第六話 盗賊の襲撃
更に月日が経ち、10歳になる。
此れまでに様々な思考を繰り返してきたが奴隷解放に至る答えを見出せない。
後3年でイリスが正式に奴隷契約となる。
言い知れぬ不安だけが心を覆い、不安をかき消すように何時もの訓練に出る。
夜、皆が寝静まるとコッソリ表に出て木剣を振りナイフを投げているのだ。
木剣は棒切れを多少削ったもので不恰好だが、型の練習には問題ない。
前世の記憶通りに、叩き込まれた技を必死に思い出して体に刻む。
生まれ変わり、一からの修練は面倒だ。
それでもしないよりはマシと、連夜励んでいる。
お陰で剣技に関しては、前世の俺並には動けるほどにはなった。
投げナイフは多少鉄分を含んだ石を纏めて【アルキメイト】で作り出した。
クナイに似た形で、棒手裏剣と言っても良いものだ。
これを手近な的に向って投げ続ける。
夜の月明かりの中、的すら見えにくいが長年の訓練で問題なくなっている。
的を意識して、距離を測り、思った位置に向って投げる事ができるようになった。
此れは前世の時よりも数段腕前が上がっていた。
明るい中で練習していた時には無理だったであろう、暗闇での奇襲攻撃にうってつけだ。
投擲術、俺の新しい武器となる。
投げナイフを投げ、的に当てていると後ろに気配を感じた。
何時も俺を気遣う優しい気配だ。
「また、そんな事をしているの?」
「イリス姉」
「もう夜中よ、早く寝ないと明日に響くわよ」
「大丈夫さ、イリス姉も知ってるでしょ?俺の体力」
「それでも心配なのよ。貴方だけじゃない、最近じゃクリスティンさんも体調が思わしくないし・・・」
「解ったよ、イリス姉。もう少ししたら戻るから」
「ん♪宜しい♪お姉ちゃんの言う事を素直に聞くラルスは好きよ♡」
「また、そんな事を臆面も無く言って。恥かしいだろ」
「何言ってるの?本心思ってるから伝えているのよ。私にとってラルスだけが姉弟であり好きな異性だもの。ずっと一緒に過ごしてきたし、身近にいたのは貴方だけ。例え他の異性を見ても心が動く事はないと思うわ。私は奴隷だも・・・意にそぐわない将来が待ち受けているのは理解しているの。だから今誰かを好きという想いは大切にしたいの。自分が唯一自分自身で決める想いだから。本当にラルスが好きなのよ・・・」
「・・・俺もイリス姉は好きだよ」
「ん♪ありがと♪だけどセフィリアが仲間はずれだって怒るでしょうね。あの子もラルスが好きだから」
「ハハハ、セフィリアも俺は好きだよ。どっちも大切な家族さ」
「もーそんなこと言って、今は私だけって言って欲しかったな~」
「いやいや、セフィリアを話しに出したのはイリス姉でしょ?」
「もう、相変わらずどっちにも平等なのね」
「当たり前さ、俺にとって大切な2人を天秤には掛けれないしね」
「フフフ、まあいいわ。ラルス、早く寝るのよ」
「おう!解ったよ」
「じゃあ、先行くね」
そう言って、俺のおでこにキスするイリス。
柔らかい唇の感触から、イリスの想いが伝わってくる。
名残惜しそうに唇を離し、部屋に帰っていく。
月夜に浮かぶ彼女の姿は、何時の間にか美しく育った容姿と体を浮かび上がらせる。
12歳になり、もう少女になるイリスは、誰が見ても綺麗だ。
揺れる髪は月明かりに照らされ、金色の光を放つ。
煌く黄金は、彼女の幻想さをより強調する。
胸も膨らみかけ、腰も括れ女へと変貌する途中の妖しい魅力が醸し出されている。
ロリだったら、飛びつく程にまで成長している。
このまま15歳になったら絶対に妾として囲われてしまうだろう。
それ程までに美しく成長したのだ。
俺は、イリスと離れたくないし、妾になんてしたくない。
だから決意する。
このままどうしようもなかったら、主を殺しイリスとセフィリアを解放しようと。
