1/1
夕方の海は人が少ない。
昼間の賑わいがまるで遥
か昔のことのように思えるほどに。
足を波打ち際に放り出して
上半身を起こし、地平線の方に目をやる。
太陽はやけに大きい。
半分だけその身を海に沈めて
あたりの空気と海水を
容赦なく橙色に染め上げる。
1人で七里ガ浜の海を見るのはとても好きだった。
親も、口うるさい教師たちも、付き合いの面倒な友達も、噂話の色恋沙汰も、駅前のパンケーキ屋さんも、着崩さなきゃダサいと笑われるブレザーの制服も
この一瞬だけは
煩わしいものは全部消える。
ゆっくりと
波の音がさらっていく。
「またここにいた、うた」
ひょっこりと視界に現れた男が
わたしの瞳を覗き込んだ。
「いつもここにいるね」
ナンデ?と
彼は聞かない。
「漣」
「ん?」
「夏が来るね」
わたしのぼやきに
漣は小さく笑ったように見えた。
さざなみ、とかいて
れん、と読む。
「18回目の夏だ」
「わたしは16回目」
これは湘南で生まれ育った
わたしたちキョーダイの物語だ。