第五十一話 大切なもの
鵺との戦闘を終え、俺達は神殿の1層に戻りオイゲン達と合流する。
一部内容を伏せて俺達とアリスが神殿の奥で体験した出来事を報告をすると、オイゲン達は奥の部屋を捜索しに行った。
もちろん全ては伝えていない、鵺を倒した先に部屋があったと言っただけだ。
独自調査をするオイゲン達を見送り、俺達とアリスは神殿の外に向う。
ちょっと外の空気に当たりたくて外に出た。
この所、神殿の中で過ごしていたので太陽が恋しかっただけだが。
久しぶりに表に出ると新鮮な空気が入り込み、鬱蒼とした雰囲気もなくなる。
朝に行動開始して今は夕方のようだ。
真っ赤な太陽が森の木々に沈み駆け、日が翳り夕焼けとなっている。
荒廃した荒野にさす日差しは、徐々に赤みをおび夕日が森の中にに沈んでいくのが見える。
幻想的な光景に目を奪われて、危険なルート荒野だった事を忘れていたがセフィリアによると廻りに魔物の気配はないと聞き安心する。
アリスも同様に気配を探ってくれる。
別にセフィリアが間違っているというつもりではなく、方法を変えて探知することで安全を期す為のようだ。
っで、その結果セフィリアと同じく魔物の気配が無いと言う事が解った。
どうやって別の方法を使ったかと効くと、アリスは闇魔法を使い影を通して辺りを探る魔法を使ったようだ。
なかなか便利だな闇魔法。
セフィリアとアリスのお墨付きをもらい、敵の襲撃が無いと解れば落ち着いたものだ。
神殿の入り口付近でゆっくりと沈む夕日を見ながら、ここ数日の緊張感から解放され俺は暫くボーッとしていた。
随分夕日を眺めていただろうか?
ふと何気なく右手を見ると、方が触れそうなぐらいの位置にイリスが座って夕日を眺めている。
全く気が付かなかった……
どうやら相当気が緩んでいたようだ。
恥ずかしくて苦笑いを浮かべながら、まだ夕日を眺めているイリスを見る。
なぜか其の横顔が余りにも儚げで、透き通るような美しさを際立たせていた。
どこか消え入りそうな雰囲気に、胸を締め付けられる思いが湧き上がる。
つい抱きしめたくなる衝動を抑えて、今一度イリスを見た。
夕日を眺めているイリスの顔は、少し赤みをおびて薄っすらと化粧をしたように輝く。
白い白い肌は肌理細やかで真珠のように美しい。
髪は真っ直ぐに伸び、金糸のごとく滑らかでいてユワユワと軽く揺れる。
瞳は優しさに溢れ、鼻筋は通り、唇は淡いピンク。
やや小ぶりな口元は艶を持ち、プックリと膨らむ唇は女を感じさせる。
もちろんエルフ独特の長い耳があるが、これまたイリスを特徴ずけていてとても愛らしい。
たまにピョコピョコ動くので、見ていて楽しくなる。
嗚呼……本当にイリスは美しいと俺には思えた。
あまりにも見つめ過ぎたのだろうか?
