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第五十三話 2人の使徒

 抱きしめていたお姉を地面に下ろし、ゆるゆると立ち上がったお兄。

 そのお兄に向って、モトと名乗る男からあの黒い渦を発生させる攻撃が放たれるのが解った。

 だから私は咄嗟にお兄に、逃げて欲しくて声を張り上げて叫ぶ。


「お兄!!」


 でも私の叫びも虚しく、お兄はモトの放った黒い渦の攻撃をお兄のお腹に受けていた。

 当然、此の後の光景が予想される。

 此処までに見た、黒い渦の巻き起こした酷い結果が頭に浮かぶ。

 クロードやジモンが消えるように、お兄もまた消えるかもしれない。

 

「ああ、お兄まで死んじゃうよ・・・」


 お姉が死に、お兄まで死んだら私はどうしたらいい?

 死んだ人間も不幸だろうが、残された人間もまた不幸である。

 悲しみを忘れられず、ずっとその思いを引き摺って生きていく苦痛に私は耐えれるだろうか?

 目の前で、黒い渦に蹂躙されつつあるお兄の姿を見て、私は戦意を喪失した。

 そしてそのまま、その場でしゃがみ込んでしまった。


 このまま成すがままにされれば、お兄は倒されてしまう。

 そうなれば、もう誰もモトに対抗出来ないだろう。

 だってオイゲンさんもビアーチェもアリスもアヒムも多分お兄より強くないから。


 それ程までに危険で、抗う事ができない強さをモトから感じて仕方が無い。

 獣人であるが故に、相手の強さが本能的に解ってしまう感覚を呪わしく思う私。

 そうでなかったら、玉砕覚悟で挑む勇気も出ただろう。

 結局、獣人の本能が警告する恐怖に、私は打ち勝つことが出来無かった。


 やがて、黒い渦が動き出しお兄を飲み込もうとする。

 何時もなら、どんな苦境でもお兄の気迫には絶対の安心感がある。

 なのに、今は全く感じられない。

 そんなお兄からは想像も出来ない気力の無さと、覇気の無さが私をより不安にさせる。


 多分お姉の死が、お兄を無気力にさせているんだと思う。

 私もそうだけど、お兄の方がよっぽど堪えている様だ。

 現に目の前のお兄は、抵抗と言える抵抗をしないで成すがままにされている。


 だらりと両手を下げ、黒い渦に飲み込まれる事すらも感じないかのように、お兄は只立っているだけだった。

 

 私は目を逸らしたかった。

 もう大好きな人の死を見たくなかった。

 それでも目を離す事が出来ないのは、私が心の弱い存在だからだろうか・・・


 次第にお兄の死が確実になっていく状況に、私はずっと何も出来無いでいた。

 もうどうすることも出来ないと、諦めていた。

 っと其の時、お兄に変化が起こった。


「え?何々?お兄・・・またあの時と同じ・・・」


 お兄の身体が見る見る変化して行き、ワイバーンを倒した時の様な変化が起こる。

 お兄の身体が大きくなり、筋肉の隆起が体の彼方此方に起っている。

 背丈も大きくなっていき、お兄の体はその原型を保っている所がなくなっていく。

 もはや人の姿を留める事無く異形に変えていく。


 私がお兄をボケーっと眺めていると、突然真横から声を掛けられた。

 

「ラルス様は何をなさるつもりでありんしょう?」


 何時の間にか、私の側に来ていたアリスが尋ねてくる。

 只単に不思議に思って尋ねただけではない事が、アリスの横顔から解った。

 だから私も解ることを真剣に答える。


「え?あ、えっと、多分スキルで自分を強化して、あいつを倒そうとしてるんだと思うけど」


「そうでありんすか・・・でも、それにしては不吉な魔力の奔流を感じんす。本当に強化されてるだけでありんしょうか?」


「え?え?セシリーには解んない・・・もしかしたらお姉になら解るかもだけど・・・今はもう・・・」


 そう言って私は、地面に横たわるお姉を見る。

 お姉の傷口はもう無くなっていて、裂けて肌蹴た服の隙間からは、お姉の綺麗な胸が見え元通りに治っているのが解る。

 でも、お姉は息をしていない。

 もう、死んでしまっているのだ・・・

 死んだお姉を、私は悲しみに胸を裂かれそうになりながら見詰める。


「ああ、イリスですがまだ完全には死んでんせん。安心できるとは言いんせんが、まだ望みはありんす。詳しくは後で説明しんすが・・・」


 お姉がまだ死んでいない?

