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第三十一話 神と魔法

 目出度く12歳と成ったセフィリアを伴い、フランクの勤める教会を訪れる。

 今だ静養中のドリスに、一人前になった俺達全員の姿を見せたかった為だ。

 特に、今は亡きアドルフの代わりに、ドリスに見て貰いたかったのが最大の理由でもあるが。


 訪れた教会は、前世で見た建物と然程変わらない。

 そこそこの大きさの敷地に、白を基調とした漆喰を壁にし、青い屋根瓦が印象的だ。

 十字架こそ屋根や、室内の祭壇には飾られてはいないが、代りに太陽をあしらったシンボルが飾られている。

 この教会は太陽神を崇める、アトロン教のものであり当然シンボルもそうなっている。

 庭先には、此の世界に根付く色取り取りの花が植えられていて、小さな楽園を連想させる。


 敷地には教会以外に、宿舎と庭があり神父を頂点に、修道僧と修道女がいる。

 この辺の呼び名は、前世で知るとある宗教の派閥がごちゃ混ぜのようだ。


 神父の上には助祭、司祭と階級があり、司祭は幾つかの教会を束ねるエリアマネージャーのような存在だ。

 その補佐が助祭であり、彼らが実質担当地区の教会方針を定め、運営している。


 神父は只の店長で、あまり権限が無い。

 彼ら神父は与えられた教会を管理し、修道する者達を教育する先生の役目が主な仕事になる。

 もちろん、信者に向けた営業も大切ではあるが。


 フランクの勤める教会は、4箇所あるキリエの教会の内、西にある最貧の教会だ。

 通称『西教会』といい、誰にでも門戸を開けている。

 それが故に、奴隷やスラムの信者も来る為に、最も貧しい教会となってしまうのだ。


 一応、こういった教会も、信者獲得の為に必要な事から黙認されており、司祭の方針としても閉ざされる事はない。

 ただ、教会内部では一番最下層の扱いになり蔑まれてはいるが、逆に信者も一番通う教会でもある。

 

