運命の日~生徒会室~
そうして相当の人数の生徒と挨拶を(桐咲有華が)しながらようやく目的地に辿り着いた。
生徒会室……この部屋に来るのも二度目だ。去年一年間この学校に通っていたにも関わらずその所在地さえも曖昧で、以後もお世話になることなど無いと思っていたが、まさか二日連続で来る事になろうとは。しかも自身の立場が《この部屋の住人》と人から見れば認識されるものになっているとは……人生何が起こるか分からない。認めたくはないが。
「席に着きなさい。どこでも好きな所でイイわよ。クズノキくん」
部屋に入るなり桐咲有華は掴んでいたオレの腕を放る様に離し、自分は昨日と同じ、どうやら元より決まっているらしい席に座る。そして部屋に入った途端その口調は乱暴になり、加えていきなりクズ呼ばわりである。
「今日からここはあなたの部屋でもあるのだから」
らしくない。と言えるほどこの女の事を知っているワケではないが、多くの生徒が抱いている「完全無欠の優等生」のイメージとはかけ離れた様子で、両手を広げながら言う。
「わかっていると思うけど、逃げたらどうなると思う?大人しく私の言う事を聞いた方が自分の為になるのはわかっているわよね?痴漢行為に不法侵入……」
「うおおそんな物騒な事デカイ声で言うんじゃねぇ!」
さっき笑顔で脅してきたのはこれがあったからか!
「なら私の言う事に従う事ね」
「………………」
ここまで言われてしまって逃げられるはずもなく、とりあえず一番傍にあった椅子に座る。扉に一番近い、この部屋に於いて桐咲有華とは一番距離の離れた席。昨日も座っていた席だ。
「そこじゃ遠いから隣に座って」
だが、座るなりそんな事を言ってきた桐咲有華。
「好きな所でイイって言っただろ」
「まさかそんな離れた所に座ると思わなかったから。だって放課後の生徒会室で女子と二人きりなんて抜群のシチュエーションよ?健全な男子なら喜んで近くに座るものでしょ?」
「なんだよそれ、どーいう決めつけだよ」
「それに相手は私よ?」
「別に関係ないだろ!」
「それに、ニーハイソックスなのよ?」
「それも関係ないだろ!?どこだってイイんだろ?オレはここが好きなんだよ!」
訳のわからない発言に対して間髪入れずにツッコミをしていたら心にも無い事を言ってしまった。
そして、この失言を桐咲有華が見逃すはずがなかった。
「好き、か……もう生徒会室に愛着があるの?さすが生徒の信任を得て選ばれただけの事はあるわね」
「そういう好きじゃねぇ!愛着なんかあるワケねぇだろ?勝手に選ばれてワケもわからん拍手されて……」
揚げ足を取るというのはまさにこういう事を言うのだろう。加えて今オレが一番に嫌がる話までしやがって……。
「ならどこに座っても同じね。それでは私の隣にどうぞ」
「どこでもイイならここだってイイだろ!」
「何よムキになって。イイから隣に来なさい。あなたと私の二人だけで他の役員はいないのだから、わざわざ離れて大きな声で話す必要は無いでしょう?」
「だからどこでもイイだろ……って今なんて言った?役員が二人だけ?あー「今日は」ってことだよな。なら全員で役員は何人いるんだ?」
このままだと完全に相手に話のペースを握られてしまうと思ったので半ば意地になって反抗してみたのだが、今、サラッと聞き捨てならないことを言ったように聞こえたので、すかさず聞き返す。
「………………」
オレの質問に対して、桐咲有華は口を動かしているものの、その声は一切聞こえない。
「いや、どうしていきなり黙る?口だけ動かされてもわかんねーよ。声を出せ声を」
「………………」
自分でも古臭い運動部の根性論みたいな事を言ってしまったと思ったが、それでも桐咲有華は口を動かすだけで声は出さない。
「だから声に出せって……」
呆れた声を出すと、桐咲有華はいつの間に用意したのか、いきなりノートに書いたメッセージを見せてきた。
《さっきからずっと声に出してる。聞こえないのならあなたが聞こえる所まで近くに来なさい》
……メンドくせぇ。どうしてあれだけ反発したにも関わらず、隣に座らせようとするんだ?
