第三十三話 初日の野営風景
ルート荒野にて、初日を終える。
夜も深まり、適当な場所で野営に入る俺達。
2年経ったとはいえ、野宿は手馴れたもので、テキパキと準備していく。
あの頃と違う点は、野営の道具が揃っている事だろう。
火を炊く為の、枯れ木の代りに木炭を使っているし、折畳み式テーブルも持ってきている。
もちろん椅子も用意してある。
木と鉄さえあれば【アルキメイト】でチョチョイノチョイっと作れるので作っておいた。
日本で言うキャンプ用品的なものは何でもある。
鍋も包丁も、アイテムBOXに放り込んであるし、明かりはランタンがある。
食材も豊富に買い込んであり、アイテムBOXの中は青いネズミさんの四次元ポケット状態だ。
そして、肝心なのがテントだ。
魔物の徘徊する森や荒野、平原などでテントに入るなど自殺行為に思えるだろう。
そこは、俺も考えに考えて、対策を練っていたのだ。
テントといっても普通のテントではない。
どちらかと言うとタープに分類される感じかもしれない。
パティオタイプのタープに、全面ミスリルを細くした鉄線でメッシュを張り巡らせてある。
フレームも布地もミスリル製だ。
更に、屋根の四つ角には魔石が取り付けてあり、【シールド】の魔法を込めれば余程強力な魔法や物理攻撃が加わらない限り、壊れる事の無い防壁として機能する。
念の為に、夜番を立てるが3人では1人1人の交代しか出来ない。
寝不足も懸念されるし、夜番が寝落ちして万が一の場合もある。
其の辺りを考慮して、この2年間で考え抜いた道具の一つだ。
魔法の効果時間は1個で2時間ほど。
4つあるので8時間はもつ。
十分な道具を揃えたと、俺は結構満足していたが、イリスとセフィリアには不満があるようだ。
「ねね、お兄。これ凄いんだけど~その何ていうかさ。体拭く道具はあるの?」
「えっ?あれ?拭くの?」
「当たり前じゃん!セシリーもお姉も乙女だよ?体くらい拭かせてよ!」
俺はマジマジとセフィリアをみる。
人というものは、環境が良くなると、かつての貧しい生活に戻れない生き物らしい。
思春期真っ只中の、イリスとセフィリアには子供の頃の無頓着さは無くなっていた様だ。
「ふー、ラルス。確かに私も2日位は我慢するわ。それに2年前はそんな事も考えられない位に生きるだけで精一杯だったけどね、もう大人になるし、それにやっぱり女の子なの。せめてその辺は気付いて欲しかったな」
そう言って、イリスは俺に嘆息する。
俺としては、昔と同じ野営内容で道具さえ良くなれば良いと思っていたのだが・・・違うようだ。
「ごめん・・・」
素直に謝っておく。
今だに寝るときは3人一緒にベットだし、俺だけが男に成っていると勘違いしていたようだ。
イリスもセフィリアも十分に、女性としての自覚が出ていた事を気が付けなかったのは申し訳なく思うからだ。
あれ?
と言う事は、何で今だに俺と布団に入るんだろう?
恥かしくないのか??
