撫でた。



「そうそう!お腹空いてるでしょ?何か作らなきゃ」

リビングに連れて行かれ、柔らかなビーズクッションの上に下ろされる。おとなしくして待っててね~と言いながら女性はキッチンへと消えていった。吾輩はぐるりとキッチンを見渡した。広くはないがすっきりと片付けられている。ソファやカーテンは深い緑に統一され、テーブルなどはシックな茶色だ。壁にかけられた時計がコチコチと静かに時を刻んでいる。そこまで見て吾輩の目はある一点に止まった。ソファの横、キッチンからも見える場所にある茶色の木箱。その中に何かがもぞもぞと動いている。好奇心に負けた吾輩は、静かに歩み寄って中を覗き込んだ。



「あー・・・・まうぅ~」

そこにいたのは人間の赤子だった。くりくりとした瞳はしっかりと吾輩を見つめ小さな手を吾輩に伸ばしている。紅葉のような手からは甘いミルクの香りが漂っていた。ためしに手を一舐めすると一瞬びくりとひっこめたが、次にはきゃっきゃっと嬉しそうに笑っていた。


「あら、なっちゃんもこの子が気に入ったのかしら」

先ほどの女性が皿と鍋を手に立っていた。鍋からは甘いかぼちゃの香りが漂っている。大人しくしていなかった吾輩を怒るのかを思いきや、満面の笑みを浮かべている。その後ろからは湯上りの男性がタオル片手に覗き込んでいた。

「へー。ナツが泣いてねーわ」

「でしょ?よっぽどこの子が気に入ったのよ」

どうやら人見知りする子のようだ。(まぁ吾輩は人ではないのだが)変わらずナツ殿は吾輩を触ろうと手を伸ばしている。吾輩もその小さな手に額をすりよせた。


「決めたわ!」

突然女性が声をあげたかと思うと吾輩を優しく抱き上げた。その目はキラキラと輝いている。形の良い唇が緩やかな三日月を描く。

「アナタ、家の子になりなさいな!」


・・・・んん?つまり吾輩はこの家に暮らすということなのか?吾輩、ここにいて良いのか?もう雨に濡れなくても良いのか?

すると横から手が伸びる。

「つか、最初からそのつもりだったしな」

小柄な男性が少し背伸びして吾輩を撫でている。少し控えめに笑いながら、優しく。

「そうと決まったら名前ね!何がいいかしら?」

「・・ミケ」

「ハルちゃん、それはいくらなんでも雑じゃない?」

うむ、吾輩ももっと洒落た名がいいぞ。という意味で一声鳴いた。

「ほら!この子もそれは嫌みたいよ?」

「ちっ・・・じゃあタマ」

「んもう!適当なんだからっ」


やいのやいのと言い合う二人の手をすり抜け、吾輩はもう一度ナツ殿の下に近づく。ゆりかごの中を覗き込むとナツ殿は満面の笑みを浮かべてくれた。再度伸びた手を舐める。

「あぁ~う・・まん、まぁう~」

「あら、なっちゃん。どうかしたの~?」


ナツ殿は吾輩を見つめながら何かを伝えようとしていた。いつのまにか後ろで言い合っていた二人もナツ殿の声に耳を傾けていた。

「まぁ・・まぁぉう~」

「・・・・・・・・・・・もしかして、名前、とか?」

「まぁぉう~」

うにゃうにゃとしていて聞き取りづらいが、それはどうやら吾輩の名前のようだった。それを証拠に目はしっかりと吾輩を見ていた。

「・・・まお・・・・マオね!なっちゃん、この子は?」

「・・まぁぉう~~」

伝わったことが分かったのか、ナツ殿は満足げに笑った。後ろの女性もよほど感動したのか、興奮気味に話している。

「なっちゃんってば天才じゃない!?センスあるわ~」

「パパママより猫の名前が先とか・・・」

逆に男性は若干落ち込んでいるようだ。無理もない・・・。



「これからよろしくね!マオ」


このとき、吾輩はナツ殿から「マオ」という名前を賜ったのだ。なかなか良い名であろう?




*********





「は~いマオ。ご飯よ~」

今日は柔らかく煮込まれたかぼちゃと鶏肉のスープだ。吾輩がこの家に拾われたときに雪斗殿が作ってくれたこのパンプキンスープが吾輩の大好物になった。外で冷えた体も、ほかほかになる優しい味付け。あのときこれを食べた吾輩は身も心も温められたのだ。

うむ、今日のパンプキンスープも美味である。吾輩は熱々のかぼちゃをゆっくり咀嚼した。


「マオ!ただいま!」

外の冷たい風とともに夏野嬢が駆け込んでくる。もう10月だ。紅葉のように赤くなった手と頬を吾輩で温めるように抱きしめてくる。吾輩、寒いのは苦手だが夏野嬢のためなら我慢するのだ。

「マオあったか~い」

「ほらほら、そんなに抱きしめたらマオ困っちゃうじゃない。あったかいミルクあるから離してやりなさいな」



違うのだ、雪斗殿。

吾輩は夏野嬢のためなら何でもするし、寒いのも我慢するのだ。

吾輩に素敵な名をくれた、吾輩を見て笑ってくれた、いつも隣にいてくれた夏野嬢の笑顔を吾輩は守りたいのだ。だから夏野嬢がどれだけだっこしていても吾輩は構わないのだよ。


「おいしいねぇ」

隣に座ってミルクを飲む夏野嬢。口元にミルクのひげがついてもお構いなしに笑っている。

愛しい愛しい夏野嬢。吾輩の肉球では頼りないかもしれぬが、これからも隣にいたいから・・・。

ずっと守っていくと、約束しよう。


吾輩は誓うように、夏野嬢のミルクのひげを一舐めした。



ハルちゃんの影がうすくなってしまいました。すいません。

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