第七話 森への逃走
森に着くと、辺り一面真っ暗で何も見えない。
イリス達が何処にいるかが、皆目見当が付かない。
振り返れば、屋敷は燃え盛り周辺を盗賊達が警戒している。
逃げ出した者や襲撃を聞きつけ、討伐に来るかもしれない者達への警戒をしているのだろう。
盗賊は少しづつ警戒範囲を広げるように散らばり、辺り一体に目を光らせている。
このままではイリス達を探す為に声も出せない。
俺は、森の木々に隠れながら落ち着きを取り戻すように深呼吸をする。
一頻り深呼吸をした後、自分自身を確かめ出す。
体は擦り傷こそあれ、大きな怪我はない。
だが、隠していたナイフが全て無くなっている事を確認できた。
さっきのやり取りで投げたナイフは4本。
隠せるのは此処までだ。
アイテムBOXを開き、中から鉄を含んだ石を数個取り出す。
畑仕事中に見つけたものを、アイテムBOXに隠していたのだ。
徐に【アルキメイト】を使いナイフを3本作る。
更に幾度か繰り返して、20本のナイフを作成する。
隠せる4本は体に装備し、残りはアイテムBOXに放り込む。
元々練習で何度か作っていたのだが、投げやすい形に行き着くまでには試行錯誤した。
その為、4本以外は作っていなかった事が悔やまれる。
あのまま、勢いに任せて戦っていたら絶対死んでいただろう。
ミリアリアの必死の嘆願が俺を生かしてくれた。
俺のもう1人の母のためにも、イリスとセフィリアを何としても守らないと。
でないと、ミリアリアに顔向けが出来ない。
俺は、この世界に来て初めて刀を【アルキメイト】で作成する事に決めた。
今までは、不慮の事態を避け刀剣類はナイフだけに止めていた。
万が一アイテムBOXに収納するとはいえ、奴隷が刀を持っているところは見られたくない。
だから、作っていなかったのだ。
自分の身長は140cm程だろう。
あまり長い刀を振るうには適してい無い。
ナイフが一番良いが、それではリーチが無さ過ぎる。
そこで小太刀を作ることにした。
石は山ほどある、森には木々もあり鞘と柄は作れるだろう。
柄巻は着ている布を引き裂き材料にすれば問題ない。
石ころと手近にあった枝を拾い、着ていた布を裂いて纏める。
【アルキメイト】を使い、早速刀をイメージしスキルを発動する。
今までのナイフと違い、明確な意識とイメージで作り上げる。
長さは刃渡り50cm程。
反りはやや有、切れ味と強度は鉄製で最高峰。
刃文は互ノ目にして仕上げを行う。
中心は18cmでそれにあわせた柄。
柄巻は布から導き出される糸そのままに淡い黄色。
鞘は黒塗りで、下げ緒は有。
魔力を込め思い描く小太刀を作り上げると、其処には上等な小太刀が出来上がっていた。
【鑑定】を掛けて出来栄えを見る。
武具名:無名の小太刀
強化値:+28
攻撃力:+376
属性値:無
【東方の島国で発達した刀剣の一種。製作者はラルス】
比較対象が無いが、ちゃんと出来たようだ。
小太刀を手に取り、出来上がりを確認する。
鞘から刀を抜き、刀身を眺める。
10歳の体でも重いが、小太刀なだけに取り回しが効く。
実際に振るい、使いこなせるかも見てみる。
違和感も無く非常に体に馴染む。
重心などはある程度調整されているのか振りやすい。
刀を鞘に戻し、戦闘に支障がないだろうと安堵して、盗賊の動向を確認する。
彼らは徐々に、警戒の範囲を広め此方にも向かってきている。
盗賊が森に近付く前に、イリス達と合流すべきだ。
俺は、ゆっくりと移動しながらイリス達を探す事にした。
万一見付かった場合は、森の奥に誘い込み戦うつもりだ。
足音を立てない様に十分配慮しながら、移動を始める。
敷地から出た方角、見える森の木々の位置。
恐らくそれ程イリス達とは離れてい無いだろう。
注意深く森を見渡し、暗闇の中、彼女達を捜し歩いた。
