第八話 初めての戦闘
あれからずっと歩き詰めている。
盗賊の追撃はもうないとは思うが、奴隷の身である以上おいそれと人前に出ることができない。
俺やイリス、セフィリアは問題ないかもしれないが。
逃亡奴隷を疑われるパステルを無視は出来ない。
随分と奥深くまで進み、開けた木々の合い間に出た。
「少し休憩するわよ。皆体を休めて」
パステルの指示に従い、俺達は休憩をする。
イリスの足は酷く傷つき、浮腫みもある。
か弱いエルフのイリスには過酷な移動なのだろう。
それでも文句も言わず歩いたイリス。
常日頃から姉として気丈に振舞っていたからこその根性だろうか。
俺は疲れて座り込むイリスの足を優しく摩りながら、魔力を通す。
「ラルス、ありがとう」
「ああ、良いから体力を回復して」
「うん」
俺は普段以上に魔力を操作し、イリスの足を治していく。
一通り治し終わり、今度はセフィリアの足を見る。
流石獣人、イリス程は傷ついてはいない。
でも子供だからだろう、足の浮腫みは酷い。
セフィリアの足にも魔力を通し、足の細胞を回復させていく。
「お兄い、ありがとう」
「うん、少しは楽になるよ」
「うん♪」
相変わらず元気に振舞うセフィリア。
何時も俺とイリスに心配掛けないよう明るく振舞うのだ。
この子も強い子だ、セフィリアの笑顔が頼もしく見えた。
こっちも治療が済み、最後にパステルの足を見る。
今までイリスとセフィリアにしか見せていなかった魔力だが、パステルにも施さないとこの森を抜けられないだろう。
そっと、パステルの足を取り、彼女の足を治療し始める。
成すがままにされるパステルに、俺は怪訝に思い尋ねた。
「驚かないんですね」
「ええ、知ってたもの」
「ええ??」
「ふふ、我が子達の秘密くらい知っていなくて母親失格でしょ?」
「じゃあ、なんで何も言わなかったんですか?」
「そりゃ別に悪い事をしている訳でもないし、出来るだけ隠してたでしょ?だったら問題ないじゃない」
「そう言うもんですか?」
「そう言うものよ♪」
足が楽になってきたのか軽口を言える程には回復したようだ。
母親達には俺の事がばれていたようで、ちょっと驚いた。
母親の目とは何時の時代も変らないなと感心してしまった。
3人の治療が出来た事と、パステルに隠す必要もなくなったので、俺は靴を作成する事にした。
奴隷の時には履く事が出来なかったが今は違う。
アイテムBOXから鼠の皮を鞣した物を取り出す。
これは夜、動く標的に向ってナイフを投げる訓練で仕留めた鼠の物だ。
前世の日本にいた鼠よりも大きく、丈夫な皮なので少しはマシな物が出来るだろう。
これから森を進むにして、悪路が予想される。
そこで俺は彼女達に合うハーフブーツのようなトレッキングシューズを思い描く。
これは装備品になるだろうから【アルキメイト】が有効に働くと思う。
鼠の皮と、またもや着ていた服を裂き、紐の代わりにする。
ゴム底になるゴムがないので、皮を分厚く重ねる皮底を採用する。
悪路でも滑らないようにスパイクを仕込もう。
1人ずつ足のサイズを目に焼きつけ、スキルを発動した。
足のサイズはそれぞれ25cmと18cmと16cm。
それぞれ皮を3cmに重ね靴底にする。
土踏まずの部分は、2cmにして歩きやすくする。
鉄を薄く堅くして、小さな突起を幾つか作りスパイクを取り付ける。
足は知っているトレッキングシューズの形で、出来るだけブーツのように長く作る。
紐は交互に工作させても余る程度に長く。
今回もイメージを固め、思いを込める。
無事成功だ。
3足の靴が目の前に出来上がった。
そんな俺のスキルに、3人は驚いて固まっている。
驚く3人に靴を渡し、兎に角後で説明すると言って誤魔化す。
不審な顔をしながら渡された靴を不思議に見る3人。
履き方を説明して、一緒になって靴を履かせ、それぞれ履き心地を聞く。
どうやら、足に負担無くフィットしていて気持ち良いらしい。
