戻ってきた日常~教室~
「自分の命は自分で守ル!戦場での鉄則ダ!覚えておケ!」
結局昇降口までオレをお姫様抱っこで運んでくれたマシュー先生は、そんな兵士としての教訓を授けて職員室へ帰っていった。その去りゆく大きな背中が見えなくなるまで黙って敬礼をする。マシューが優しく介抱してくれたおかげかどうかはわからないが……いやそんなはずはないが、学校に来るまでに使い果たした体力は次第に回復してきていて、まだ若干脚に力が入りきらないが自力で教室へ向かう。サーサンキューサー。
8時25分のチャイムが鳴り終えるまでに校門を通ることが出来たので、後は担任が来るまでに教室にいれば遅刻扱いにはならない。現在時刻8時27分。担任の中村山先生は性格も動きものんびりしているので、まだ余裕はあるはず。
そして、手すりにしがみ付くように階段を上って、ようやく二年生の教室のある階に到着した。廊下の見取り図を「一」とすると、現在オレが立っているのがその右端で、教室はちょうどその真ん中らへんにある。踊り場を抜けると、視界には端から端まで見渡す事の出来る真っ直ぐな廊下が広がる。
すると、この時間であれば生徒が誰もいないはずの廊下に人の影を見つける。
その影の正体は他に見間違いようもない、生徒会副会長の桐咲有華だ。だがどうして教師からの信頼も厚い模範的生徒であるヤツが定時を過ぎたこの時間に廊下にいるのだろうか。そして何故かオレを凝視しているし。
出来る事なら奴にはなるべく近付きたくないのだが、オレの教室は桐咲有華の立つ先にあるのでそうもいかず、仕方なく近付いていく。
「おはようございます、楠木昴くん。顔色が優れない様ですけど大丈夫ですか?」
すると、実に礼儀正しく挨拶をしてきた桐咲有華。深々とお辞儀をするその姿は昨日体育館の無体袖でオレを翻弄し弄んでいたのは実はそっくりさんでした!と言われても納得してしまいそうなほどだ。
「あぁ、ちょっと走って来たからな。しばらく大人しくしてれば治るだろ」
「そう。なら良かったです」
一応心配してくれているようなので聞かれた事に素直に答えたのだが、昨日までオレが相対してきた桐咲有華であれば、ここで遅刻未遂の現行犯やらなんやらと罵倒してくる所だと思うが、怒る様な素振りさえ見せないのは逆に怖い。
だがどうしてコイツはこんな所にいるのだろうか。今のこの穏やかな感じなら聞いても怒られなさそうなので聞いてみるか……
「それより、副会長様がこんな時間に廊下にいてイイのか?先生に怒られちまうぞ?」
すると、桐咲有華は少し呆れた様な顔をして答えた。
「私が先生方の迷惑になるような事を進んでするとお思いですか?私がここにいるのはその必要があるからに他ありません」
確かに桐咲有華の言う通りなのだろう。
「え?何かあったのか?」
「……自覚が無いというのは罪な事ですね。楠木昴くん、先ほどまで自分がどのような状態にあったか覚えていらっしゃらないのですか?」
「先ほど?まさか……」
コイツがここにいるのはオレのせいらしいが、先ほどの事って……確実に思い当たる事があり思わず言葉に詰まる。
「お心当たりがお有りですね。あの様子を見たあなたのクラスメイト達があなたを嘲り笑う為に廊下で待ちかまえていたのです。それを見物しようとする人達も沢山廊下にいらっしゃいましたので皆さん教室に戻って頂きました。そして私がいなくなった後に戻ってくるのを防ぐためにここにいるのです」
「アレ……見てたのか?」
「随分と頑丈そうなタクシーに乗ってのご登校でしたね」
あまりの抱かれ心地の良さに気付かなかった……じゃねぇ!あの場にはオレとマシューしかいなかったので、遠くから誰かに見られているなんて思いもしなかった。
だがここは学校。遅刻寸前、ギリギリに登校してきた人間が校門で倒れ込み、それを屈強な外人教師が抱きかかえているなんて光景を面白がらずにいる事などあり得ない。
なんということだ……マシューの腕に抱かれて恍惚とした表情を……じゃなくてお姫様抱っこで運ばれている姿を見られてしまったなんて、恥ずかしいどころの話じゃない。視線を感じたので真横を見ると、そこには教室の扉の小さな窓からオレを半笑いで見ている顔がいくつもあった。明らかにバカにしていますって顔をしていやがる。
