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運命の日~軽音部室~

 いつまでも引きずられたままなのは恥ずかしいので途中からは自分の足で歩いていたら謎のパンクスももう逃げないと判断したのだろうか、オレの腕を解放すると独りでに話し始めた。

「ボーカルが急に風邪引いちまって声が出ねぇって言うからよ、俺はそれでも無理して歌うのがパンクなんじゃねぇかって言ったんだが、今日になって熱が上がって立ってる事もままならねぇとか言い出しやがって……。ならフラフラでのたうち回りながら歌うのも俺はパンクだと思ったんだが、流石に医者に止められたらしい。こんな高熱で動きまわったら死ぬってな。ステージで死ぬのもパンクだと思うけどな」

「……………」

 話を聞いてわかった。というか確信した。こいつバカだ。あまりのバカさ加減に言葉を失ってしまった。見た目からしてイカレているとは思っていたが、中身もその通りだった。コイツの物事の判断基準はパンクかパンクじゃないかの二択しかないのか?

 二人きりでいる現状、先ほどの発言は独り言ではないと思われるので一応返事をしておくか。放っておくと何をされるかわからないし、上履きの色からすれば先輩みたいだしな。

「いや、さすがに命に関わるのはマズイんじゃないかと……いくらパンクでも死んだら取り返しがつかないって言うか……」

「テメェ!今パンクが死んでるって言ったか!?あぁん!?」

 えぇ!?どこをどう聞き間違えたらそんな風に聞こえるの?やっぱコイツやばい!

「い、言ってないッス!パンクイズノットデッド!」

 命を賭けてまで口答えする事もないので慌てて弁解をする。

「わかりゃイイ。俺は大島。今からお前にパンク魂を叩きこむから覚悟しとけよ」

「う……ウス……」

 なんか凄まれてビビってる間に脅迫と自己紹介を済まされて、勢いで返事もしてしまった。この人、口を開く度にパンクパンク言っているが、アンタの頭の方がよっぽどパンクしてるんじゃないか?空気が漏れている的な意味で。と思ったが口に出すことはもちろん無い。

 そのまましばらく歩いていくと軽音部室……扉に大島が着ているシャツと同じ四文字の英単語とか、NO FUTUREとかベタな文言が書いてある、一目瞭然でこの人達の物であろう部屋の前に着いた。

「まぁ入れよ」

 そう促されて部屋に入る。そしてすぐに帰りたくなった。

 中にはおそらく軽音部員であろう人物が二人。一人はそのまま下ろしたら結構な長さになるんじゃないかってくらいの長さの髪を逆立てたモヒカン野郎。もう一人は何も無い。どうすればそんなキレイに剃れるの?と聞きたくなるほどの見事なスキンヘッド野郎。眉毛も完全に無い。コイツら本当に同じ高校生なのだろうか?

 オレが部屋に入った途端、二人は鋭い眼光で睨みつけてきたので思わず後ずさる。すると後から入ってきた大島に背中からぶつかってしまった。

「さぁ、今夜はロックンロールオールナイトだ」

 大島に突き返され、完全に部屋の中に入りきったところで部室の扉は堅く閉ざされた。大島の言葉はなんかパンクっぽくないフレーズだなと思ったけど、変な事をいうと謎の液体入りの注射器をどちらかと言うとツルツルの人によってブッ刺されるかもしれないので言葉は胸に留めておく事にした。


 部屋に入るなり説明を大島から受けた。だがその内容は殆どパンクかそうじゃないかの話でしかなく、それをそのまま話しても大抵の人に理解してもらえないだろうと思うので、オレなりに解釈した話を説明しよう。

 まず、オレに課せられた使命は高熱で倒れたボーカル(名前はどうやら吉井と言うらしい)の代役。具体的に何をするかだが、野老沢高校の新入生歓迎会ライブでは出演する全ての部活が校歌を演奏する決まりがあるらしく、大島達軽音部もそれに倣い校歌を演奏するのだそうだ。 ルールを破るのがパンク!俺達は好きなようにやるだけだ!と大島が言い出さないのは意外だった。

