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新学期~教室にて~

 オレ達の通うこの埼玉県にある私立野老沢高校、略して野老高の校舎は空から見下ろすと真一文字なるような構造をしており、廊下が非常に長い。

 

廊下の長さなら市内一だぞ!なんてベテランの数学教師が自慢してたっけ。市内で一番ってのが自慢になりうるのだろうか疑問ではあるが。


 自分が通う高校なのであまり言いたくはないが、非常に地味な学校である。普通コースの学力は中の上。優秀な生徒を集めた特進コースの生徒達だけを指して自称進学校と名乗っている。


 運動部の成績は中の中で、たまに県大会に出場決定するだけで大喜び出来るレベル。目指せ国立!目指せ甲子園!目指せクリスマスボウル!目指せ近江神宮!と各部活はお約束のように大きな目標を掲げているが、本気で目指している生徒がいるなら今すぐ転校する事を薦めたい。


 しかし転校した所で活躍出来るほど、優れた選手はこの学校にはいないだろう。

 こうした現状が作り出す学校内の雰囲気は、とにかくフワっとしている。ストイックなワケでも弛緩し切った空気でもない。真面目なヤツもいれば不真面目なヤツもいる。そんな普通の高校だ。


 だが一つだけ、この野老沢高校には実に特徴的な、全国でも唯一無二といっても過言ではないだろう独自の理念が存在する。


 その名も《挨拶至上主義》――これさえ守れば国の定める法に触れていない限り基本文句を言われないので校風は実に自由で気楽だ。


「全ては挨拶に始まり挨拶に終わる」そんな言葉の元に掲げられたこの理念。

 すれ違う人間全員にしろ!というほど厳しいワケではなく、わざわざ立ち止まって頭を垂れる必要まではないものの、挨拶するのが強制されている。ただ強制されているといってもそれが実践されている光景は学び舎を共にする者同士が自然と挨拶を交わしあっているだけで、至って健全なものと言えるだろう。


 とにかく挨拶さえキチンとすれば後は何でもオッケー☆的な自由な校風がウケていて入学を希望する者は多いが、当然定員は決まっている為、自然とその中から学力が高い人間が残るのだ。それが学力がそこそこである理由。あくまでもそこそこに留まるのは本当に真面目な人間ならばこんなふざけた様な高校には行かず、まともな学校に行くからである。


 万が一興味を持った人がいたら学校のホームページを調べてみるといい。そこには《挨拶至上主義:実践編》のサンプル動画が公開されているので参考にしてみてくれ。


 ちなみにこの実践編、DVD全36巻で、我が校にはこれを鑑賞するだけの時間が月に三度はある。おかげで視聴覚設備が無駄に整っている。


 因みに基本編は本にまとめられていて、それはそれは立派な本が入学時に記念品として学校から贈呈される。これまた興味のある人は大手通販サイトのMITSURINで挨拶至上主義と検索してみると市販版が見つかるのでどうぞ。


 なおMITSURINの商品レビューをみると『人を殴れば昏倒させることの出来るくらいの重量があるので凶器に最適』なんてひどいものがあるが、このレビューは実に参考になる。書いたのはきっとウチの生徒だろう。本当に重くて持って帰るのが大変だった。


 また、キチンと入口で挨拶さえすればお盆や年末年始を除き何時でも校内を見学する事が出来る。今時どうなってんだこの学校のセキュリティー体制は。

 

 一瞬だけ感じた新鮮な気分だが、去年一年間履き古した上履きは家に持ち帰ったものの、そのまま鞄に入れたままになっていたので汚らしく、新鮮さよりも懐かしさの様な気持ちの方がすぐに上回った。


 学校にいる間は毎日履いていて見慣れていた為か、全く気にしていなかったが久々に見た上履きは思っていたより黒ずんでいたので自分の物ながら軽く引いてしまった。ちなみに上履きは学年ごとに色が決まっており、オレ達の学年の上履きには白を基調に赤が配色されている。


 ちなみにジャージも学年ごとに色分けがされているが、何故か赤ではなくオレ達の学年の色はエメラルドグリーン。どうして赤で揃えなかったんだチクショウ。

「二年の教室って三階だっけ?階段昇るだけでもしんどいな。全力疾走した後だと足がもつれて転んでしまいそうだ」


 そう言いながら陽の足下を見たら、陽の上履きは新品同様の白さを誇っていた。やっぱり持って帰ったなら洗うべきだった。


「だから、なんで始めからギリギリに登校する前提なのよ」

「オレには見えるよ。道半ば、力尽きて階段の踊り場で倒れながらも必死に教室の扉に手を伸ばした先輩達の姿が……なんか寒気がしないか?」

「確かに、変な声が聞こえるわね。鳴らないでくれぇ~ってチャイムの事を言っているのかしら……ってそんなの聞こえるはずないでしょ。ワケのわからなこと言わないで」


 こんなやりとりをしている間に、これから一年を過ごす二年F組の教室に到着した。


 新しい教室、扉を開けると目に入ったのは見知った顔ぶれ。また一年を一緒に過ごす仲間達。  


 クラス替えがないということで新しく人間関係を築く必要がないのは気楽でいいが、同時に閉鎖的でもある為、部活動などをしていない限り、三年間の学校生活で得られる人間関係がそれで完結してしまうというのはどこか寂しい事だなと最初は思ったりもしたが、気心知れた仲間と一緒にいられるというのは実に心地の良いことだ。だからオレはクラス替えがないこの学校の制度には大賛成。

「おっ!今日も夫婦揃って登校とは相変わらずおアツイですねぇ」

 だってこんな冗談、新学期早々に初対面の相手には言えないだろ?