俺の視線に気付き、イリスがこちらに向き直る。
「も……もう、何見てるのよ…ラルスったら♪」
ほんのり頬を染めて照れながら文句を言うイリス。
年相応な態度でクネクネするイリスは可愛かった。
「いや、何かこんなにゆっくりイリス姉の顔を見たのって随分久しぶりな気がしてさ」
「ふふ、大げさね」
そう言って、もう一度夕日を見るイリスを見ていると、何故かスッと何処かに消え行ってしまいそうで俺は胸騒ぎを覚える。
さっきも感じた嫌な感覚が胸をざわめかせる。
それでも夕日が全てを赤く染めるように沈む中、イリスを含めた景色が幻想的に輝き2人だけの時間が刻々と過ぎていく。
「お兄・・・!お姉ばっかりズル~~~~イ~~!!」
あんまりにも2人だけの空間を作りすぎたからだろうか。
一緒に来ていたはずのセフィリアが怒り出した。
イリスをずっと見詰める俺に嫉妬したようで、セフィリアが拗ねている。
セフィリアの側にはアリスも座っていて、微笑ましそうに俺とセフィリアの遣り取りを見ていた。
アヒムはというと、側には居なく少し離れた場所で俺達を見ている。
プンスカと聞こえそうなぐらい拗ねるセフィリア。
俺はセフィリアを見て、拗ねる仕草に感嘆する。
聞き訳けよく過ごし、良い子過ぎたセフィリアも随分と感情を向けてくれるようになった。
感心しながらも、ここは素直に謝っておいた。
「ごめん、ちょっと・・・ね」
「ごめんは良いけど、その後の『ちょっと』て何よ!『ちょっと』って~!!も~~~う!!お兄!!セシリーだってそれくらいお兄に見詰めて欲しいんだよ?ブ~~~~」
「ああ、悪かった。悪かったって」
俺は拗ねるセフィリアの頭を撫でてご機嫌をとる。
優しく頭を撫で、耳をサワサワしていく。
イリスとは違い、白銀に輝く髪と毛はとても柔らかい。
フワフワとしながらも弾力に富み、モッフモッフしたくなるほどの心地よさだ。
セフィリアも随分と大人びてきている。
髪も長くなり後ろ手に結ぶリボンが特徴的なポニーテールは愛らしさを増す。
頭の耳も大きく、それでいて邪魔にならずにセフィリアの良さを引き立たせている。
顔は小振りで健康的な肌。
もち肌といえばいいのかな?白いけど触れると気持ちよさそうだ。
目も大きく睫毛も長い。
鼻は小さく愛らしいし。
口元は赤く艶やかでとても12才とは思えない妖艶さを醸し出している。
イリスが清楚ならセフィリアはセクシーって感じだ。
大きくなったもんだと改めて感心する。
優しく撫で続けていると、不貞腐れて口を尖らしていた筈なのに顔が緩み始めているのが解ってきた。
セフィリアの頭を優しく撫で度に、段々ご機嫌が直っていくのが解る。
更に撫で続けると、さっきまでの膨れっ面も何処へやら、セフィリアは甘えた何時ものニコニコ笑顔になったきた。
「フフフ、フフフフフ。エヘ♪」
随分とご機嫌になった。
しかも頬が真っ赤になり目も蕩けている。
妹よ、そんなにチョロくていいのか?
そんなにチョロイとお兄ちゃんは、もっと苛めて恥ずかしがるセフィリアをみちゃうぞ?
「セフィリアだって魅力的だよ」
「ほ、本当!!お兄!」
「ああ、だから今はセフィリアだけを見ているだろう?」
「あ・・・・・え・・・うん・・・♡」
「さあ、俺の目を見てごらん…」
「はぁぅぅ♡…お…お兄ぃぃ……」
あ?
ちょと調子に乗りすぎたかな。
耳まで真っ赤にして俯き、体育座りになって丸まるセフィリアはとても子供らしく可愛らしい。
こういう姿を見ると年相応なのだなと思い、これ以上は苛めないでおこうと頭を撫で続けて誤魔化した。
セフィリアをからかっていた俺を微笑んでみていたイリス。
怒っていないのはいいが、ちょっと俺的には複雑だ。
ま、今はいいか。
そんな風にほのぼのとしていると不意にイリスが空の一点を凝視する。
何事かと俺も空を見るが何も見えない。
でも、イリスは何かを見つけて険しい表情を崩さない。
なんだろうか?
