第五十九話 新しい素材
町並みの喧騒は今までに見た事も無い賑わいを見せていた。
ウセル共和国の首都ゲーリングは、あらゆる様式の建物が犇き混ざり合い、混沌とした雰囲気を醸し出している。
それでも綺麗に区画され、道は石畳で舗装され見事なまでに町の中を走る様は何処か前世の地球で見た現代ヨーロッパを彷彿させる。
車が走っていたら、絶対に『ここ地球じゃね?』と思う程に洗練された町並みだ。
「凄いね~お兄・・・何ていうか都会・・・?」
初めて見る大きな建物、道を行き交う人々の多さ、それらに驚きキョロキョロと辺りを見回すセフィリアに俺は苦笑してしまう。
こっちに住み始めたとはいえ、あまり繁華街には来ていなかった。
図書館や道外れでの活動が多かったため、こんなに人がごった返している中に買い物に来ていなかったのだ。
セフィリアにはアルティナですら驚くべき町並みだっただろうに、それを遥かに凌ぐ喧騒に、ちょっと気が引けているのかもしれない。
まあ、俺は前世の記憶があるし、あの朝の名物『通勤ラッシュ』でさえ乗り越えた男だ。
通学時にこれでもかと流れる人混みを抜け学校に通った記憶が思い起こされる。
だから初めて都会に出た少女の反応を見せるセフィリアがとても愛しく見える。
「はははっはは、セシリーにはこの人混みはキツイかな?」
「そ・・・そんな事はないよ!」
「そか、じゃあ明日からここに来て買い出し頼むぞ?」
「え?マジ・・・」
ちょっとブルっているセフィリア。
あんまりにも素直な反応に微笑ましく思いながら、辺りを見渡す。
町の至る所には噴水を中心とした広場が設けられ、簡単な露店が立ち並ぶ。
大通りにはあらゆる種類の店が立ち並び、どんなものでも買い求めるに苦労しないと思えそうだ。
呼び込みも多く、様々な人種や国家の人々が買い付けに奔走している。
明日以降この辺りを中心に、セフィリアには色々と買い物してもらわなければならない。
少し戸惑いつつも頑張って買い物に明け暮れるセフィリアを想像すると自然と苦笑が漏れた。
俺はセフィリアに頼んだ買い物を元に、出来うる限り物作りに勤しまなければならない。
前回の教訓を生かし、今度は絶対に失敗しない為の準備をする為だ。
食材や水の確保はもちろんのこと、戦闘途中で消耗品がなくなるなどという愚考は2度と繰り返したくない。
特にポーション類は必要以上というか目一杯持ち込むつもりだ。
最上級ポーションすら超えるエリクサーが出来るんだから、これを使わない手はない。
お買い物をするにあたり先立つ資金を確保するため、まずは手持ちの【エリクサー】を競売に掛けることにした。
ゲーリングの町にも、ギルドがあり其処で競売所の存在を聞いて競りに出すことにしたのだ。
ギルドで販売してもいいが定価でしか販売できないし、町の薬品店に流しても同様に定額でしか金が手に入らない。
なら、出来るだけ多くの資金を欲して競売しようと言うことだ。
競売は毎日行われている。
毎日足しげく通い、掘り出し物を探さなければならないのじゃないかと疑問に思ったが其処は流石に商人の町だ。
競り専門の代行業者も職業として成り立っている為、望む商品や突然の掘り出し物が出ても金持ちは買い付けることが出来る仕組みがある。
滅多に出ない商品については事前に告知されるのも確認済みだ。
これで突然売りに行っても十分に高額落札されるだろうと思う。
2人で町の喧騒の中、人を掻き分けるように進み目的の競売所に歩いていった。
競売所に到着すると、すぐに【エリクサー】を3本持ち出し、競売手続きをする。
ちなみに【エリクサー】であるが、相当に貴重品なものであるらしい。
まずもって作ることが出来ないと言うことと、高LVダンジョンから稀に見つかる程度だと言う世界でも貴重品のようだった。
此れを【アルキメイト】で簡単に作成した俺には実感がなかったけどね。
【エリクサー】は【ミスリル】や【アダマンタイト】同様に、失われし古き技術の産物の一つで、迷宮の奥深くの宝箱や王宮の宝物庫に1個あるかないかの貴重品らしい。