教室に入って最初に掛けられた声に――


「「だから夫婦漫才じゃない!」」

「いや、だからってなんだよ……」


――挨拶よりも先に口を突いたのは、異口同音に繰り出されたツッコミだった。



 我が校では出席番号を男女の区別関係なく、五十音順で早い者から数えるのだが、教室での座席配置に関しては右側に男子が、左側に女子が一列ごと交互に五十音順で並ぶ。


 教室に入って初めに声を掛けてきたのは男子の出席番号1番・赤坂翔。そして2番・岩崎俊亮、10番中島淳平。揃いも揃って男三人……なんともテンションの上がらない顔ぶれである。


 コイツら別にやんちゃをしているワケではないが《集まると騒がしい男子の集団》としてクラスメイトからも、教師からも注目されるイイ意味でも悪い意味でも目立つ奴らだ。良く言えばムードメーカー、悪く言えばお調子者の集団。


 なんて他人事のように説明したが、オレも気付くとコイツらと一緒にいたりするので自分事だったりもする。ちなみに全員彼女がいない。オレも含めて。


 要するにオレから見ると残念な三人組が、周囲の目から見ると残念な四人組になるわけだ。


 そして、それが全員揃うと非常にやかましい。

「陽ちゃんおハロー!久しぶりー。春休みどっかいった?」

 まず赤坂が会話の口火を切ると――

「ちなみに俺はどこにも行ってないよ!そんな俺の春休みの出来事、聞きたい?」

「そんなん誰も興味ないだろ。てかどこにも行ってないなら話せることないだろ。ねぇ陽ちゃん?」


 赤坂に始まり岩崎が続いて中島で終わる。彼らは出席番号順に話した。


「お、おハロー?皆、相変わらず元気そうだね」

 赤坂から発せられた言葉は二人を経由してようやく本来の目的対象である陽に辿り着いた。


 お互いの発言を拾わずにはいられない、そんな朝も早よから騒がしい奴らに陽も圧されているようだ。その表情を表す言葉は「苦笑い」の他に見つからない。

「おい、オレのことは無視かよ。挨拶しないと先生に言いつけるぞ」

 見かねたオレは我が校の絶対的規則を振りかざし会話に割り込む。言っておくが別に誰からも声を掛けられなかったのが淋しかったワケではない。


「うるせーなクス。別にお前とは久しぶりでも何でもないんだしイイだろ」

会話に割って入ったのが気にくわなかったのか、明らかな邪魔もの扱いで、ぞんざいな態度を取る赤坂。


 ちなみに、赤坂の言ったクスというのはオレのあだ名みたいなものだ。どうオレの事を呼ぼうが人の勝手だが、こうして呼ぶ場合に於いては一つ注意してほしい点がある。それはクスであってクズではない。楠木のクスである。繰り返す、クズではない。それだけは間違えないように。


そんなやりとりをしながら小突きあっていると、窓側に陣取っていた女子から声を掛けられた陽は返事をしながら「またね」と言ってオレ達のそばを離れて行った。その笑った表情からはもう苦味は消えていた。

「陽ちゃん待って!俺の春休みはねぇ!」

 岩崎が去っていく陽に追いすがるように手を伸ばすがその声も手も陽には届いていない。その何にも触れることが出来なかった手を岩崎は伸ばしたまま、何かを揉むような仕草をする。おい、その手つき、一体陽に何をしようとした?

「お前らが嫌がらせするからどっか行っちまったな」


 今なお虚空を揉んでいる岩崎の感情をわざと逆撫でするように言う。するとうるせーなどと言いつつも何かを揉む仕草を止めて、その手を拳にしてオレを小突いてきた。


 陽がいなくなって、気付けば当たり前のように、二年になってもこのメンツで落ち着いてしまった事実が少し悲しい。校内では見る景色のどこかに必ずコイツらがいるんだよな……別にオレが完璧(パーフェクト)超人で、マグネットパワーを使ってこいつらを引き寄せてしまっているワケではないはずだが……。