でもここでまた反発しても手に変え品を変え、コイツはあれこれ理由をつけて隣に座らせようとするんだろうな。
そうして同じようなやりとりをいつまでも続けるならさっさと話を終わらせて早く帰った方がマシだと考え、不本意ではあるが桐咲有華の隣に席を移動する事にした。それでもただ素直に従ったとは思われたくないので、せめてもの反抗として聞こえるような舌打ち付きで。
隣に座る時に奴の表情をチラ見したら何やら満足げな顔をしていたのが気に喰わなかったが、とりあえず状況は進展しそうなので込み上げてきたストレスは飲み下し、気を取り直して話の続きを始める。
「で?実際生徒会のメンバーは全員で何人いるんだ?」
「二人よ」
「普通に喋れるんじゃねぇか!」
「大きな声を出さないで。何?もしかして吐息が触れるくらいの距離で囁いてくれるとでも思ったのかしら?さんざん隣に来るのを拒否していたクセに図々しいわね」
「そんなサービスを期待してたワケじゃねぇ!っておい、今何人って言ったよ?」
「だから二人よ。生徒会役員は現在、総勢二名で運営されています」
結局、桐咲有華に会話の主導権を握られてしまったような気がするが、まんまと嵌められた事も含めて、そんな事を気にしている場合ではない程、重要な事を言っていないか?
「それはアレだよな?現在って今まさに二人ってことだよな?この部屋にいるオレとお前。まだ来てないだけで他にもいるんだろ?」
「いいえ。あなたと私の二人よ。二人きり。二人だけ」
「いや、お前それはあり得ないって!一年は入学したばっかだからいないにしても、去年から引き続いてやってる同学年の奴とか先輩がいるだろ?」
「いないわ。あなたと私、ふたりは生徒会よ」
「そんな日曜の朝にやっている女の子向けアニメのタイトルみたいに言われても……」
「何を言っているのかよくわからないのだけど。あなたはそういうのが好きなの?まぁいいわ。もちろん私が生徒会ブラック。だから必然的にあなたはホワイトよ。よろしくね、生徒会ホワイト」
「いやわかってるよねその口ぶり!あと別に好きじゃねぇから!たまに見た事あるだけだから!つか話を逸らすんじゃねぇ!色とかどうでもイイから!別にお前がブラックでも何でもイイから……あ……」
ブラック。桐咲有華がブラック。それを口にした瞬間、ある光景が思い浮かび、思わず黙ってしまった。
桐咲有華=ブラックという図式が実にシックリくるような、今朝の全校集会の時に目にした光景……つまり桐咲有華のパンチラを思い出してしまい思考がフリーズする。
「どうしたの?ホワイト?」
桐咲有華も突然オレの動きが止まったのを不思議に思っているというか、あまりに突然の事にどこか心配している様だ。
確かにいきなり黙るのは不自然過ぎるので慌てて言葉を返す。
「お前はブラックだけどオレはホワイトじゃねぇ!」
ってそうじゃねぇ!なんでコイツとパンツの話をしなければならないんだ!
「私がブラックということは認めてくれるのね。ならホワイトじゃないと言うのならあなたは何色なのかしら?」
「え……」
もしも、桐咲有華にどうして自分をブラックとして認めたのかを問われたとして、「それは今、君が黒い下着を身につけているからだよ」とは死んでも言えるわけがないが、幸いにもそのような質問はされなかった。だがここで自分が何色なのか答える事が出来なければ理由を聞かれてしまうかもしれない……
「……ブルーだよブルー!今日はブルー!」
そこで咄嗟に出た答えは自分が今身につけている下着の色だった。頼む!その根拠だけは聞かないでくれ!
「今日は?日によって変わるものとは私も知らなかったわ。ちなみにどうしてブルーなの?」
ってやっぱり聞かれたー!しかも《今日は》なんて余計な一言を付け足してしまったばっかりに更に言い訳が困難になってしまった。
「そ、それは秘密だ!あれだよ、ヒーローに秘密は付き物だからだろ?」
もはや言い訳は不可能と考え、もっともらしいことを言ってこの場を切り抜けるしかない!