燃え盛る屋敷の方角を頼りに、当たりを付けた位置をくまなく歩き回る。
俺の隠れた位置より、やや外れて北側の少し森に入ったところで人の気配を察知する。
ゆっくり警戒しながら近付く。
人影が見える所まで来て、向こうから声が掛かった。
「誰!」
小さいながらも此方を威圧するような声。
でも、それは効きなれたセフィリアの母、パステルのものだった。
「パステルさん俺です。ラルスです」
「ああああ、ラルス。無事なの?ミリーは?クリスは何処?」
「母は・・・クリスティンは死にました。あと・・・ミ・・・ミリアリアさんも・・・」
「・・・そう・・・でも貴方が無事でよかったわ」
「はい・・・」
パステルが俺の無事を確認して、傍に来てくれた。
俺を慰めるように抱きしめて、優しく摩ってくれる。
そんな俺の傍に、イリスとセフィリアも近付いてくる。
パステルさんの抱擁から自分で抜け出し、イリスに向き合う。
イリスは真っ直ぐな瞳を俺に向けて見詰めいてくる。
「ごめん・・・イリス。ミリアリアさんは、盗賊の矢で・・・」
「いいのよラルス。いいの・・・」
「・・・でも」
俺は自分でも気付かない程に苦悶の表情をしていたのだろうか?
イリスが俺に抱きつき、俺の頭をなで始める。
「大丈夫、大丈夫よラルス。そんな顔しないで」
そういって、小さい頃からしてきたように、俺を優しく包もうとする。
でも、イリスの震える手が悲しんでいないとは伝えてこない。
「母は・・・苦しまずに逝けたかしら・・・」
「ああ、最後は微笑んでくれていたよ・・・」
「そう・・・ありがとう・・・」
お礼を言うや否や声を殺して咽び泣くイリス。
俺に抱きついたまま、必死に声を殺して泣いている。
俺はイリスを強く抱きしめる。
イリスの悲しみは俺の責任だ。
盗賊の襲撃を喜んで待っていた俺の責任。
俺がもっと強かったら起こりえなかったミリアリアの死。
俺がもっと早く母を担げていたら、今此処で泣く事のなかったイリス。
俺は非力な自分に無性に腹が立った。
そして、チートがありながら受動的に立ち回っていた自分を軽蔑した。
覚悟が足りなかったのだ、俺は前世同様、現実から逃げる事を選んでいた。
それがこの結果だ。
異世界に来ても俺は変ってなかった。
ただ流されて、限界を自ら決め、その範囲でしか行動していなかった。
もっと出来る事は沢山あった筈だ。
「俺が悪かったんだよ、イリス・・・俺が・・・」
声を殺して泣くイリスに、俺は力なく囁く。
「どうして?」
「俺は・・・俺は・・・もっと出来る事があった筈だ・・・」
「そんな事はないわ、ラルスなりに努力はしていたわよ」
「いや・・・俺は・・・出来たはずだ・・・」
「うぬぼれるな!」
俺とイリスのやり取りに、パステルが怒声を上げた。
「お前1人で何が出来る!誰もこの状況じゃ必死に逃げるしかない。1人で盗賊を全員殺せるとでも思うのか?ラルス、お前は超人ではない。だからそんな風に自分責めるな。今はまだ此処から安全なところに逃げる事だけを考えろ!」
パステルさんは俺が傲慢になっていると叱り付ける。
確かに普通ならそうだろう、でもチート持ちの俺にしたら彼女の言う超人なのだ。
それを口に出していなかったのが悪いかもしれないが、俺は更に追い討ちをかけられたような気持ちになる。
「さあ、此処でグズグズしていられないよ。このまま森の奥に向うんだ」
パステルは俺達を促し、森の奥へと進む。
兎に角、今は確かに逃げるしかない。
俺としても現状では、言われた通り盗賊全員を殺すなど無理だろう。
仕方なく、パステルに従って森の奥へと進んでいく。
左手で弱々しく肩を落とすイリスの手を引く。
右手は、不安がるセフィリアを逸れない様に繋いで。
俺達は全く知らない道の森の奥へと進んでいった。
奴隷編完