世にでれば相当の金銭的価値を生むといわれている。
今回俺は、この【エリクサー】を迷宮で発見したことにして売りに出した訳だ。
こんなことをすれば、普通なら目を付けられて強盗や恐喝にあう可能性もある。
でも、そんな事でコソコソと行動して時間を無為に過ごす事など出来ない。
多少は目を付けられたとしても、イリスを救い出す為にあちこち行く時間を多く稼ぐためには背に腹は変えられないのだ。
だからこそ、探索に費やす時間を多くするためにも、素早く最大限の準備をする必要があり、確実に高額の資金を獲得する機会を逃さない。
そんな俺の覚悟なんて受付が知る由もなく。
【エリクサー】を出して鑑定が終わった途端、競売所にて手続きを担当した職員の顔が引き攣っていたのは見ものだった。
担当職員は顔を引き攣らせながら説明をする。
冒険物のテンプレをちょっと堪能できて嬉しかったけどそれだけだ。
だって、俺はそれどころじゃないからな~
テンプレを堪能するには状況があまりにも逼迫し過ぎている。
職員の説明によると、今から明日の昼までに告知がなされ、明日の夜に競にかけられるという。
競売後の金銭は、明後日に受け渡し予定だ。
手数料は販売価格の10%
高いように思うが普通に販売するよりも高額が手にはいるので良しとする。
此れで当面の資金をかなり稼ぐことが出来る。
なんならもう2・3本売っても良い。
イリスを蘇らせる度に出たら、どうせここには戻れないだろうし。
説明後も挙動不審な職員を放置して競売所の外に出る。
また繁華街に戻って、宿に帰るつもりだ。
今から出来る準備の為に買い物に取り掛かって宿で武具の製作が待っている。
「さて、これで明後日まで時間が出来た訳だ。セシリー、此処からは俺とセシリーの装備を充実させる。魔石を買いに行くぞ」
「ん?なんで魔石?」
「そりゃー、セシリーが装備に付いて、俺に頼もうとしてた事に関係してたはずだろう?」
「ほほっほー流石お兄!言わなくても解ってる~♪」
セフィリアは俺がどんな装備を望んでいるかを理解している事に上機嫌となり、さっきまでオドオドしていたのも何処へやら、途端に元気よく歩き出した。
が、場所解っているのかセフィリア?
「はしゃぐのは良いが、何処に魔石売ってるか知ってるのか?」
「え?そんなの知るわけないじゃん。お兄が私を連れて行ってくれるんでしょ?」
先導して歩いているのに暢気な事を言うセフィリア。
「ったく、ちゃんと付いて来るんだぞ?」
そう言って強引に手を結ぶ。
「さ、離れないようにな」
「ぇ……あ、うん…」
全く現金なもんだ。
勢い良く歩き出した威勢は何処へやら。
俺がからかって手を取れば、顔を真っ赤にして付いて来るんだから可愛いもんだ。
まだまだ子供なんだなっと思いながら、セフィリアを伴って魔道具屋へと向かった。
魔石を必要とする理由には訳がある。
セフィリアはあのルート荒野での戦いにおいて、自身の攻撃に明確な力不足を感じていたと思う。
相手が雑魚なら問題ないが、如何せん強敵に対抗できるだけの火力がなかった。
もちろん防御面もそうだ。
オリハルコンの強度により助かっていた面も多いが、アタッカー寄りのセフィリアにはタンクは出来ない。
防御もあるが、それ以上に攻撃することで相手を足止めにすることが出来れば、セフィリアの戦闘力は大幅に上がる。
その為にはどんな敵でも進んで打ち倒せる力を欲したと思う。
後、魔法が使えないセフィリアは、複数の敵に対応出来ない苦悩も感じていただろう。
そのセフィリアの苦悩を取り除き、自信を持って俺の側に居ても良いと思ってもらう為にも魔石が必要だった。
魔法道具店にて購入するのは別に大した物を必要ではない。
ただ、魔石が必要なのだ。
手を握ったことですっかり大人しくなったセフィリアを連れ立ち、魔法道具店に入る。
一頻り店内を見渡し、必要な数の魔石を購入した。
もちろんこの時もセフィリアの手は離していない。
だって可愛かったんだから良いだろ?
