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第二十八話 思い出と別れ

「っと言う訳でよ~今すぐ戦争が始まるって訳でもねーが、近々あるって話でもある。ただ爺の言葉から、どうも何かある見てーだし戦争が始まらねーかも知れねーって感じさ」


 アドルフは、ギルドマスターと話した内容を掻い摘んで聞かせてくれた。

 俺は、最近のダニエルからの注文から、戦争の準備が始まったのではないかと薄々思っていた。

 武具の流通が激しくなり、物価が高騰し出す。

 戦争が始まる前兆としては、解りやすい変化だ。


 だが、どうやらすぐと言うわけではないらしい。

 半年後に口上通り攻め上るのか?

 其処が問題だが・・・

 俺は、多分攻めるだろうと考える。


 買い付けた武具や食料など、使って何らかの恩賞か攻め込んだカリウス王国で、略奪免除が無ければ損をする。

 戦争で一番の恩賞は、攻め込んだ村や町で略奪を欲しいままにする事だったと聞いた記憶がある。

 金品に限らず、女子供を蹂躙する事も含めて。


 慌てて準備している貴族達には、物資の用意は手痛い出費だろう。

 臨時の戦費徴収もあるだろうが、その分、民衆の不満が残るだろうしな。

 彼らが会戦しなかった場合の資金繰りを考えると、戦争は起こるべくして起こる気がする。


 用意万端で攻めるのも良いが、今回のような場合は電光石火で動くべきじゃないんだろうか?

 なまじ期間を設けた分、双方が十分な準備を怠る事無く会戦するとは、アルティナ国の思惑がわからない。

 本当に何があるのだろうか?


 俺が想像していたよりも複雑な事情が絡み合っていそうだ。

 忽ち戦争が始まり、その影響がどんなものかを考えていたが暫くは此のままかもしれない。

 今の内に動いた方が良い事もありそうだ。

 

 そんな風に考えていると、イリスがアドルフに声を掛ける。


「ねーアドルフさん。何故ドリスさんと夫婦で行く必要があるのかしら?」


「そうだよーアーおっちゃん、てかドリ姉と本当に夫婦になったら新婚旅行になっていいんじゃない?」


 イリスが突然、真剣に話し合う俺とアドルフの間に疑問を投げかけた。

 その問いかけの後にセフィリアも追随してからかうように質問する。

 どちらも、偽装夫婦の内容の方が気になるらしい。

 初めて体験する国家間の戦争よりも、偽装夫婦を演じるアドルフとドリスの事のが気になるとは…良い質問だが、敢えてそこに突っ込むところが女性らしいのかも知れない。


 まあ、戦争になるからといって何か出来る訳ではない。

 国内情勢が悪くなる事を、ただ漫然と受け入れ生活するしかないからな。

 それに、もう怖い思いも、悲しい別れも既に経験しているからなのだろう。

 国家よりも個人の繋がりがどうなるかの方が重要な問題になっているようだ。


 そんな事よりも、セフィリアの煽りの方が問題だ。

 何故『本当の夫婦になっちゃえ』見たいな事を言う?

 まあ、2人は笑い飛ばしそうだが、あんまり茶化さない方が良いぞ。


「いや、イリスっとセシリーよー其処は、ど・・・どうでも良いだろ」


「え、夫婦である事に意味があるんじゃないの?」


「意味って・・・そりゃーあるかもしれないが、その、行きゃーわかるだろ!」


 妙に照れながら話すので、アドルフの歯切れは悪い。

 もう1人の当事者のドリスは、何時もの元気が無くモジモジとして上の空だ。

 膝の上で、指をイジイジしてる姿など、ドリスらしくない。

 どうした?