 私はアリスの言葉を一瞬理解出来無かった。

 え?でも息してないよお姉は。

 もう動かないよ、お姉は。


「疑問は後程いくらでも聞きんす。今はラルス様の変化の方が大問題でありんす」


 私はもう何がなにやら解らない。

 お姉は死んだけど死んでないとか、お兄が変化を起しているのに不吉だとか、賢くない私には意味不明過ぎて頭がパニックになる。


「そう難しく考えんでようございんす。セシリーから見て今のラルス様は可笑しくありんせんか?」


 パニックになりながらも、私はアリス姉の問い掛けにお兄をもう一度良く見る。

 確かに変化が前と多少違う感じはするけど・・・っと思っている内にどんどんお兄の変化が酷くなっていった。


「あ・・・アリス姉・・・おかしいかも・・・こんなのお兄じゃない」


「やはり・・・」


「ああ、お兄の匂いが消えていく・・・何此のにおい、何???」


 私の鼻が告げる感覚は、目の前で変化する物体をお兄いと認識し無くなっていった。

 幾ら体が変化しようとも、お兄がお兄で無くなる事なんて今まで考える事も感じる事も無かったのに。

 刻々と変化するお兄だった者は既に無くなって、今は全く違う異質な存在に感じられ、私は恐怖を覚えた。


 体は元の身長の倍は大きくなり、その姿はお兄の者では無く見知らぬ女性の姿に変化している。

 肉付きはふくよかだけど、其の割にはスレンダーな体型。

 胸は私よりも無いかもしれない。


 お姉と私を足して2で割って肉をもう少しつけた感じ?

 っていっても理解できないか。


 背中というか、上半身は後ろからアークデーモン(羊頭の悪魔)に抱き付くかれてその中に埋まっている。

 埋まっている女性部分は、お腹の位置に手を置いて祈るように組んでいて、眠っているような姿で目を閉じている。

 女性になったお兄を筋肉隆々のアークデーモンが覆っていると行った方が解りやすいだろうか。

 

 頭部はアークデーモンの頭が上で、喉元付近に女性の頭が食い込んでおり被り物をしているように見える

 腕部は女性を覆っているアークデーモンの物が6本あり、其のうち2本が後ろから鷲掴みする形で、女性の胸を隠している。


 残る4本の手には其々武器を携えており、剣と盾と独鈷杵と魔法辞典を持っていて、下半身は2本足の女性のままで、腰から履かれているゆったりとしたスカートが靡いている。


「馬鹿な・・・ありえないぞ・・・こんな事は・・・」


 驚く私よりも、更に驚愕の目で変化した女性のお兄を見つめるモトが呟いた。

 今までの余裕に満ちた姿からは想像できない程のうろたえっぷりだ。

 

「久しいなモトよ」


「何故だ!何故其の姿を顕現させられた!!」


「ふふふふ、簡単な事よ。我の力を授かり、我が使徒となったこの者が、たまたま良いスキルを持っておっての。其れを使えば我の顕現など造作も無い事よ。ほんに良い駒を手に入れたわい」


