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新学期~始業式~

 三人と合流し、体育館に着くと既に生徒の列がいくつも出来上がっていたので、そこから自分たちのクラスの並ぶ場所を探し、列の最後尾に陽を見つけたのでそのまま後ろに並ぶ。


「また遅れてる」

 オレが後ろに並んだ事に気付いた陽が早速小言を言ってくる。


「オレのせいじゃない。悪いのは後ろバカどもだ。それにお前だって変わらんだろ」

 自分だって列の一番後ろにいるという事は陽ものんびり来ていたという証拠だ。

「うるさい。間に合ってるからイイの」


 陽は振り返って言いつつ、チラっとオレの後方に並ぶ三人の男子の姿を確認すると、すぐさま前に向き直った。


と思ったら今度は再び突然何かを思い出したかのように体ごとこちらを振り返った。


「それより、お昼だけどやっぱりアンタんちでどう?玉子料理じゃなきゃイイんで――」

「ちょい!その話は後で!ここではまずフィガッ!!」


 するといきなりこんな事を言い出したので後ろにいる奴らには聞かれてはまずいと思い慌てて会話を(さえぎ)ろうとしたが、逆に背後からオレの口を塞がれる。


これは……マズイな……


「楠木くん、なにやら君と九重さんの会話の中に不純異性交遊の匂いを感じたんだが説明していただけるかな?」


やはり聞かれてしまっていたか。だがここで素直に認めてはいけない。

「ンヌ……不純異性交遊ってなんだよ!?別に一緒に昼飯食うくらい何でもないだろうが!」

「昼飯を?」

「食う?」

「しま……った……」


 口を塞いできた赤坂の手を払って反論をしたが、勢い余って隠さなければならなかった事実をそのまま話してしまった。


 その失言部分を赤坂と岩崎は確認するように、分担して繰り返す。


 これはまた面倒な事になりそうだ。別に自分では普通の事だと思っているのでさも当然のように言ってしまったのもいけなかった。でもコイツらもコイツらで過剰に反応し過ぎだと思うのだが……だって一緒に昼飯食って言っても陽とだぜ?


「何が悪いってんだ!ただただ飯を食う、人間としての基本行動だろうが!」

 こうなればどうせ面倒な事になるのは変わりないと、いっそ開き直ってみる。

 だが、そんな事は二人にとっては関係の無いことのようだ。


「問題は……」

「そこじゃねぇ……」

「一緒にってどういう事だぁぁぁぁ!!!」


 赤坂と岩崎の二人の反応は予想できる物だった。でもえっ?最後の?三人目?中島?なんでいきなりキレてんの!?まさかお前もバーバリアンだったの?三兄弟なの!?


 それにしても赤坂と岩崎の息の合いっぷりは何なのだろう?さすがバーバリアンの兄弟と言った所なのか……なんていらん所で関心をしていたらまさかの中島緊急参戦!


「アリカ様を間近で拝んだとはどういう事だコラぁぁぁぁぁっ!!!」

それは今関係ないだろ!?


 そんなツッコミをする間もなく、背後から三人に襲撃される。

「なに怒ってんだよお前ら!別に小学生の頃から家によく来てたし今さらなんでもねぇだろ!普通なんだよ!」

「それを普通と言ってのけるのが憎い!」

「なんでもないって簡単に言うな!」

「ほんとびっくりするほど論外!」


 そう言って三人は先ほど教室では開始直後にノーコンテストとなった乱闘を再開するかのように襲い掛かってきた。


「ホビロンっ!!」


 もみくちゃにされながらも反論しようとしたが脇腹に不意の一撃をくらって思わずワケのわからない悲鳴をあげてしまう。それにしても、三人の発声のタイミングは別の口から発せられているとは思えないほどピッタリだ。やっぱりバーバリアンの兄弟だからこそなせる技なのだろうか……って攻撃をされている今、改めてそんな分析をしている場合ではない。


 そのまましばらく、成す術もなく襲われていると……


「あなた達何してるの!もう始業式始まるんだから静かにしなさい!シーッ!」

 騒ぎを嗅ぎ付けたらしい中村山先生が注意に来たが最後のシーッ!ってなに!?そんなカワイイ感じで簡単に静まるようなシチュエーションじゃないと思うんですけど!

