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第三十八話 密談と地下

 ポート離宮にて隔離生活をしているユリアンナ。

 バルコニーで優雅にお茶を飲みながら、眼下に見える庭園を眺めながら何時ものようにパンをテーブルに千切って置く。

 パン屑よりもさらに小さめに千切られたもので、お菓子の食べかすに見えなくも無い。


「殿下、また今日も来てくれますでしょうか?」


 側に控えるメイドは、午後のお茶に欠かすことの出来なくなった珍客の来訪を喜ばしい事のようにユリアンナに聞く。


「うむ。我も待ちどおしや、来てくれると楽しいと思いん」


 メイドの言葉に、ユリアンナは珍客の来訪を楽しみにしている風を装う。

 長年、身の回りの世話をしてくれたメイドといえど気を許すわけには行かない。

 誰が味方か敵か、判断が付き難いほどにトゥルリア教徒は潜んでいるからだ。


「あ、やっぱり来ましたよ殿下。今日もまた賑やかに鳴くのでしょうね」


 メイドが空を見上げ、珍客の来訪を告げる。

 空に小さな影が幾つか現れ、ユリアンナの座るテーブルに向って降り立ってくる。


 チュンチュン♪

 チューチュンチュチュチュ♪


 小さな影は、此処アルティナ国では一般的な雀だ。

 ただ、日本にいるような茶色いものでは無く、どちらかと言えば尾長鳥を青くしたような感じだ。

 首を竦めると、胸の羽毛に顔が沈み実に愛らしい顔をする。


「ささ、来やれ。好きに食すが良い」


 そう言って、鳥を愛でるように囁きパン屑をまた少しテーブルに蒔く。

 雀は警戒心も抱かずに、テーブルに散らばるパン屑を啄ばむ。


「ふふ、可愛いお客さんですね」


 メイドは雀が食べる時草に骨抜きのようだ。

 ユリアンナの後ろで控えながらも、少し屈みながら顔を突き出している。

 それでもユリアンナは演技を止めない。

 いや、止めると事が出来ない。


「さて、今日は誰が我を楽しませてくれるのかや」


 ユリアンナは雀に向かって右手の人差し指を差し出す。

 ゆっくりと雀を脅えささないように、雀の側へと近づける。


「ふふ、そなたかえ」


 1匹の雀がユリアンナの人差し指にとまり、楽しそうに鳴き出す。


 ピピピピピピ♪


「まあ、可愛らしい事。流石、殿下は鳥からも愛される素晴らしきお人柄ですこと」


 メイドが胸の前で手を合わせ、ユリアンナを褒めちぎる。

 ユリアンナは、メイドの言葉にご機嫌を装い雀を顔の前まで持ってくる。


「さあ、歌うてたもれ」


 ユリアンナの要望を理解したのか、雀は世話しなく小さく囀りだす。

 傍目には、ただ鳥と語らう女性の姿にしか見えない。

 ユリアンナも敢えてそう演じている事も起因するが・・・


 顔は笑いながらも、其の心は常に冷静で理性的に試行しているユリアンナ。

 鳥の囀りに合わせ、小首を傾げたり口元を緩ませたり。

 心の内を見透かされぬよう、十分な配慮をしながら小鳥との会話に精神を集中している。


『お久しゅう御座いますかの?、殿下』


 鳥の囀りは、ユリアンナに人語として頭で変換される。

 初めてこのコンタクトに遭遇したときは、ユリアンナですら正直驚愕が顔に出そうになった。

 努めてポーカーフェイスを取り繕ったが、あの時は冷や汗ものだった。


 最初は頭に響く直接会話に慣れず、些か演技しにくかったが今はそうでもない。

 頭の中で言葉が行き交う【念話】も随分と上手くなった。


『そうじゃな、2日しか経っておらぬ。久しぶりかもや。』


『フォフォフォ、存外此方は忙しい身でして。【念話】の準備期間が掛かり申しての。つい長い事お話しておらぬ気がしましたのじゃ』 


『左様か。しかし存外【念話】も便利そうに見えて然程でもないかや?』


『それは以前もお話したのじゃがの~おいそれと此のスキルは使いにくいと』


 頭に響くのは老人の声。

 そして現在唯一外の情報を齎す者である。


 キリエのギルドマスターザームエルとは面識が無かった。

 それなのに、今では側近の如く一番長く話しているのだから不思議な話だ。


 人柄も良いが、それだけでは無いものを感じさせるザームエル。

 信頼は出来るものも、信用まではまだ至っていない。

 今はまだ。ユリアンナにとって大切な駒となりつつある存在なだけだ。


『して今日は何かあったかえ』


『オイゲンが調査に出立したご報告を』


『ふむ、そちの申しておった遺跡の可能性かや』


『うむ。始まりの3柱神の痕跡ですじゃ』


 あっけらかんと言うザームエルだが、この始まりの3柱神についてはユリアンナも初耳だった。

 いや此の世界の誰が、その存在を知っているのか。

 初めて説明を受けた時は、信じられない思いしかなかった。


