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紅茶とチーズケーキ

都心から少し外れた住宅街。遠藤家はそこにある。

白い土壁の2階建て。1階は店舗、2階が家族の居住空間だ。正面のドアは深い青に縁取られたガラス張りで金字で「雑貨屋 Tack」と書かれている。店舗の横には階段がありそこを登ればまた深い青のドアがある。そこが遠藤家の玄関だ。


「さて、とお店開けないとね」

そして今現れたのが下の店舗のオーナー、遠藤雪斗。




遠藤雪斗はオネエだ。しかもかなり見目の良いオネエ。


179センチのスラリとした体にモデルのような長い手足で迫力があるが、少し垂れ目気味の整った顔立ちがその印象を和らげていた。栗色の長い髪はゆるく巻かれ、うなじでひとくくりに結われている。


彼(?)は普段、趣味で始めた創作雑貨の店を営んでいる。革細工のアクセサリーや繊細なインテリア雑貨が女性に人気である。また雪斗の穏やかな雰囲気も良いと定評がある。

手頃な価格から高校生の客も多く、雪斗はよく彼女らの相談相手になっている。その多くは恋の悩みだ。片思いだの今の彼氏と喧嘩だの様々だ。


(んふ、みんな若いわねえ)

そんなことを思いながら雪斗は新しいアクセサリーを作っていた。店の片隅の小さな机が彼(?)のアトリエだ。ここからなら店の全体が見えるし、椅子をもうひとつ出せば近所の客とのんびりティータイムもできる。


(そうだわ、美味しい紅茶いただいたし休憩にしましょ)

あっという間にアクセサリーを仕上げると、机の横に備え付けている棚からティーセットを取り出す。カーテンで仕切られた小さなキッチンに入るとポットに水を入れ火にかけた。その間に昨日焼いたクッキーを数枚皿に出したところで店のドアベルがちりんと鳴った。


(あらお客さんかしら?ティータイムはお預けね・・)

少しがっかりしつつも柔らかい笑顔で店に出ると入り口に一人の女子高生が佇んでいる。初めてなのかもじもじと居心地が悪そうにあたりを見渡していた。


「いらっしゃいませ。何かお探しかしら?」

雪斗がゆっくり近づくと彼女は少し安心したように頬を緩める。制服からしてすぐ近くの高校だろう。

(スカートの丈をいじらない女子高生なんて、珍しいわね)

彼女の店に来る女子高生の殆どは支障がない程度にスカートの丈を短くしていた。だが彼女は見たところまったくいじっていない。しかもおさげに眼鏡という今時珍しい古風さだ。だがよくよく見ると愛らしい顔立ちをしている。


「あ、あの・・・お、おまもり作ってもらえるって、聞いたので・・・」

おどおどと話す彼女の言葉に雪斗は、ああと頷いた。店頭に売っている雑貨の他に客の好みや目的によってその場で作るオーダーメイド雑貨もやっているのだ。一部の客からは「願いが叶う」「勇気をくれる」などと言われ、おまもりと呼ばれるようになっていた。

「じゃあお茶でもしながらお話聞こうかしら。時間は大丈夫?」


雪斗の問いかけに彼女は小さく頷き案内された小さな椅子に腰掛けた。沸いたお湯をティーポットに注ぎ、二つ出したカップに静かに注ぐと芳醇なアプリコットの香りが漂った。

「ちょうど美味しい紅茶をいただいたのよ。ラッキーね」

ウインクした雪斗に彼女は小さく微笑んだ。両手でカップを持ち静かに飲む。


「おいしい・・・です」

「でしょ?ってアタシも初めて飲むんだけどね」

和やかな雰囲気に先ほどまで固かった彼女の表情は柔らかくなっていく。クッキーを1枚食べ終えた彼女に雪斗は優しく尋ねた。

「それで、どんな雑貨がいいのかしら?」

その言葉に彼女の顔が赤くなる。しばらくもじもじと指先を絡ませてから小さな声で話し始める。


「あ・・・私、小牧秋穂っていいます・・。あの・・・・わたし、好きな人がいて・・・・・それで、こ、告白したくて・・・でもわたし、見た目も性格もこんなだからなかなか言えなくて・・・・・・それで、恋を叶えてくれるアクセサリーが、ほしくて・・・・・」

話せば話すほど彼女の顔は赤くなり、今にも火をふきそうだ。雪斗は話を聞きながら頭の中で早速アクセサリーのデザインを考え始めていた。


(学校もあるしあまり目立つのはだめよねぇ・・・。それにこの子の場合は告白する勇気がもてそうなデザインがいいわね)