「俺だって!」

「幼馴染と!」

「イチャつきたいんだよ!」


 案の定「シーッ!」で乱闘が収まることはなく、三人は変わらずにオレを攻め続ける。責め続ける。その攻撃は本気ではないにしても、同時に三人から受けるとなるとうざったいし、ちょっと痛い。


 だがこのままやられっぱなしでいるワケにもいかないのでいい加減止めさせようと、少し大きな声を出すために息を吸いこんだ。

その時だった。


「二年F組の赤坂君、岩崎君、中島君。もうすぐ式が始まりますので整列して下さい」


誰かの一言で同時に名前を呼ばれた三人の動きが完全に止まった。一瞬の出来事。それはまるで三人の世界だけが凍りついたかのように。


 そしてそのまま三人は黙って列に戻る。


 なんだか知らないがとりあえず助かった。だが一体誰だ?中村山先生の言う事に全く耳を貸さなかった三人がこんなにも素直に言う事を聞く人物なんて……。


 乱れた制服を直しながら立ち上がり、声のした方向に目を向ける。

すると、視線の先にいるのは野老沢高校生徒会副会長、桐咲有華だった。


 意外な人物の登場に、視線は無意識に彼女に釘付けになってしまう。

その大きくて全てを見通しているかのように深く澄んだ瞳に、その上下を飾る睫毛は過剰な化粧をせずともその存在感を放ち、まばたき一つであらゆる事象を改変してしまいそうな迫力がある。筋は通っているが主張しすぎない鼻も、主張をしていない故に顔全体の美しさを引き立てる。胸の辺りまで真っ直ぐに伸びた髪は、青く輝いて見えるほど艶のある黒。そして髪の色とは対象的な新雪のように白い肌。見れば見るほどその美しさの虜になってしまいそうな、ある種の恐怖のような感情さえ感じる程の美がそこにあった。


 そのまま黙って桐咲有華に見惚れていると……


『只今より、平成○年度野老沢高校始業式を始めます』


体育館に響いた始業式の開始を告げるアナウンスが流れる。


すると、それまで騒がしかった館内(オレ達だけが騒がしかったワケではない)の様子が数秒で静寂に変わる。オレも桐咲有華を見つめるのを止めてステージの方を向き、そのまま一礼。


こうして始業式が始まった。だが、オレの頭の中はこれから始まる式の事よりもさっきまで見つめていた人物の事で一杯だった。


それにしても、突然注意をしてきたのには驚いた。だがその行為自体は生徒会役員の立場として、当然それを注意する義務がある。冷静に考えてみればそれだけなのだがどうしてだろう、彼女の言葉にそれ以上の何か感じたのは。


 だがその違和感の正体を確かめようにも判断材料が何一つも存在しないので、この事について考えるのは止めよう。


そして、意識を始業式に戻すと、どうやらちょうど校長の話が終わったようだ。まぁ話と言ってもいつものように挨拶の大切さを説くだけのものであったのは容易に予想がつくので聞き逃していても問題ない。


 ちなみに我が校のこういった式典、《挨拶至上主義》を掲げるだけあって壇上にあがる人それぞれが心の籠った挨拶をするのでただ突っ立って聞いていればイイというワケには行かず、真面目に参加し挨拶とお辞儀をするだけでも軽い運動になる。


 まぁとにかく、一番挨拶にうるさい人間の話は終わったので後は周囲の動きに合わせてお辞儀をしておけば問題なく式は過ぎていくだろう。


『続いて生徒会からのお知らせです』

続いて館内に響くアナウンス。まぁ今後行われる行事の説明とかそんなのだろう。別に学校行事なんて例年と変わるような事なんてないだろうからあっさり終わるはずだ。


 そんな特に何も考えていない頭で視線をなんとなく壇上に移す。すると目に入ったのは生徒会副会長、桐咲有華がステージの中央へと向かう姿だった。


 改めて目にした彼女。その美しさは遠目に見ても際立っている。


そして桐咲有華ステージ中央の演説台の前に立ち、正面に向き直ると深くお辞儀をすると、一歩踏み出しマイクに近寄る。


学校一の有名人で、日ごろから注目を集める彼女がステージの上という否応なく人の視線を集めるシチュエーションの真っただ中にいるので会場中の視線は例外なく全て桐咲有華に集中しているだろう。その視線の主がたとえ自分と同じ学校の生徒のものであったとしても、大勢の人間の注目を集めるのはどれほどのプレッシャーだろう。