イリスとセフィリアは、初めての靴に戸惑っているが、何だか嬉しそうだ。
靴を確かめたところで休憩も終わらせ、また森の奥へと進む。
途中俺の靴は何故要らないのかと聞かれた。
俺としては今の所靴は必要ない。
自分で自分を治療できるので、あえて手間を惜しんで作らなかっただけと答えておいた。
黙々とただ森を進んでいると、パステルが急に歩みを止める。
「ッシ!」
パステルは俺達に向って口に指を立て声を立てないようにジェスチャーする。
ゆっくりと止まったまま頭を下げ、屈み込む。
木陰の方までそのまま移動し、俺達に付いてくるように手招きする。
パステルの指示に従い、俺とイリス、セフィリアも屈んで移動した。
パステルの後ろに隠れ、息を潜める。
どうやら、何かが居るようでパステルは森のある一点を凝視している。
俺も同じ様に視線の先を追うと、そこには人影が見えた。
まだ暗くてハッキリとは見えないが、複数人居ることが解る。
緊張した雰囲気がパステルから感じる。
どうやら見つかっては拙い相手なのだろう。
後ろを見ると、イリスも俺同様緊張している。
だが、セフィリアは違った、脅えて震えているのだ。
俺はセフィリアの脅える姿に今の事態が危険だと判断する。
獣人の嗅覚と視力は、俺達人間や妖精族を遥かに凌ぐ。
その感覚で人影の正体を見抜いてるのかもしれない。
人影が危険なら、その正体を知っておかなければならない。
俺は、再度人影の方を見て【鑑定】をおこなった。
【名前】ゴブリン
【LV】4
【HP】70/70
【MP】10/10
【状態値】S3/V5/I1/P1/A3/L1
【スキル】剣術LV1
ゴブリンか!
こっちに転生して10年。
奴隷であったので魔物など見たことは無かった。
そんな始めてみるゴブリンは、警戒しながら此方に徐々に近付いてくる。
見付かれば戦闘は避けれない。
俺達は4人いるが、内3人は子供だ。
しかも喧嘩すらした事のないイリスに、身体能力はあるがまだ小さいセフィリアを守らなければならない。
戦闘を避け、出来ればこのままやり過したい。
俺は万が一に備えて、パステルの袖を摘まんで俺に意識を向けさせる。
気付いたパステルは何事かと、俺に目で問いかけてくるので手に持っていた小太刀を掲げる。
怪訝そうにして、頭を振り大人しくしろとジェスチャーする。
俺も頭を振り、小太刀を強引にパステルに預ける。
そして俺は隠していたナイフを2本取り出し、両手に持つ。
目配せして、身を屈めるとパステルは理解したのか同じ様に息を潜める。
出来るだけゴブリンが気付かずに去ることを願いながらも、万一に備えたのだ。
パステルは獣人で大人だ。
俺よりは攻撃力があると思う。
ミリアリアの死の際、俺は怒りに身を任せる愚公を学んだ。
だから今の状況で最も効果的な選択をしたと思っている。
俺は投擲術で遠距離攻撃、ミリアリアはイリスとセフィリアを守るべく近接武器を持つ。
これで万一が起こっても対応できるだろう。
意識をゴブリンの集団に向け、動向に注意する。
ゴブリン達はゆっくりと周りを警戒して更に近付いてきていた。
緊張が走る。
既に俺でもゴブリンの姿がはっきり見える位置まで来ている。
ゴブリンは前世の記憶どおりの醜悪な姿をしていた。
緑色の肌に、ボロボロの衣服。
防具は体に合ってい無いのか、ちぐはぐな物を無理やり着込んでいる。
近付いてくる程に、ゴブリンから臭う血生臭い悪臭が漂う。
手には各々バラバラの武器を携えている。
片手斧、ショートソード、短槍、片手剣。
剥ぎ取ってそのまま装備したような、薄汚い装備だらけだ。
そんなゴブリンが、俺達の目の前を通り過ぎようとした瞬間。
パキ!
俺の後ろから小枝を折ったような音が鳴る。
振り返ると、脅えていたセフィリアが尻餅をつき後退りした姿で呆けている。
セフィリアが後退った際に、小枝を尻で潰したようだ。
ギャッギャ!!