 その西教会の庭では、修行の為に教会に学ぶ子供達が、各々仕事に従事している。

 庭の手入れや掃除洗濯、尋ねてくる信者の相手など出来る事を出来るだけしている。

 貧しい者には、僅かな糧を与える炊き出しをしたりする姿は、本来の教会のあり方を体現しているようで俺としては好ましい。


 生き生きと働く彼らは皆、熱心なアトロン教の信者だ。

 教義に沿って、人々を労る姿には頭が下がる。

 この教会を最下層と位置づける、上の司祭達にも爪の垢を飲ませたいくらいだ。


 此の異世界ミースには、様々宗教があり、その中でも代表的なものが幾つかある。

 キリエには、4つのアトロン教会と、各宗教の神殿が1箇所ずつある。

 アトロン教だけ教会なのは主神が故なのかもしれない。


 太陽神を祭る、アトロン教

 月の女神を祭る、ティアーナ教

 火の神を祭る、バルカル教

 水の神を祭る、ティス教

 大地の神を祭る、デーテ教

 風の神を祭る、ゼル教


 これらが主な宗教として広く信者を獲得している。

 特に其々の神は、魔法における属性を司り、各々の系統において魔術を伝承する。

 もちろん、其々の派閥もあるので一概に同系統とは言えないが、概ね同じ呪文を使う。


 アトロン教は神聖魔法を。

 ティアーナ教は闇魔法を。

 バルカル教は火魔法を。

 ティス教は水魔法を。

 デーテ教は土魔法を。

 ゼル教は風魔法を。


 このような感じだ。

 神聖魔法は癒しや補助など、神の奇跡と言えば解り易いだろう。

 それに比べて、月の女神ティアーナは闇魔法だが、これは悪い魔法と言うわけではない。


 太陽神の妻にして、世界の半分を統べる女神である。

 その魔法は、太陽神の神聖魔法で補う事の出来ないものを主体としたもので、邪悪とは程遠い。

 効果としては、闇を操るものや、対象の活動を下げるものが多い。


 例えば【スリープ】のように眠りを誘うものや、【ブライン】といった周囲を闇で閉ざして目暗ましをするものなどである。

 神聖魔法が効果の上昇なら、闇魔法は効果の下降と覚えれば良いだろう。


 その他、地水火風の属性は説明するまでも無い。

 書いて字の如く、そのままなのだから。


 後、神闇地水火風の6属性以外にも実は残り3系統の魔法が存在していたらしいが、今は失われて久しい。

 失われたのは雷魔法と時空魔法、そして暗黒魔法だ。

 そして、それに対応するべき神の名もまた、忘れ去られている。


 古の昔には存在していたのに、誰も覚えが無く、記録も無い。

 伝説に魔法の名前があるだけで、神の名は何処にも書かれていない為、誰もその名を知ることは無かった。


 後、最近起こってきたのがトゥルリア教だ。

 この宗教は今までと違い、全く既存の神を信仰していない。

 彼らは、唯一絶対の神を1人と定め、その教えを広めている。

 ただ、神の名前は伏せられているようで、誰も知らない。

 解っているのは、神の教えだけと言う変わった宗教である事だけだ。


 ちなみに、俺の会ったリーマン神は多分、太陽神アトロンじゃないかと思う。

 というのも、結婚している神は太陽神アトロンと月の女神ティアーナだけ。

 夫婦喧嘩で殺されたという事実から、この2名で決定と思う。

 まあ、此れが解ったからといって、どうなる訳でもないんだが・・・


 ただ、あのリーマン神が主神かもしれないと思うと、何だか此の世界も大丈夫かと心配になる。

 だって、あんなしょぼくれた神が主神なんだもの、管理をしっかりしてるかい?

 っと、問い合わせたくなるだろう?


 さて、そんな事よりもドリスに会わなければ。

 俺達は、来慣れた道を進み教会へと入る。


 教会に入り、祭壇に向かって手を合わせ祈りを捧げる。

 決してアトロン教に改宗した訳では無いが、尋ねて来たのに敬意を払わないのは失礼と言うもの。

 形式的にとは言え、ちゃんとお祈りをしてからドリスの元へ向う。


 フランクは今日、臨時のPTで依頼に出かけていて不在の為、直接ドリスを探す。

 何時もはフランクを訪れて、共にドリスと面会を果していたのだが、最近はドリスの状態も良くなり教会で奉仕活動をしている為、外の何処かにいるのだ。


 教会を出て、庭先を見回すがドリスは見当たらない。

 こういう時は宿舎の掃除か、炊き出しの手伝いをしている事が多いので、そちらへ行ってみる。

 炊き出しの準備にも其の姿は無かったので、宿舎へと足を運ぶ。


 宿舎にいる修道女に断りを入れて、宿舎内を捜し歩く。

 廊下や階段にその姿を探すも、ドリスの姿はない。

 今日は部屋でゆっくりしているのかも知れないと思い、一路ドリスの寝泊りしている部屋へと踵を返す。


 ドリスの寝泊りしている4人部屋の前に到着し、ノックをしてみる。


 トントン!


 軽くドアを叩き反応を伺う。


「・・・どうぞ」


 ドリスの声だ。

 俺達は、静かにドアを開け中に入っていく。


「こんにちわ、ドリスさん。突然お邪魔してすみません」


「こんにちわ、ドリスさん。お休みのところ失礼しますね」


「こんにちわ、ドリ姉~会いに来たよ~」


 皆、其々の挨拶をすると、修道女の服を着たドリスがベットに腰掛けて窓の外を見ながら返事をしてくれた。

 

