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第三話 奴隷の赤ちゃん

 ゆっくりと覚醒する意識。

 俺は苦しい呼吸と体の痛みから声を上げてしまった。

 痛い!なんだこの全身の激痛は!

 つい情けない声を上げてしまった。


「オギャーオギャーオギャー!」


 ええ?

 俺は自分の上げたであろう奇妙な声に驚く。

 今俺痛いって叫んだ筈だが・・・


 そんな思考の最中でも体は軋む様に痛い。

 状況を確認しようと目を開けるが、視界がぼやけてハッキリトは見る事も出来ない。

 どうなってる?!


 転生した先で、行き成り体が不自由な状況に困惑する俺。

 そんな俺を心配そうに覗き込んでいる女性らしき顔が近付く。

 ぼやけた視界では、そう判断するまでが限界だった。


「よ~しよしし、泣かないでね~今おっぱいをあげますからね~」


 耳まで聞こえが悪いが、辛うじて何を言っているかは聞き取れた。

 俺の耳には聞こえる音全てが、何かに反響した感じで聞こえるので音を聞分けるのも一苦労だ。

 だが、おっぱいをあげますってどういう意味だ?


「少しはマシになったのかい?クリスティン」


「ええ、満足するまで出るか解らないけど・・・」


「ミリアリア、パステル、まだ出るかい?」


「ええ、イリスがもう乳離れしてきているけどまだ大丈夫よ。クリス私も一緒にあげるから安心してね」


「私も同じよ、まだ生まれてないけどもう母乳は出るから。皆で助け合いですよ」


「あ・・・ありがとうミリー、パステル」


「お互い様よ。さあ、赤ちゃんが待ってるわよ」


「そうよミリー、私が出産した後お願いするかもしれないしね」


 聞こえてくる会話が、今の俺の状況を物語っている。

 体のあちこちは痛いし、目もぼやける。

 声はアーウーだけしか出ないし、なによりクリスティンと言われた女性の腕の中に抱かれている。

 幾ら何でも、俺が女性の腕の中に納まる訳が無い。


 そう、俺は赤ん坊になっているのだ。

 戸惑う俺に、母親のクリスティンがおっぱいを口に運んでくる。

 乳臭い匂いが俺に食欲を沸かせる。

 赤ちゃんの本能はそれを飲めと俺に伝えてくる。


 俺は、初めて触れる女性の胸に内心ドキドキしながらも、赤ちゃんの本能には抗えず貪り付く。

 吸い付き、飲み込む液体の感触と味が母乳だと告げる。

 今、俺は人生初の体験に顔まで真っ赤になってるだろう・・・


「あら?ラルスの顔が赤いわ?どうしたのかしら」


「どれどれ。熱はないみたいだね?ほてっているのかしら」


「飲みっぷりはいいし・・・どうしたのかしら?」


 俺の周りでは顔を赤くした俺を心配する声がする。

 いあや、単に照れてるだけなんですがね・・・

 学生でしかもDTのまま死んだ俺に、まさかこんな試練が来るとは。

 しかも意識は16歳だから恥かしくって悶絶しそうです・・・


「まあ、もう少し様子をみましょう」


「ええ、まだ発疹が出る時期でもないしね」


「ええ、もう少し様子を見るわ」


 こして俺の転生は幕を開けた。

 勝手に思い込んでいたが、俺は16歳の日本人のまま記憶をそのままに異世界にいくと思っていたが、どうやらマジもんの新生転生だったようだ。


 新しい人生初の記憶が、母親のおっぱいって何か変な趣味に目覚めそうでやばい気もする。

 だが、そんな羞恥心を吹き飛ばすほどの食欲と眠気に襲われる。

 赤ちゃんって、こんなんなんだ~と半ば諦めたように納得して本能に身を任せた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 時間の流れは、赤ちゃんにはとうてい推し量る事は出来ない。

 ただ、最初に目覚めてから随分時間は経った思う。

 落ち着いて、自分の置かれた状況が理解でき始めた。

 まずは、俺の生い立ちと周りの状況を整理しようと思う。


 起きている時に思考を纏めるだけでも一苦労なのだ。

 なにせ赤ちゃんになって思うのだが、非常に眠い。

 ちょっと起きる事が出来て、考えたり姿勢を変えたりするだけで体力が尽き寝てしまうからだ。


 しかも、そんな心許ない体力を更に消耗させてくれる存在が2匹いる。

 現に今も俺を撫で回し、アーウーアウーと触ってくる俺よりも小さな赤ん坊。

 更にせっせと拙い世話をしようと躍起になる幼女がいる。

 赤ん坊も幼女も悪気が無いと解っているが、結構邪魔だったりする。

 

 彼女達の執拗な拙いお世話に、少ない体力を奪われながらも必死に思考を巡らせる。

 これこれ、そんなに撫で撫でされると、微妙に体が喜んじゃうから!