 どうして皆揃って校歌を演奏するのか、それは同じ曲であっても部活ごとに違ったスタイル、アレンジの演奏を披露する事で各々の個性を感じとってもらう為らしい。合唱部なら合唱。吹奏楽部ならオーケストラ。軽音楽部ならバンド演奏といったように。

 いきなり知りもしない大島達のオリジナル曲を覚えさせられるよりかは真面目に歌った事はないが知ってはいる曲なだけマシだと思ったが、しかし、それは浅はかな考えだった。

 まずは試しに歌ってみろと言われ、とりあえず歌ってみたが、ワンフレーズも歌い切る前に、厳密に言えば二つ目の音を口にしたタイミングで演奏は突然ストップし、続いて踵が踏みつぶされた上履きを大島に投げつけられた。曰く「全然パンクじゃねぇ!」との事らしい。

 そんな的を一切得ない指摘(彼からするとそんな所もパンクなのかもしれない)を受けても何をどう改善すれば良いのかがわからず、歌い直す度に何度も同じ注意をされ続けた。

 それを繰り返すこと数十回。投げつけられる物は上履きに始まり近くにあった空のペットボトルやバキバキに割れたCDケース、真面目に勉強していない為かやたら綺麗な教科書、使っていたピック等々、色々な物が飛んできた。しまいには着ていた制服の上着が飛んできて、順にYシャツ、トゲトゲアクセ、鋲付きベルト、丸まった靴下×2、Tシャツ、ズボンときて、何度目かの演奏ストップの時にようやく物投げが収まったと思ったら、パンツ一枚のみを纏った大島がオレの元に近付いてきた。

 下着一枚で近寄ってくる大島にそれまでとは違った恐怖を感じてジリジリと後ずさると、大島は手を伸ばせば触れるか触れないかの距離で立ち止まり、口を開いた。

「どうしてわかりやがらねぇんだ!もういい、とりあえず俺の歌を聴け!」

 そう言い放ち、オレからマイクを奪うと突然始まる演奏。それに合わせて大島はまるでマイクに噛みつくように歌い出す。なんだよアンタ歌えるんじゃんか!

 大島達が演奏しているのは通常の何倍もの速さにアレンジされた校歌。とりあえずテンポに合わせて半ば早口言葉のように歌詞を追っていたオレのと大島の違う所、それがわかれば怒られずに済みそうだが……

「ただ喚き散らしてるだけじゃねぇか!」

 この部屋に来てからずっと、変な事言ったら何をされるかわからないので(主にツルツルの人に)ツッコミ、もとい文句は口にしないようにしていたが、ワケもわからず怒られた上に物まで投げつけられて、あげく手本を見せてやるからとか言って、その実ただガナっているだけの物を見せられて、あまりの理不尽さにいよいよ本音を口にしてしまった。

 しかし、掻き鳴らされる爆音の中ではその声は届かなかったらしく、演奏はそのまま続く。   

 

 そして、あっという間に演奏が終わると、大島は何やらやりきったみたいな顔して言う。

「イイか?これがパンクだ。もっかいやってみろ」

 そう言ってマイクをオレに投げ返し、元いた場所に戻っていく大島。パンツ一丁。いや、そんな事はどうでもイイ。

「……オレじゃなくて大島さんが歌えばイイんじゃないですか?」

「はぁ?」

 もう遠慮するのは止めた。思った事を言おう。散々文句を言われた挙句、ロクなアドバイスもしない癖に自分の価値観だけをぶつけるようなやり方にはもうついていけない。

「いきなり部外者のオレが歌うより大島さんが歌った方がイイと思うんですよ。オレじゃあその……パンクじゃないんでしょ?」

「バカヤロー。だからお前はパンクじゃねぇんだよ。いいか?オレはギター弾きだ。シンガーじゃねーんだよ。だからお前が歌え」

 大島の言う事は何一つ答えになってない。本人からすれば十分に理由を説明しているつもりなのかもしれない。

 だが、納得いかない事は納得いかない。

「オレだってシンガーじゃねーよ!それにそのパンクだパンクじゃないってなんなんだよ!ワケわかんねぇんだよ!オレの何がどういけないのかぐらい説明しろよな!」

「テメェ言うじゃねぇか!その怒りを歌にぶつけてみろ!いくぜ!」

「ってちょっと!?あぁ!?」

 もう我慢が出来ず、言いたい事言ってやったのでいよいよツルツルの人に注射器をブッ刺されるんじゃないかと思ったが、大島は何やら納得いった様子でいきなりギターを掻き鳴らし始めた。もうホントにワケがわからない。もうこうなりゃ自棄だ。この理不尽に対する怒りをぶつけてやる!音程も何も関係ない!

