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第三十話 ユリアンナ

 アルティナ国王女ユリアンナは廊下を足早に進む。

 半年の猶予期間を反故にし、会戦してから2月経っても今だ一度も顔を見せない王に直接会う為にだ。


「お待ち下さい、殿下。此処から先は王の姉君で在らせられる殿下と言えども・・・」


「・・・・」


「殿下、お待ちを!」


 後ろでは警護に当たる、近衛がゾロゾロと連なって、ユリアンナを止めようとしている。

 だが、その誰もがユリアンナを止める事が出来ない。


 王の姉であるユリアンナに触れる事が出来ないのだ。

 例え誰であろうと、本来ならば力尽くで止めなければ成らないのが警護の役目だ。

 だが、流石に身分が高すぎるユリアンナの体に触れるのは、恐れ多い事で躊躇われるのだろう、近衛はうろたえるだけで実力行使には出れていない。


 しかもユリアンナは独身、身分の低いものがその身に触れれば死罪になる。

 乙女の純潔を神聖視する貴族は、こういった慣例を重んじているのだ。

 近衛にしてもそれは重々承知しているので、任務を全う出来ない事とユリアンナに触れて死罪になる事を天秤に掛ければ、自ずと今の事態に成ってしまう。


「お願いです殿下。どうかどうかお戻りを!!」


「静まりゃ!我の行く手を阻む事、罷り成らん!!」


 制止しようとする近衛に対して、ユリアンナは一喝する。

 ユリアンナの声は、凛として響き渡り追随する近衛の体を硬直させる。

 流石に王族、人を従わせる力が声に篭っているようだ。

 

 ユリアンナは女傑である。

 男子だったならと、先王に謂わしめるほどの器量と度量を持ち、現王の影の力として辣腕を振るっていた。

 女性ゆえ、国政に関する役職には付いていないが、その影響力は計り知れない。

 弟のフリッツ3世も、ユリアンアに心酔していて彼女の言を良く聞き、善政を強いていた筈なのに・・・

 ここ1年で、その蜜月に亀裂が入った。

 4年前にトゥルリア教に改宗してから次第に教義に傾倒し、とうとう1年前から、とある毎にユリアンナとフリッツは対峙するようになってしまったのだ。

 その結果、善政は徐々に鳴りを潜め、宗教色の濃い政策が次々と打ち出されるようになる。

 

