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2、運命の日~家にて~

 翌朝、自然に目が覚めると、身体中に軋むような痛みが走った。時計を確認すると時刻は6時47分。普段なら起きているはずがない時間。


 どうやら生徒会に入らない為の策を練っている最中にそのまま机で寝落ちしてしまったらしい……って一体何時間寝てたんだおい。


 都合の悪い展開の連続に、知らぬ内に疲労を貯めていたのだろうか。何にしても机でそのまま寝てしまっていたということは夕飯も食べていなければ風呂にも何も入っていないことになる。歯に舌を這わせれば見事にザラ付いている。


 本来ならば一度目が覚めたところで即座に自動発動(オート)スキル・二度寝を発動する所だが、今日に限っては身体中の不快感と倦怠感がその発動を妨げる。


 とりあえず、まずは風呂に入ろう。厳密には朝から湯を張る時間的余裕は無いのでシャワーを浴びよう。


 そう決めて風呂のある一階へ向かい、脱衣所で部屋着を脱ぐが、そのまま制服に着替えるまでのつなぎとして着るので洗濯カゴには投げ込まない。下の下着だけカゴに入れて湯船のある浴室へ……ってオレはなんで中村山先生みたいなこと言っているんだろう。そんな事を考えながらシャワーの蛇口を捻る。


 温まる前の、出始めの冷たい水を顔に向ける。そのまま口をすすぎ、とりあえず口に広がる不快感を誤魔化す。そうしている間に程良い温度と化したシャワーを頭から被る。一気に全身が目覚める感覚。そのままシャワーヘッドを持たない手で身体中を優しく撫でるように……ってこの状況説明必要か?


ごく一部、本当にごく一部の人に需要があるかもしれないが、これ以上の描写は不特定多数の人間に不快感を与えてしまうし、より詳細に状況説明をするとオレ自身のプライベートでデリケートな部分の話も出てくるので割愛させて頂く事にする。


 一通りシャワーを浴びて、サッパリした所で部屋に戻る。浴室を出たばかりの身体はまだ熱を帯びているので下着だけを身につけて部屋に戻る。別に自分の家なのだから誰に遠慮することもない。


 頭をタオルでガシガシと拭きながら朝から風呂に入ると一気に目も覚めるし、わざわざ寝ぐせを直す手間も省けるので効率的でイイかもなんて思ったが、貴重な睡眠時間が大分消費されると思うと寝ていた方が到底マシだという考えに一瞬で至り、無駄だった思考を捨てる。


 部屋の時計を見るとまだまだ時間に余裕がある。ベッドに腰を下ろしある程度髪の水気を取った所でドライヤーを使って一気に乾かす為に、再び一階の脱衣所兼洗面台に戻ろうと部屋を出る。


 すると、開けた扉の向こうには制服姿の陽がいた。

 ドアを開けようと伸ばしていた陽の手が部屋の外に出ようとしたオレの鳩尾の部分に触れる。ほとんど産まれたままの状態であるオレ。当然触れた部分は生である。


 瞬間、時が止まる。オレの目の前には驚愕という文字を顔に張り付けた陽。まるで一人だけ時間の流れに取り残されてしまったように、完全に動きが止まっている。


 一階に用があるのだが入口に立ち塞がられてはその目的を達成することは不可能。そして陽は一向に動き出す気配が無い。


「そこどいてくれよ。通れないから」

 いつまでも静止した陽の世界に付き合っていたら身体が冷えてしまうので声をかける。

「…………」


 返事は無い。だが、ただの屍と呼ぶには活き活きとした人間だ。


 そんな陽にどう声を掛ければいいのかわからず、一旦外に出るのは諦めてしばらくそのまま様子を観察することにした。


 すると、ほどなくして止まっていた彼女の時間が動き出す。


「みぎゃあああああああ!!!!!!!」


 突然の咆哮に驚いて思わず後ずさる。


「アンタなんて格好してるのよ!どうして服着てないのよ!」


 いきなり再起動したと思ったらなんで怒ってるんだよコイツは。


「いや風呂上りで暑かったから」

「暑いからって服を着なくてイイとは限らないのよ!」

「そりゃ当然だ!でもここはオレの家だからな!お前こそ勝手に人の部屋に入ろうとしてんじゃねぇ!」

「ていうか私、さっき何かに触ったよね?そしてあんたは裸……ってああああああっ!露出狂!変態男!痴漢!マンチカン!」

「またワケのわからないこと言ってんじゃねぇ!つーか触ったのはお前だろうに。あとマンチカンに失礼だろ!」


 これ以上ワケのわからない悲鳴を上げる陽に付き合っていたらいよいよ本当に風邪を引いてしまうので、陽が後ずさって出来たスペースを抜けて一階へ降りる。背後で陽がまだキーキー言っているが放っておこう。


