新学期~登校~
陽を置いて先に学校へと歩みを進めていると、しばらくして追いついてきた陽が話しかけてきた。
「今日は始業式だけだからすぐに帰れるよね。久しぶりに一緒にランチでもどう?春休みの話でも聞かせなさいよ。アンタんちで!」
学校がなければ陽はオレを起こしに来ることはないので、春休みの間、面と向かって陽と話すことはなかった。
そしてランチには誘われるがそこに他意はない。ただ一緒に食事をするだけ。それは場所が当然のように家に設定されるあたりからも伺い知れるだろう。
「別にイイけど、どうせなら外で食べないか?休みの間ずっと家にいたから家の飯は食い飽きたし。なんか食いたい物とかないの?」
今朝のメニューはトーストと目玉焼き。昨夜はオムレツで昼はオムライスだった。三食連続で玉子料理……ってクスノキ春のたまごフェア開催中かよ。
「私はアンタんちが……。まぁどうするかは始業式の間にでも考えておくわ。どうせ立って話聞いてるだけだしね。でも外で食べるならもちろんアンタのおごりでしょ?」
「オレはただ食べたいものを聞いただけだ。女子と二人きりで食事なんてなったら無条件で奢らせて頂くがお前は対象外だ」
「どっからどう見ても私は女子じゃない!アンタだってカッコつけてるつもりかもしれないけど、どうせ女の子と二人きりでランチなんて行ったことないクセに!」
「うるさい黙れ。イイからいくぞ」
面倒なので相手にはしなかったが、これまでにお前と二人で出掛けた事が何度もあっただろうが。自分で言っといて自分を女子としてカウントするのを忘れているのか?
陽を無視して歩き続ける。まだ後ろでプンプンと何か言っているが、聞こえないふりをする。寝起き直後から同じ様なやり取りをずっと続けているのでいい加減疲れた。
ただ一点だけ、外食を提案した時に一瞬だが淋しそうな顔を作った様な顔をしたのが引っかかったが、その後いつものようにオレを下に見ている様子からすると大したことでもないのだろう。
ほら、もう追いついてきた。
「ちょっと待ちなさいよ!急いで行ったって楽しいことなんかないわよ!ウチの高校は三年間クラス替えはないんだから、変わるものなんて窓から見える景色くらいよ。あっ、でも今年から三階になるから天気がイイ日には富士山が見えるかも!やった!わたしなんか富士山って好きなんだよね♪見てると何だろう、日本人の心っていうの?ほら大和魂みたいな!瞳を閉じるとそれが浮かび上がってくるのよ!」
「瞳を閉じてちゃ富士山見えねぇだろ。それともお前の瞼の裏には富士山が書いてあるのかよ」
「見えるわ!私の瞼の裏には富士山が焼き付いているのよ!ほら!今も私の目の前には雄大な富士の山麓が見える!」
なんて目を閉じながら必死に訴える陽の姿を見ていると、くだらない事に思わずツッコミを入れて話を広げてしまった事に後悔を覚える。それに、今朝のくだらない話と同じネタをまたここで持ちだしてくるんじゃねぇ。
……ていうか陽の奴、いつまで目閉じてるんだ。なんかそのままフラフラ歩き出してるし。
両手を前に突き出しながら目を閉じて「見える……私には見えるよ!」なんて言っている様子はバカを通り越してもはや不気味なんですけど。ニュータイプにでも覚醒したのかよ。というかまさかこのまま学校まで行くつもりじゃないだろうか……なんてアホなやつなんだ。
ここは道行く人々に知り合いだと思われない様に陽と距離を取りたい所だが、このまま登校して派手に転んだりしたらまたオレのせいにされそうなので、何かが起きる前に早いとこ止めさせる為にも声を掛ける。
「はいはい見えてる見えてる。エライエライ。お前の瞼の裏に綺麗な富士山。山頂で仲間のケガの回復を祈る若者の集団の様子さえも見えるような気がする。早く元気になれよー!って」
「えっ?どうして私の富士山の山頂の様子がアンタにも見えるのよ!まさか!いつの間に私の瞼の裏覗いたの!?この変態!瞼の裏マニア!」
「………」
陽の為にと思い声を掛けたのだが完全に裏目に出てしまった。つーかそれどんなマニアだ!瞼なんてひっくり返したらどんだけ熟睡してたって気付くだろうが!てかこいつが寝ている所に居合わせたことがねぇよ!つーかお前の瞼の裏は一体どうなってるんだよ!など、色々とツッコミたいところだったが、これ以上相手にしてもロクな事にならないと考えられるので、陽の言った事は聞こえなかった事にして歩き出す。
というか本当にお前の瞼の富士山の山頂には叫んでる若者がいたのかよ。キャプテン翼のワールドユース編かよ。なんてツッコミいれたら立花兄弟もビックリのスカイラブ・ハリケーンな方向に話が進んでいたかもしれないな……ってスカイラブのラブってどんな愛の形なんだろうか?どうでもいい。
