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第四十九話 転機

連休は忙しい・・・

短くて申し訳ナス

 兎に角凄まじい爆炎だった。

 この世に生を受けてから、というか此の世界に降り立ってから味わった事のない炎に包まれ、エドモントは驚嘆していた。


 実際、仮初の肉体を焼き尽くされた時には思わず声を上げたほどだ。


「うぉぉぉ・・・馬鹿な・・・」


 これがあの時の言葉だ。

 月並みで、洒落も無ければ優雅さも無い、本当に馬鹿なと言う言葉通りの陳腐な呟きだった。


 網膜に刻まれたように異形の男の姿が目に浮かぶ。

 まるでその身を炎と一体化したかのような、荒々しい肉体。

 目は変化前とはうって変わった青い双眸。

 顔付は野蛮で凶悪、どんな相手でも殺しかねない狂気を含んでいた。


 エドモントであっても、そういった狂気を含んだ顔をする時もある。

 だが、目の前で焼かれながらも、一向に顔色を変えず敵を睨み付ける程までではない。

 あの異形の男の子に負けた瞬間、エドモントは城を飛び出していた。


 多分、あの異形の男の子は神殿の奥に入れるだろう。

 更には、その奥に潜む守護者ガーディアンを倒せると思われる。

 エドモントの危惧する事態が起こる可能性が大きくなってしまった。


 側に居た少女が名を呼んでいたのを思い出す。

 ラルス・・・確かそう言っていたと思う。


 エドモントはラルスと呼ばれた少年が、災悪を招く存在いにしか思えなくなっていた。

 だから彼は後先考えずに城を飛び立った。

 誰憚る事無くエドモントはその背中に漆黒の翼を広げて。


 出来る事ならラルスが神殿の奥に到達する前に辿り着きたい。

 なのに此の大空はエドモントの行く手を阻むが如く暗雲に満ち、雷が飛び交う。


『無意識下で邪魔をしているのか雷のノナ!!』


 エドモントは暗雲に向って内心で悪態をつきつつ、速度を上げて神殿に向っていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 エドモントが城を飛び立った頃、ポート離宮にも変化があった。

 