 どういう風にとか一切気にせずに、ただマイクに向かって怒りをぶつける。それがスピーカーを通してバカなパンク野郎に届くように。言うなればこれは音と音の喧嘩。自分の声と軽音部員の楽器の音がぶつかる音、それ以外には何も聞こえない。

 短い演奏が終わり、両手を膝について肩で息をし額から汗まで垂らしていると、頭上にフワッと乗っかる物が一つ。それと同時に、大島から声が掛けられる。

「やるじゃねぇか。今のは中々パンクだったぞ」

 その声はなんだか満足そうだが、結局パンクの一言だけだと誉めているのか誉めていないのかわからない。

 深呼吸をして、ようやく息が整ったところで顔を上げる。

「だからそのパンクってなんなんすか?」

 予てより思っていた疑問を口にしながら大島に目をやる。

「パンクはパンクだ。それでしかねぇから説明も何もねぇ」

「そうですか……」

 なんだかこのままだと禅問答のようなやりとりになりそうだったので、もう理解するのを諦める。まぁ大島の機嫌は回復したようなので、ここは機嫌を損ねないように努めよう。オレも言いたい事を言ったら何だかスッキリしたし。

 だが、もう一つだけ指摘しておかねばならない事がある。

「ってなんでアンタ全裸になってるんだよ!」

「そりゃもう投げるものが無くなっちまったからな!」

 そこでハッとして、俯いている時に頭に何かが乗ったのを思い出して恐る恐る頭上に手を伸ばす。

 掴んだのは下着だった。形状など正確な描写は控えるが、尻の部分に大きくSEXと書いてあるものだ。

「なんちゅうパンツ履いてんだ!どこに売ってんだこんなの!つーか人にパンツを投げるんじゃねぇ!じゃなくてそもそも何で脱いでんだよ!」

「セックスとドラッグはロックの基本だろ!ドンキで売ってたんだよ!それはさっき話しただろ!テンション上がったからに決まってるだろ!」

「全部のツッコミに答えなくていいよ!無駄に細かいな!ええい近付くな!全裸ってのと妙なパンツのせいで色々怖いから!つか脱ぎたてパンツ触っちまった!」

 慌ててパンツを大島に投げ返す。

「何が怖いってんだ!おっしゃー!このままブチ込むぜ!」

だがそれを完全に無視して、叫びながらギターを掻き鳴らす大島。ちょうど抱えているギターがモザイクの役割をはたしていて大事なブツは見えないのだが、先の言葉には己の貞操を案ずる以外になく、決して大島に背を向けない様にして出口へと逃亡を計る。

「どこ行きやがる!まだまだ練習すっぞ!帰るんじゃねぇ!」

「アンタが変な事言うからだろ!貞操の危機なんだよ!」

「お前がもっとパンクになるように俺のパンクをブチ込んでやるって言ったんだよ!イイから歌え!アッー!」

「もうパンクがいかがわしい言葉にしか聞こえねぇよ!ったくよー!」

 今度からは逆らうと注射器ではなく別のモノをブッ刺されるかもしれないと思ったので、もう歌う事しかオレに残された選択肢はなかった。


 それから何度同じ事を繰り返したのだろう。この部室には時計がなく、窓に目を向けても一面ポスターやら落書きばかりで外の様子を伺う事が出来ず、おおよその時間すら伺うことも出来ない。

「もっ(ぱつ)いくぞ!」

 軽音部の連中は見た目チャラそうなクセに中身は実に体育会系で、一曲終える度にあーだーこーだ反省点を挙げてはまたすぐ練習。休憩と呼べる休憩も無く、歌いっぱなしというよりも叫びっぱなしのオレの体力もそろそろ限界に近付いていた。