それから「どうして?ねぇ?」なんて食い下がってくる陽をスルーしながら歩くと、気付けば久しぶりの学校が見えてきた。
同じ制服を着た生徒達は皆、校門に立つ先生に挨拶をして校舎へと入っていく。二年にもなるとこの光景も見慣れたもの。学校の決まりで毎朝必ず教師が一人は校門に立って、挨拶する事が決まりとなっているのだ。
「朝からおはようございま~す。今日から新しい新学期ですね~」
今日の担当は中村山都先生。国語の担当教師のクセに日本語がおかしい。どうしてだろうか、言葉を重複して話すクセがあるのだ。ちなみに正しくはじゅうふく?ちょうふく?どっちでもいいか。
「中村山センセイ。おはようございます」
「あら九重さん、おはようございます。楠木くんも。二人仲良くカップルで学校に登校なのね。先生、ジェラシーで妬いちゃうわ」
「二人一緒にいるだけで勝手にカップル認定するのはやめて頂けますか?」
否定する所はしっかり否定しておかないと。この「学校」っていう場所は噂話が広まるスピードが第三宇宙的だからな。
「じゃあ二人はコンビ?あなた達仲が良いからコンビだといずれ仲が悪くなる可能性が高いじゃない。それは先生さびしいのよ」
「なんですかそのお笑い芸人あるあるみたいのは。オレら別に芸人じゃないんですけど」
「そうですよ!別にカップルじゃないです!」
「その否定の仕方だとお笑芸人目指してるのは本当みたいだろうが」
「ほらやっぱり!いつかは夫婦で夫婦漫才師を目指しているのね!」
あーあ。どうでもいい事を誤解されてしまったではないか。まぁ先生も本気で言っているワケではないだろうと思われるが。
「じゃあ先生、僕ら教室に行くんで。R‐1グランプリで優勝してブレイクしたあかつきには十六小節の恋文書いて下さいね!オレちゃんと泣きますから!」
ここは話を終わらせる為にも適当に話をまとめて陽を連れてこの場を去ろうとする。
「わかりました!手紙だけじゃなくてご本人登場のパターンでもイイからいつでも言って!」
だがしかし、この先生ノリノリである。しかし自分で言っておいてなんだが、実に中身の無い事を言ってしまった。十六小節の恋文ってネタとして古いだろ。そう言えば渡辺満里奈って最近テレビで観ないな……どうでもいいか。
内心で思ったことは口にしないで先生に手を振って下駄箱に向かって歩き出す。
だがそう簡単に、思った通りには事は進んでくれない。
「今はもうその番組やってないでしょ!ていうかR‐1っていつの間にかコンビ解散してるっぽいし……って別に結成もしてないけど!あと先生も!別にお笑目指してませんよ私たち!」
どうやら陽にもオレのボケは通じていたらしい。ツッコミも的確だ。さすがオレの相方……じゃなくて!なんで話ひっぱるんだよ!
「コンビ二人ともツッコミスキルを有しているとは、恐ろしい子たち……」
ほら、先生も乗っかってきちゃったじゃん!
「先生、コンビニ人って何人ですか?コンビニに住んでる人?」
「加えてこの天然っぷり……これは冗談抜きで恐ろしいわ。将来が楽しみじゃけぇのぉ」
「勝手に人の将来に期待しないで下さい!それに陽も活字でしか伝わらないボケをしない!」
じゃなくて!オレもツッコんでどうする!てかなんで先生いきなり広島弁になってるの?じゃなくて!
「なんのこと?活字?」
「もういい行くぞ。先生、ご清聴ありがとうございました」
「今朝も朝から練習ご苦労様でした~♪」
改めて先生に一礼して、舞台から捌けるように陽を連れてこの場を立ち去る。校門なんて目立つ場所でこれ以上漫才している場合ではない。
しばらく歩いたところでようやく登校してきた生徒の視線を剥がす事が出来た。さぁここから気を取り直して行こう。
なにせ今日は始業式だ。しかし、登校中に陽とも話したが我が野老沢高校には進級時のクラス替えがなく、変わるのは教室の場所くらいなので生徒達は皆何事もないように昇降口に吸い込まれていく。オレも同じ様に久しぶりの昇降口に進んでいった。だが一歩踏み出した所で陽に袖を掴まれる。
「そっちじゃないよ!二年生の下駄箱は奥!」
「マジかよ。随分と校門から遠くなるな。これは遅刻寸前の時にはスプリント能力が物を言うぞ。今から足腰鍛えておかないとな……」
「どうしてそこで「ちょっと早く起きないとな……」にならないのよ!絶対そっちの方が楽でしょ!」
「朝の一分は通常時のそれとは比べ物にならないほど価値のあるものだ。一秒も無駄に出来ない」
「……バカじゃない?」
方向転換して、陽とくだらない会話をしながらしばらく歩くと、ようやく今日から一年間使う昇降口に辿り着いた。
自分の下駄箱の場所を確認して靴を履き替える。春休みの間持ち帰っていた上履きを鞄から出すと、いよいよ新しい一年が始まるんだという気分がした……