 一部の者達だけだが、その心に決意と矜持を膨らませていたのだ。

 彼らと違い、何も知らない者達は何時もと変わらない日常を過ごしている。


 一部の者達の内心のざわめきには原因がある。

 ザームエルより齎された情報がその原因だ。

 まずはユリアンナに届き、次に心の部下達に伝播していく。

 ただ懸念がある。

 トゥルリア教に知れることだ。

 決して知られてはならない。


 もちろんザームエルの情報が届いた時には、トゥルリア教徒を見分ける方法が教えられ、今は誰が敵か見方かハッキリと解っている。

 だから最後の仕上げを行うのだ。


 見分けの付いた部下を使い、各関係者への連絡と協調を取り付け、今すぐにでも城に駆けつけたい気持ちを抑えて、ユリアンナは1人のメイドを呼ぶ。

 長年に渡って、ユリアンナの側使えとして一緒に過ごしてきたアレットだ。

 ユリアンナは彼女に向って、労いの言葉を掛ける。


「アレットや、そなた我の側に使えて何年になるかや?」


 主の言葉を聞き、丁寧にお辞儀をしてアレットは答える。


「はい、殿下がご幼少の砌、8歳の頃からで御座います」


「左様か・・・そんなにも長かったかや」


「はい、殿下とご一緒した年月はアレットにとって掛け替えの無い宝物のようなお時間で御座いました」


「・・・・・・・」


 微笑を絶やさず、アレットはユリアンナに答える。

 アレットの屈託の無い笑顔を見て、ほんの少し、本当に少しだけ顔色を隠すことが出来なかったユリアンナ。

 幾らユリアンナが頑強な精神を持っていたとしても、子供の頃から見知った人物を殺す事になるのだから平静を装う程には完璧ではなかったようだ。


「アレット・・・そなたトゥルリア教徒であろう?」


 唐突に尋ねられたアレット。

 しかし、アレットも役者である、其の問い掛けに一瞬たりとも顔色を変える事無く返答する。


「いえトゥルリア教徒では御座いません。殿下」


 簡潔に、そして絶対の自信を持ってスカートの裾を摘まみ、優雅に答えるアレット。

 其の姿にユリアンナは溜息をつき、悲しみを湛えた瞳でアレットを見詰める。

 暫くお互いに見詰めあい、沈黙が2人を包む。

 ユリアンナは今までの経緯をを思い起こすかのように見詰め続け、最後にこう言う。


「であるか・・・長きに渡り勤めご苦労。以後あの世で我が行くまで待っておりゃれ・・・」


 ユリアンナの言葉に驚きの表情を浮かべたアレットは、次の瞬間には口から血を流しユリアンナの見守る中大理石の床に崩れ落ちた。

 悲鳴も呻き声も上げずに。

 心の臓を瞬く間に一突きされ、アレットは最後を迎えた。


「ご苦労である、コンラート」


 アレットが倒れるのと、入れ替わるようにその場に現れた男に、ユリアンナは言葉を掛ける。

 コンラートと呼ばれた男は、右手に持っていた血塗られたショートソードを背後に回し、その場に跪き頭を下げる。


「っは!ユリアンナ殿下がご無事で何よりで御座います」


「よい、此れでようやく動き易くなるというもの。至急に各所に連絡!準備が出来次第順次キリエに向いや!例の物も忘れずに配りゃれ!」


「はは!」


「歯向かう者は即座に切り捨てよ、無抵抗であっても腕輪の目で見て疑わしきは直ちに殺しゃれ!其れしかトゥルリア教徒を根絶やしには出来んわえ!」


「し・・・しかしそれでは・・・」


「構わりゃ!国王殺しの廃教徒の汚名がつくゆえ。どのみち彼の教徒共には死しかないわえ!」


「っは!!」


 ユリアンナの命を受け、コンラートは足早に部屋を出て行く。

 コンラートが部屋から出ると、見計らったように小鳥が一羽降り立ちそのクチバシから似つかわしくない皺枯れた声が紡ぎ出される。


「ようやっと【念話】せんでもようなったか。面倒じゃったが其れは其れで趣があったわのかもしれませぬのう殿下」


「ん?!タイミングが良すぎやしまいか?ザームエル」


「ほっほほほ、偶然じゃて。殿下も疑り深う御座いますの~」


「あっははは、疑るなと言うのか?愚問じゃ。今も我も気を許しておった身近な者が床に寝ておるというのにかえ?」


 刺された後、床に突っ伏して倒れているアレッタからは止めなく血が流れ、辺り一面が血の海となっている。

 人間とはいったい如何程の血が其の体内にあるのかと、ユリアンナは冷徹な眼差しでその血の海を見詰めていた。


「・・・心中お察ししたします」


「っほ?気にするのかお主が?そなたとは思えぬ所為じゃの?もしやそなたもかや?」


「滅相も御座いませぬじゃ。あの魔道具の作り方もお教えしたというに、信じて欲しいものじゃて」


「であるな、してそちらの首尾は如何かえ」


「大方終わっておりまする。エドモント不在の中、事は早いほうが宜しいかと」


「うむ、では亡きバッハム大公が領地ファフスに向わせて貰う。甥のカミルを伴って王都で会おうぞ」


「っは、では王都にでおまちしております」


 ザームエルの最後の言葉が終わると、小鳥は我に返ったかのようにキョロキョロとて何事も無かったかのように、窓から外に出て羽ばたいていった。

 ユリアンナも急ぎ行動する。

 まずはファフスに赴き、甥を擁立せねばならない。

 主だった協力者には根回しもしてある。


 甥を次期国王にし、此の国を立て直すために。

 足早に部屋を出る為にドアへと向う。

 其の間、ユリアンナはアレットに一瞥もくれず、血の海を気にもせず悠然とその場を後にした。


 まずは着替えだ、ドレスに血が染み込んでいる。

 自分の姿を気にしていなかったユリアンナはこの時初めて自身の姿を確認した。

 部屋を出て初めてドレスに染みる血を見て、ユリアンナは隠された想いを吐露した。


「アレット・・・王族とは度し難いものやわえ・・・我もじき行くゆえ待っておりや」


 感傷は一瞬。

 顔を上げ、己のすべき事に集中してユリアンナは歩く。

 

 此の暫く後、ポート離宮は火を掛けられ燃え盛る炎に包まれ消失した。

 ユリアンナの消息は知れず。

 事態は此れを境に動き出した。

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