 いや~ん・・・幼女が撫でる頭が気持ち良いかも・・・嬉しいな~♪

 ちょ、そんなに手をニギニギしたら楽しくなるじゃない♪

 おうふ!赤ん坊の無邪気さは癒される。

 ゲフンゲフン、そんな事より纏めねば。


 気を取り直して、俺の名前は彰人改め、ラルスとなる。

 母親の名前はクリスティン、姿はまだハッキリと見て取れないがやや痩せた感じに思う。

 抱かれている時の感触や、胸の膨らみからそう感じるのだ。


 俺に母乳をくれるのは、母以外に2人、ミリアリアとパステルいう女性。

 母の母乳の出が悪い為、ミリアリアとパステルが足りない分を補ってくれる。

 飲んでいる俺自身が、母の母乳が直ぐに出なくなる事を一番理解しているからな。


 そして、今俺にちょっかいを掛けているのがミリアリアの娘イリスとパステルの娘セフィリア。

 イリスは俺よりも2歳年上の女の子で、俺に対して異常なまでの執着を見せている。

 まだ、言葉は話せないし行動も幼児なのでお世話と言うよりも、じゃれて来ている感じだが本人の必死さが伝わるので心底世話したいんだと思う。

 

 セフィリアはまだ生まれたてだが、此方も俺に必要なまでの接触を試みている。

 何故に其処まで2人が執拗に構ってくるのか・・・

 何分赤ちゃんの経験は2回目だが、さっぱり解らない。

 成すがままにされながらも、思考の続きを考える。


 でだ、俺が今いる所だが・・・

 奴隷部屋という所らしい。

 奴隷部屋ということで、俺の母親は奴隷だと推察できる。

 一緒に居るミリアリアさんやイリスも奴隷なのだろう。

 部屋は数人の女性が他にもいるが、全て奴隷と思われる。


 神の最後の言葉、『人生ハードモードスタートでいいよね?』を思い出す。

 まさか、こんな異世界スタートとは夢にも思わなかったよ!

 せめて農民とかの次男でも三男でも末っ子でも良かったんだ。

 奴隷からのスタートとは夢にも考えなかったから。

 

