第五十五話 心の会話
俺は眼下に写るモトとの戦闘を眺めている。
肉体は自らの意思から離れ、誰か知らない存在に良い様に使われている。
それでも、俺は其の事を気に掛ける気持ちが無い。
今までは守るべき存在があり、その存在の為に頑張って来たのだ。
セフィリアの事は気に掛かる。
助けるべきだと理性ではわかっている。
だが、気持ちが前に出ない。
イリスがいない世界に何の意味があるんだろうか?
転生を夢見て、望み通りのチートを分捕ってこっちに来た。
最初は奴隷と言うこともあり、人生のスタートが夢見た通りに行かず悩みもした。
大きくなるにつれて、ままならない状況に苦労もしたけど、其の分掛け替えの無い存在を手に入れれた事の方が俺にとっては嬉しかった。
前世には無かった充実した毎日。
全てが側に居てくれたイリスの存在で、俺を満足させてくれていた事に気が付いた。
でも、それも今更遅い。
膝を抱え蹲り、まるで映画を見るように俺は戦闘シーンを眺めていた。
意識は既に雷の使徒たるアダに乗っ取られている。
だから、ボーッと眺めることしか出来ない。
彼女と融合して解った事がある。
使徒とは、神が直接認めた存在であり、神自身が其の者に祝福を直接与えて始めて使徒となる。
だから真の意味での雷の使徒は、今俺をのっとているアダであり、アリスはその使徒につかえるべき存在と言う事になる。
しかし、アリスは神のお告げを聞いている。
使徒以外に正式な神の言葉の聞けるのか疑問が残る。
使徒とは何か?
巫女は何か?
俺は考えようとしてその考えを深くする事が出来ないでいた。
深く考える気力が無い。
何かを考えてもいまさら何も出来ないのだ。
だってもうイリスはもう・・・
俺はまた暗黒の闇に意識を沈め、思考を放棄し、目の前の惨劇を只眺めるだけだった。
「よ!何辛気臭いかおしてんだよ!」
突然聞こえる男の声。
俺は聞こえてはいるが、反応したくなかった。
だって、何もかも面倒くさいからだ。
「ったくよ!相変わっらず強~んだか弱~んだか・・・ラルス!!しっかりしろやコラ!!」
余りにも大きな声が頭に響き、俺は眩暈と共に声の主を見る。
「ん!久しぶりラルス!」
「あああ・・・アドルフ・・・なんで・・・」
そう、目の前にはあの独特の強面からでる笑顔が怖いアドルフが立っていた。
何で?
どうして?
此処は俺の中なのに???
「そう驚くこた~ね~よ!ほれ、俺はちゃんとお前の中で存在してらぁ~」
「ア・・・アドルフ?・・・何でここに?」
多分俺には解っている。
アドルフが此処にいると言う事が。
そして其れがどんな結果で此処にいるのかを。
「生きていたんだ・・・なのに何で?なんでこんな所に居るんだよ!!」
俺の叫びに、アドルフはちょっと困った顔をしながら俺に話しかける。
「まあ~なんだ~、死んでたが一時的に現世にとどまらせてもらってただけだ。死んでた事には変わりねぇ~よ」
「でも、でも・・・」
「あああ、ったくよ!俺はおめ~を助けに来たんだ!なんか文句あっか?」
相変わらず怖い顔をして唸っているアドルフ。
だが、その内側からにじみ出る優しさに、俺は涙が溢れる。
「ああ、それとなイリスだがよ・・・」
イリスと聞いて、俺は自然に体が強張る。
さっきまでアドルフに出会えた感動も消え去るほどに、俺に襲い掛かる不安が拭えない。
「そう固まるなや、イリスはまだ完全に死んでないぞ?」
「ええ?」
「なんつうか俺は良く解らんが、アリスのスキルでかろうじて肉体と魂はつながっちゃーいるが、復活まではいたらね~だからよ、帰って来いラルス!」
「イリスが・・・死んでない?」
「そうだ!ラルス!まだイリスは蘇る可能性がある!!だったらとっとと何時も見てぇ~に男を見せろや!!イリスが大事なんだろう!セフィリアも!!2人を泣かすんじゃね!!」
アドルフの言葉に、俺は希望を見出す。
只の漠然とした希望。
それでも俺は其の希望に縋るしかない、縋って縋って今はイリスを取り戻す事に縋るしか逃げ道が無い。
「本当ですか?」
「ああ、本当さ。だから俺はこうして此処に来た。お前を助ける為に」
アドルフが満面の笑みを俺に向けてくれた。
あああ、相変わらず怖いのに優しいな・・・
希望が見えれば活力も戻る。
イリスが取り戻せるなら、俺は全てを掛けても事を成し遂げたい。
思考が巡り、事態の打開を考えだす。
心の中から力が湧き出し、俺を奮い立たせていく。
自然と目にも力が宿ったのか、アドルフが嬉しそうに励ましてくれる。
「そっか~何時ものお前に戻ったなラルス・・・なら解るだろう?」
「ええ、理解してしました・・・でも、それでは俺は貴方に何も出来ません。なにも恩返しが出来ないままじゃないですか!!」
「ああん?そんなこたぁ~ね~ぜ?」
「え?」
「ちゃんとイリスを守り、セフィリアを立派に導いたじゃないか。俺は其れが何よりも嬉しいのだわ、がはっはははは」
「だけど、セフィリアは・・・」
「もう別れは済ませたぜ?大丈夫さ。それに俺ぁ~アリスとの契約も変更しちあまってな~もう本当に此れが最後なんだわ。だから気にすんな」
俺は其の言葉を理解した。
恐らくアリスのスキルで一時的に現世に止まっていたのは事実だろう。
だからこそその契約を満了してしまったアドルフは、もうこの世に居続けることは出来ない。
でも、そうなるとドリスさんはどうなる?
「ドリスさんには何ていえば?」
「ああ、そっか~そっちか~うううううう~~~~ん」
アドルフは困ったように悩んで、俺に答えてくれた。
「アリスには万が一の為に預けていたものがある。それを渡してくれればいい。それでアイツも解ってくれるさ」
はにかむ様な笑顔をしてアドルフは俺を見た後、促すように最後の言葉を継げる。
「此れで本当に最後だなラルス。俺はお前を信じてるぜ?だからよ、こんな木っ端な奴なんざーサッサとやっちまって戻れ!」
「ハイ!」
「おう!じゃあなラルス。あの世でまたな」
「・・・またお会いしましょう・・・」
俺は其の言葉を最後に、目を瞑り奥底にある力を解放する。
全てを飲み込み全てを吸収し、全てを融合する。
その結果、雷の使徒たるアドも、アドの戦闘に巻き込まれ俺が意図せず融合させたであろうアドルフさえも俺に融合され、必要なもの以外はなくなっていくだろう。
それでもアドルフは笑ってくれたのだ。
俺は其の期待にこたえるべく、この事態に終止符を打つべく全てを飲み込んだ。