 そしてドライヤーで適当に髪を乾かし、脱衣所に置きっぱなしにしていた部屋着に着替えて部屋に戻る。


 するとムスーっと頬を膨らませて、マイベストプレイスであるベッドに腰を下ろす陽を見つける。


「さっさとしないと遅刻するわよ」


 いきなりそう言うので時計に目を向けると、いつの間にかいつもと大差ない時間になりつつあるようだ。


 足を組んで座る陽のムクレ面からするに、さっきのことを未だに根に持っているようだ。


「もう昨日話したこと忘れたの?教室が遠くなったから去年より早くしないと遅刻しちゃうって。早くしなさい」


 だが話題にしないあたり努めて忘れようとしているのかもしれない。


「だからその為にスプリント能力を鍛えてだな」

「走るんだったら少しでも早く起きる事を考えなさいって言ったじゃない。今のこの時間だってもったいないんだからさっさとする!」


 いや、この会話の流れからしてさっきの事が無かったとしても陽の機嫌は悪かっただろう。


「つーかそもそもお前は朝から人の部屋に来てなにするつもりだったんだ?アレか?イヤらしいことでもする気か?」


 一応オレにもプライバシーって物があるので改めてここにいる理由を問う。


「するワケないでしょ!ワケわかんないこと言ってないでさっさと着替えなさいこの変態!」

「ごふぁおぅ!」


 すると返ってきたのは容赦ないボディブローだった。服を着ていないと着ろと怒られ、着ていても着替えろと怒られる。一体どうすればイイと言うのだ。


「ん?今なんて言った?あー挨拶ね。おはよ。今更って感じだけど。じゃあ下で待ってるから早くしなさいよね」

「誰も挨拶してるつもりないんだが……」


 どうやらコイツには人が殴られた時の悲鳴が挨拶に聞こえるらしい。前にもこんなやりとりをした様な気がするのだが、一体どんな耳をしているんだこの暴力女。自分が殴った事に全く悪びれもせず、それは当然だとでも思っているのかだろうか。


 そういえば、どこかで聞いたことがあるぞ。躊躇いや罪悪感なくそういう事を出来る奴が一番危ないって。


 その話を聞かせてやろうと思って顔を上げたが既に陽の姿は無く、どうやら痛んでいる間に陽は階段を降りていったようだ。まぁそんな事言ったらまた新たに一撃を喰らっていたかもしれないので結果良かったのかもしれない。



「おはよ~。あれ?どしたのス~くん?お腹イタイの?」


一通り準備を済ませて、先ほど攻撃を受けた腹をさすりながらリビングに入ると母がいて、挨拶も早々に心配をされてしまう。


「うん。今日はポンポン痛いから学校お休みする」

「何ふざけたこと言ってんのよ。おばさんが朝ご飯食べるの待ってるんだから早くしなさい」


 確かにふざけては言ったが陽よ、ポンポンの痛みはお前が原因だからふざけた事などとは言わせないぞ。


 陽に視線をくれながら母の待つ食卓に着き、テーブルに視線を移すと、そこには玉子料理のオンパレード。なんと、クスノキ春の玉子復活祭が行われていた。だがイースターエッグは並んでいないので、復活祭といっても復活祭(イースター)ではない。


「いただきま~す♪陽ちゃんは本当に食べなくていいの~?」

「家で食べて来たから大丈夫です!ありがとうございます」

「今度は朝ごはんも一緒に食べようね~」

「そんな、朝からお邪魔するのは迷惑じゃないですか?」

「そんなことないよ~だって陽ちゃんはウチの子だし~」

「じゃあ、いつか一緒に……」


 まさかの復活祭に動揺を隠せないオレを尻目に母と陽は随分と楽しそうに話をしている。


 ていうか朝からお邪魔するのは迷惑って、今まさにお邪魔してるじゃねーか。


 しかし、ここでツッコんだらまた面倒な事になるのは明白なので黙って食事を続ける。


 それからも母と陽の会話は続いていて、その間にオレは朝食を食べ終えた。


「ほら、早くしないと遅れるぞ」


 随分と話に夢中なようだったので、たまには言い返してやろうと少し上から言ってみた。


「アンタ、食べたそのまま学校いく気?歯磨きしてきなさいよ。不潔よフケツ!」

「フケツ~!ちゃんと責任取りなさい!」


 ……やはり慣れないことはするもんじゃなかったか。あっさりと言い返されてしまった。


 うるさいだのなんだの言われるのは別に気にしないのだが、汚いとかそういった類のことは相手が本心で言ってないにしても気になってしまうもので、素直に従ったみたいで悔しいが洗面所へ向かうことにした。


 あと、陽に続いて母が責任どうのこうの言っていたのは……まだ昨日の事を引きずっていたのか。母の中でオレは一体どんなサイテー男になっているのだろうか。

 

 仮にも女性二人に言われたワケではないが、念入りに歯磨きを済ませてリビングに戻ろうとすると、すでに玄関で陽が靴を履いて待っていた。


「ホラ、早くしないと遅れるぞ」


 オレの姿を見るやいなや、さっきのオレと同じ調子で言ってくる。自分のことだからその実似ているか似てないかわからないが、マネされている事自体が鼻につく。無視してローファーを履くが、何も言い返せないこと自体が参ったと言っているようで悔しい。


「おばさーん!いってきまーす!」


 そんなオレを尻目に陽がリビングにいるであろう母に向かって大きな声で挨拶をする。


 すると『いってらっさ~い!』と陽に負けない大きな声で返事がくる。続けて……

『ス~くんは~?』


 そう言われると無視するワケにはいかない。


「いってきます!」


 家の中で大声を出して挨拶する事に違和感を覚えつつ、母に聞こえるように返事をした。


 その直後、リビングに繋がるドアが開いて母が顔だけで覗いてきた。それもめっちゃ笑顔で。


 扉の近くにいたのならデカい声出してないで初めから出て来いと言ってやりたいところだが、その幸せそうな表情を見たら何も言う気がしなくなり、振り返って玄関へ。


 するとオレの後ろにいた陽はめっちゃ笑顔で手を振っていた。朝からめでたい奴らだ。


 そのまま扉を開けて外に出る。


「あっ、ちょっと待ちなさいよ!おばさん、じゃあまた!」


 扉の開く音でオレが先に家を出たのに気付いた陽は、改めて母に挨拶をしながら小さく手を振って慌ただしく追いかけてきたのだった。


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