 そして、大島の「いくぞ!」の掛け声に、ドラムのツルツルがスティックで通算何度目になるかわからないスタートカウントを始めた時だった。

「失礼します」

 そんな声と合わせてコンコンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。 その音はスティックの打ち鳴らされる音よりも速く大きく、部屋中の視線が全てドアに向く。それにしてもこんなタイミングで何の用だろうか。非常に間の悪い奴である。

「なんだオラ!」

「軽音楽部の皆さん、もう少し静かに練習出来ませんか?音がうるさいと苦情が来ています」

 大島が乱暴に返事をすると、扉を開けて入ってきたのは桐咲有華だった。そして入ってくるなりいきなり苦情。なんて怖いもの知らずなヤツなんだ……しかし、大島に服着せといて良かった……。

「うるさくなけりゃパンクじゃねぇんだよ」

「パンクが一体何を意味しているのかはわかりませんが、周りに迷惑を掛けるのはいけない事です」

 桐咲有華は部屋に入ってくるなり大島と衝突している。だが正しい事を言っているのはどう考えても桐咲有華だ。これまでの行動を思うととてもまともな奴とは思えないが、軽音部の連中と比べるとなんだか久しぶりに常識のある人間に会った気がする。

「お前も一曲聴けばわかるはずだ!いくぜ!」

 だがパンクな思考回路を持つ大島に世の常識が通じるはずもなく、桐咲有華を黙らせる為に演奏を始めるつもりのようだ。

「俺達の歌を聴――」

 キンコンカンコーン♪

 だが、スタートの掛け声は鳴り響いたチャイムの音にかき消された。

「チッ!空気の読めないチャイムだぜ。全然パンクじゃねぇな」

「さぁ、下校時刻の五分前になりましたから速やかに帰る準備をして下さいね。それではみなさんさようなら。楠木君、帰りましょう」

「えっ、あぁ……」

 入ってくるなりオレの事なんか一切見向きもしなかったので、桐咲有華に急に声を掛けられて狼狽えてしまった上に、いきなり腕まで掴まれてしまったもんだから素直に返事をしてしまった。

 まぁようやくこの地獄の様な空間から抜け出せると思えばありがたい事だ。こればかりは桐咲有華に感謝しなければならないかもしれない。

 そして、そのまま桐咲有華に引っ張られて部室を出ようとしたその時だった。

「おい」

 大島に呼び止められる。オレがその声に反応したのを腕伝えに感じたのか、桐咲有華もその歩みを止める。

「明日もよろしく頼むぜ」

 目を向けると大島は白い歯(溶けたりはしてない)を見せながら拳を突き出していた。

 てっきり「夜はまだまだこれからだ!帰るんじゃねぇ!」とでも言われると思ったので、その穏やかな表情と合わせて意外だった。

 だが、安心したのも束の間、忘れていた重要な事を思い出してしまった。

 生徒会室から連れ出されて以降、理解不能な大島の行動に振り回され続け、部室に来てからもずっと言われるがままに歌い続けてきたが、明日の本番ではステージで、それも大勢の人の前で歌わなければならない。

 人前に立って歌う……そんな事いきなりよろしくされてもどうにかできるものではない。そう思うと言葉に詰まってしまう。

「一応念押ししておくが、バックレたりしたらコイツが黙っちゃねーからな」

 そんなオレの不安な表情を見たからか、大島は念押しするようにドラムのツルツルを指差して言う。指刺した方向をそのまま追ってしまいツルツルの人と目が合ってしまう。なんで舌なめずりしてるんだよ……。

 全身に悪寒が走る。逃げだしたら一体どんな事をされてしまうのだろうか……考えるだけでも怖ろしく、ここではとりあえず固い笑顔を張り付けたままなんとか頷き、改めてさようならと挨拶をした桐咲有華に引きづられて部室を出た。