相変わらず照れ過ぎて大人しいセフィリアを連れて、魔道具屋出て宿に戻る。
金額も些少で済んで、後は此れを元に装備を新調するだけだ。
「さ~って、宿に戻って作るかな」
「楽しみにしているよ……お兄………♪」
「おう、楽しみにしてろよ。出来たら使いこなせるように鍛錬すんだぜ?」
「うん♪」
買い込んだ麻袋を片手に、大量の魔石が入っている事を確認して帰路につく。
帰り道では、明日以降セフィリアの寄るべき店の位置を確認する事も忘れなかった。
宿に帰り、前回の戦闘で見るも無残になった装備を取り出し、【アイテムボックス】から【アダマンタイト】を取り出す。
更に【ミスリル】も少量取り出し、用意した魔石を手元に置く。
俺は此れからある作業に取り掛かる。
ルート荒野での戦闘の結果、俺の持つ【アルキメイト】に変化が起こっていた。
【異界の融合術】とアドと呼ばれた使途の力を吸収した為だろうか?
以前なら必要な材料と出来上がるアイテムは決まった法則の元で決まった物しか作れなかった。
つまり俺の知らない物は作れないと言うことだ。
だが・・・
【エリクサー】を作った時に理解したのだ。
主となる素材、作り出される物のイメージ、効果、それらさえあればアイテムが出来上がるのだ。
ぶっちゃけ【エリクサー】自体に本当に必要な素材を【鑑定】ではっきり確認していなかったのにだ。
それなのに、ちゃんと出来上がった。
出来上がった【エリクサー】も【鑑定】すればちゃんと【エリクサー】だったから間違いない。
アリスから聞いた素材内容も本当か解っていなかったのにだ。
だから、目の前に広げた素材を元に俺はセフィリアの為の武具を作る。
創造するんだ、【ミスリル】の魔法適正、【アダマンタイト】の超硬度、そして魔石を介した魔力の貯蔵に付与効果の継続。
これらの要素を詰め込んだ材質の創造から武具への転換。
これを此れから試すのだ。
「さあ、やってみるか!」
気合を込めて【アルキメイト】を発動させる。
手元から発する魔力を感じつつ、目の前の素材が融合し、新たなる金属を創造す様子を見る。
光が素材を包み込み、全てを作り変えていく。
「おおおおお」
目の前には新たに出来上がった新素材?が出来た。
「これで・・・出来たのか?」
「ん?此れ何お兄?」
「ふぁ!何時からいた!」
「いや・・・ずっと居たよ・・・」
宿に帰って、俺が作業する前に宿にて出される夕食を受け取りに行っていたセフィリアが背後に居た。
夕食は部屋で取ろうと思い、お願いしていたがこんなに早く帰って来るとは思っていなかった。
「ああ、そのなんだ、新しい素材を作ってみようと・・・ね」
「っほほーじゃあ此れが私が望んでいた武器になる素ってこと?」
「そ・・・そうなると思う」
俺は少し自信なさげに答える。
「ふ~~~ん?お兄にしては珍しく弱気ね」
「まあな、まだ確認して無いからな」
「じゃあ、ちゃっちゃと確認したら?」
「ああ、してみる」
俺は目の前に出来上がった複数のインゴットを【鑑定】してみせる。
結果・・・
素材名:ヒヒイロカネ
【金より軽く、オリハルコンを凌ぐ硬度をもち、金剛石より硬い。錆びる事が無く、非常に高い魔法導率を持つ。 太陽のように光輝き、触ると冷たい。表面が揺らいだように見え、磁気を受け付けない性質がある。】
おおおおお???