「この野郎、自分は仲良くかわいい幼馴染と一緒に登校して来たからって調子乗りやがって」

 陽に自分から話しかけたのにも関わらず、結局一度も本人と直接会話が出来なかった赤坂はご機嫌斜めのようで、何故かオレがその八つ当たり先にされている。

「待て。決して仲良くではない。その点は強く否定させて頂く。繰り返す、決して仲良くではない」

 事実は事実。大事な事なので二回言っておく。

「いつも通りアイツが起こしに来たから一緒に来ただけだよ」

 オレは当たり前のように今朝の出来事をそのまま伝えた。なお、可愛いかどうかなんて考えたことも無いのでその点に関してはノーコメント。

「ねぇ自慢じゃないよね?今の自慢じゃないよね?自慢だったら然るべき対応をしなきゃいけないよ?出るとこ出るよ?」


 すると岩崎が虚ろな目をして、何もない空間を見つめながら言った。なんか無表情で不気味な顔になってるけど一体誰に何を確認しているんだこいつは。


「起こすって言ってもアレほとんど暴力だからな?いきなりベッドに飛び乗ってきたと思ったらマウント取られてそれからはされるがまま……暴行罪で十分起訴出来るレベルだと思う。お前らも起こされてみればいいよ。一回ウチで寝るか?」

「「アッー!!」」

冗談交じりに更に詳しく今朝の出来事を説明したら、今度は赤坂と岩崎が妙な雄たけびを上げながら同時に壊れた。


「クスと一緒に寝るのは勘弁して欲しいね。でも幼馴染みには起こされてみたいし、一緒に登校するのも憧れる。それが陽ちゃんみたいにかわいい子だったら最高でしょ。ホントはクスも嬉しいんじゃないの?」

 二人と違って冷静な中島だが、最後の一言は絶対に間違っているぞ。

「あんなのと一緒に登校することのなにが嬉しいのか……本当に一回変わるか?如何に自分が恵まれた朝の過ごし方をしているかよくわかるぞ?」

「その台詞、そっくりそのまま返えすよ。まぁクスにとってはいつもの事なんだからこれ以上色々言っても仕方ないでしょ。それよりも、俺は久しぶりにアリカ様の美貌を拝めるのが楽しみで楽しみで。あの女神のようなお姿、憧れという言葉はまさにあの方の為にある……」


 突然話を変えた中島が興奮気味に語った「アリカ様」というのはこの学校の生徒会副会長である桐咲有華の事だ。彼女はこの学校で一番の有名人で容姿端麗、頭脳明晰と想像するのは容易だが、よくいるようで実際どこにもいない、まさしく絵に描いたような、いや、それ以上の優等生。ごくごく平凡、いや、それも少し残念な生徒のオレ達からすれば雲の上の存在である。


「お前、桐咲有華の事好きだったっけ?確かに美人だけどな。卒業式の時に隣でいたから間近で見たけど確かに美人だった。でもなんか性格とかキツそうじゃないか?なんかこう、真面目なのは良いがそれも過ぎると面倒くさいというか……」

 別にオレは桐咲有華に興味があるわけではないが、陽の話題を逸らす為に中島の話に食い付いてみる。


 だが、そんなオレの意図は赤坂と岩崎の怒れる二人には全く伝わらなかったようだ。


「アリカ様だぁ?それもいいが今はそんなことより!俺は!自分が如何に!恵まれて!いるか!気付いて!いない!クスに!制裁を!下し!たい!!」

「鉄拳!制裁!」

 赤坂と岩崎の怒りは未だに収まっていなかったようで、二人はいきなり声を上げてオレに襲いかかる。その表情は去年一年間を共に過ごした同級生のものとは思えず、正気を失った様はバーバリアン1号2号という呼称が適当だろう。いや、出席番号的に1番2番か。とにかく、そのあまりの迫力にそれぞれの手には存在するはずのない棍棒が見えるようだ。


 オレは怒りによって人の境界を超えたモンスターに襲われ途端に揉みくちゃになる。そしてその光景を見た中島も何故か後を追って突撃してきた。誰が好きで朝から乱闘をしなきゃならないのだ。しかも新学期早々に。それも男子だけで。

「みなさ~ん!始業式が始まりますから体育館に移動ですよ~」


だがその乱闘は早々にゴングが鳴らされて終了した。


乱闘の最中に現れると教室中に聞こえるように声を上げたのは我らが担任である中村山先生。


 クラス替えがなければ担任も替わらない。理由としては三年間同じ担任であることで一人一人の生徒を深く理解できるというメリットを重視するからだという。クラス替えも無いのでもしも気が合わないクラスメイト、気が合わない教師と三年間変わることなく一緒になってしまうかもしれないというデメリットも存在するが、中村山先生は国語教師のクセに日本語が怪しいけども、教師の中でも若い先生なので色々話しやすかったりするオレからすればアタリの先生だ。クラスメイトに関しては……わざわざ言わなくてもいいだろう。


 とにかく、オレは中村山先生の事が気に入ってるってことだ。

 それは赤坂達も一緒で、先生の言う事であれば素直に従う。

「「「はーい」」」


 三人は乱闘など何も無かったかのように揃って返事をしながらオレを置いて体育館に向かった。オレも乱れた制服を直しながらその後を追う。


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