さらに彼女はこれから話をしようと言うのだ。クラスのHRで教室の前に立たされ先生の注意を受けるくらいでしか集団の目に晒されたことのないオレには知ろうとしても知ることの出来ない世界、そのプレッシャーはかなりの物のはず。


 しかし、彼女の堂々とした様子はその影響を一切受けていないように見える。生徒会副会長としてこれまでにこういった場面を何度も経験し、場馴れしているからかとも思うが、それでも一切緊張しないという事はないはずだ。だがここから伺う事の出来る桐咲有華の表情には一切の気負いもなく、まるで《余裕》という言葉で作った仮面を付けているようだ。


 そして、いよいよ彼女が口を開く……


『皆さんおはようございます。桐咲有華です』


 改めてマイクを通して挨拶をし、一歩下がって改めてお辞儀をする。整列した生徒達からは「おはようございまーす」と不思議と息の合った挨拶が返されている。


『本年度も任期まで副会長を務めさせて頂きますので教職員の皆さま、生徒の皆さん、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い致します』


 そう言って壇上に上がってから早くも三度目のお辞儀をすると体育館は拍手に包まれる。


『ありがとうございます』

 四度目のお辞儀。


『さて、今日から新学期が始まりました。一年生の皆さま、ご入学おめでとうございます。これからの学校生活が輝かしいものになるようお祈りしております』


 桐咲有華が言葉を区切ったタイミングでまたしても大きな拍手が起こる。まるでコンサートのMCのようだ。


『在校生の皆様はクラス替えがない為、見慣れた光景と学友の顔に新鮮さを感じることはないかもしれませんが、この学校で、この仲間と過ごす日常はかけがえのない瞬間に満ち満ちています。三年生の先輩方は五月の修学旅行を今から楽しみにしていらっしゃるでしょう。二年生はこの学校で初めて出来る後輩に会えるのを待ちわびているのではないでしょうか』


 ここで言葉が区切られたが拍手はなく、聴衆は黙って続く彼女の言葉を待っている。


『この学校で過ごす時間は皆に平等です。その時間をどのように生きるか、それは皆様それぞれに掛かっています。生きる事は変化の連続。その一瞬一瞬に輝ける命に、それぞれの美しい心の花を咲かせましょう』


 桐咲有華は一歩下がって、五度目のお辞儀をする。


 ここでまたしても大きな拍手に包まれるのかと思ったが、体育館には不思議な沈黙が流れる。


 それまで騒がしかった空間が突然静かになる瞬間、それは神様が通り過ぎた瞬間だなんて話を聞いたことがあるのだが、この体育館では今まさに、通り抜けようとした神様が思わず立ち止まってしまったのではないかと思えるほどに静かな空間だった。


