第六十六話 ファフニール
退路を絶たれドラゴン達に追い立てられるように、渓谷の奥深くに進んで行く。
空を見上げると、亀裂の隙間から青空がまだ見えている。
空から入り込む光は若干弱々しくはあるが、まだ辺りを見渡せるだけの視界は確保出来る量はある。
「セシリー、此れからどんどん暗くなると思うが、油断しないでくれ」
「うん、わかってるよお兄」
返す返事が、少し緊張気味のセフィリア。
気丈に振る舞い、俺に付き従ってくれてはいるが、まだまだメンタル面は子供なのだ。
セフィリアの上擦った声が、逆に俺を冷静にさせる。
出来る限り、何時も通りに動けるようにしてあげないといけないと、俺は努めて明るく振舞う事にした。
奥へと目指し突き進む中、俺はセフィリアと雑談を交わす。
そうすることで、少しでも緊張が解けると思ったのだ。
セフィリアとの会話の内容は、どれも他愛の無い会話ばかりだ。
昔の思い出や、最近気になる好きなファッションとか。
というか、セフィリアにもファッションに興味があったとは思いがけない新情報だった。
元々俺の趣味が高じて、ドレス調の服を作ってあげる事が多かったのでその影響かもしれない。
傾向としては、イリスがふんわりとして着心地の良い布を使った、体のラインが出やすいワンピースタイプを好むのに対して、セフィリアは重厚で煌びやかなメイド風ドレスを好んだ。
ただ、セフィリアは体の露出は嫌うらしく、全身を隠す服装が好みらしい。
どうやら、俺には扇情的に迫るくせに、人前だと恥かしくって肌を露に出来ないとか。
この期に及んで、まさかの暴露話を披露してくれるセフィリアに、俺は苦笑せざるおえなかった。
「そっか~・・・プッ・・・俺にはあれだけ積極的なのに・・・ップ」
「ああああ~~!!もう~そうですよ!!お兄以外にはあんなこと出来ないもん!!」
ぷーっと膨れっ面になって歩くセフィリア。
どうやら程よく緊張も解け、この感じなら何時も通りの動きが出来そうだ。
セフィリアの変化に安堵して、俺は既に闇に包まれた道の先を見据える。
かなりの時間歩いた結果、もう空が見えない位の奥に来ている。
辺りも闇に包まれ、もはや【普通の人】では何も見えないだろう。
其れ程までに漆黒の闇に閉ざされているのだ。
一応、セフィリアは獣人だけあって、カンも良いし夜目も効く。
だから、漆黒の闇の中でも普通に歩けているのだ。
じゃあ俺は?
という疑問が沸くが、其処もちゃんと問題ない。
【ラーニング】により取得した【千里眼】と、ルート荒野における戦闘で変化した体は、此の闇の中でも真昼の如く見えるようになっているのだ。
もしかすると【千里眼】の分、セフィリアよりも見えている可能性がある。
「お兄?・・・」
俺が思考している間に、会話が途切れていたようだ。
考え事で沈黙した俺に不安だったのか、セフィリアは小声で俺の名を呼ぶ。
ああ、また緊張させるといけないな~
そう思って、暗闇を凝視しながら話題を振る。
「そういえばセシリー?大剣は仕舞ってもいいと思うぞ」
「ん??なんで???」
「今から緊張しっぱなしでは持たないだろう?それに此の道はそれ程広くない。万が一襲っってくるとしても多数では来ないだろう」
「どうして?」
「そうだな、此処に来るまでに見ただろう?ドラゴン達を」
「うん」
「ドラゴンといっても様々な種類が居たけど、どれも個体の大きさは然程小さくない。一番小さかったイエロですら5M級だ。だったら大挙して責めるには不利な地形だと思う。それに・・・」
「それに?」
「やつらは俺達を襲う気はない。むしろこの先へと誘っていると思う」
「そっか・・・そうかもね」
「ああ、だから俺も武器を仕舞っているだろう?」
「あ、何時の間に!!お兄~~~!!」
「緊張して確かめ無いからだよ」
ちょっとふざけた感じで肩を竦めておどけて見ると、セフィリアは咎める視線を俺に向けてくる。
「も~~~いっつもお兄はセシリーを虐めるんだもん!」
「いや、虐めてはいないだろう?」
「い~~じ~~~め~~~て~~~る~~~~」
「お・・おぅ??」
こんな時にからかい過ぎたのだろうか?
何時になくセフィリアはご機嫌を崩す。
「ぷ~~セシリーもう我慢しないんだもん。ちゃんと1人の女の子として扱ってよねもう~~」
ああ、そっか・・・
そうだったなセフィリア。
「ああ、ごめんごめん。ついっな。悪かったよセシリー」
そういって、俺は歩みを止めてセフィリアの手を取る。
背中に大剣を仕舞い、手ぶらになっているセフィリアの左手を優しく掴む。
急に俺に手を握られたセフィリアは、吃驚して固まっている。
どうやら自分から積極的に動くのは恥かしくないが、俺から動かれると弱いらしい。
そうしやウセルの繁華街で手を繋いだ時も大人しくなっておたな。
あの時と同じように、見る見る顔を赤くして俯き、耳まで真っ赤にしている。
暗闇でも解るほどに上気した顔は、ワナワナと振るえ目も泳ぎまくりだ。
「さ、行こうか。離れないように手をつないで行こうお嬢様」
「ふぁ、ひぃや。にゃにしちぇるのおにぃい・・・こんにゃことれ、ご、ごまかされないにょ」
余りにも狼狽しているセフィリアを可愛く思いながら、手を引いて再度歩き出す。
俺に手を引かれ、ワタワタとしながら付いて来るセフィリア。
振り返ると、顔を伏せ『うぅぅぅ・・・・』と唸っているのが見える。
本当に自分からはオマセな癖に、相手が積極的に出るとこれだもんな~
っとまた苦笑が漏れるのであった。
照れるセフィリアの手を引きながら歩く。
無言ではあったが、悪い感じではない。
寧ろお互いの肌が触れ、奇妙な安心感が俺とセフィリアを包んでいた。
それから随分と歩いた。
今だに手を離さない俺とセフィリア。
漆黒の中で、お互いしか存在しないのだと確認しあうように手を握っている。
其れ程までに暗く静寂が支配する闇の中に俺達は居た。
ピチョーン
ピチョーン ピチョーン
奥の方から聞こえるような水滴の音が聞こえ出す。
ピチョーン
水源が近いのだろうか?