「それにしても、あなたのクラスの男子三人の騒ぎ様ったらもう……話せば直ぐに戻ってくれましたが、随分と楽しそうでしたよ」
「アイツらか……」
廊下でオレを待ちかまえていたってのはやっぱりバーバリアン三兄弟だったか。今は桐咲有華が抑止力となっているが、これは後で何を言われるかわからないな。
「とにかくです。そもそも時間ギリギリに登校する様な事など無ければこの様な騒ぎは起きませんでした。それに、生徒の代表である生徒会役員が遅刻なんて許されていいものではありません。今後はこういった事が無いようにして下さい」
「…………」
教室に入ってから起こるであろう事を憂いていたら、遅刻しそうになった事を注意されてしまった。二度とこんな恥ずかしい思いをしたくないのは当然だが、それでも「生徒会役員だから」という点には同意しかねるので返事をせずにいると桐咲有華が続けた。
「とりあえず今日の所は多めに見て差し上げます。一応間に合ってはいますからね。それでは話を変えまして、生徒会日誌を受け取りましょうか」
「ん?あぁ……」
言われて思い出した。そういえば昨日はベッドで日誌を書きながら寝落ちしてしまって、そのせいで遅刻しそうになったのだった。
こんな物のせいで!とノートに八つ当たりをしてやりたい気分だが、その様子でさえも野次馬共に見られてしまうのは情けない事この上ないので、とにかくここはこれ以上面倒な事にならないよう素直に言われた事に従っておこう。
鞄から日誌を取り出し、黙って桐咲有華に手渡す。
「今日はキチンと書いてきましたか?……うん、書かれていますね。確かに受け取りました」
日誌を受け取るとそのまま中身を確認する桐咲有華。書いている途中で寝てしまったので自分でも何を書いたのかハッキリと覚えていないのだが、納得している所を見るとどうやら問題は無いようだ。
だが、オレにとってはまだ問題が残されている事を思い出した。
「そういえば、オレがどんな事を書くのかわかっているみたいなこと書いてあったけど、本当にその通りに書いてあったのか?」
そう。全てお見通しとでも言っている様なのが気に食わなくて一泡吹かせてやろうと気が向かないながらも日誌を書こうと思ったのだった。
「えぇ、私の思った通りです。私と同じ、生徒会役員の(・・・・・・)あなたでしたらこう書くというのはわかっていましたよ」
「そうかいそうかい。そりゃー良かったですね」
得意げな表情の桐咲有華。未だに自分では何を書いたのかは思い出せないが、どうやら桐咲有華の思惑通りのこと書いていたらしい。そんなことは今更どうでもイイのだが少し悔しい気持ちになると同時に、いやそれ以上に、《生徒会役員の》なんて皮肉に満ちた事を強調して言ったのにイラッとする。
「ここにあなたが書いた事、忘れないようにして下さいね。それじゃあまた放課後、生徒会室で」
だがそんなオレの事などどうでもイイと言わんばかりの満足げな表情で自分の教室へ戻っていく桐咲有華。扉に張り付いていた生徒達も桐咲有華が戻ってくるのを見て慌てて自分の席に戻っていく。
「そうそう」
去って行く姿を黙って見ていたら、扉に手を掛けた桐咲有華が何かを思い出したように顔だけでこちらを振り返った。
「教室に行けば早速、ここに書いた事の大切さがわかると思いますよ」
ノートを軽く掲げながらそう言うと、今度こそ桐咲有華は教室に入っていった。
何やら得意げに言っていたが、肝心のオレは自分が何を書いたのか覚えてないんだよ……まぁわからない事を気にしても仕方が無いのでとりあえず教室に入ろう。
思わぬ邪魔が入ったが、まだ教室に先生は来ていないのでなんとか遅刻を免れる事が出来た。目が覚めた時にはもう間に合わないと思ったが、頑張ればなんとかなるもんだなと、自分で蒔いた種を自分で刈り取っただけにも関わらず、そこそこの達成感と共に教室の扉を開ける。
すると、そこにはバーバリアン三兄弟が待ち受けていた。
「お姫様のご登校でぃーす!」
「姫様、カナダ産の馬車の乗り心地はいかがでございましたでしょうか?」
「アリカ様が……俺の肩に……」
うわぁメンドクサイ。やっぱりマシューに抱っこされていたのを見られていたようだ。