 王の言葉は絶対だ。

 姉といえども、王の言葉を蔑ろには出来ない。

 今までは諫言をしても、フリッツはユリアンナの言葉を無碍にする事は無かった。

 それを最近では、聞く前から遮り退出を命令してくるのだ。

 そう、王命として退出を命じる。

 ユリアンナには抗う術も無く、ただ従うしかなかった。


 ユリアンナとしても、弟を心配する気持ちと国の行く末を憂う王族としても具申したい事は山程あったが、敢えて弟のフリッツの面目を考え、今日まで我慢してきた。

 その結果が、此のたびの会戦である。


 カリウス王国とは、少なからずとも先王の御世で、同盟とは行かないまでも友好的な関係を築けていた。

 そのお陰で国内は安定し、内政に専念できる環境から豊かな国土となった。

 それなのに戦争など初めて、あまつさえ約束まで反故にする事は、もはやユリアンナの我慢の限界を超えたのだ。


 制止しようとする近衛を無視して進むユリアンナに、誰も道を塞ぐ事だできないまま、とうとう王が鎮座したまう、寝室のドアの前まで来た。

 フリッツは最近寝室か執務室しか、その玉体を置く事はなくなっている。

 もう1年は近習の者にすら姿を見せず、御簾やレース越しでしか見る事が出来ない。


 重鎮達も良くやっている。

 だが、限度がある。

 なまじ善政を布いていただけに、王に対する落胆は大きい。


 ユリアンナにとっても、弟であるフリッツの変り様に心を痛めている。

 でも、やはり可愛い弟の事だから、何処かで甘かったのかもしれない。

 此処までの事態になる前に、フリッツを本気で諌めておけば良かった。

 その後悔が、今の自分を動かしている。


 目の前に立ち塞がる、荘厳な寝室のドアをユリアンナは勢い良く開け中に入る。


「これはこれは、ユリアンナ殿下。王の御寝所に乙女が何用でしょうか?」


 王への謁見を阻むように、エドモント枢機卿が恭しく礼をして立っている。

 目の前には、30畳はあろうかという大きな部屋が広がり、部屋の奥にある窓際にはベットが置かれていた。

 そのキングサイズは優に超える、天蓋付きベットでは幾人もの女性にょしょうが肌を露にしているのが見える。

 

 ベットの中央に向って、女性達はユリアンナを気にする事無く、無心に奉仕を続けている。

 咽返るような男女の匂いに、ユリアンナは眉を潜めてエオドモント枢機卿を睨みつける。


「此れは何事かえ?エドモント」


「はっ!王に置かれましては、お世継ぎの誕生こそが急務かと。今もこうしてその責務を全う・・」


「黙りゃ!!埒が明かぬ!王と直接話す故、あの女性を下がらしゃ!!」


「それは出来ませぬ」


 近衛も震え上がるユリアンナの怒声に、エドモント枢機卿は顔色も変えずに答えてくる。

 その不気味なほどの落ち着きに、ユリアンナは苛立ちを覚える。

 此の男、やはり危険だ。


 先王の御世では、ただの司祭であったのに何時のまにか城に出入りし出すと、瞬く間に王に接近し、ついにはユリアンナに代わって王を補佐するべき立ち位置にまで上り詰めた。

 しかも、司祭の身から今では司祭枢機卿にまで地位を上げ、名実共に国王の側近とまで謂わしめるに至る。


 エドモント枢機卿の強かさと豪胆さには、賛嘆すべき点もある。

 だが、こうやって身近に迫って、己の地位や対場を脅かされるのは脅威でしかない。

 ユリアンナは、とんだ化け物を体内に飼ってしまったと後悔した。


「我をユリアンナ・アルマ・デ・アルティナと知っての言葉かや」


「いえいえ滅相も御座いません。私め如きにユリアンナ殿下のお邪魔など出来様筈は御座いません。っが、これも王の御命令なれば致し方御座いませぬ故、どうかお引取りを」


「聞かぬ!我は弟を叱りに参ったのじゃ。姉が弟に会うのに許可など要らぬわ!」


「幾ら姉妹といえでも、立場が御座いますれば。姉と弟など王族には無関係な事ゆえ、お通しする訳には参りませぬ」


「解っておるわ、そなたのに言われなくとも覚悟の上じゃ。此の身が如何に処せられようとも、王に言わねば成らん事がありゃ。唯一生きておる肉親の姉として我は行くぞ!」


「お待ちなさいませ!衛兵!何をしておる!!取り押さえい!!」


「フリッツ!!ユリアンナが参った!此処へ来て話や!!」


 ユリアンナに触れる事も辞さずに、エドモント枢機卿はユリアンナを通さないように身構える。

 衛兵は、如何して良いか解らないまま、エドモント枢機卿の命に従いつつ、肉壁を作り行く手を遮る事だけはしていた。


 王の寝室で、如何に姉とは言え此処までの事を起したとなれば、かなり分が悪い。

 それでも引く事無く、堂々とした姿は正に女傑。

 居並ぶものを睨みつけ、威圧だけで屈強な近衛を震え上がらせている。

 ただ、エドモント枢機卿のみが、涼しい気に顔色を変えていなかったが。


「○△▲○□・・・・」


 ユリアンナとエドモント枢機卿の間に緊張が走る中、変わらず女性の奉仕を受けていたベット中央から聞き取れない声が聞こえた。


「っは!エドモント、只今参りまする」


 両者の緊張など何処吹く風で、エドモント枢機卿はベットまで優雅に歩き、巨大なベットの中央で寝そべる人物と何やら話し込みだす。

 その隙に、ベットまで行こうとするユリアンナだが、近衛が死を覚悟したかのように肉壁を解く事無く、どうしてもベットに近付く事が出来無かった。


 ベットでの話を終えたエオドモント枢機卿は、こちらに戻ると王の言葉を告げ出す。

 