「で、偽装夫婦じゃなく、本当にならないの?」


 セフィリアは、チラチラとドリスを見ながらアドルフをからかう。

 まだ、セフィリアは突っ込む気満々らしい。

 なんだかセフィリアが最近、オマセになっている気がして仕方が無い。

 お兄ちゃんは心配です・・・


 そんなセフィリアの言葉に、一々耳をピクピクさせるドリスは可愛らしい。

 こんなに女らしいドリスを見たのは、初めてかもしれない。


「っち、セシリーなに言ってやがんだよ。大人をからかうんじゃねー」


「えええ~からかってないよ~~セシリーは~どうせならその方が嬉しいかなーって思ってるだけだもん」


 セフィリアの態度を見て、何か気付いたのかイリスまで加担し出す。

 慌てたように取り繕い笑顔で、セフィリアに同調する。


「そ、そうそう。私もお2人ならお似合いかな~って思ってますよ」


「でよね~お姉もそう思う?やっぱお似合いだよね~」


「だぁああ!お前ら良い加減にしろよ?なんで俺がドリスなんかと夫婦なんぞしなきゃなんねーんだよ!!」


 あ、ドリスの耳がズバシュ!っと勢い良く立ったよ・・・

 耳で感情が解るって、獣人って解り易い。 


 此の様子だと、アドルフって地雷踏んだんじゃね?

 一連の遣り取りで、俺ですら気付いてしまった。


 酒盛りをしていた宴会中に、ドリスがしていた恋愛相談ってもしかしてアドルフの事だったのか?

 と言う事は、今回の依頼はドリスにとって嬉しい事なのに・・・

 そんな、ぞんざいな言い方したら拙いでしょ。


 予想通り、見る見る怒気を纏ったオーラを発しながら、ドリスの顔が般若になっていく。

 俺は、知らん振りをする事に決めた。

 だって、撒き込まれたくないしね。


「ちょっと、アドルフ・・・なんかって!!なんかってなんなのよ?!そんなに私は魅力の無い女なのかしら?!どういうことよ!!」


「あああ?!なんだよ急に!!お前なんかと、ふ、夫婦なんぞ堪るか!!」


 あああああ・・・アドルフよ・・・

 それだけ御人好しで良い人なのに、何故そういった事は鈍感なんだよ。


「私だって!!アドルフなんて御免よ!!アンタにはオークの雌がお似合いかもね!!」


「っんだとテメー!!言うに事欠いてオークの雌だと!!バカにすんな筋肉デブ雌犬!!」


「っちょ!!雌犬言うな!!そして筋肉デブ言うな!!私の此の体を見てそういえるのか!!」


 ヒートアップする2人の喧嘩は益々激しくなり、ドリスは服を脱ぎだす。

 しなやかで、無駄な脂肪など一切無い上半身が露になり、形の良い胸が見え・・・


「ダメ!!ラルスは見たらダメ!!」


「はぁ~お姉、そんなの見たからってお兄はもうお姉の胸・・「あっははは見ません見えません!!!」・・」


 イリスに目隠しをされ、ドリスの裸を見え無くされた俺に、セフィリアは爆弾発言をかまそうとする。

 とんだトバッチリが来てしまった。


「ちょ!!脱ぐなやドリス、解った解った!!俺が悪かった。だから服を着ろ服を!!」


「フ、フンっだ。こ、此れを見てちょっとわ私の魅力が解ったなら勘弁してあげる・・・」


 なにやら気まずそうな雰囲気を漂わせて、2人の喧嘩は収束していく。


「で、でだ。カリウス王国へ行く事になる。暫くはお前等と会えなくなるんだわ」


「そうですか、仕方が無いですね。依頼頑張ってくださいね」


 俺からはこうとしか言えない。

 まさか、此処でドリスと仲良くね、などとは口が避けても言っちゃーいけないもの。


「おう!何があるか解らんが、いつも通りさ」


「アーおっちゃん、ドリ姉を優しくエスコートしてあげてね♡」


「ちょ!セシリー!」


「やーねードリ姉照れちゃって♪」


 セフィリアのお調子に、ドリスは顔を赤くしてアタフタと取り乱す。

 何を想像しているのやら。


「なーラルス、なんでドリスはあんなに今日は変なんだ?」


「あ、あ~~~~、緊張してるんじゃないですか?」


 そして、本来主人公が持つべき、難聴に鈍感を絵に書いた様なアドルフ。

 本当に良い人って、皆こうなのだろうか?