「確かにその通りね」
すると、適当に入ったにも関わらず何やら納得した様子の桐咲有華。
「でもやっぱり気になるわね。自分の正義を貫く為に、自分のルーツはキチンと知っておきたいわ」
だがここで謎のこだわりを発揮し出した!お前は一体何と戦っているんだよ!
「どうしてブルーなのかって?それはオレの履いてるパンツの色だからさ!」
なんて理由を話したら一体どうなってしまうだろうか?とにかく言えるワケがない!
「ねぇ、どうして私はブラックなの?」
「それは……」
オレが自分の事をブルーだとはっきり答えたのがいけなかったのだろうか、その理由に変に興味を持ってしまったようで桐咲有華はなおも喰らい付く。そんなのいくら聞かれても言えるワケがないって!
桐咲有華の顔を見ると何やら含みのある笑みを浮かべている。これはわざとオレを困らせようとして聞いてきているように見える。という事はちゃんと説明しないとこの話はずっと終わらないぞ。
そして、一体なんて言い訳をしようか、黙って必死に考えを廻らせていたその時だった。
「教えてよキュアブルー!」
「っておい!お前今ハッキリとキュアって言ったな!?やっぱりわかってるじゃねぇか!意外な趣味だな!どうしてオレがプリティでキュアキュアに変身しないといけないんだよ!オレ男子だよ!」
桐咲有華が聞き捨てならない事を口走ったので、そこに全力のツッコミを入れていく。これで話の流れが変わってくれれば……
「何よ、急に大きな声出して。やっぱり好きなのね、そういうの。まぁいいわ。どうせ適当に言ったんでしょ?」
「別に好きじゃねぇって……まぁ適当に言ったってのは当たってるけど」
何やら勘違いされてしまったのは少し引っかかるが、どうやらこの話は終わりにしてくれそうなのでここは素直に認めることにした。それにしてもコイツ、中々勘が鋭いな。
「素直でよろしい。もし理由が今日の下着の色だなんてふざけた事を言ったら、とっととお家に帰らせるところだったけどね」
「うおっ!おぉ、お前、それこそ何ふざけたこと言ってんだよ!」
油断していた所に偶然だろうが、考えていた事と全く同じことを言われてしまい気が動転する。
「何よ、いきなり慌てて……まぁいいわ。この話は終わりにしましょう」
桐咲有華は訝しんだ目でこちらを見ているが、実際にサイコメトリング的な能力の持ち主だとしたら、たとえ偶然だとしても、下着を見た事がバレてオレは問答無用で断罪されているはずなので、そんな力はないのだろう。
まだ少し動揺しているが、この話は桐咲有華の方から終わらせてくれたので話を元に戻させてもらう事にしよう。
「しかしお前、本当に今まで一人で活動してたのか?そんなんいくらなんでもありえんだろ?初めからお前一人って事はないだろうし。先輩は?つーかお前、副会長だったよな?会長はどこに行ったんだよ会長は」
オレとしてはただ当たり前のことを言っただけのつもりだったのだが、会長の名前を出すと桐咲有華の表情は一変し、何故かバツが悪そうな顔をする。
「会長は……」
とだけ言って口ごもる桐咲有華。
この不自然な態度の変化には必ず理由があるはず。一体《会長》という言葉の裏には何が隠されているんだ?
先ほどまでの勢いを完全に失った桐咲有華。遂に反撃の時が来たか!
だがまだまだ材料が足りないので、続く言葉を待っているその時だった。
「生徒会、いるかー?邪魔するぞー」
扉の向こうから声が聞こえる。
「どうぞ」
すると助かったとでも思ったのか、いつもより少しトーン高めで答えた桐咲有華。なんて間の悪い来客だ。しかし、生徒会に用事がある人間ってのはまさか……?