「王のお言葉を継げる」


 先程までの遜った態度も言葉も改め、王の威厳を示すように言葉を続ける。


「姉上に置かれましては、長きに渡る献身、余も感謝に堪えませぬ。しかしながら姉上もお疲れの様子。暫くはポートの離宮にてご静養されるが宜しかろう。以後、離宮にて静かなる余生を送られん事を」


 ユリアンナは驚愕する。

 フリッツが此処まで言うとは、もはや蟄居謹慎を言い渡されたようなものだ。


「貴様!その言葉真に王の言葉であろうな?嘘を申せば貴様など如何様にでもなりゃあ」


「その様な事は罷り間違ってもございませぬ。王の御言葉、確かにお伝え申した。衛兵!!城外までお送り申し上げろ」


「はっは!!」


「ック!フリッツ!!!真か!!」


「ユリアンナ殿下、お見苦しゅう御座います。これ以上の狼藉は、私も御庇い申し上げかねるかと・・・」


 ユリアンナは絶望する。

 例えエドモント枢機卿が嘘を言っていたとしても、いや嘘を付いている。

 だが、それを証明する事が出来ない。

 王は直接配下の者に、声を聞かせることはない。

 必ず、側近から言葉を代弁させるのだ。

 代弁者の言葉に間違いが無ければ、王は黙っているのが仕来りだ。


 自身が弟への甘さから、手を拱いていた間に斯くも最悪の事態になっていようとは。

 薄々感ずいていたユリアンナは、事此処に至って国の行く末が決まった事を痛感した。

 もうはや、此の国は誰も止められないと・・・


 こうなる前に、ユリアンナならエドモントなど排除する事が可能であったかもしれない。

 かつてエドモントがまだ司教だった頃に、一度排除に動いた事がある。

 だが、エドモントと共にトゥルリア教に手を出した時、手痛いしっぺ返しを食らったのだ。


 女傑とまで言われ、数々の陰謀も張り巡らせてきた。

 それなのに、トゥルリア教は常識外れの行動でユリアンナを驚愕させる。

 宗教とは恐ろしい、教義の為にはその身を省みる事無く行動してくる。


 火付け、暗殺未遂はもちろんあった。

 これ位なら対処も簡単だ、所詮素人の行動だから。

 しかし、其処からが常識を逸脱していた。

 捉えた犯人を尋問し、自供を促しトゥルリア教の罪を暴こうとするが、証言を取る前に自殺、あるいは殺されてしまう。

 それらの手引きをしたのが、国軍の兵士だった事が誤算だった。


 民衆、特に兵士の間に、何時の間にか草の根的にトゥルリア教が浸透し信者が増えていた。

 彼らは、信者同士で独特の連絡法を用いて、ユリアンナの行動を監視し、トゥルリア教を守る為に率先して行動するのだ。


 周りの誰がトゥルリア教徒で、何時何処から何がくるか解らない状況は、ユリアンナを追い詰める。

 特に、一番厄介だったのは背教徒の烙印を押し付けユリアンナの評判を貶め、ユリアンナの行動を批判させる事が痛かった。

 この扇動により、ユリアンナは自分の配下を上手くコントロール出来なくなり、トゥルリア教への手出しを止めざる終えなかった経緯がある。


 如何なる処罰も覚悟してきたにも拘らず、ユリアンナは何も出来ずに退出させられた。

 その身を衛兵に掴まれて。


 王の言葉により、もはや貴族としての価値を無くされ、只の罪人として連行されるユリアンナ。

 その胸中で、彼女は何を思うのだろうか。


「まだ、まだおわりゃ・・・しなん」


 ポートの離宮で、最後の抵抗を画策し、ユリアンナは大人しくその身をポート離宮へと移した。

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