 母の母乳の出が悪い事も、奴隷環境が影響しているようだ。

 産後で母乳が必要な時期にまともな食事をしてい無いことも関係しているのだろう。

 俺自身も栄養失調にならないか心配だ。


 眠くなり、次自分が起きる事が出来るかも不安に過ごすとは。

 本当に最初からハードモードだよ。

 そんな事を考えていると、また眠気が襲ってくる。

 イリスの甲斐甲斐しい?お世話と、セフィリアの必要なボディタッチに体力を奪われ、俺は眠りに付いた。


 それからも、母乳を飲みイリスに世話され、セフィリアの無邪気なタッチングに力尽きて寝る事を繰り返し、数ヶ月が経つ。

 少しづつ起きている時間も長くなり、目も耳も良く聞こえるようになってきた。


 暫くして、目がハッキリして来ると新しい驚きが待っていた。

 まず、母親だが普通の人間な事以外は特徴と言う特徴はないのだが。

 ただ、かなり痩せていて過酷な状況に居る事が解るほどに窶れている。

 余りの窶れ具合に大丈夫なのかと心配になる。


 ミリアリアさんはエルフだった。

 異世界に来る楽しみの一つは多種族を見ること。

 特に美しいと想像していたエルフは必ず見たかった。

 だが此方も窶れていて、美しくはあるがその面影だけが残っている状態だ。


 パステルさんは獣人だった。

 頭には耳があり、お尻から尻尾が生えているのだ。

 エルフ同様見たかった種族であり、必ず出会えばモッフモッフしようと決めていたので超嬉しい。

 パステルさんも痩せているが、窶れた感じは薄い。

 本来ならもっと体つきが良いのかもしれない。

 そう思わせるほどには、今だしなやかな体つきは流石獣人か。

 細くても筋肉はしっかりとあり、マラソンランナーのような感じに見える。


 イリスは始めてみた時より成長して、言葉も話し出している。

 片言だが、お姉さんしたいのだろう俺をあやす事が生き甲斐の様に世話をしてくれる。


「ラルス、かあいい♡ うふー♪」


 イリスも可愛いさ~

 見た目は小さなエルフに、無垢な笑顔は非常に愛くるしい。

 髪は金髪でストレート、肌は白く唇は薄っすらとしたピンク。

 将来絶対に綺麗になる事間違いのない姿は、天使を彷彿させる。

 だが、此方も痩せている為、折角の美しさも将来発揮できるかどうか心配だ。

 着ている物も粗末で、薄汚れたワンピースを羽織っているだけ。

 そんなイリスの姿をずっと見続けている俺は悲しくなってしまう。


「アウーアウー♪キャッキャッキャッキャ」


「セフィリー、げんき♪よちよち」


 俺の心境を他所に、イリスとのやり取りが面白いのかセフィリアが笑い声を上げる。

 俺の後に生まれたセフィリアは、小さな頭から白い犬耳をピコピコ動かし、尻尾を振り振り手を伸ばして俺を叩き出す。

 イリスがセフィリアもあやしに掛かっているが、とても微笑ましい。


 セフィリアも可愛らしく、子犬のような庇護欲をそそる。

 まだ赤ん坊なので将来は想像出来ないが、絶対に綺麗になると贔屓目に思っている。


「あう、セフィリーおちっこ。かえなくちゃ」


「アウアウー♪ブフー♪」


 2才と言うのに何故其処までできるのか?

 此の世界の幼児は何かと驚かされる。

 イリスは覚束無いまでも、セフィリーのオムツを替えている。


 オムツといっても洗濯しただけの、余り綺麗とはいえない布。

 それを必死に剥がして、新しいものを巻きつけている。

 斯く言う俺も恥ずかしながら替えて貰っているけどね・・・


 奴隷と言う環境。

 親の居無い部屋。

 何処にも行けない俺達は、此処に放置されている。


 俺達の母親が、隙を見て交互に乳を与えに来るが、その表情は疲れきってている。

 乳を与え終わると直ぐに部屋を出て行き、夜まで帰ってこないのだ。

 現代日本だと虐待に近い状況も、此の世界では当たり前なのかも知れない。


 だからだろうか。

 イリスは必然的に俺達の世話をしないといけないと、行動するのだろう。

 2才であっても必要に迫られれば、こんな成長を遂げるのかもしれない。


 それでも笑顔を絶やさないイリスの姿に、俺も早く何か出来るようになりたいと思っている。

 だから、俺は自分の体の隅々まで動かす練習を欠かさない。

 意識だけが大人なので、集中して体を確かめる事ができる。


 指の閉じ開けや、壁際に手を付き歩行練習。

 疲れてきたら休憩して、今度は瞑想の海に沈み独自で魔力の捜索をする。

 誰も何も教えてくれない状況で、俺は出来る事を必死に何でもしている。

 赤ん坊には時間だけが無限にあるのだから。


「ラルス、おねむ?」


「にゃうむーにゃうおー」


「そっか、こっちね♪」


 眠くなったよーっと俺は言って見る。

 言葉にはまだなってい無い。

 それなのに、イリスは理解してくれる。

 子供同士は通じ合う何かがあるのだろうか?


 離れた場所に居る俺を抱っこするのだが、重くて引き摺るイリス。

 引き摺りながらセフィリアの側に連れて行き一緒に寝かせてくれる。


「さあ、ねむねむづちゅよー」


 噛んでるよ。

 イリスはお構い無しに、俺とセフィリアを並ばせトントンしてくれる。

 俺も眠くなってきてウトウトしている。

 ふと見上げると、イリスも船を漕いでいる、そりゃ疲れもするだろう。


 3人が寄り添い、何時も寝ている藁の上でコクリコクリと寝息を立てだす。

 奴隷部屋の藁の上に、幼い3人が折り重なって眠りに付いた。

 其処に、労働から帰った母達が揃って俺達を見て微笑みながら近付く。


「あら、また3人で固まって寝てるわね」


「ホント、仲良しになっちゃって」


 3人の寝姿に呆れているが、何処か寂しさも見える母親達。

 仕事が終わると、クリスティンとパステルはいつもミリアリアに頭を下げる。


「ミリア、イリスにばかり負担をかけさせてごめんね」


「うんうん、仕方ないわよ私達じゃあ面倒見に戻れないから・・・」


「それでも2才の子にこんな赤子の世話なんて・・・」


「いいのよ、エルフは早熟なの。2歳といっても精神はもうかなり成長しているのよ」


 そう、エルフの精神成長は人の倍は進む。

 10歳程である程度成長したら、後は人と同じ様になる。

 だからエルフのイリスは俺達の面倒が見れているのだ。


「でも、それでも体はまだ・・・」


「ええ、だからと言ってどうする事もできないわよ」


「ごめんね・・・」


 毎晩子供達の無事に安堵しながらも、奴隷である環境にどうしようも出来ない。

 明日も明後日も、ずっとこうしていくしかない。


 この子達がせめて無事に成長してくれる事を願って。

 3人をそれぞれの母親が抱きかかえて暖める。

 気候は穏やかでも、夜は冷える。

 今日もそれぞれの母の胸の中で、俺達は長い夜を過ごす。

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