「あれは何?ラルス、あれなんだろう」
イリスが沈む夕日の中に黒い影を見つけて俺に示す。
指差す部分を良く見ると、確かに黒い影が夕日の中に見える。
この段階で、俺にでも何かが空にあることは見て取れた。
セフィリアもアリスも何だろうと、イリスの指差す先を眺める。
唐突だが疑問もあるのでアリスについて確認する。
太陽の下、アリスが平然としている事に疑問がでるだろうが、その点は問題ない。
神祖は太陽光線を浴びても灰にならないらしい。
というか灰になるというのが間違った知識で、俗に言うヴァンパイアの性質は全て、グールなどの不死系アンデットの性質で、神祖には全く関係ないとアリスが教えてくれた。
誰に向かって言ってるのかって?
自分にだよ自分。
「う~ん段々大きくなってくるね。こっちに向かってる?」
何気なく俺も答える。
そう、何気なくしか思わなかったのだ。
あんまりにも和みすぎて、緊張感が無くなっていたのかもしれない。
それとも連続で起った戦いに疲れ、集中力が途切れていたのかもしれない。
何となく大きくなる影を見詰める事しかしなかった俺。
本当、数時間後の俺は、其の時の自分を殴ってやりたいと思う。
【鑑定】を使うべきタイミングなのに、それすらも思い付かないほどにボサッとしていた。
随分と影が大きくなった所で、セフィリアが大きくなる影の正体に気付いた。
アリスも同じく気付いたのだろう、セフィリアに同調している。
「お兄!あれ羽の生えた人みたいだけど??」
「そうでありんすな、あれは伝え聞くところの使徒に近こう御座いんすが」
「え?羽?えええ、人が飛ぶの?使徒?なんぞそれ」
「う・・・だってそう見えるもん」
「ええ、わっちもそうとしか」
「セシリー、本当に人なの?」
「うん、人なんだけど黒い羽があって・・・」
「アリス、使徒って何?」
「使徒とは神々が唯一この世に干渉できるように生み出した分身、もしくは子供のような者でありんす」
現実味の無い話に、呆気にとられるしかなかった。
実際、その場に居た全員が目の前の存在を強く認識出来無かったと思う。
其れが故に、俺達の対応は更に遅れる。
セフィリアも危険を感じていないのか、警戒を発しない。
イリスもアリスも全く夢のような光景を只見ているだけだ。
俺も今の状況を夢のように感じ、何故かは解らないが現実と結びつけることが出来ないままでいたのだ。
どんどん近付く羽を生やした人影。
やがてその影のシルエットがハッキリしてくるとセフィリアの言うことが正しいと解る。
そう、俺にも見えるようになったのだ影の姿が。
【千里眼】を使っていれば違った結果が待っていたかも知れない。
でもこの時は皆狐に摘ままれたように唯呆然と見ていることしか出来ていなかった。
段々解る人影の姿。
見ため中年風の細マッチョ的な体型。
其の背には黒い鳥の翼が生えていて、飛行に合わせて羽ばたいている。
一見鴉天狗みたいだが、顔はれっきとした人だ。
顔付きはやや渋く、髭が短く蓄えられていてナイスミドルといった感じだろうか?