勢いよく扉を開けて入ってきたのはとにかく派手な見た目の生徒だった。手首には凶器と見間違うような尖った鋲付きのブレスレットに、Yシャツのボタンは全開で、その中に英語圏では禁句の四文字の単語がいくつもプリントされたデザインのTシャツを着ている。
そして、その見た目の一番の特徴はこれまた人にダメージを与える事を目的としているようにしか見えない、ウニのようなトンガリ頭。要するに、一言で説明するならばパンク野郎だ。
「明日の新入生歓迎会ライブで俺達のバンドのヘルプを頼む」
扉を開けて開口一番、パンク野郎はいきなりこんな事を言い出した。
「わかりました。それでは彼をお貸ししますので手助けさせてあげて下さい」
と思ったら桐咲有華も一切の間を開けずに承諾。
「って即答かよ!?しかもオレかい!」
「当然です。学び舎を共にする仲間が困っているのですから、手助けして差し上げるのは当然の事。それが私たちの存在意義でもあると会長も仰っていました」
言葉でも言ったように当然と答える桐咲有華。助けを求める声あれば誠心誠意で応える。オレが生徒会に入れられると聞いた際にもっとも怖れていた事。これが野老沢高校生徒会独自の活動である《挨拶のその先運動》。それが今、目の前で依頼され、その手助けにオレが行くという話になっている。いや、そんなの黙って「はい、わかりました」とは言えねぇよ?
「だからその会長がいないってどういうこと!?こんな時だけ都合よく名前出しやがって!しかもオレが行くのかよ!?お前が行けお前が!」
いなかった事に気付かなかったくらいの存在感のクセに、影響力だけはスゴイんだなこの学校の生徒会長は。一体何者なんだよ。
「私は当日、司会進行のお仕事がありますので。役員が私一人でしたら諸々調整して協力しましたけれど、折角二人になりましたから。それに、演奏前には口上を述べる役がいないと盛り上がりませんでしょう?ちょうど良かったです。あなたが生徒会に加入してくれて」
「じゃあコイツ連れていくぞ。あと、演歌じゃねぇから口上は大丈夫だ」
そう言っていきなり背後からヘッドロックを決めると、そのままオレを扉の方へ引きずるパンク野郎。
「うお、あんたも強引だな!揃って勝手に話を進めんじゃねぇ!取り込み中だって見たらわかるだろ?アンタの話は後にしてくれ!」
こっちはまだ桐咲有華にキチンと説明してもらわないといけない事があるんだ。
「わかりました。それでは彼に存分、手助けさせてあげて下さい」
「お前も頼まれた事になんでもかんでも即答しないで、もうちょっとオレの話聞いたらどうなの?てかほんとにオレなのかウォッ!!」
だが桐咲有華と謎のパンク野郎はオレの言う事に一切耳を貸さない。二人の間だけで契約が成立すると、パンク野郎は「助かるぜ、ありがとな!じゃ!」と感謝と別れの挨拶を口にしながらオレを引きずる力を強める。
「お達者で」
無理矢理連れていかれているオレの様子を優雅に手を振りながら見送る桐咲有華。
思ってもない形で部屋を出る事になっているが、結局何もわからずじまいだぞ?生徒会の活動ってなにすんの?会長は?どうして他に人いないの?てかこのパンクスは誰?ヘルプって何させられんの?てかオレ?色々ひっくるめてお達者でじゃねぇだろ!とツッコんでやりたい事が山のようにあったが、オレを引っ張るパンクスの力が思ったよりも強く、グングン引っ張られて生徒会室と意識がどんどん遠ざかっていく。
薄れゆく意識の中で生徒会室の方を見ると、桐咲有華は部屋から顔だけを出して、なんとも憎たらしい笑みを浮かべていやがる。あの女、人を生贄にしやがって!
ここは今直ぐにでも文句を言ってやりたいところだが、パンク野郎が一歩進むごとに首への締め付けがきつくなり、絡みつく腕を力なく何度も叩く。そのタップの合図に気付いたパンク野郎はすぐに首から手を放してくれたのでなんとか失神してしまうのは免れたが、解いた腕でそのまま今度はオレの腕を取って再び歩き出した。
「仲間が待ってるからよ。さっさと行くぞ」
その腕力もだが、それ以上にこの男の表情や行動から感じる狂気に、変に騒いで怒りスイッチが入ったら何されるのかわかったもんじゃないと思い、オレはこのパンクスの言う事に無言で頷いた。一体オレはこれからどうなってしまうのだろうか……。