顔を合わせて早々に思わず顔をしかめてしまうが、赤坂と岩崎が調子に乗ってからかってくるのはいつもの事なので、本日の話のネタがマシューにお姫様抱っこされた事になったと思えば普段と変わらないか。でも中島は……なんかもう今にも宙に浮いてそのまま天国に昇っていってしまいそうなくらい幸せそうな顔しているので放っておいてイイだろう。
「マシューの乗り心地か?そりゃ最高に決まってんだろ?あのもみの木ように太く逞しい腕の感触……忘れようにも忘れられない……」
「何言ってんだコイツ!」
「なんかいけないものに目覚めたのか!?」
話に乗っかってやったら爆笑しながらオレを叩きまくる赤坂と岩崎。別に特別面白い事を言ったつもりもないので、これはきっとマシューに抱えられたオレの姿を思い出して笑っているのだろう。中島は相変わらずヘブン状態で一人でブツブツと何か言っている。
「しかしお前マジで危なかったな!完全に貞操と遅刻の危機だっただろ!」
ブハハハ!と、自分で言った事に自分で笑っている赤坂。それにつられて岩崎も笑っている。どうして遅刻より先に貞操の危機が来る?つーかマシューが相手だったら命の危機の方がしっくりくると思うぞ。
「でも珍しいよな!なんだかんだでいつもギリギリ間に合う様に来るのに今日はどうした?まさか姫様、今日はあの日だとでも仰るのでしょうか?」
岩崎がそう言うとまたしても下品に笑う二人。おい岩崎!お前朝からツッコミにくい事をデカイ声で言うんじゃねぇよ!
「まぁそうだな、いつもと違う事はするもんじゃねぇって事だ」
オレ達以外は静かな教室。恐らくこのどうしようもない会話は聞かれずして聞かれているので下衆なツッコミは封印する。
赤坂と岩崎は「一体何を言っているんだ?」と言いたそうな顔をして首を傾げているがそれもそうだ。いつもと違う事……その内容に関しては一切話していないのだからわかるはずもない。
この二日だけで、説明をするのが面倒な位、色々な事がありすぎた。いつもと違う事……それは生徒会に入ってことだったり、軽音部と一緒にステージに立ったり……他にも細かい事を挙げるとキリがないし、話すのも面倒だ。
だから二人には別にこのままわかってもらわなくても問題ない……ってそうか、わかったぞ!きっとオレはこう日誌に書いたに違いない!それは『思っている事はちゃんと言う!』だ!
昨日、桐咲有華はこう言っていた。『わかってほしいことはちゃんと言わないと伝わらない』と。
確かにその通りかもしれないな。なら早速実行してみるか。未だに「?マーク」を頭に浮かべたままの二人相手に。なお、中島は引き続き昇天中だ。
「つーか岩崎!テメェ朝からツッコミにくい事言ってんじゃねぇよ!ちょっとデリケートだろ!それでもマシューに抱えられていたら多い日でも安心ってか!?そんなワケねーだろ!」
「はぁ?お前いきなり何言ってんだよ!?」
本当に言いたかった事を言ってやった結果、今度はオレも混ざって三人で笑い合う。すると、昨日までのメンドクセー事もイヤな事も、仲間と笑っていればどうでもイイことのように思えてくる。
「おい!中島!お前もいつまでも一人でニヤニヤしてんじゃねーよ!気持ちワリーな!」
「う、うるせー!アリカ様が俺の肩に触れて下さったんだぞ!今日は記念日だ!」
「ますます気持ちワリーな!でもまぁ良かったな!」
「おう!」
そのまま中島にも思った事を言って、四人で笑い合う。いつもと違う事ばかりで忘れてしまっていたが、これこそがオレの《いつも》だと、そんな風に思える。悔しいが桐咲有華、お前の言う事は間違っていないようだ。こうして思った事をちゃんと口にした事で、今こうしてバカみたいに、何にも嫌な事など考えずに笑う事が出来る。そういえば軽音部と練習してた時も、大島に言いたい事言ってみてからうまく行き出して中々パンクだなとか言われたっけ……やっぱりパンクが誉められているのか何なのかはわからないけど。
そして、しばらくして笑いが収まってきた所で中島が言う。
「そういえばお前、今日遅刻しそうだったな!マシューに抱っこされてるのマジウケたぜ!」
「その話はお前が逝きそうになってる間に終わってんだよ!お前どんだけ意識飛ばしてたんだよ!ジャンキーか!」
ここでまたしても発生する笑い。やっぱりこうしてバカやってるのが一番だな!