「本当に羽の生えた人だね~」
男の特徴までハッキリと見えてもぼんやりとしか出来ない俺。
見える光景を、何処か映画のワンシーンの如く捉えている。
ゆっくりと羽ばたきながら目の前の、少し離れた場所に降り立つ男。
静かに大地に降り立った男はちょっと散歩に行くような身軽さで、此方に向かって歩いて来る。
歩いて数M先にまで歩いて近付いた男が、俺達に話しかけてきたことで、ようやっと此れが現実だと認識させられた。
「確かに見た姿と同じだな。ワイバーンを倒したのはお前達だな。…すると神殿の奥に行けたのか?」
随分と偉そうな物言いをする奴だ。
しかものっけから神殿の奥と聞いてくる。
俺は、目の前の男が何かを知っていると確信してようやく警戒心を上げていく。
今までそれが出来無かった事の方がおかしいのだ。
「答える義務はない。お前は誰だ!」
俺は目の前の黒い羽の生えた男に詰め寄る。
「ほう、随分と小生意気な小僧だな」
含むような笑みを湛え、影の男は左手を顎に当てながら一頻り楽しそうにしている。
そして気が付いたように大きく目を開き、アリスを見た。
「そうか、生きていたのか『黄泉の導き手』よ。神殿に入った時以来だな」
「ぇ…?わっちは貴方など知りんせんが」
「ああ、そうかそうであったな。いやもう良い。『黄泉の導き手』以外を始末し連れ去れば良いだけよ」
俺の質問は無視して、アリスと会話する男。
更にアリス以外を殺すと言い出すので俺は苛立ちを覚える。
何故かは解らないが、心から嫌悪が沸く。
「ほう、意図せずに敵視するか少年よ。確かワイバーンを直接屠った者だな」
ワイバーンを倒したことを知る人物は此処にしかいない。
なのにコイツはそれを見たかのように言い放つ。
危険だ、コイツはヤバイ。
「ふむ、お主が名乗れば我も答えよう」
一瞬……問答無用で切り掛かろうかと考えたが、ここは情報をお互いに探りあう意味でも答えることにする。
安易にぶつかり合うよりも冷静にこの場を見定めることに頭を切り替える。
「ラルス・・・」
「ふむ、ラルスか。覚えておこう」
俺の名を口ずさんだかと思うと、奴は背中の羽を左右に大きく羽ばたかせて右手を頭上に掲げて空を指差す。
俺達も影の男の指す手につられて空を見上げる。
其処には夕日に照らされる、薄く赤色に染まった月が輝いていた。
「俺は『月より来たりし者』であり死と精神を司りしモト、お前達に死を与える者でもある」
その言葉に吃驚して、即座に全員が戦闘態勢をとる。
離れていたアヒムも近くまで来て大斧を握っている。
此処まで全くといって良いほど警戒心を刺激されなかった。
何故奴に言われるまで警戒しなかったのか全く解らない。
後で解ったのだが、何故警戒心を持てなかったのかは、モトの精神感応により警戒心を抱かせないよう嵌められていたのからだ。
あの時の後悔は今でも俺の心に深く刻まれている。
「ほう、反応は良いようだな。誰が力を授かった?誰が加護を持っている?」
モトが獰猛な笑みを口元に表しても殺気すら感じない。
俺達が神殿の奥で手に入れた内容を完全に把握している。
何故だ?!
ジリジリとする焦燥感が襲ってくる。
目の前には俺達を襲おうとする殺気の無いモト。
何をしでかすか皆目見当が付かない、そのためどうしても後手に廻ってしまう。
先制攻撃も考えるが、どうしても前に出れない。
身体が言う事を効かないし、本能が動くなとビリビリと脳を刺激し警告を発する為だ。
「ふむ、ではまずは此れでお前達を見極めればよいだけか」
モトが言うや否や、地面にあった男の影が延び俺達に真っ直ぐ迫ってきた。
「っく!下がれ!」
イリスとセフィリア、アリスにも指示を出して影を避ける。
避けると同時に、モトから伸びた影が俺達の元居た場所に届く。
すると、届いた影の位置は突然何の気配も音も出さずに無くなった。
そう、一瞬にして何の前触れも無く地面が無くなってたのだ。
どう表現して良いのか・・・兎に角何も無い空間が其処にはあった。
「ふむ、避けるか。では此れでどうだ?」
次にモトは右手を前に出し、指を鳴らした。
パチン!!