「そのお相手はどんな人か聞いてもいいかしら?」

「えと・・・すごくやさしくて、明るい人なんです。剣道部なんですけど・・・かっこよくて・・・一度花壇の掃除を手伝ってもらってから・・・」

「好きになっちゃったのねぇ」

「っ・・・・・・はい」

真っ赤になってうつむく彼女を見て雪斗はどうにか力になりたいと強く思った。

「分かったわ!アクセサリー作るわね。それと、アクセサリーだけじゃなくてうんと変身してみない?」

「え、変身、ですか?」

「そ!可愛くなって彼を驚かせてやりましょうよ!そうしましょ!」

雪斗の勢いに彼女はただうなずくしかなかった。












「で?」

「だーかーらーハルちゃんに協力してほしいのよ!」

「なんであたしが・・・・」

その夜、雪斗は春紀に今日の秋穂の話をした。彼女の変身を手伝ってほしいと彼女が帰ってから頼み込んでいるのだ。


「小さな恋を叶えるキューピッドになってあげたいのよ~。ハルちゃんの魔法をかけてあげて!」

「・・・・・・・・・・・・・明日のデザート、チーズケーキにしろよ」

「ハルちゃん!!愛してるわ~!」

「やめろ暑苦しい!!」

がばぁっと抱きつかれ春紀はぐえぇと叫んだ。









数日後、雪斗の店に秋穂が訪れた。今日は休日ということもあり私服だ。だがそれもジーンズに紺のスウェットという地味すぎるもので春紀は少し後ずさった。秋穂も秋穂で、目つきの悪い春紀に怯えていた。しかも店に入ったら春物のライトダウンを羽織りダメージジーンズを履いた男だか何だか分からない人が現れたのだから当然だ。


「お待たせ~!さ、行きましょ!」

支度を済ませた雪斗に秋穂の顔がぱっと明るくなった。

「雪斗さん・・・素敵」


彼(?)は今日は薄手の白ニットにデニム地のスキニー、紺のヒールでシンプルだがモデル顔負けの脚線美を見せ付けていた。

「ありがと!秋穂ちゃんもこれから素敵になるのよ~?」

「そんな・・・わ、わたしは・・・」

「下を向いちゃだめよ。胸を張って歩けるように、ハルちゃんとアタシが魔法をかけてあげるから」

俯く秋穂の手を取ると、雪斗は颯爽と歩き出した。




「じゃあ服ね!」


「おいユキ、制服だから服は関係ねーだろ」

「んふ、制服を可愛く着こなすための服よ」


そういって手に取ったのは薄ピンク色のカーディガンだった。他で売っているものより上品な色合いで、手触りも心地よさそうなものだ。


「ジャケットだけだと固く見えるのよね~。それに表情が明るくなるのよ~」

「で、でも・・・似合わないんじゃ」

「そんなことないわよ!あとで着てみたら分かるから。さ、次行くわよ!」

あっという間にカーディガンをかごに入れると雪斗は他にもソックスやローファーを手に取りそれら全てを買った。

「あの、お金・・・」

「いいのよ!アタシがしたくてしてることだから。払わせてちょうだい」

あっさりとした答えに秋穂は呆気にとられるばかりだった。それもそうだ。知り合って数日の、しかも2回しか会っていないオネエに服を買ってもらうなんて一生に1度あるかないかの経験ではなかろうか。


だが今までショッピングというものの経験が殆どなかった秋穂は徐々に楽しくなってきていた。それを感じ取った雪斗は心の中で小さくガッツポーズをしていた。






「・・・・よし、始めるぞ」

「ハルちゃん顔怖いわよ~」

「元々だ。ほっとけ」


鏡越しに繰り広げられる会話に秋穂は少し頬が緩んだ。今3人がいるのは美容室である。あまりにもお洒落な外観とお洒落なスタッフに先ほどまで縮こまっていたのだ。

「とりあえずどうするよ」

「そうね~。いっそのことばっさりいっちゃたら?」

「えぇ!?そそそそそんな!似合わないです!ショートヘアなんて今までしたことないです!」


あっさりと言われた言葉に秋穂は驚愕した。小学生のころからずっと伸ばしたままの髪は彼女の腰あたりまで伸びていた。それをばっさりショートにしようと言い出すのだから誰でも驚くだろう。

「そんなことないわよ~。スッキリしてみたほうがいいわよ」

「・・・・・・・いや、ありかもな」

慌てふためく秋穂と説得を続ける雪斗をしばらく黙ってみていた春紀が小さく呟いた。

「アンタ小顔だし、目鼻立ちもはっきりしてる。小柄だから逆にロングだとバランス悪くなることもあるしな」

「ほらね?」

「っ・・・・ほんとですか?」

「あたしが保障してやるよ。失敗したらチーズケーキお預けだし」

そう言いながら春紀は微かに笑んだ。










シャキン・・・シャキン・・・と小気味良い鋏の音が響くたびに頭が軽くなっていく。秋穂は自分の気持ちも徐々に軽くなっていく気がした。重く垂れていた頭が前を向こうと持ち上がっていく、そんな感じがした。

(変われる・・・気がしてきた)

鏡の向こう側で鋏を振るう春紀、柔らかく微笑む雪斗を見て、秋穂は自分の変化を自覚し始めていた。











*************









その日、春紀は店の片隅の小さな机にティータイムの準備をしていた。先ほど焼き上げたチーズケーキの甘酸っぱい香りが店内を更に幸せな空間に仕上げていると思うと心弾まずにはいられなかった。

「今日は・・・レモンティーにしようかしら」

そう呟きながらティーカップを3つ出す。チーズケーキも3つ。


チリンとドアベルが鳴った。

「いらっしゃい。待ってたわよ」

つながれた手に、揃いのブレスレットが小さく揺れた。




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