ギギギッギャ!!
ゴブリンは探し物が見付かったかのような笑みを浮かべて叫んでいる。
すぐさま、此方に向かってくるゴブリンに対してナイフを投げつける。
ゴブリンの数は5匹。
向かってきたのは2匹で、それぞれに両手を使い2本のナイフを投擲した。
咄嗟に投擲した為か、1匹の頭には投げつけたナイフが頭に深々と刺さったが、もう1本は外したようだ。
2匹目の肩口に刺さってはいるが致命傷にはなってい無い。
直ぐにもう2本両手でナイフを持って構えると、パステルが飛び出し手負いのゴブリンに切り付ける。
ナイフを投げた俺のほうに意識が向いていたのだろう。
横合いから飛び出したパステルに反応できず、袈裟懸けに真っ二つにされていた。
切り付けたパステルは、自分の攻撃に驚いていた。
小太刀を眺め、ゴブリンを見やる。
小太刀の切れ味が良すぎて、自身のイメージと違う結果に戸惑っているのだろう。
仲間が倒されて事で、残りの3匹は怒り来るって突進してくる。
片手斧1匹、片手剣1匹と短槍1匹。
ゴブリンの装備を見て、厄介そうな短槍を持つゴブリンに狙いを定める。
今度は十分に狙ったので、短槍を持つゴブリンの頭にナイフを突き立てることが出来た。
残り2匹はパステルに向って、切り掛かる。
サイドステップを巧みに使い、攻撃を避けるパステル。
片手剣を持ったゴブリンの脇に回り、パステルは小太刀を突き出す。
見事にゴブリンの腹に刺さるも、ゴブリンはパステル向って反撃をする。
バックステップで刺した小太刀を引き抜き距離を取る。
一連の動作が慣れているように見えた。
もしかしたらパステルは戦闘経験があるのかもしれない。
片手剣のゴブリンはパステルに任せて、残った手斧のゴブリンに対処する。
手斧のゴブリンは、仲間の死に躊躇している。
逃げるか戦うか迷っているのだろう、キョロキョロとして隙を見せている。
俺は、すかさずナイフを構え頭目掛けて投擲する。
見事命中してゴブリンの頭をナイフで貫き、絶命させる。
アイテムBOXを開き、そこから作っておいた4本のナイフを取り出し体に装備しなおす。
パステルの方を見ると、決着が付いていてゴブリンの首がなくなっていた。
俺は息のあるゴブリンがいないか確認して、全部倒した事に安堵した。
「ラルス、あまり無茶はするな」
小太刀に付いた血糊をゴブリンの衣服で拭いながら、パステルは言う。
「でも、こうしなかったら皆が危なかった」
「そうだね、上手くいったから良かったけどそれでもラルフは子供なんだから」
「イリスとセフィリアは無事だね」
「うん、後ろにいるよ」
「取り敢えず、頑張ったねラルス」
戦闘に勝利し、俺を褒めるパステル。
パステルは俺の後ろに居た2人の無事を確認して小太刀をしまう。
後ろに居たイリスとセフィリアは、危機が去った事に安堵し堰を切ったようにパステルに飛びついていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
自分がゴブリンに見付かる失態をした事が余程怖かったのだろう。
セフィリアは必死にパステルに謝っている。
イリスも怖かったのか、パステルにしがみ付き震えている。
「さあ、臭いを嗅ぎ付けて他の魔物が来るかもしれない、急いで移動するわよ」
他の魔物が来るかもしれない。
その言葉にイリスとセフィリアは、危機が去っていない事に驚き脅える。
「大丈夫、貴方達は守って見せるから、さあ早く移動しましょう」
優しく諭すように声をかけ、この場を去ることを促すパステル。
俺は、彼女の言葉に此れからも戦闘があることを想定して、倒したゴブリンの装備を剥ぎ取る。
剥ぎ取った物は、アイテムBOXに順次突っ込む。
後で俺達に合う装備の材料にしたいからだ。
一通り剥ぎ終わり、皆でこの場を後にする。
早く少しでも安全なところに向うために。