其の途端、俺の背筋には物凄い悪寒がゾクゾクと勢い良く走った。
咄嗟に地面に伏せると俺の頭上に黒い渦が現れ、辺りの物を全て無造作に吸い込み消えて行った。
かなり強力な吸引力を持っていたようで、全力で地面に食らいつかなければ引き込まれていたとだろう。
其れほどに強力な力で引っ張られた。
「ほう、此れを避けるか。流石はワイバーンを倒し鵺をも屠ったということか・・・さもあらん」
モトが感嘆の声を上げる。
何が起ったか理解できないまま、俺達は尚もモトと体勢を立て直して対峙していた。
今の攻撃の間、イリスもセフィリアも動けていない。
もちろんアリスも同じく、アヒムなどは固まったまま銅像のようだ。
睨み合うモトと俺。
モトから再度の攻撃が来る気配が解り、俺が逃げるべく腰を落として其の時を待っていると。
「なんだ?あの男は?ああ?羽が生えてんべ」
クロードが、何時ものお調子者の声で叫んでいる。
今此の状況でその物言いは死亡フラグだぞ?
目線をモトから外さずに気配を探ってみると、後ろからオイゲン達が追いついてきたようだ。
モトは俺達の後ろに現れたオイゲン達を値踏みしたように見たかと思うと更に嬉しそうに目を細めて口角を上げる。
まさか、オイゲン達まで標的に??!!
「ほほう、まだ仲間が居たか。ではそちらも試そう」
モトはまた無造作に右手を前に出して指を鳴らす。
やはりモトにとっては此の場に居る全員が攻撃対象になっているようだ!
パチン!!
さっきと同じ仕草がなされる。
今度は何処に攻撃が来るのか?
俺は必死に辺りを探ると、クロードの方にとても強いおぞましさを感じた。
感じた瞬間に声を掛けようとするも、自分の時は自分の意思で刹那に動けるが、声を出し中位を促すのには時間がかかる。
この時間的差が大きく明暗を分けた。
「クロード!逃げ・・・」
「うを!な・・・」
クロードの横腹に黒い渦が唐突に表れ、ピンポン玉位の大きさになる。
すると、さっきと同じく急速な吸引力を感じたかと思うと、クロードの体が横腹に現れた渦に向って吸い込まれていく。
「う!ああああああ!!身体がぅわぃぉ・・・」
クロードの叫び声も吸い込まれる。
円を描くように渦に向って体を引き込まれていくクロード。
メキメキと肉と骨を圧縮され、クロードは渦の中に消えてしまった。
そして、其処にはただ黒い渦だけが残っていた。
「「「・・・・」」」
誰もが声を出せない。
皆が息を止めるような緊張の中、モトがもう一度指を鳴らす音が聞こえた!
咄嗟に全員の顔色が青くなる。
次に何処に黒い渦が現れるかと、皆々気が気でないのだ。
だが、何事も起らずにクロードを吸い込んだ黒い渦が消えた。
どうやら今回は黒い渦を消し去るための合図だったようだ。
すこしホッとして安堵したのもつかの間。
消えた黒い渦の空間から、圧縮され取り込まれていたであろう物が吹き出た。
それは土や埃、石などもあったが大半はクロードだったであろう肉片の塊だった。
グチャグチャにミンチとなった肉塊が飛び散り、側に居たビアーチェとジモンに振り掛かる。
ビチャビチャビチャ!!
血とミンチ肉にまみれて、ビアーチェは固まる。
ジモンも動けない。
そして、暫くして響き渡るビアーチェの悲鳴。
「アアアアアアアイヤァァァァアアアアアア!!」
腰を抜かして座り込むビアーチェ。
気絶しないだけマシな分、流石に冒険者といったところか。
ジモンは震えて鎧をガチャガチャ鳴らしている。
「いい声で鳴く。だが違ったようだな。力も加護も無い俗物か」
今度はモトが無表情で呟く、彼には面白くなかったようだ。
そして俺は、其の言葉とモトの無表情に驚愕を感じた。
だって力と加護といえば、神殿の奥で俺達に刻まれたものだ。
拙い・・・標的は俺達だ。
「まさか・・・おぬしはエドモントか・・・」
今まで事態が唐突に進んだため、思考が追いついていなかったのか。
オイゲンがモトの事をエドモントという。
誰だろう?