 物語の中だけと思っていたが、実際に眼にすると、非常に扱いに困るものだと改めて知る俺だった。


 その後、旅立った後のセフィリアの訓練の代行者の紹介やなんかを聞く。

 ちなみに、オイゲンは年齢ゆえ暫くはギルドで魔法講師に付くそうだ。

 初心者や中級者に、PTでの魔法運用を説くらしい。

 

 フランクは、元々聖職者なので教会の仕事に専念するとの事。

 後は野良PTで、たまに依頼をこなしてアドルフとドリスの帰りを待つと言う事だ。


 最初の緊迫した話の内容から一転して、今では女性陣は恋バナを咲かせ、男性2人は旅の用意や武具の良し悪し等を話している。

 イリスの用意した食事を取りつつ、アドルフは持ち込んだエールを煽って楽しそうだ。

 

 楽しい時間は早く過ぎるもの。

 何時の間にか、夜も遅くなりお開きとなる。

 アドルフ達が尋ねてくると、何時も必ずアドルフが『今日は楽しかったぜ!またな!』といって帰るのに此の夜は違った。


「ラルス、イリスとセフィリアを大切にするんだぜ?しっかり守ってやるんだぞ?後、帰ったら誕生会させてくれや」


「ええ、必ず大切に守りますよ。それから誕生会って、そんなに楽しみなんですか?」


「っつ、良いじゃねーかよ。俺にだってそういった楽しみはあるんだぜ」


「ハハハ、解ってますよ。是非無事に帰ってきてください」


「ああ、じゃあ元気でな。じゃあなあばよ!」


 そう言って、元気に手を挙げ俺達に笑顔をかけるアドルフ。

 何時もは怖くて恐ろしいアドルフの顔が、この時だけは優しげに見えた。

 実に良い顔で、慈しんでくれているのがヒシヒシと解る位に。


 俺は何故か胸騒ぎがした。

 ドリスと一緒に帰っていくアドルフの背中が、ドアから見えなくなる時、俺は引き止めたくて仕方が無かった。

 でも、引き止めるとして何と言おう?

 不安が広がり、胸が苦しいのに声が出ない。

 結局、ドアが閉まりアドルフが帰っていくのを、ただ見送るしかなかった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 それから5ヶ月経ち、俺は12歳を迎え今では冒険者となっている。

 セフィリアも後、3ヶ月もすれば12歳になり、冒険者として登録出来るようになる。


 アドルフ達がカリウス王国に出かけてから、暫くしてから俺は、俺自身を買い戻した。

 少し遅くなったが、戦争が始まれば奴隷の値段は上がるだろう。

 戦争後も暫くは高値が続き、奴隷からの脱却は難しくなるかもしれない。

 人手不足を補う為に、奴隷は貴重な労働力だ。


 勝てば戦後は値崩れが起こるかもしれない。

 負ければ更に高値で動くかもしれない。

 どちらに転んでも、此の時期に買い戻すのがベストだろう。


 俺は、商業ギルドに赴き、買戻しを行った。

 もちろん、あのバザンが出てきて難癖をつけてきたので少々手間取った事は言うまでも無い。


 この辺は、あまり思い出したくないので割愛しておこう。

 正直、後で色々あるかも知れないが、そんな事などどうでも良くなる知らせを受け、そのことで頭が一杯なのだ。


 まだ、セフィリアが冒険者になってい無いので、俺達の日常は変っていない。

 だから、普段通りイリスはオイゲンに魔法を習いに、冒険者ギルドに通っている。

 そのイリスが血相を変えて、帰ってきた時、俺達は聞きたくない事実を聞く。


「ラルス!セフィリア!、アドルフさんが・・・アドルフさんが!!」


 その美しく整った顔が、今にも泣きそうなくらいに悲しみを称え歪んでいる。

 俺は咄嗟に、アドルフの背中を思い出した。


 その時感じた不安が、更に大きくなって蘇る。

 耳を塞いで、イリスが続ける言葉を聴きたくないほどに。


「ドリスさんが戻ってきたの・・・でも・・・アドルフさんは・・・アドルフさんは・・・」


 俺はイリスの言葉が聞こえているのに理解出来無かった。

 何を言ってるか解っているのに、その言葉を理解できない、いや理解したくないのかもしれない。

 

 セフィリアもただ呆然と、イリスを見詰めているだけだ。


「亡くなったのよ・・・アドルフさんが・・・」


 俺達は、部屋の中で呆然と座り込んで動く事が出来無かった。

 イリスも部屋に入ったそのままの姿で、ただ佇んでいる。

 俺達はまた、大切な人の死を受け入れなければならないようだ。

解放編完

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