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3、ライブ当日~教室~

 翌朝。いつもよりも格段に早く眠りに着いたからだろうか、目覚ましの音にも一発で応え、二度寝をしたいと思うこともなくすぐさまベッドを抜けては支度を済ませ、母と朝食を一緒に取り、今まさに登校中。そして既に校門が見えてきた所だ。

 携帯の時計を見ると、いつもならまだ支度をしている時間。髪の寝癖が完全には直っていない状態であるにも関わらず、急いで学校に行かなければと必死になっている頃だろう。

 どうして遅刻してはいけないのか、それは学校の、というよりも社会のルールとして当然の事ではあるのだが、我が野老沢高校に於いては単なる出席簿の「遅刻」以上の意味がある。

 独自のルールにより、遅刻した生徒は一週間、誰よりも早く登校し、校門に教師と並んで登校してくる生徒達に挨拶をしなければならないのだ。

 それはつまり恥。この罰則は誰しもが知っている為、教師の横に立っている人間がいればそいつは「自分は遅刻をしました」と大声で言っているのも同じ。しかもそれが嫌だからと言ってサボるような事をすると、サボればサボるだけその期間は延長していくので無視することは出来ず、とにかく野老高の生徒は皆、何が何でも遅刻は出来ないと必死なのである。

 幸い、オレはこれまでその罰を喰らったことはないが、喰らいかけたことは何度もあるので毎朝油断は出来ないのである。

 しかし、今日は時間に余裕がある為、その恐怖に当てられることはない。

だが、今日に限っては別の大きな問題が圧し掛かっている。

 放課後、大島達と共に新入生歓迎会のステージに立たねばならない。こちらも遅刻と同様にペナルティがあり、逃げたら逃げたでドラムのツルツルの人に何をされるかわからない。

 まだ登校したばかりだが、早くも帰りたい気持ちでいっぱいになる。

 そして校舎に着いたと同時に、気持ちを更に鬱々とさせる人物と出会ってしまう。

「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

 下駄箱で靴を履き替えようと屈んでいる脳天に声を掛けてきたのは桐咲有華。

 校門の挨拶を除いて最初に声を掛けてきたのがコイツだなんて……やっぱり余裕を持って登校なんて慣れない事はするんじゃなかった。

「誰かさんのせいでいつも以上に疲れてたからよく眠れた気がするよ」

 なんだか悔しいのでワザとらしい程の不満の表情を作って返事をする。

「そうですか。疲れを感じるほど必死に取り組める事があったのですね。それは素晴らしい事です。きっとその詳細を生徒会日誌に書き記しているのでしょう。お預かりますね」

「……生徒会日誌?」

 あれ、それって何の話だっけ?

「どうかしましたか?」

「あ……」

 言われるまで完全に忘れていたが、そういえばそんな物を昨日帰る時に渡されていた。

 そして、それを今ここで思い出したということはもちろん、書いているはずなどない。

 昨日帰ってから鞄の中身には触れていないので持っている事には持っているはずだが、このままでは何も書いていない状態で提出する事になってしまう。

「ちょ、ちょっと待て!」

 確か日々の活動内容を記録して桐咲有華に提出。それを確認してまた返却、そして提出を繰り返すという話だったはずだ。

 ここで書くのを忘れたなんて言えば後でどんな仕打ちをされるかわかったものではない。ノート自体を家に忘れてきたという嘘も聞いてはくれないだろう。いや、そんな事言ったもっと酷い目に遭わされそうだ。ならばとりあえず、何でもイイからこの場で書いて渡すしかない!

 慌てて桐咲有華に背を向け、鞄の中から日誌を探す。まだ本格的に授業が始まっていない為持ち物は少なく、日誌はすぐに見つける事が出来た。

 ここで初めてまともに目にしたが、表紙には《生徒会日誌》と、役員の名前として桐咲有華の名前。その右隣に勝手にオレの名前まで書いてあった。

 それ以外は何の変哲もないノートの最初の見開きページに、一緒に取り出したペンで急いで書き殴る。

《振り回された!》

 何にも関係ない事を書いても中身を見られたらバレてしまうので、とにかく昨日の事を!と念じて書いたのがこれだ。ひらがなの部分はペンを紙から離すことなく書かれているので書いた直後であるにも関わらず、見た目だけではなんと書いているのか判別できない。

 だが書いたことは間違っていない。生徒会役員に選ばれた事、軽音楽部の手伝いをさせられた事……昨日の出来事は殆ど誰かによって一方的にもたらされた事ばかりで、そのどこにもオレの意志はなかった。

「おーあったあった!これだな!」

 よし!出さないよりはマシだろ!その言葉だけを頼りにして白々しい言葉と共に手渡す。

「はい。確かにお預かりしました」

 受け取ると桐咲有華はそのまま自分の鞄にしまった。この場で中身を見られたら危なかったが、とりあえず目の前の危機は回避する事はできたようだ。後で何か言われるのは避けようがないが。