「ほう、俺の仮の名を知る者がいたとは世間は狭いものよ。なら次はお主だな」
またもや右手を前に突き出し指を鳴らそうとする。
オイゲンが確実に標的となった事が解った為、ダメ元でスキルを使ってみる。
もう此処で俺の秘密を隠しているほど悠長には出来ない。
「3尾神水八咫鏡!!」
俺達を包むように表れる【3尾神水八咫鏡】にモトの放つ何かが当たる・・・事が無かった。
「何故?!」
「ふむ、良いスキルだが張り巡らせた膜の内側に発生する力は防ぎようが無いと思うぞ」
今度は楽しそうに笑顔を湛えているモト。
そして俺の3尾神水八咫鏡が効果を発揮する事無く黒い渦が表れる。
その現れた先にはジモンが居た。
「・・・・・・・・・・・」
何も声が聞こえる事無くジモンもクロードと同じく渦に消えていく。
「うむ、其処の老人が標的だと思ったか?っふ、そう簡単に攻撃しては面白くないだろう?ロシアンルーレットのほうが良いじゃないか!!ハハハハハハハハ」
完全に遊んでやがる。
モトは愉快そうに笑い、羽をバタバタとさせて楽しそうだ。
俺は黒い渦がまだ消えていないのを見て、次に指を鳴らしても再度黒い渦が表れないと判断する。
だから今の間に、モトの懐に飛び込もうと背中の刀に手を掛ける。
だが、モトはそれを見逃さず俺に向って右手を前に出し黒い渦の収納にかかる。
今だ!
「はっはは、次に指を鳴らせば【マイクロブラックホール】が消えると俺は言ってないが」
其の言葉にハッとする。
確かに見ただけで判断したのは俺だ。
モト自身がそういったのではない。
ということは、一連の指を鳴らす作業はブラフが入っているのか??
「ん~~~遠目に見ても君の大切な人は丸解りだ。彼女を失ったら君はどうする?」
俺は飛び出す自らの体を必死に押し止め、イリスを見る。
パチン!!
指が鳴り、ジモンを吸い込んだ【マイクロブラックホール】はそのままにイリスの体に嫌な気配が充満する。
俺は無理やりに体の向きを変え、イリスに向って飛び掛る。
筋肉が軋み、骨がその負荷に悲鳴を上げるが耐える!
イリスを助けるには、無茶苦茶でもやるしかない。
必死に体を動かし、俺の最速の動きでイリスに飛びつきその場から遠ざける。
飛び掛り、過ぎ去った空間には黒い渦が現れあたりの物を吸い込む。
強力な吸引力に負けじと食いしばり、イリスを抱き抱えて渦が安定するのを待った。
吸引力が無くなり、黒い渦が安定すると小さくなって消えて行った。
間に合った……
すんでの所でイリスを助けられた事に安堵して、俺は抱き抱えているイリスを起こそうと声を掛ける。
「イリス姉、大丈夫だった?立てるかい」
俺の腕の中で目を閉じ、ぐったりとしているイリス。
「あ・・・れ?イリス姉?どうしたの?」
少し優しく揺するも、ただ肉の塊のように無抵抗なイリス。
そして俺の目はイリスの胸に落ちる。
ふくよかではあるが、大きくはないイリスの左乳房から横腹にかけて、肉が抉れ血が止めなく流れている。
抱き抱える俺の両手も血で真っ赤になっていた。
「ええ?・・・・イリス姉・・・返事してよ」
次第に血の気が引き、顔が白くなっていくイリスの口からはゆっくりと細い血の筋が流れ落ちる。
「嘘だろ?・・・イ・・・イリス・・・」
突然の事態に意識が飛ぶ。
何も考えれず、ただ俺はイリスを抱えて呆然とするしかなかった。