「まぁお前のおかげでアリカ様とお近づきになれたから感謝してるよ。でもあれだな、こんな奇跡はもう起きないだろうな……」
「そうだな。もうマシューの腕の中に抱かれる事がないと思うと……」
「「「そっちじゃねーだろ!」」」
三人から同時にツッコミが入る。あーもう笑いすぎて腹と顔が痛い!
四者四様に全身で笑いを体現していると、笑い過ぎて涙でも出たのだろうか、目尻を手で拭いながら赤坂が話し始めた。
「ハァハァ……まぁどっちも当分ねーだろうな。いつもみたいに陽ちゃんに起こしてもらえば遅れることなんてねーだろうからな!チクショウ!なんだよ可愛い同級生が近所に住んでるって!」
「そういえば、今日は陽ちゃん一人で来てたな」
「この野郎!アリカ様に陽ちゃんとかどういうことだよ!何の特徴もないハーレム系アニメの主人公みたいなヤツのクセに!」
赤坂に続いて岩崎、中島にも言いたい放題言われてしまう。でも、オレばかりが言いたい事を言うだけでは楽しくない。こうしてお互いに言いたい事を言い合える事こそが大事なのだろうと、本日何度目かわからない爆笑に包まれながら思う。
だが、この爆笑は先ほどまでのものとは異なる所がある。それは、この笑い声はオレを除く三人のものだと言う事だ。
どうして今回はオレ一人だけ一緒になってバカみたいに笑えなかったのか。それはコイツらの言った事に強烈に引っかかる事があったからだ。
さっき感じた様に、コイツらとくだらない事を言って笑い合う。これはオレの《いつも》だ。
だけどオレの《いつも》それだけじゃなかった。いつもの《いつも》に、決定的に欠けている事があったではないか。
「ホントこんな野郎がどうして……ってクス!どこいくんだよ!」
いつもならここで、三人が嫉妬の言葉を放ちながら軽くど突いてきて、そのままもみくちゃになる所だが、今まさにそうしようとしていた三人を無視してオレは動き出した。
そしてオレが目指すのは他の誰でもないただ一人……九重陽だ。
オレ達四人以外のクラスメイトは全員席に着いているので遮るものは何もない。真っ直ぐに陽の席へと向かう。
そして、その後頭部に話しかける。
「母さんから聞いたけど昨日の朝、襲いに来たらしいな。今日はどうして来なかった?」
「ちょっと!いきなり何言ってるのよ!いつ私があんたを襲ったって?それを言うなら逆じゃないの?ってそんなことあるわけないでしょ!変態!」。
「お前何言ってんだよ!お前が言うと冗談に聞こえないんだから変な事言うんじゃねぇ!」
勢いよく振り返りながら反論する陽の顔は真っ赤に染まっているのだが、果たしてオレが言った事に対して怒っているからなのか、それとも自分で言った事に自分で恥ずかしくなったからなのかはわからない。
だけど、こうして陽の顔を見て話すのは久しぶりな気がする。
「あんたこそいきなり何よ!言いたい事があるなら早くして。もう先生来るよ!」
「言われなくても言いたい事くらい言ってやる!お前どうして信任投票の時に拍手しやがった?お前のせいで大変な目に遭いまくってるんだぞ?だからちゃんと理由を教えろ!」
オレは立ったまま。陽は座ったまま。これまでの鬱憤を晴らすように言葉をぶつけ合う。
「別に私のせいじゃないわよ!ていうかまだわかってなかったの?どうして拍手したのか」
だがここで、突然陽が呆れたような声を出した。
「わからんもんはわからん!教えろ!」
声だけでなくその表情からも陽が呆れているのがよーくわかるが、ここは手っ取り早く答えを教えてもらうに越したことはない。トロトロしていると先生も来てしまうからな。それに、考えても実際にわからないし。
「やけに素直ね……しょうがない、教えてあげるわ。イイ?あんた演説の時、一言も生徒会に入りたくないって言わなかったでしょ」
「えっ……」
素直ねってその言葉、そのままそっくり返してやりたいくらいにあっさりと教えてくれた陽。だがその思いもよらない回答に言葉を失ってしまう。
「……どうしたの?聞いてる?」
「……マジでそんだけ?」
「そーよ。あんたがやりたくないって言ったら私は拍手しなかった。でも言わなかったし、拍手しない理由が無かったから拍手しただけよ。信任投票ってそういうものでしょ?」
「あっ……」
言わなかったから伝わらなかった。まさか桐咲有華に続いて陽からも言われてしまうとは……。
要するに、この数日オレに降りかかった災難の元凶は全て、思っていた事を口にしなかったからなのか?つまり、元はと言えば全部オレのせい……?