 だが、流れる時を止めることはたとえ神様であったとしても出来ない。


 体育館を支配していた沈黙は桐咲有華が顔を上げた途端に破れ、まるで建物ごと揺れているのではないかと思うほどの大音量の拍手が鳴り響いた。


 どうしてだろう。ちゃんと聞いていたが別に大したことを言っていないように聞こえた。


 しかし、この感覚は何だ?言葉が心に直接訴えてくるような、異常な説得力と清々しい印象。


桐咲有華の言葉はこの体育館にいる全ての人間の心の底の底にまで響いているのではないかと思えるほどの喝采。その中には自然と拍手をしている自分もいた。


そして一向に鳴り止む気配の無い拍手の中、後ろに並んでいた中島が口を開いた。


「さすがアリカ様だなぁ……言う事が違う。なんか早く後輩に会いたくなった!」

 中島は元々桐咲有華に好意的だったようだが、それにしても影響を受け過ぎだろう。お前の場合はどうせ後輩(※但し女子に限る)だろうが。


 それはともかくとして、桐咲有華の挨拶が素晴らしい物であったのは確かだ。それに話している最中も常に微笑みを称えていて、またしても見惚れてしまった。


 拍手は今も止まるタイミングを失くして鳴り続け、このままではまた収集が付きそうにない。


話が終わったのならステージを降りれば自然と拍手も鳴り止むものだと思うが、何故か桐咲有華はそのまま壇上に留まっている。それが拍手の鳴り止まない最大の理由だ。


 オレはいい加減拍手を止めて、壇上の桐咲有華を見た。すると彼女は改めて深々とお辞儀をする。その様子を見てまた一段と音量を増す拍手。一体どういうつもりなのだろう?


 まぁ完璧と言われる桐咲有華も人の子である。たぶん。だからこんな大歓声を一身に受けるのは気分が良いだろうし、もしかしたらしばらく浸っていたいと思うような所もあるのかもしれないな。


 そして、再び桐咲有華が顔を上げると行き場を失っていた拍手はいよいよここが収めどころだと思ったのか、次第に止み始める。


 これでようやく桐咲有華も壇上を後にするだろう……と思ったらお辞儀をする為に一歩下がった場所から、何故か再び演説台に向けて一歩を踏み出した。誰しもを虜にしていそうな頬笑みを湛えながら。


そして……


『続いて、生徒会からお知らせがあります』

 

あれ?続きあったの?さっきまでのはただの挨拶だったとか?なんか会場の雰囲気的も有華桐咲のありがた~い話はもうさっきので終わったものだと思っていたようで少しざわついている。


 わざわざ話を区切ったということは何か重要な発表でもあるのだろうか?まぁそうは言っても大したことなどないだろう。現実の生徒会なんてのはアニメやマンガみたいに法外な権力があったり、何でもかんでも好き勝手やったりするわけじゃないからな。とりあえず黙って聴こう。


『ご存知の方もいらっしゃると思われますが、今年度は例年の1・7倍と多くの新入生が入学しました』


 そう突然切り出した桐咲有華。確か県立高校の受験制度に変更があったとかで例年までの受験者数の予想が当てにならず、想定外の数の出願があったそうな。きっとその影響なんだろうな。で、どうしたって?


『そこで、生徒数の大幅な増加に合わせて皆様に快適な学校生活を満喫して頂く為にも生徒会役員の増員を致します』


 ふ~ん。そうですか。まぁオレには関係の無い話だな。


『その人員の選出ですが、この新学期の慌ただしい時期に全校生徒による選挙を開く時間的、人員的余裕はない為、特別に任命と言う形で新たな役員として加わって頂きます。本日はその候補者の紹介をさせて頂き、明日、全校生徒による信任投票を以って正式決定とさせて頂きます。信任投票ですのでたった一つでも賛成票があれば決定とします。なお、候補者に関しては生徒会での審議での下、既に決定してあります』


 これはまた随分と急な話だな。新しい生徒会役員、それももう決まっているってどういうことだ?わざわざ追加されるくらいなんだから優秀な人材が選ばれるのだろう。きっと去年の生徒会選挙で惜しくも選ばれることはなかったが、志を持ち続けていた人間とかな。


 まぁ色々丸く収まっていいんじゃないの?働きたい人を働かせてやるのに何も悪いことはない。頑張れ未来の生徒会役員!「未来の」と言ってもこの後すぐに誰かはわかるんだがな。


 そして、桐咲有華がその名前を口にする。

『それではその候補者を発表させて頂きます。二年F組楠木昴くん、皆様にご紹介させて頂きたいので壇上までお越し願います』


 なんか聞きなじみのある名前だな。ん?どうして皆こっち見てるの?陽なんてわざわざ体ごと振り返って、なおかつ凄い顔してるし。どうした?式中に後ろ向いていると注意されるから前向けばいいぞー……ってオレの前方にいる人みんな後ろを振り返ってないか?体育館の後ろに何かあるのだろうか。


一体オレの背後で何が起こっているのか、いよいよ気になって後ろを見る。すると、前を向いたままのバーバリアンの兄弟たちを目が合った。


そして、バーバリアン1番こと赤坂はこちらに手を伸ばし、オレの肩に置いて一言。


「クス、お前生徒会に入るのか?」

「……ん?」


 いきなり何言ってんだこのバーバリアン。マジで何言ってるかわからないんですけど?