そんな風に考えていたら、何を勘違いしたのかセフィリアが茶化し出す。
「ホンッと!お兄って肝心なところが抜けてるよね」
「そうよねー此の前だってダニエルさんが愚痴ってたのよね~」
「なになに?お姉」
「名工の剣に等しいものを、直ぐにポンと作るかと思えば、大量のそこそこな剣もポンポン作る。それも依頼通りに何ら問題なくってね。それ事態は職人としては美徳なんだろうけど、特注品なんか眼も剥く様な性能らしくって、誰が作っているのかって根掘り葉掘り聞かれたりとか、工房も無い身でどうやってあんな刀剣を作るのか教えろとか、ラルスに付いて噂が耐えないから秘密にするのも大変なんだって」
「うっへー、確かに聞くと、そう勘繰られるよね」
「そうよ~特に工房が問題だって。組合でも町の個人でも聞いたことの無い刀匠の名前だから、皆が幻の刀鍛冶とか言って凄い盛り上がってるらしいのよ。目立た無い様にとか、秘密にとか言ってるラルスにしては、そこをもっと考えて欲しいってダニエルさんの愚痴よ」
「ははっは、そりゃ愚痴りたくなるよね~♪」
「そうそう、そういう所が抜けてるのよねーラルスって」
「「ねー♪」」
イリスとセフィリア、2人の女の子が息を合わせて笑いあう。
俺としては、そんな事があったのかと、逆に驚くだけだ。
しかも、何時の間にダニエルと仲良くなったんだ、イリスよ。
「そうそう、フランクも言ってたよお姉。あんな高価な最高級ポーションを人前にポンっと出すなんて、ヤバ過ぎだって」
「あ、あの時の事?」
「そうそう、お兄がドリスさんの傷を治すのに、最高級ポーションを使おうとした時だよ」
「あの時は、私も大丈夫?って思ったもの。結局ドリスさんは受け取らなかったけど、あれ見てた神父さん腰抜かしてたわよ~」
「あの後、フランクが神父さんを誤魔化すのに苦労したって言ってたもの」
「そうよね・・・袋に無造作に数本も入れてるの見えてたしね・・・」
「ホンッと、お兄ってこういった道具とかアイテムとか武器とか、物凄く凄い事できるのに、何処か抜けてて放っておけないんだよ~」
「は~セシリーまでラルスの心配するの?」
「そりゃお兄は大事だしね、お姉もそうでしょ?」
「そりゃあ~ねえ、ラルスは凄いし、強いわ。私達の事もいざとなったら絶対に守ってくれる安心感もあるの。でも、その割に抜けてる所があって、どうしても守ってあげたくなるのよね~♡」
「ぶ~お姉お惚気~、まあセシリーも同じかな?強く逞しいのにちょとお間抜けさんな兄を、支えてあげたいと思う妹心がブワーって沸く感じなの♡」
「ふふふっふ」
「はっははは」
俺を肴に盛り上がる2人の会話を聞くしか出来ない。
そんなに抜けてるのか俺??
まあ、確かに詰めの甘い部分もあるだろうけど、何も其処までとは・・・
というか、色々助けてくれてたのね。
改めて、イリスとセフィリアが如何に俺の事を考えていてくれていたかが解って嬉しかった。
まだ、話し足りないのか楽しげに話しこむ2人。
「そっか、2人ともありがとう」
俺は、2人の会話の間を利用して、感謝を言葉にする。
「あ!いやお兄、それは私達も同じだから。っね♪気にしないで」
「そうよラルス。3人が皆其々助け合ってるのよ。ただ、それでもラルスには感謝しきれない位守られてると思ってるから・・・だから私達こそ何時もありがとうね、ラルス♪」
「うん♪そうだよお兄、ありがとうね♪」
2人は、俺に向ってお礼を言う。
なんだか3人が皆、お礼を言い合う姿に、恥かしくなって、誰とは無く大笑いする。
気恥ずかしさを紛らわすために、俺は今日の戦闘の話をしてみた。
「と、とこでさ。イリス姉の【バインド】には吃驚したね。まさか先制攻撃でオークが全滅するとは思わなかったよ」
「あ、セシリーも思った!お兄と追撃に向おうとオークの側に行ったら、蔦に絡まれてそのまま死んでたんだも吃驚よね~」
あの時、イリスの放った【バインド】は3匹のオークを確実に蔦で絡め取っていた。