「今更かもしれないけど、これからは思ってることはちゃんと言った方がイイと思うよ。まぁ私がわざわざ言わなくても、今ならあんたがその事を一番よくわかってると思うけどね」
「…………」
言葉が無い。その通りだ。この数日で身に降りかかった災難……それは全て回避する事が出来たのだ。オレ次第で。それこそオレがその災難の元凶だと思っていた陽と桐咲有華が言う所では。
ふざけんな!と言い返してやりたい所だが、思い返してみると確かに信任投票の演説の時には敢えて生徒会に入りたくないという事を言わない様にしていたので返す言葉が無いし、実際に同じ様な事態が続けて起きると納得せざるを得ない。もしかしたら、桐咲有華にも生徒会に入りたくないとは一度も言っていないかもしれない……そんな気さえしてきた。
「ねぇ聞いてる?わかったなら返事しなさいよ」
「あぁ。よーくわかった。じゃあ早速、一つ言いたい事があるんだが……」
本当によくわかった。身を以って知るとはまさにこの事だ。
「えっ?いっ、いきなり何よ?」
ならばそう思った通りに行動するのみ。
大げさな前フリに何かを感じ取ったのか、何故か慌てた素振りで言葉を詰まらせた陽に向けて思っている事を言ってやろう。
「明日からまた、起こしに来てくれるか?」
「えっ!?あっ……うぅ……」
ん?さっきまで威勢が良かったのに急に大人しくなってどうかしたのだろうか?まぁいい。
「頼んだ」
「う、うん……わかったけど……私でいいの?」
陽は俯いたまま、上目使い気味に言った。どうしてこんな事を聞くのかわからないが、この質問に関してはハッキリとした回答をする事が出来る。
「遅刻しそうになってまたマシューのぬくもりを感じるよりはお前に襲われる方がマシだからな」
「え?そんな理由?ていうかマシってどういう事よマシって!襲ってないし!」
言ってやった。紛れもない、心に思った言葉。マシューの名は口にするのもしばらく遠慮したいが言ってやった。
「んじゃよろしく」
いきなりしおらしくなったと思った陽だったが、顔を上げたその表情は怒り一色だったので、災難が降り掛かる前にこの場を離れる。
「みなさんおはようございまーす。楠木くん、早く席に着席して下さい。じゃ日直の人号令ー」
そして自分の席に戻ろうと振り返ったと同時に中村山先生が教室に入ってきた。
「はーい」
返事をしつつ自分の席に向かう。だが、その行く手を突如現れた複数の影が遮った。
「お姫様よぉ……なに朝からイチャこいてくれてるのでしょうかぁ?」
「お姫様はあちらの趣味の方だと思っておりましたのに……」
「ええいどうでもいい!悪!即!斬!」
その影の正体は荒ぶる三人の狂戦士。
そしてオレに反論をする余地を一切与えずに襲いかかってくる。
「なんだよいきなり!オレがなんかしたかよ!?つーか先生来てるから席着けって!」
「ええい魔女狩りじゃ!」
「引き裂いてやろうか!」
「火あぶりにしてやろうか!」
「うぉい止めろ!生徒会役員の言うことが聞けねぇってのかお前ら!」
「「「ウルセーっ!!!」」」
その狂戦士の正体はもちろんバーバリアン三兄弟。昨日は抜群の効力を発揮した三人を黙らせる《生徒会》の呪文も、今日は何故か全く効かない。
だがこうして、理不尽な暴力に晒されるのも《いつも》の光景。
「もーあなた達!遊んでないで席に着席して!日直さんも早く号令!」
「今日の日直は岩崎くんでーす」
近くで乱闘を見ていた誰かが言う。
「もー!」
この中村山先生の教師にしてはプリプリし過ぎな様子に教室が暖かい笑いに包まれているのも《いつも》の光景か……
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