例え俺が犯罪者になっても。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから数日後、俺の決意を汲んでか待ちに待った切欠が来る。
あまり喜ばしいものではなかったが、切欠は切欠だ。
利用しない手はない。
深夜、寝静まった屋敷にとどろく悲鳴。
最近話題に上がっている盗賊の噂。
奴隷達の間で囁かれていた不安。
その不安が現実となって襲い掛かってきた。
「掛かれ!見逃すな!」
「屋敷の連中は皆殺しだ!だが若い男は殺すなよ!」
「女だ!女だ!」
「金目のものを集めろ!襲え襲え!」
盗賊たちの怒号と剣を交える金属音が響く。
俺はこのような状況を待ち望んでいた。
俺とイリス、セフィリアが此処から抜け出せる切欠。
そう盗賊の襲撃だ。
この世界では王都に近くなければ盗賊に襲われる事は可能性としてある。
何時何処で襲われるか、それは世の事情によりけりだ。
だが、今此処に起こったのだ。
果てしないほどに低い確率だが、自力で奴隷身分を解放するよりは好都合だ。
屋敷にはもちろん、盗賊対策もおこなわれているが、私兵を常時置けるほど皆余裕が無い。
故に奴隷を盾に、生き延びる手段を取る方が効率的だ。
今も、男達の奴隷は防戦に出ている。
脱出の好機と見て、すかさず行動しようとするが、母親達の方が一足早く事態に対応していた。
「貴方達!森に逃げなさい!」
「お母さんは?!」
「一緒に行くわよ!ほらセフィリアも早く!」
「パステル!子供達をお願い!」
「ミリー!クリス!走れる!?」
「パステル!クリスは私が手を貸すわ!」
「それなら私が!」
「駄目よ!貴方が一番動けるのよ!子供達をお願い!」
「クリス!行くわよ」
「・・・ええ・・」
盗賊の襲撃に気付いた母達は、一斉に行動する。
俺が盗賊襲来を予想して考えを巡らせているよりももっと具体的な行動だ。
クリスティンを抱えるミリアリアが重そうなので、俺は手伝う事にした。
ミリアリアの反対から、自分の母に肩を貸し、部屋を急ぎ出て行く。
パステルがイリスとセフィリアを庇うように走り、その後を俺とミリアリアで付いて行く。
肩を貸し懸命にクリスティンを運ぶが、思うように進まない。
「逃げるな!女だ!捕まえろ!」
盗賊の1人が俺達に気付き、矛先を向ける。
「ミリア、子供達をお願い・・・」
「何を言ってるのクリス!」
「私が囮になって足止めをするわ。だから置いていってちょうだい」
「駄目よ駄目!さあ急ぐのよ!」
「私の体力じゃ無理なのよ、さあ行って!」
言い合いながら進むが、馬に乗った盗賊の足の方が速い。
「さ、行くのよ!」
クリスティンは俺達を突き飛ばし盗賊の前に立ちはだかる。
その姿を見て、俺は隠していたナイフを手に取ろうとしたがミリアリアに手を引っ張られてしまった。
「ラルス!ごめん!」
俺を引き摺るように引っ張っていくミリアリア。
力があるとはいえまだ10歳だ。
必死に逃げようとするミリアリアの、渾身の力を振りほどけない。
「ラルス、生きて・・・」
母の言葉が俺に届く。
「母さん!!」
余り接触が無かったとはいえそれでも俺の母だ。
赤ん坊の時から、俺を慈しんでくれた記憶は鮮明にある。
そんな母が覚束無い足取りで盗賊の前にいるのだ。
「母さん!母さん!」
「ラルス!お願い!走って!」
ミリアリアの悲痛な叫びが聞こえる。
既にパステルに護られ、イリスとセフィリアは屋敷の敷地を抜けている。
「さあ!ラル・・・」
途中で途切れた声。
不審に思いミリアリアを見上げると、その喉には矢が突き刺さっていた。
「あ・・・が・・・ああああ!」
異世界を夢見て、転生したのに!
何で俺は力を出せない!