水音は次第に大きく聞こえ出し、近付くにつれその原因が見えてきた。
進む其の先には、暗闇に水面が見え、奥に建物らしきものがあった。
【千里眼】により詳しく見ると、それは紛れも無くルート荒野で見た神殿に似た建物だった。
しかも神殿は光り輝き、その場所だけが暗闇の中浮き上がるように存在している。
目の前に広がる光景と、俺の緊張を感じ、ぎゅっと手を握り返すセフィリア。
「お兄、もしかして」
「ああ、どうやら目的地みたいだ」
俺とセフィリアは手を離し、お互いに武器を手に取る。
横に来たセフィリアが、息を整えるように深呼吸を2回したかと思うと、キリっとした顔付きになり前を見据え出した。
どうやら此処までの道中は、良い効果を生んだようだ。
セフィリアの面持ちから、俺も自分の気持ちの切り替えに集中し、眼前の神殿を見据える。
ゆっくりと、ゆっくりと神殿に近付く。
次第に当たりも明るくなり、目の前に広がる景色がハッキリとしてきた。
水面と思っていたものは神殿を取り囲むように佇む池のようだ。
水面は波打つ事無く静かで鏡の様に美しい。
その池には橋が掛かっていて、神殿に向って一直線に伸びている。
俺はセフィリアと共に、その橋を渡り神殿に向うように移動する。
池を右手に見ながら、時計回りで橋に近付いていく。
徐々に近付くにつれ、何処からとも無く大きなプレッシャーを感じる。
辺りを見渡すも、其れらしき気配も無い。
ヴィオラから聞いた伝承からも、神殿の屋根には十分目を光らせている。
だが、其処には何も居ないのだ。
本来なら神殿の屋根に【ファフニール】が存在していないといけないのに・・・
俺の中で、危険を知らせるアラームがガンガン鳴り響いているのが解る。
其れほどまでのプレッシャーが掛かっているし、聞いた話と違うのだ。
「おかしい、此処に誘われたと思ったんだが・・・」
俺は誰にとは無く独り言を呟く。
「まさか、此処は違うのか?」
もしかすると全く違う場所に誘われたのか!
そう、俺が疑問を頭に浮かべた時、其の声が響いた。
「いや、違わないわよわよわよ」
急に背後から、女の子の声が聞こえる。
「なあ!!」
「え?えええ??」
俺もセフィリアも驚き振り向く。
だが、其処には誰も居なかった。
「ふふ、私を見たいの?見たいの?」
今度は横から聞こえる。
「っく!」
俺が気が付かないのは、まあ良いかも知れない。
でも、セフィリアの【索敵】に引っかからないのは何故だ?
「セフィリア、解るか?」
「・・・御免ねお兄、気配が全方面にあって解らないの」
セフィリアも自分の感覚が麻痺しているかもと、四方八方を見て相手の所在を確認しようとしている。
「わっふ~♪、そこの女の子は意外に見えているのねのね」
「見えて・・・だと?」
「うん♪始めてかもかも~こんな風に私の事を見れる子がいたなんて、フフ」
明らかに楽しそうになる声。
何処か遊びたいような感じを受ける。
「うんうん♪じゃあ見せてあげるねねね~♪」
そう声の女の子が言ったかと思うと、いきなり俺達の周りから揺らぎを持った何かが蠢きだす。
段々、段々蠢いた何かが神殿の屋根に集約し出すと、代りに光が溢れ出す。
そして・・・
辺り一面が光に包まれ、代りに屋根の上に凝縮された闇が形を作る。
一瞬、あまりの輝きに視界が奪われ、襲われる恐怖を感じるが、声が聞こえた。
「大丈夫~♪襲わないからゆっくり目を開けてみてみて」
どうも俺達に媚びる様な声を出す女の子の声。
違和感を感じつつも、危険を回避する為に早々に目を馴らす。
視界が確保できると、目の前には谷底とは思えない光景が広がっていた。
さっき見えていた神殿と周りの景色が一変し美しい光景が広がる。
池は透明で、美しく輝き水面には神殿を映し出している。
水辺は色とりどりの宝石が散らばっていて、神殿を神々しく照らし出していた。
神殿は水晶で出来ており、それ自体が光を放っている。
「どお?素敵でしょ♪でしょ♪」
目の前に広がる光景に目を奪われた俺達に、あの声がまたも横から聞こえる。
また振り返っても居ないかも?
そう思いながらも、反射的に声のする横へと目を向けると、其処には小さな少女が立っていた。
「え?」
つい変な声が出た。
「も~、それが始めてみた女の子に対する感想なのなの?」
悪態をつき、俺達を見ながら腕組みをした小さな女の子は、胸を張ってこう言った。
「私は2代目【ファフニール】なのなの♪よろしくね♪」
言うや否や、ニカっとファフニールは無茶苦茶愛らしい笑顔を向けてきた。
其れを見て、俺は額に手を当て溜息を吐いてしまった。
「どうしてこうなった・・・」っと。




