第六十七話 鬼ごっこ
「っぶっふーーーーー」
私は、思わず噴き出していた。
長い年月、意識が芽生えてから途切れるまでに、此れほど噴いた記憶が無い。
そう、記憶に無い事が起こったのだ。
「ま、まさかファフニールが代替わりしていて、しかもラルスに興味を持つとは・・・イレギュラーも極まれりだな」
ついつい突っ込みを入れてしまう。
誰も居ないが、誰もが居る空間。
だからこそ、我々はつい独り言を囁いてしまう。
自分に聞かすように、そして他者に聞かれるように。
「にしても・・・何時の間に代替わりした?」
問い掛ける様に声を出すも、誰からの返事も無い。
此の問い掛けは他者に当てたもの。
だが、誰も其の答えを口にしなかった。
仕方が無いので、私は自分で考えて見る事にした。
【ファフニール】は代替わりをする事は、確かにある。
理由は色々あるが、今の記録では3度起る予定だ。
勇者に殺されたり、不慮の死を招いたり、まあ~主にそんな理由だ。
もしも、私の記憶が正しければ、後200年後に1回目があり、2,000年後位いに3度目が起きる。
だからこそ、まさか【今】目の前で起こるとは想像だにしなかった。
しかも、神である私にすら気づく事も無く・・・っだ。
「そんな兆しは無かったし、私の記憶も改変が起きていない・・・誰が・・・」
記録の改変は行えるが、大筋を変えるまでは干渉できない。
必ず何らかの修正力が働き、未来を過去を戻してしまうのだ。
なのに、神である私すらも気が付かせず【アカシックレコード】さえ記録に残させていない。
そう、【アカシックレコード】には今回の事が記載されていないのだ。
そうだ!
私の記憶も【アカシックレコード】も、この事態を記録していない!!
記録も更新もされない【ファフニール】の交代劇。
しかも因りによって、こんなタイミングでだ。
この1年の間に2度も奇跡が起きている。
1度目は雷の神殿で。
2度目は・・・今現実に進行している時空の神殿でだ。
1度目の奇跡とは。
それは、本来ならば、雷の神殿でラルスはイリスを完全に失っていた。
魂を封じ、復活の可能性など微塵も無くだ。
なのにイリスは、あろうことか蘇生の可能性を残して今もかろうじて【生きて】いる。
此れが【アカシックレコード】に今だ記載されていない奇跡となる。
2度目の奇跡とは。
本来なら、イリスの死により、荒れた生活をするようになったラルスが資金に困りだし、【アルキメイト】の効果も気付かず、安易に強力な道具を作成して金銭を得る為に金策に走る行動を起して動き出す。
その結果、有益な宝の存在を嗅ぎ付け、この時空の神殿に来るまでに5年を要したはずだ。
其れが、たった半年程で此処まで辿り着いている。
しかも、5年経って此処に来た場合のラルスは、17歳となり見た目も大人になっている。
希望も無く荒れた姿をしたラルスは、随分と悪人顔になっているのだ。
その為か、今のように存在しない2代目の【ファフニール】に懐かれると言う事態が起きていない。
つまり、期間を空けずに此処に来て、居るはずのない2代目のファフニールと仲良くなっている。
これが2度目の奇跡となって繰り広げられようとしている。
1度目の奇跡が、2度目の奇跡を連動するように引き寄せて・・・
「流石はイレギュラー・・・」
私はこの一連の出来事に、つい期待を寄せてしまう。
「此処からが正念場か・・・」
私は興奮を隠しきれない。
だから、我々の望みが叶うかもしれないと期待を込めて呟く。
「分岐点が来る可能性が来たのか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼が特異点になる時が」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ラルスラルス~此れ何此れ何??」
何時の間にか懐かれて、座り込む俺の胡坐の上に陣取るファフニール。
まるで子供の頃のセフィリアのようには、キャッキャキャッキャとはしゃいでいる。
下から見上げるように無邪気な笑顔を向けながら、あれから小一時間の間、質問攻めにあっている。
何処から来たとか、何が好きかとか、そりゃもう色々とだ・・・
「何って・・・レールガンは説明しただろう?」
「違うよ~このこれ~此のちびたいのなになに?」
「ああ~これか?これはアイジング魔法石を仕込んだ冷却バレルって言うんだよ」
「バレル~?バレル!!バレルバレル♪♪」
まさしくファフニールは子供だった・・・
初めに見せた不適な雰囲気など何処吹く風のようだ。
でも、悪くない。
こんな感じは久しぶりで、俺は温かいものを感じてしまう。
此の状況はあの頃を思い出し、懐かしすぎて、ついつい俺の顔を綻ばせてしまう。
そんな俺のデレ具合を心配したのか、セフィリアが心配そうに聞いてくる。
「お兄、いいのこんなんで?」
「ま、いいんじゃない?命の遣り取りするよりは安全だし・・・」
「そ、そうかもね・・・」
セフィリアの言う事も解るが、今この状況で動き出すことが出来ないでいた。
異常なこととは言え、こんな子に手を出す気が起きないのだ。
「ん?ラルス、ファフニールと戦いたいの戦いたいの?」
「あ、いや、戦いたいというか・・・戦う気が無いというか??・・・」
ここまであからさまに懐かれると、ちょっと俺には無理かもしれない。
どうしても子供の頃が蘇る。
ファフニールの姿は、イリスともセフィリアとも全く違う。
だが、幼いファフニールの姿と行動は、あの奴隷時代に過ごした牢屋での生活を思い起させるのだ。
まあ、見た目は全く違うのだが。
身長は120cm位だろうか、年の頃は10歳前後に見えるだろう。
実に華奢な体型をしている。
肌の色は褐色気味で、日に焼けた印象だ。
もちろん子供の見た目通りに、触れる肉体はプニプニして柔らかい。
髪の色は輝くプラチナブロンドで、ウルフカットと呼ばれる髪型に酷似している。
その美しい髪がある頭部には、これまた美しい漆黒に輝く角がある。
角には金色の筋が幾つかあり、何か神秘的な文様にも見えなくも無い。
此の角は4本あり、側頭部の2本は羊の様なとぐろを巻いている。
頭頂部には、残りの2本が真っ直ぐに後ろに向って延びている。
決して大きくなく、程よい大きさで邪魔にならない程度の範囲に収まっているのがニクイ。
顔は妖精のように愛らしく、目は大きい。
っで、この目が特徴的だった。
金色に輝く美しい瞳をしている。
実に見た目に似合い、美しい。
口元は小さく、八重歯がある。
といっても多分に牙と思われるが・・・
それよりも、そろそろ聞くべきだろうか?