ミリアリアが力なく崩れ、倒れこむ。
「ミリアさん!ミリアさん!」
ミリアリアの姿を見て、俺は母を振り返る。
クリスティンは盗賊の前で小さな抵抗を重ねて時間を作っていた。
だが、ミリアリアの死を見て、突然暴れ出す。
「逃げなさい!ラルス!」
そう言って近くの鍬を手に取り、盗賊に殴りかかる。
「手間かけるな!」
盗賊はクリスティンに手加減しながら切り掛かっている。
たぶん殺さないで慰み者にしたいのだろう。
盗賊の行動とは裏腹に、必死に抵抗するクリスティン。
「何してるの早く!」
母の悲鳴に近い叱責を聞くも、俺はその場を離れたくなかった。
どうにかして2人を助けたい。
俺の魔力ならミリアリアの傷を塞ぐ事が出来るかもしれない。
俺の投擲で盗賊を仕留めたら母は、逃げる時間を稼げるかもしれない。
俺がどうするか躊躇していると、盗賊の剣先が母を切り裂いた。
「しまった!やっちまった!」
盗賊は手加減していたので、母を殺す気はなかった。
なのに暴れる母に合わせるうちに、思わず力が篭ったのだろう。
力なく崩れ落ちる母が見える。
「っち!仕方ない!あおの小僧を捕まえておけ!」
盗賊は殺した母には目もくれず、次の標的に狙いを定める。
無抵抗そうな俺を捕らえるという目的を持って。
俺は、無意識のうちにナイフを握り、盗賊目掛けて投擲する。
それは見事に盗賊の頭に刺さり、落馬させた。
意外なほどあっけなく倒せた。
戸惑わず、盗賊を倒しておけば良かった!!
「な!小僧!容赦しねーぞ!!」
突然の抵抗にあい、盗賊が一人倒される。
周りにいた盗賊が、倒れた仲間を見て怒り出す。
続けざまにナイフを投げようとすると、足を不意に捕まれた。
其処には喉に矢を刺されたミリアリアがいて、震える手で外をさしている。
「駄目だ!奴らを殺す!!」
そう言い放つ俺に、ミリアリアは頭を振り再度指差す。
「俺は!奴らを殺す!そしてミリアリアさんを担いで逃げるんだ!!」
すると、捕まれていた足に更に力が篭り俺を叱責するかのようだ。
ミリアリアさんは力を振り絞って、俺に逃げろと指で催促する。
自身の死が迫る中で、必死に残りの命を駆けて俺を助けようとするミリアリア。
その必死な姿に俺は怒りの矛を納めた。
血の繋がった母ではないが、俺にはもう1人の母とも呼べる人。
その人の最後の願いを、俺の怒りのままに踏みにじる事は出来ない。
盗賊の襲来を願っていた俺。
でも、その願いが叶う事で只自分が奴隷から解放されるという期待のみしか考えていなかった。
まさか、大切な人を失う結果が待っていようとは・・・
迫り来る盗賊に、俺は八つ当たりの攻撃をする。
此方に向かう盗賊に、再度ナイフを投擲して仕留める。
仕留め終わり、ミリアリアさんを抱えようとしたら拒否された。
声は聞こえない、でも行けと必死に目で訴えてくる。
「わかったよ、ミリアリア母さん・・・」
そう言って俺は、屋敷の外に向って走り出した。
ミリアリアを振り返ると、安堵した笑顔をして俺を見ている。
前を向きなおし、速度を上げて走り出す。
もうミリアリアさんを振り返る事はなかった。
悔しさと怒り。
悲しさと、喪失感。
この出来事を待っていた俺は、言い知れない後悔を抱く。
切欠は欲しかった、でも逃げ出すにしてもこんな事態は望んでいなかった。
必死に逃げ、敷地を出る。
今までこの敷地から出た事の無い俺は、イリス達の向かう先が見えない。
後ろではまだ、盗賊の襲撃が続いている。
俺を追っていた盗賊の残りも、直ぐに此処に来るかもしれない。
辺りを見回し、森を探す。
あった!
敷地からかなり遠くに森らしき木々が見える。
俺は兎に角、見える木々に向って走り出した。
後ろではまだ盗賊の怒号が響き、燃え盛る屋敷の赤々とした炎が立ち上っていた。
その炎を背に、脇目も振らず走りぬく。
ただ森に向って。