【バインド】は、土の中にある植物の成長を魔力で早め、その成長を利用して対象を絡め取りながら締め上げてダメージを与える魔法だ。
本来なら、足止めか体力を半分位まで削る程度までしか威力の無い魔法なのに、イリスの場合は1回の【バインド】でオークの体力が尽きるまで締め上げて倒したのだ。
「あ、いえ、その、私も驚いているの。あんなに威力があるなんて思いもよらなかったの」
「オイゲンさんに習って、魔法が強くなったのかな?それともお兄の装備の問題?」
「ん~両方かな~、後は成長して魔力も大きくなったってとこなのかしら?」
「そっか~いいな~お姉~~。私も魔法使いたいな~~~」
「私の魔法よりも、セシリーの大剣の攻撃は凄かったじゃない。其の後に出会ったオークを1撃よ1撃。真っ二つになる所なんて始めて見たわ・・・」
「あ、いや~あれはたまたまって言うか、オークの動きが遅いし、普通に袈裟懸けに切り掛かったらスパって切れちゃって・・・ていうかお兄の作ったこの武器が凄過ぎなんだよ」
「おいおい、確かに武器は凄いかもしれないが、使い手が未熟ならそうはいかないぞ。セシリーがちゃんと訓練していた成果だと思う。誇って良いと思うよ」
「え~お兄がそんなに褒めるのって、何か下心が・・・あああ!そっか♪セシリーをその気にさせて、お兄にメロメロにさせるつもりなの?!」
「いやいや、そんなつもりはないぞ」
「え~朝だって今も苦労してるっぽいし~な~」
「いや、苦労なんぞしてない!」
「ん?苦労してるって何?ラルス」
「あ、いあや、何もないよイリス姉・・・」
イリスが疑い深げに俺を見詰める。
朝の事なんて言える訳無いじゃないか!
俺が、返答に窮しているとセフィリアは妖しい笑みを浮かべて俺を見詰める。
なにその獲物を狙う雌豹のような目は!!
「大丈夫よ~お兄♡そんな遠回りな事をしなくても、セシリーはもうお兄に首ったけよ♡ちゃんと責任取って・く・れ・る♡」
「ちょ、ちょっとセシリー!なにしてるの止めなさい!」
セフィリアは俺に向って、襟元を開け胸を見せ付けるように迫ってくる。
装備の関係上、胸の谷間が露にはならないが、ふくよかな起伏が少し見えた。
そんな、セフィリアのオマセなポーズに、イリスが慌てて止めに入るのも無理はない。
俺だって、セフィリアの行動に驚いているし、実際眼に毒だ。
意識して、キョドってしまう。
セフィリアの悪戯だだとは思うが心臓に悪い。
「冗談冗談♪お姉もそんなに怒らないでよ~」
「も~う、セシリーは洒落にならないのよ?貴方は魅力的な女の子に変身してるのよ。もっと自覚を持たないとダメよ」
「は~~い」
セフィリアは、両手を広げて肩を竦めて残念そうにしながら、舌を出して笑う。
イリスもホッと安堵の溜息をつきながら、呆れて苦笑していた。
俺としては、このまままた、良いようにからかわれるのも嫌なので、そろそろ夜番を促した。
「さて、そろそろイリス姉と俺は寝るよ。セフィリアは深夜になったら俺を起してくれ」
「は~い。じゃあ、何かあったら起すけど、それまではゆっくり寝ててね~」
「セシリー、無理はしないでね。眠くなったらラルスを起すのよ?」
「はいよ、お姉。任せて♪」
「じゃあ」
そう言って、俺とイリスはその場で横になる。
性別や年齢、其々のスキルを考慮して、セフィリア、俺、イリスの順で夜番にしてある。
パチパチと音を立てて、焚き火が燃える中、久々に野営で寝る。
ここで4・5日過ごして、また町に戻るつもりだ。
これを繰り返して、俺達は強くなる。
頃合を見て、マキアの森を抜けカリウス王国に入る。
そこで、俺達はアドルフの足取りを追い、何があったか探るのだ。
今日の戦闘で、イリスもセフィリアも見違えるように強くなっている。
明日はもっと奥に進み、強い魔物と交戦するべきだろう。
俺は、明日のことを考えながら、眼を閉じ意識を手放した。