ってかヒヒイロカネ?だと
確かに説明文だけ見るとオリハルコんを凌駕しているが・・・
なんで日本の伝説の金属のほうがオリハルコンを凌駕するのか理解不能だ。
確か西洋オリハルコン=日本ヒヒイロカネじゃなかったっけ?
色々と突っ込み所が多そうだが、出来上がったものは仕方が無い。
うん、此れで良しとしよう。
「どうやら思い描いた素材が出来たみたいだ」
「おおおお♪お兄やったじゃん!」
「ああ、此処からはセシリーの望む武器を作る。それから・・・」
「それから?」
「セシリーの望むことが出来る防具も作る」
「え?」
「攻撃ばかりで気付いてないだろうが、セシリーの望みに必要なことと思うぞ」
「あ・・・」
役に立ちたい、俺達の足手まといではなく助けになりたい。
そう思いつめて出た結論から、攻撃ばかりに目が行っていたセフィリア。
だからこそ、セフィリアを防御を気にしないで自由に動けるようにする防具がいるのだ。
「じゃあ、作り上げるから出来たら試着な」
「うん♪」
その後、出来上がったヒヒイロカネを素に大剣を作り上げる。
軽量化が行き届いた為、幅も前回よりも大きく厚みも増やす。
武器として重量を生かした攻撃が有効であることも考慮した結果だ。
防具は前回同様のスタイルを維持する。
腹回りは多少金属を少なくはしたが防御力は問題ない。
其の分腰当と肩当は大型化する。
邪魔にならない程度に試着後に大きさを取り決める。
そして、此処からが前回と違う部分だ。
セフィリアの持つ気力、そこに魔力を乗せた大剣はセフィリアの思い描く属性を体現する。
火を思い起こせば炎が立ち、氷を思い起こせば冷気が辺りを包む。
成功だ。
魔法適性がなくとも剣に属性を付られる。
後は明日からの鍛錬で確認しよう。
「ありがとうお兄♪」
笑顔で武具の確認をするセフィリア。
俺は微笑みを湛えて頷く。
その後、自分の為に太刀と小太刀を作成。
ハーフプレートメイルを自分用につくり、今日は終了する。
そして、2人して寝る前の日課を行う。
【アイテムボックス】から水晶の棺を取りだし、其の中のイリスの為に俺は魔力を通す。
相変わらず棺の中に充満するエリクサーにたゆたゆイリスの姿は変わらない。
棺に入れたイリスは、生きていないからだろうか?
【アイテムボックス】に収納が出来た。
それは俺にとって嬉しい事だ、何処に保管しても常に見張っていることが出来るわけではない。
盗難にあったり、破壊されたりしたら、俺は狂ってしまうかもしれない。
だから、俺が肌身離さず側に置けていることが嬉しかった。
「早くしたいね・・・」
「ああ・・・」
物言わぬイリスに向って、俺とセフィリアは囁く。
早く何時ものように笑顔を向けてくれと・・・
イリスとの日課を終えた俺達は、イリスの棺を【アイテムボックス】へ戻す。
そして其々のベットに移動する。
イリスが居なくなった時から、一緒に寝ることはしていない。
お互いに、何かの拍子でタガが外れないようにとの複雑な思いからだ。
寂しさを感じつつもベットにもぐりこみ、明日に備えて眠りに付く。
明日からは製薬や食料、その他の道具作成に掛かる。
新しい武具にはしゃぎ疲れ果てたセフィリアはもう寝息を立てている。
そんなセフィリアを見て、俺もベットの中で目を瞑り愛しい2人に声をかける。
「おやすみセフィリア・・・おやすみイリス」




