プロローグ
吾輩は猫である。名前はマオである。この家の娘、夏野嬢がつけてくれた素敵な名だ。吾輩が住んでいる遠藤家はいささか変わっている。良い家族であることに変わりないのだが、世間一般で見ると「普通」というもではないらしい。その要因はこの家の父君と母君だろう。この二人がかなりの曲者であるのだ。
「ねぇマオ、今日はこのリボンがいいと思うわ」
吾輩に満面の笑みでフリルのついたリボンをつけている(吾輩、オスなのだが)お方がこの家の父君、遠藤雪斗殿である。栗色の長い髪に、薄化粧でも映える顔立ちは見るからに女性なのだが・・・雪斗殿は男なのだ。正確に言えば、オネエであるのだが。
「ほら、やっぱり似合うわぁ!あなたは美人さんだから何でも似合うのよね」
そういう雪斗殿のほうが明らかに美人の類に入ると思うのだが。色白の肌にスッと通った鼻筋、スラリとした手足、颯爽と歩けば一体どこのモデルだと誰もが思うだろう。
「ユキぃ・・・んなこといいから飯」
キッチンで吾輩と戯れていた雪斗殿をリビングから睨みつけている女性が、母君の春紀殿である。
どうやら吾輩と戯れるのに夢中で食事の支度を忘れている雪斗殿にご立腹のようだ。そんな彼女に雪斗殿は暢気に笑い返しながら朝食の支度を済ませた。
「やーねぇハルちゃんたら。そんなに睨んだら眉間がしわしわになっちゃうじゃない」
「ぶっとばされてーかてめぇ」
女性的な雪斗殿とは正反対で、春紀殿は女性なのにかなり男性的なのだ(それも見目の良い男性)。背は小さい(これを言われると春紀殿はものすごく怒る)のだが、全体的に華奢であり(特に胸まわりが)短い髪も相まってよく男性に間違われる。そして何よりその鋭い目つきが彼女から女性らしさというものをかき消している。
なんでも春紀殿は昔は夜な夜なバイクを乗りまわし、たくさんの舎弟がいるやんきーなるものだったらしいのだ。そのためかよく我が家には目つきの悪い輩が出入りするのだ。だが基本的に気がいい連中であるから害はない。
「おいナツ、席つきな」
春紀殿の声に駆けてきたのが、吾輩の名付け親である夏野殿だ。歳は5つとまだまだ幼い。伸ばしている髪は春紀殿の手によって綺麗に二つに結い上げられている。くりくりとした瞳は愛らしく、桃色のワンピースがよく似合う顔立ちだ。
「それじゃ、いただきます!」
「「いただきます」」
これが吾輩の家族。オネエの雪斗殿と、元ヤンの春紀殿と、愛らしい夏野殿の3人家族である。