 部室を出てしばらく歩いた所で掴まれていた腕を振り払う。

「酷く疲れた顔をしていますね」

 桐咲有華はこちらを見ずに言うが、疲れた顔をしている自覚があるので間違ったことは言っていないだろう。

「短い時間に奴らのパンクをあれだけ叩きこまれたら誰だってこんな顔になる……」

「先ほど先輩も仰っていましたが、そのパンクって何ですか?」

「さぁな。オレもよくわからん」

「そうですか。とにかく、明日も彼らの良き友として、彼らに全力の協力を惜しまないように」

 まともな回答をする事が出来なかったが、別にパンクの正体には大して興味がないようだ。

「下校する前に一旦生徒会室に寄ります。まだ説明し終わってない事がありますので」

 やっと軽音部の連中から解放されホッとしたのも束の間、まだ帰る事が出来ないと思うと返事をする元気も出ない。ここは沈黙を返事の変わりにしておこう。

『最終下校時刻になりました。生徒の皆さんは片付け、戸締りをし、速やかに下校して下さい』

 改めて下校時刻を告げる放送が流れる。

 そういえば、この放送を聞くのは高校に入って初めてだ。


「はいこれ、生徒会日誌」

 生徒会室に戻ってくるなり手渡されたのは、何の変哲もない一冊のノートだった。

「今日から毎日、その日の活動内容を記録して私に提出すること。ただ活動内容を書くだけじゃなくて、その時に感じた事なんかも書いてね」

「うげ……」

 説明を聞いて、思わず面倒だという気持ちをそのまま表したような声が漏れる。

「今日だったらそうね、最初だから今後生徒会役員として活動する上での抱負と、軽音楽部との事を書いてくれればいいわ。明日の朝、登校したら私に提出する事。よろしい?」

「あーわかったわかった!やりゃイイんだろやりゃあ!」

「あら?ようやく聞き分けがよくなったわね」

『また』が一つじゃ足りないくらいに、本日だけでも何度目かの理不尽な要求を突きつけられたが、とにかく今日は慣れない事が続いて疲れた。早く帰りたい。

 まぁ現代文の授業の作文のように何文字以上と字数指定があるとは言わなかったから、とにかく何でも書いて出せば文句を言われる筋合いも無いだろう。空返事をしつつそのまま鞄に突っ込む。

「放課後、コメントを添えて返すから楽しみにしてなさい」

「はいはい。他にはないか?後から色々言うのはナシだぞ」

「今日は以上よ。それじゃあまた明日ね。さようなら」

「はぁ……サヨウナラ……」

 その言葉を聞いた途端、疲れがため息と一緒に出た。ようやく帰れる、その喜びだけを噛みしめて部屋を出た。


 一人で歩く真っ暗な帰り道。こんな時間に帰るのは初めてだ。なんて、それくらいは考える余裕はあるがとにかく疲れている。あと、春と言っても夜になると寒いな。

 重い身体を引きずるように歩き、ようやく家に着いた。

 こんなに疲れているのはいつ以来だろうか。思い出せない。というかこんなに疲れる経験はこれまでにもした事が無いかもしれない。

 玄関に力なく座りこむと、その音を聞きつけたらしい母親が駆け寄ってきた。

「今日は随分遅かったね~?青春でもしてたの?」

「そんなカッコいいもんじゃねぇ。強制労働だよ強制労働」

「へぇ~なんか強そうじゃん!カッコいいよ!」

 ビシッと親指まで立てて誉めてくれた。全然嬉しくない。

「メシは?腹減ったんだけど」

「出来てるよ~♪待ってたから早く食べよ!」

 その言葉を受け、僅かに残された気力を振り絞り食卓へと向かう。

「今日はオムライスだよ♪」

 またしても玉子料理か。と肩を落としそうになったが、今は何でも口に出来るものならありがたい。

「いただきます!」

 既に食卓に用意されていたそれに一心不乱にがっつく。あぁ、久しぶりに温かさを感じた気がする。


「ごちそうさま」

 そして一気に食べ終えると、再び襲いかかる疲労感。

あとはもう風呂に入って寝るだけにしよう。それだけをして長く、悲惨だった一日を終わらせよう。

 リビングで制服を脱いで下着姿で風呂場へと向かう。

「あ!ス~くんフケツ!」

「すいませーん」

 その姿を見るなり昨日と同じ事を言う母。だが今日は軽音部と一緒に歌う、というか暴れていたのでそう言われても仕方が無いかもと自分でも理解しているので、素直に認めてそのまま風呂場へ進んでいく。


続けてご覧になって頂いた方、ありがとうございます。まだ続きます。

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