 だが、ギルドは随分と昔から、その存在を把握していたようだ。

 創生の御世から存在し、冒険者という生業を上手く利用しながら、あまねく世界に広がる未開の地を開拓する冒険者ギルド。

 冒険者ギルドは、遺跡・迷宮から幾多ものアーティファクトを回収し所有している。

 更にそれらを基に、新しい武具やアイテム、果てはスキルの開発と、冒険者ギルド以外では到底持ちえない英知を彼らは共有し持っている。


 だからこそ、冒険者ギルドにとって3柱神の存在を知っていたとしても不思議ではないと解る。

 冒険者ギルドが国に属することなく存在できるギルドたらんとする由縁を改めて思い知らせれた。

 ギルドという存在の恐ろしさを、最近はザームエルを通して実感しつつある。


『してソレはありそうなのかや』


『ほぼ確実じゃろうかと・・・なにせ最近はカリウス王国との戦で、西の方に注意が行っとりますじゃろ?ルート荒野への関心は全くといっていいほど無いのじゃから、間違いなく現れていると踏んでおるのじゃ』


 確かに現れた時期に、戦が始まり注意は西に向いている。

 しかもルート荒野の魔物はLVは高いが素材に旨味はない。

 交易も、北ルートをわざわざ使う事無く東のマウリ同盟を経由すれば良い。

 大陸中央北にある帝国を除けば、商人が共同統治するマウリ同盟から船で何処にでもいける。


 冒険者にしても、あえて面倒なルート荒野で稼ごうとするよりも、南のドルドナ森林やセレクト王国の迷宮に行く方が稼げる。


 後、最近のルート荒野の魔物の強さにも変化がある。

 総じて魔物の強さが上がっており、スキルに魔法攻撃を持つようになっている。

 この一連の流れを見ると、明らかにルート荒野から意識を遠ざけようとする何者かの意思を感じる。


『やはりエドモント枢機卿か』


『御意』


『では、フリッツも・・・』


『まことに遺憾ながら・・・』


 愛すべき弟。

 その弟がもはやこの世にいないものと考えなければならない。


『深刻じゃの・・・』


 ユリアンナは溜息をつく。

 仮に国を救ったとて、次代の王を選ばなければならない。

 それでも大変なのに、その選ぶべき王に相応しき存在など何処を見てもいなかったのだ。


『じゃが、このままで良い訳でも無かろうて』


『進むしかないかえ・・・』


 ユリアンナは静かに答えて、以降の話を詰めていった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 建物の地下に潜んでいた2人の人影が動く。

 1人は身の丈2mはゆうに超える大きさを誇り、体は太く逞しく見える。

 多分大男であろうと思われる鎧の人物は、隣の人影を守るように動いた。


 男は、その全身を漆黒の鋼鉄鎧で覆い、頭部もフルフェイスで完全武装している。

 背には巨大な両刃の戦斧を背負っていた。

 もう一人の人物を庇いながら、右手で背中の戦斧を取り外し構える。


 柄は1.5m、斧頭は30cmあり厚みは15cmはあろうか。

 斧頭より両端に伸びる刃先は、徐々に広がるように伸び片刃の刃渡りは50cm。

 振り回せば1檄で相手を粉砕しそうな戦斧だ。


 対してもう一人は細くしなやかな体型で、外套の上からも解る起伏が特徴的な事から女性とわかる。

 身長は165cm程で成人女性並ではあるが、起伏の大きさは平均を大きく上回っていた。

 外套のお陰で、詳しくは見えないがフードより零れ落ちる髪は美しい金髪だ。


 大男の背に守られながら、事態の変化を慎重に観察している。


「・・・誰かが入り口の【試練の門】を倒した者がおいでなんす」


「・・・・・・・」


「間違いおざりんせん。うちの結界も消えやりんす」


「・・・・・・・」


「こっちに来なんす!」


「・・・・・・・」


 大男は女の言葉を聴くと、すぐさま抱えて走り出した。

 向かう先は地下の奥。

 2人が閉じ込められ、出られなくなった原因に向って。


「そっちは危のうござんす!わっちを離しんす!」


「・・・・・・・」


「まだそんな事をいいなんすか・・・わっちは・・・わっちは悪い女でありんすのに・・・」


「・・・・・・・」


「ほんざんすのに、ぬしゃわっちをまだ守りんすか?」


「・・・・・・・」


「ほんにお人好しでありんすな。あの時と変わりんせん」


「・・・・・・・」


「ようざんす。好きにしなんす」


 大男の言葉は無く、ただ女性の声のみが聞こえる。

 女性を担いだ大男は、彼女を守るべく奥のある場所を目指す。


 侵入者と奥に潜むアレとを戦わせて共倒れを誘うために。

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