「聞いてなかったのか?副会長に呼ばれてるぞ。早く行った方がイイんじゃね?」

 

その後ろにいた2番(岩崎)もなに言ってんだ?


「お前オイ!なんでアリカ様にご指名されてんだよ!どういうことだよ!」

 10番(中島)は滅多に見せない怖い顔してなんか言ってるけど、ほとほと意味はわからない。


「さっきからお前ら何言ってんだ?わけがわからん」

「それはこっちのセリフだ!」

「色々聞きたいのはこっちだよ!」

「お前が生徒会ってどうしてだよ!」

「……ほぇ?」


 するといつものように三人で言葉を区切って返してきたあたり、どうやらオレの言葉はちゃんと伝わっていたようだが、オレが生徒会になんだって?例えば続く言葉が「呼び出し」に近い言葉であればありえる話かもしれない。


現にどうやら今、オレは桐咲有華に呼び出されているらしいしな。


 だがその後に続いた言葉に付いてはどうしても理解できない。中島曰く、オレが生徒会に入る?何がどうしたらこんな話が出てくるんだよ。


『楠木昴くん、早く壇上へ』


未だに現状を把握できず、そのままクラスの列で立ちつくしていると、壇上の桐咲有華がオレの名を呼んでいる。どうやら呼び出しをくらっているのはマジだったようだ。


 ここで自分の右隣に目を向けると、横に並んでいる生徒は誰も後ろを見ておらず、皆こちらを向いている。振り返って左隣の様子も確認すると、こちらも同様にオレの方を向いている。どうやら体育館の後ろを見ていると思った生徒達は皆、突然桐咲有華に呼び出されたオレの事を見ていたようだ。


 そしてあらゆる方向から注がれる視線はサッサとしろよと言っている様。式が始まってからずっと立ちっぱなしだからな。オレが動かなければ式は進まず、終わる事もない。


 さすがに大勢の人間から一斉に責められる様な視線を浴びせられて平気でいられる図太さをオレは持ち合わせていない。わかったよ、行けばイイんだろ?行けばわかるんだろ?だから皆こっち見んな!


 これまでの人生でも最大級の注目、それも決して好意的とは言えない視線を受けて心に突如芽生えた感情は怒り。あーどういうことだよおい!とにかくもう行ってや――

「るうぉ!」

「「「早く行けよ!」」」


 覚悟を決め、一歩を踏み出そうとした瞬間、同時に後ろのバーバリアン三兄弟に背中を押されて変な声が出てしまった。折角の決意が台無しである。


 ドタドタと、並んでいる生徒にぶつからない様に、自分も転ばないに壇上へと向かう。こうなったらもう進むしかない。


 人と人の合間を縫ってステージを目指す。それにしても短い時間で一気にワケのわからないことが増え過ぎだ。もうこうなったらこの疑問は直接、桐咲有華にぶつけてやる。


 列を抜け、そのまま脇に設置された階段を昇っていよいよ桐咲有華と同じステージに立った。


 すると桐咲有華がオレを指差して言った。


『改めてご紹介します。生徒会役員候補、楠木昴くんです』


当然のように話す桐咲有華。その言葉に対して、生徒はざわめきを返す。この場所からはもちろん聞こえはしないが、「どうして?」「誰?」といった様な会話があちこちで繰り広げられているのだろう。


 それもそうだ。これまで学校で目立つようなことは何もしていないのでクラスメイトくらいしかオレのことなど知る人間はいないはず。逆にオレも自分のクラス以外の人間のことは知らないのだが。