「貴様!!また世界を混沌に落とし入れる気か!!」


「何を言う!!貴様らとて同じことじゃろう!!問答無用じゃ!!」


「是非もなし!!」


 言い争いも程ほどに速攻で動き出す両名。

 いや、両使徒か。


 行き成りモトは黒い渦の攻撃を連発し、重力を操り辺りを滅茶苦茶に破壊しだす。

 黒い渦は攻撃対象を全て飲み込む。

 重力による攻撃は、辺りの物体を広げさせたり潰したりと地形を全く違うのもに変えている。


 お兄だった者は、剣から衝撃波を繰り出し、本から雷の魔法を雨霰と降り注がせる。

 独鈷杵からは数多の魔物が現れモトに向って自爆紛いの攻撃を敢行している。

 そして盾は全てのモトの攻撃を防ぎ、アークデーモンの頭にある口は全てのものを食らっている。

 受け切れなかった攻撃から、辺りにある石や砂を空気、それに自らの攻撃すらも食らい力に変えているようだ。

 

 両使徒の攻防により、ルート荒野の一部が壊れていく。


「皆さんわっちの側へ!」


 この攻撃が始まって直ぐ、アリス姉は皆を自らが施した防御障壁に庇っていた。

 闇魔法の結界に加え、加護による絶対防御により、何とかこの戦闘に巻き込まれずに耐えていた。


 私達はアリス姉の結界に守られながら、両使徒の戦いを唖然と見る。

 もはや人知を超えた戦闘は、誰も止める事が出来そうに無い。

 このまま戦闘に巻き込まれて死ぬか、逃げる間も無くどちらかの使徒により抹殺されるしか道が無いことを悟らせる。


 アリス姉もこの事態に対処するだけで精一杯のようだ。

 しかも少し疲労の色が濃い。

 魔力も不安定で、神祖らしからぬ苦悶の表情もしている。

 何故既にこんなに疲労困憊なのか?


 このままでは死しかない。

 そう私が思っていると、アヒムが動き出した。


 そのアヒムの動きを見て、アリスが声を上擦うわずらせて叫ぶ。


「な!!アヒム!!何をするつもりでありんすか!!」

 

 そのアリスの叫びに、アヒムは無言を通す。

 なのに、アリスはアヒムに向って1人会話を続けている。


 どうやっても、私にはアヒムの声は聞こえない。

 なのにアリスはアヒムと会話しているかのように話しているのは何故だろう?


「そんな!!今更願いの変更など、認めんせんよ!」


 なんだろう?

 願いって何?


「でも、でも!!それじゃあ貴方の願ったドリスさんに会う話はどうするんでありんすか!!!」


 えええ!!

 ドリス姉ってどういう事!!


「あぁもう!願いの変更はわっちは認めんせん!!」


 そうアリスが宣言すると、困ったように頭の後ろを掻くアヒムの姿に、私は今まで感じていた違和感の正体に気が付いた。

 そう、アヒムはアヒムじゃなく、アーおっちゃんじゃないかと言う事に。


「あ、あの・・・もしかしてアーおっちゃん?」


 確信がない為、私は歯切れ悪く尋ねる。

 すると、アヒムは私の側に来て優しく頭を撫でてくれた。

 お兄と違い大きな温かい手の感触が、このアヒムと呼ばれた男をアーおっちゃんと私に確信させた。


「アーおっちゃん?アーおっちゃんなの・・・・・・・・・うぇ~~~~ん」


 ついつい泣いてしまった私。

 そんな私を何時までも優しくなでるアーおっちゃんは、居なくなった日と変わらなかった。


 暫くして、撫でるのを止めたアーおっちゃんは、最後に私を抱きしめた後、結界の向こうに歩いて出ようとする。

 その後姿は決意を持って行動する男の背中であった。

 それでも私は、アーおちゃんを呼び止める。

 だってもう誰も居なくなって欲しくないから。

 アリスも同じくアーおっちゃんを止めるみたいだ。


「アーおっちゃん、何処行くの!?行っちゃ嫌だよ~~~~」


「アドルフさん!!ダメでありんす、願いを変えるなど!!断じてわっちは認めんせん!!」


 私とアリスの言葉にアーおっちゃんは一瞬振り返る。

 そして、あの何時もの困った笑顔をするような仕草をして、右手だけを上げて手を振ってくるアーおっちゃん。

 私達に別れを出来たからなのか、手を振ると満足したかのようにアーおっちゃんは結界を出てお兄だった者の側に近寄って行くのであった。

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