前編
ああ・・愛しのエミリー。君はなんて美貌を手にしてこの世に生まれてきたのだろうか。
ああ・・僕の心はきっと、生まれた時から君に奪われていたんだね。3年前のあの日出会ったとき、
僕はそのことを思い知らされたんだ。
ああ・・愛しのエミリー。ああ・・・・愛しのエミリー。
ああ・・・!!! 愛しのエミリーよおおおおーーーーー!!!
「うるっっっさいわねっっっ!!!」
僕の目の前の丸メガネをかけたガリ勉系女子が、突然ヒステリックな叫び声をあげながら僕の脳天に、分厚い英英辞典をふりかざしてきた。
その刹那、僕はその類稀なる反射神経を研ぎ澄まし、メガネの奥に隠されたそのおなごの潤んだ瞳の美しさを捉え、すぐさまブレザーの隙間から垣間見える水色の下着を見逃さなかった。
もちろん、英英辞典は僕の脳天に直撃し、その後30分意識が戻らなかった。
気づくと、僕は時代錯誤も甚だしい駄菓子屋の前のベンチで横になっていた。
隣には幼馴染の由香が読書中である。
こいつは少しでも暇を見つけると読書をする癖が昔からある。
自販機でジュースを買うときに、ボタンを押してからジュースが出てくるまでの数秒間の間で短編小説1冊を読んでしまったという都市伝説はあまりにも有名だ。
なにをかくそうその都市伝説を広めたのはこの僕だ。
言わずもがな、嘘100%であるが。
意識を取り戻し、暑さのせいで乾ききった喉を潤すべく、自販機でコーラを買い一気に飲み干した。
これほどまでに勢いよくコーラを飲み干すことができたことは滅多にないので、気分が高揚しぺしゃんこにした空き缶を後ろ手に放り投げた。
きっと空き缶は綺麗な放物線を描いたことだろう。
「 あいたっ。・・・どこのどいつだ、このやろぅ!! 」
・・・・何かどすのきいた怒号が背後から聞こえたような気がするが、即座にそれは空耳だと思い込むことにした。
一息ついて、読書真っ最中の由香に話しかけてみた。
「ふーーーー・・・・・、なあ由香ー。」
「・・・・・・・・なに。」
読書中の由香が発する声(というよりも音と言った方が厳密かもしれない)は、ギネス級の小ささである。
聞き取れるのはおそらく世界広しと言えど、僕を除いて1万人ぐらいしかいないだろう。
「僕って・・・・ダンディーかな。」
「・・・・・・・・・・・」
「それとも・・・・ワイルドかな。」
「・・・・・・・・・」
「それとも・・・・アスレチックか・・・・・」
本日二度目となる脳天の揺れを感じた蒸し暑い7月の午後である。
日もすっかり落ちて、河川敷を歩くなんともインテリジェンスでホモサピエンスな男子高校生(=僕)の鼻を、カレーのいい匂いが刺激をしてくる。
なぜ、町はずれの河川敷で食欲を掻き立てる罪作りなあの香りがするのかはさっぱりわからないが、僕の足は自然とカレーを求めて匂いの元へ向いていく。
きっと腹が減っているからに違いない。