「いらっしゃい、皆。そろそろ来る頃かな~って思ってたわよ」


 そういって、窓から視線を外し、静かな微笑を湛えて俺達の方を見るドリス。

 その後ろには、窓から吹き込む風に、カーテンが揺られて柔らかい波を打っている。

 カーテンを揺らし、心地よい強さになった風が、ドリスの髪を撫でて彼女の変化を見せ付ける。


 出会った時から長く整えられていた髪は、短く肩口で切り揃えられ、きつかった目元も穏やかになっている。

 顔こそ傷は無いが、頭にある耳の片方は無残にも幾つかの切り裂かれた跡がある。

 更に見える体は痛々しく、左手肘から下はない。

 他にも体にある筈の傷は、修道服に隠れて見え無いが、彼女の負った傷を知る俺達には胸を引き裂かれるほどの悲しみが沸き起こる。


「相変わらずね。もうそんな顔をしないで良いわよ。大丈夫」


 微笑を笑顔に変えて、俺達を労るドリス。

 俺達も、彼女の笑顔に答えるべく居住いを正して笑顔を作る。


「今日は、セフィリアが12歳になって冒険者登録が出来た日です。どうしてもドリスさんに報告したくて参りました。お気持ちを掻き乱すかもしれない事は解っています。でもどうしても見てやって欲しかったんです。ごめんなさい」


 俺は、誠心誠意気持ちを込めて、ドリスに言葉を掛ける。


「ドリ姉、今日やっと冒険者になれたの。セシリーね、ドリスに見て欲しかったの・・・大きくなったねって・・・だから、今日からは・・・今日からはもう大丈夫だよって・・・」


「うん。解ってるよセシリー、そんなに気を使わないで良いわよ」


「うん・・・」


「ドリスさん。私達は今日から皆で冒険者家業につきます。何時か必ず!カリウスに向うつもりです。だから見ていてください。私は・・・私は・・・」


 イリスはドリスに最後まで言う事無く、声を振るわせ俯いてまう。


「もう、イリスったら。そんなに気を張ることはないわよ。後、無理はしないこと。いい?」


「はい・・・」


 ドリスは穏やかな顔で、イリスを慰める。

 自然と会話が途切れ、静かな時間が流れ出す。

 お互いに会話をしないが、漂う空気は温かい。

 ただ、静かに時を共に過ごすように。


 持ち直したイリスが顔を挙げ、ドリスにむかって大丈夫と頭を下げた。

 ドリスも、イリスの様子を見て頷き、お互いに微笑んでいる。


 暫くして、ドリスが俺達を見ながら、話し出した。

 ゆっくりと思い出すように、其の想いを言葉に乗せて。


「私ね、もっと積極的になるべきだったかもって、今でも思うの。冒険者家業なんて良く考えたら何時死んでも可笑しく無い仕事だったのよね。でもアドルフと10年よ、10年。ずっと一緒に過ごしている内に、そんな事忘れていたのね。だから最後の依頼で、嘘でも夫婦として過ごせた事がせめてもの救いなったわ」


 イリスから視線を外して、また窓へと向って外を眺めるドリス。

 ゆっくりと言い聞かせるように、話を続ける。


「私ね、不器用だったの。今でもそうだけど。冒険者になって依頼をこなすにも、剣も録に振れなかった私は何時も1人だったわ。だれも不器用な私と組んでくれる人なんて居なかったの・・・そんな私に声を掛けてくれたのがアドルフだった。彼も初心者で、誰も怖くて近付かなかったのだけど、それでもいろんな人に声を掛けていたわ。もちろん断られていたけど。でもね、不思議と彼は嫌われてなかったの、ただ怖がられていただけで。声を掛けられて、私も怖かったけど、何故か其の事が気になってね、OKしちゃったわ」


 懐かしむように語るドリスは、自重気に笑い、窓の子供達を見る。


「あの頃は、全てが輝いていたように思えるわ。初めてのPT、初めての討伐完了。仲間も増えたり減ったりしていく中、絶対に側にはアドルフが残っていたの。彼を知れば知るほど、その内面の優しさと強さに惹かれて行ったわ・・・何時しか私は彼を・・・彼を愛していたの・・・」