「それでは放課後、あなたは軽音部の皆様と一緒に、そのまま体育館に向かって下さい」

「……あいあい」

 ここで必要以上の会話を重ねる必要は無い。適当に返事をしながら足早にこの場を立ち去る。

 しかし、放課後に歓迎会だけではなく、日誌の事で桐咲有華から説教を受けなければならないと思うと……もはや溜息すらも出ない。

 廊下を重たい足取りで進みながら思う。このまま生徒会役員であり続ければこれからもずっと面倒な事ばかりを強いられて、平穏な学校生活を送ることは永遠に叶わないだろう。

 だが副会長・桐咲有華にいくつも弱みを握られている以上、奴に逆らう事は簡単ではない。

 オレはこれからどうなってしまうのだろうか……そんな不安に掻き立てられながらトボトボと歩いていると教室に着いた。

 教室に入ると、既に殆どのクラスメイトが登校していた。昇降口で桐咲有華と(一方的に)緊張感のあるやりとりをしている間に時間は過ぎていたようで、時計を見ればそろそろ朝のHRの始まりを告げるチャイムが鳴る時間だ。

「おっ、今日もギリギリの登校だな。ギリギリマスター」

 ドアを後ろ手に閉めると、傍にいた赤坂からいきなり謎のマスターの称号を授けられる。

「なんだよその名誉でも何でもない称号は。返上させてもらう」

「ところでマスター、陽殿はどちらに?」

 だがその訴えは認められず、加えて岩崎からもマスターとして認められてしまったようだ。もうどうでもいいわ。

「知らねー。つーかアイツとセットみたいに言うなよ。アイツさえいなければオレが生徒会なんぞに……」

 陽とは昨日の放課後を最後に顔すら見てない。いや今では顔も見たくないと言うのが正しいかもしれない。言葉の通り、昨日からオレに降りかかっている災難の全て陽が信任投票でオレに一票を投じた事が原因なのだから。

「クス、『いなければ』は冗談でも言いすぎだぞ。なんで生徒会にって気持ちはわかるけどな。とにかく、さっきの事は陽ちゃんの前で絶対言うなよ」

 どうせいつものように三人揃ってギリギリマスター選定委員会みたいな設定のコントでも繰り広げるのかと思ったが、中島だけは随分と真面目なトーンでそんな事を言う。

「わかったわかった。九重陽さえいなければ私は平和な学校生活を送れたのに!なんて二度と言いませーん」

「だからお前そういう事は言うなっ……て……」

 顔も真面目な中島が突然声を荒げだしたと思った途端、いきなり黙る。何か見てはいけないものでも見てしまったのかと思い、中島の視線の先を追ってみると、そこには肩で息をした陽が立っていた。

 キンコンカンコーン

 そして鳴り響くチャイムの音。要するに、陽はギリギリで登校してきたという事だ。

 いつもは偉そうに、頼んでもいないのに人を家まで起こしにくるクセに自分は遅刻ギリギリとは……ここは昨日の事もあるし、一つ言っておいてやるか。

「ギリギリに登校とは結構な御身分だな。そんなんで人の事起こしに来る余裕あんのか?」

「!!!!」

 それを聞いた陽は、元より大きな目を一層大きく見開いてオレを睨む。思ったよりも効いたようだな。だが昨日オレがされた事に比べればこんな事くらい……

「つーか一度も頼んだ覚えもないしな。もう来なくていいよ。つーか来るな。朝から迷惑だ」

「えっ……」

 いつもならこんな事を言えば拳が数発飛んでくる所だが、陽はそんな素振りは全く見せず、文句を言う事すらしない。

「おいクス!テメェ!」

「自分が何言ったか」

「わかってんのか!」

 すると何故か、陽の代わりに?バーバリアン達がオレを強襲した。

「痛って!なんだよお前らいきなり!」

 アッと言う間にもみくちゃになるオレ達。それ自体は良くある事なのかもしれないが、なんかいつもより痛いぞ。コイツら本気で殴ってないか?

 そうして乱闘がしばらく続いていると――

「みなさん、おはようございまーす。早く席に着席して下さーい。じゃないと遅れてきた事にして遅刻にしちゃいますよ!」

 ――もう前方のドアから中村山先生が聞き慣れた挨拶をしながら入ってきた。

《遅刻》、この言葉の前に野老高生は無力だ。席に着いていなかった者は慌てて自分の席に戻っていく。オレ達も乱闘を止めて自分の席に戻った。

「さっきの、本気で言ったんなら許さねぇぞ!」

 岩崎のヤツが自分の席に戻りながら、見た事もない真剣な顔で言う。何なんだよいきなり。

 それに陽もだ。すんげぇ顔で睨んできたと思ったらいきなり黙りやがって……何も言えないほどムカついたのかな?

 とりあえず今日のアイツも意味がわからねぇ。あんな奴もうしらねぇよ。

 考えてもわからない奴の事は考えても仕方ない。そんなことよりも放課後の歓迎会が気になってそれどころじゃねぇよ……。

 と、そんな事を思いながら自分の席についた。


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