 この期に及んでようやく理解した。どうやらオレが生徒会役員になるってのは嘘じゃなかった様だ。だからと言ってこのまま黙って受け入れるというワケではないが。


「まずどういうことか説明して欲しい。どうしていきなりオレなんだ?もっと相応しい人間はいくらでもいるだろ?それにさも決定事項のように話すが拒否権はないのか?」


 少し離れた所にいる桐咲有華に声が届くように大きな声で話したので、傍からみたら怒りで以って喚き散らしているように見えるかもしれない。


 だが今更、人の視線など気にしている場合ではない。用があるのは他の誰でもない、桐咲有華ただ一人だけだ。


 言い終えたオレに聞き終えた桐咲有華。お互いに視線を交わすと桐咲有華がマイクを口元に運んだ。


『あなたこそが適任だと判断したからです。それが理由です』


 淡々と、当然のように話す所からして、桐咲有華はこちらの言い分に聞く耳を持つつもりはなさそうだ。


 これだと一人で喚いているような自分がバカらしく思えたので大きな声を出さずとも会話出来る距離まで桐咲有華に近付く。


 そして改めて反論をしようと口を開いたその時、その動きに合わせるように桐咲有華は持っているマイクの先をこちらに向けてきた。さながらヒーローインタビューのように……ってオレは本日のヒーローじゃねーぞ!


『そんなん理由になってねーよ!なんだ?嫌がらせか?正直に言ってみろよ!』


 冷静に話し合おうと思った矢先の桐咲有華のオレをなめた様な行動に、思わず大きな声を出してしまう。声はマイクを通じて盛大にハウリングし、キーンという音がスピーカーを通じて体育館中に響き渡る。

それはその原因であるオレですらも顔をしかめてしまうような騒音。だが、いつの間にかマイクを自分の手元に戻していた桐咲有華の表情は全く変わらない。


『私があなたを好きで選びました。それで十分な理由になりませんか?』


 実に言葉足らずではあるが、これは先ほどの質問への回答なのだろうか。実に説明不十分である。だが、迷わず言ってのける辺り、何かこだわりがあってオレを選んだというのも伝わる。


 しかし、それで納得出来るワケがないし、言葉だけを捉えるとどこか色恋めいて聞こえるので生徒達から悲鳴と不満の声が飛んでいる。


 そして返答を求めるように再びマイクをこちらに向ける桐咲有華。納得しましたとでも言わせたいつもりなのか?でもな……


『それじゃあ納得できないって言ってるんだよ!何を言われようと納得するつもりもないがな!オレは生徒会には入る気はない!』

『勘違いをされているようですね。まだ生徒会に入ると決まったわけではありません。あくまでも候補者としてあなたが選ばれたということ。正式な任命は明日行われる信任投票で決定されます』

『だからオレが候補者に選ばれる時点でおかしいだろ!それに信任投票ってほとんど決まったようなもんじゃねぇのかよ!』

 

マイクがオレと桐咲有華の間を行き来する。その最中に一つ大切な事に気付いた。


『でもそうか、もしその信任投票でオレに票が入らなければ選ばれることはないんだな?』

『その通りです。他に質問はございますか?もう時間が押してしまっていますので質問があれば後ほど、直接私までお尋ね下さい。それでは以上で生徒会からのお知らせを終わります。皆さまご清聴ありがとうございました』

「おい!いきなり話終わるな!」


 一方的に会話を終わらせ、正面に向き直りお辞儀をする桐咲有華。それに対する大きな拍手が体育館を包んだので最後のオレの一言は聞こえていないかもしれない。


 結局、いざステージに立ってみたものの、何一つ求めた答えを得ることが出来ず、得た物を挙げるとすれば疑問と怒りだけ。それを全面に出した視線で目の前に立つ桐咲有華を見つめる。いや、睨みつけると言った方が正しいか。


 すると、お辞儀を終えた桐咲有華がこちらに歩み寄ってきた。そしてすれ違う瞬間……


「放課後、生徒会室で待っています」


 小さな声でそう言って、そのまま階段を降りる。


 一体何が目的だ?放課後に女子から呼び出し……言葉だけならドキドキするシチュエーションだと思う。だがこの場合に限ってはそんなこと微塵も思わない。オレの抱えている怒りが、そうさせるはずがなかった。いいだろう。こっちにだって色々あるんだ。


「わかった。楽しみにしてる」


 またしても言葉だけを取れば、それはまるで青春ラブコメのワンシーンのようだが、そんな間違っているような事が起きるはずがない。


 オレはすれ違うように、桐咲有華が降りたのとは別の階段を降りて列に戻った。


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