「ファフニール?君はどうしてこんな所に居たの?」
そう、こんなお子様が何故此処に居たかと言う事だ。
俺達も返答次第では如何するか考えなければならない。
「んっとね、ちょと前にね、パパが居なくなったから代りにファムがお留守番してるのしてるの」
「パパ?」
「うん、パパはね初代ファフニールって今は言うんだってだって。だから私が2代目ファフニールって言うようにって言われたのたの」
「ん?パパに言われたのかな?」
「ううん~違うよ~。パパじゃ無くってビオラ様~」
「そっか~ビオラ様が言ったのか~」
「うん、パパを神殿の中に連れて行くから、暫くここでファムがパパの代りをしなさいって~言ったの言ったの~」
「連れて行くって・・・ファフニールはパパと別れてずっと1人で居たの?」
「・・・ん・・・」
其処からはファフニールは悲しそうに話し出した。
パパと呼ばれる初代ファフニールがビオラに連れて行かれ、1人で此処に居続けた事。
其の間、此処から離れる事も神殿の中に入ることも出来無かったらしい。
どうも制約が働くのか、此処から出れなかったという事だ。
何時もなら外の森で、他のドラゴン達と遊んだり、パパと一緒に寝たりして楽しかったらしい。
それが、ここ暫く(どうやら半年以上の期間と思われるが)ずっと独りで寂しかったと言う事。
更に、周りを見ても自分と同じ姿のドラゴンを見た事が無かった為、つい似た姿の俺達に興味が沸き話しかけてしまった事。
そして、俺達と一緒に居る事で非常に楽しいと言う事を話してくれた。
其の話を聞き、セフィリアは思いの他同情しているようだ。
そりゃあ、あの奴隷時代を考えると、1人で待つという経験をしたのはセフィリアだけだ。
少なくとも俺とイリスは、誰かが居る状態だった。
セフィリアが必要以上にファフニールに同情を向けるのは仕方が無い事だろう。
そんな風に考えながら、ファフニールを見詰めていた。
すると、その俺の視線に気付いたのか、ファフニールは今までの沈んだ表情から一変して、突然満面の笑みを浮かべて俺に話しかけてきた。
「ん~~~ラルス?ファムに見惚れてる見惚れてる?」
「あ?いや、そう言う訳では・・・」
何をどう勘違いしたのか?
何と言うポジティブ思考。
「キャハハハハ、見惚れてるよ~セフィリアお姉ちゃん♪ちゃん♪」
「ふぁぃい??」
突然お姉ちゃんと言われ、素っ頓狂な声で返事するセフィリア。
「あ!セフィリアお姉ちゃん!!鬼ごっこしよしよ♪」
脈絡も無く話題を変え、セフィリアに詰め寄るファフニール。
俺の膝から抜け出し、セフィリアの手を掴みに飛び出す。
完全に出会った時の印象など吹き飛んでいる。
もう、お子様だ、無邪気なお子様モードだ。
「え?え?え?えぇぇぇぇぇぇえ?」
戸惑うセフィリアなどお構い無しに、ファフニールは勝手に遊び出す。
「セフィリアお姉ちゃんが鬼ね~♪ファムのこと追いかけて追いかけて♪」
「え・でも・・・その・・・お姉ちゃん??」
「ね♪ね♪遊ぼう遊ぼう♪セフィリアお姉ちゃん♪」
「ん・・・・・・ファフニールちゃん。フフ・・・私の事はセシリー姉っと、よ・・・呼んでくれる・・・かな?・・・コホン」
顔を真っ赤にして姉と呼ぶように言い出すセフィリア。
おいおい、まさか・・・
「ん?いいよ~~~♪セシリー姉姉♪」
「お・・・おおおお。お兄、お兄!!セシリーはお姉ちゃんになったよ♪♪」
あ・・・落ちたなセフィリア・・・
ってか、そんなにお姉ちゃんになりたかったのか?
「じゃあじゃあ、ファムの事はファムって呼んでね♪セシリー姉~姉~♪」
「ん♪ファム~~~~~~♪おいかけるじょ~~~~」
「いやん♪キャッキャッキャ♪」
もう、如何にでもなれだ。
ファフニールとセフィリアは、目の前の宝石砂浜を駆け巡り、鬼ごっこをしだす。
お互いに楽しそうにはしゃぐ姿は実に微笑ましい。
此処が谷底の神殿前でなければ、何も言う事はないのだが・・・
緊張感など吹っ飛んだ光景に、俺は暫くボーッと過ごす。
もし、此処にイリスがいてくれたら・・・
そう思い、胸の魔石に手を添える。
添えた魔石が少し温かかったのを感じ、もしかしてイリスも喜んでいるのかと考えていた。
元気に走り回るセフィリアとファフニールを眺めながら、時間の経過を忘る俺だった。