 窓を見るドリスの顔はハッキリと見えない。

 でも、微かに見えるドリスの頬に、一筋の涙が零れ落ちるのを俺は見逃さなかった。


「何時か、彼と一緒になって、冒険者家業で貯めたお金で家を買って、子供が出来て・・・そんな当たり前の未来が必ず来ると信じてたわ・・・彼は死なないって勝手に思っていたのね」


 其処まで言って、ドリスは真面目な顔をして振り返る。


「私は彼を失い、冒険者としてももう終わったわ。私は此れからは此処で生きて行く。此処で私は皆の成長を見守る事にしたの。だからこそ貴方達には言っておきたいの」


「「「・・・」」」


「後悔しないように生きなさい」


「「「はい」」」


 彼女の眼差しから伝わる感情を、俺達は真っ向から受け止めて返事をする。

 ドリスの想いを、俺達は引き継ぐのだから。

 母達の願い同様、また1つ大きな想いを心に刻む。

 

「さあ、此の話は此処まで♪さて、貴方達に渡すものが在るの、受け取って頂戴」


 そういって、ドリスはベットに隠していた木箱を俺達に渡してくる。

 イリスが代表して受け取り、お礼を言うと、ドリスは笑顔で言ってくれた。


「此れはね、本来ならアドルフが渡すものだったんだけど、彼と共に失われてしまった物なの。だから私が買いなおして用意しておいたのよ、私とアドルフからのお祝い。大事に使ってあげてね」


「「「ありがとうございます」」」


「開けても良いですか?」


「ええ、いいわよ。開けて頂戴」


 イリスがゆっくりと木箱を開けると、其処には3つの品物が入っていた。


 1つは木で出来た上品な櫛。

 1つは可愛らしいフリルの付いた赤いリボン。

 最後に剥ぎ取り用のナイフが入っていた。


「櫛はね、イリスに。何時もアドルフは褒めていたのよ。イリスの美しい髪をね。だから其の髪を大切に出来るための物として、そして好きな人の為に美しくいられるようにってね」


「好きな人・・・」


「そうよ、イリス。彼は自分には鈍感だったけど、人の事には聡いのよ」


 2人は眼を見合わせ笑いあっていた。

 故人の想いを、2人で慈しむように。


「リボンはセフィリアに用意したの。彼はね、何時も剣ばかり振るう貴方を心配していたわ。だからせめて、少しでも女子らしくなるように、リボンを選んだのよ。セフィリアもこれから女性へと成長するのだから、可愛げも忘れないでね」


「うん。ありがとう・・・」


 セフィリアは目に涙を溜めてリボンを握り締めていた。

 一番アドルフに懐いていたのだ、仕方が無いだろう。


「最後に、ナイフはラルスによ。獣人の習慣ではね、一人前の男と認められるとナイフを送る慣わしがあってね。アドルフは、それをラルスにって選んでいてわ。もちろん買い換えたものだから厳密には違うけど、私とアドルフからだって思って受け取って欲しいの」


「勿論です。ありがとうございます」


「良かった・・・これで私もアドルフも思い残す事はないわ。これから3人力を合わせて頑張って行くのよ」


「「「はい」」」


 こうして、ドリスとの面会は終わる。

 少し歓談して、退出する時に、また窓から外を眺めるドリスの背中が印象的だった。

 愛する人を失い、冒険者としての生き方を終わらなければ成らなかったドリスの背中が。 


 何時かまた尋ねて来るつもりだが、今暫くは冒険者として力をつけてからにしようと思う。

 俺達の当面の目標は、カリウス王国へ行く事と変更された。

 

 此の国を出る事は変わらないが、其の前にしたい事が出来たのだ。

 アドルフとドリスを襲った出来事。

 それを突き止めるという事に。


 教会を背に、俺達は新しい一歩を踏み出す。

 冒険者としての一歩を。

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