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第二十七話 旅立ちと訳

 ザームエルは、考える。

 目の前で嬉しそうにラルフ達の事を話す、アドルフの報告を聞き流しながら。

 アドルフに報告を依頼してから、もう何度も聞くラルス達の生活内容。

 

 アドルフは自分で言った通り、ラルフ達について深い話しはしない。

 ザームエルに向って、子供自慢をする親のような内容しか話さない。

 今も、自分の事のようにラルフ達の事を嬉しそうに話している。


「あれよ、マスター。ラルスは最近じゃあな、エルナにも認められたのかお茶に頻繁に誘われてるみたいなんだぜ?あのエルナの店だぞ!すっげーよな~」


 単に高級店に出入りを許されるだけじゃなく、個人的にも繋がりが出来る位凄いと、アドルフは素直に思っているのだろう。

 本当に根の良い奴だ。


 アドルフの報告は、約束通り10日に一度と言うわけではない。

 ザームエルの予定や、アドルフの依頼の関係上、報告が無い時もある。

 大凡、前の報告から10日過ぎて幾日かすると、アドルフがザームエルを尋ねて来る感じだ。

 アドルフは律儀なのか、自慢ばかりだが報告を端折る事はなかった。


 そんなアドルフから齎される、ラルスに関する日常の内容はザームエルを驚嘆させる。

 話の内容から感じる、ラルスという人物の異常性が垣間見えるからだ。


 例えば、商業ギルドでラルスの姉妹を買い戻す時など心底驚いた。

 それもその筈、10歳をちょっと過ぎた奴隷の子が、ポンっとお金を出して初日に姉妹を解放する事など、まず在り得無いからだ。

 どれだけ運良く。何か換金できる物があったとしても、奴隷の子が直ぐに大金を手に出来る筈が無い。


 しかも、ラルスは、ある程度買い戻す際に必要な金額を予想していたように思える。

 実際、バゼルとのやり取りで、ラルスは予想を大きく外す事が無かったようだ。

 バゼルに対して、何ら躊躇う事無く、用意した金を渡している。

 資金の調達から支払いまで、一貫して金に執着を見せてい無い。

 こんな奴隷の子がいるだろうか?


 更に、アドルフ達やイリス達も気付いてい無い様だが、ラルスは計算が出来ている。

 バゼルが提示する金額を、即答で加算し相手に確認までしているのだ。

 驚愕である。


 多分、2割の上納に付いても元値からキチンと計算できていると思われる。

 奴隷の子として育ったと聞いているが、いったい何時計算を学んだのだろうか?

 まさか、奴隷の子に計算を教える酔狂な主など聞いたことも無い。


 それに、ラルスは、商業ギルドに対して不信感を持っていた節がある。

 アドルフ達の入れ知恵かもしれないが、夢や希望を優先させた行動はしてい無い。

 実に用心深い行動をしている。


 商業ギルドの説明を聞いても、直ぐに信じる事無く、その内容を実際に遣り取りして確認するなど、子供の発想ではない。

 天孤を倒すことの出来る、只の強いだけの子供では無い事も感じさせた。


 資金的余裕が無かった為、自身を買い戻すことは初日に出来無かったようだが、その後直ぐに買い戻さなかった事も、時勢を読んでいて末恐ろしい。

 あのまま直ぐに買い戻していたら、何かと有名になっていたであろう。

 一夜にして大金を稼ぐ人物として。


 もし、ラルス自身を次の日に買い戻していたら、もっと大きな騒ぎになる。

 2日連続で買戻しを行う所為など、前代未聞だ。

 そうすれば、必ず盗賊や役人から目を付けられる。

 盗賊からは金を奪い取ろうとして、役人からは不正を行っているかもしれない要注意人物として。

 

 既に役人では、担当のバゼルから目を付けられている。

 まあ、逆恨みと言うか、とばっちりなのだが、バゼルの気分を害した事が原因だろう。

 彼はその虚栄心を傷付けられたと思い、現に『ぼんくらラルス』なる噂を流している。

 人の恨みとは、何が切っ掛けで起るか解らない。

 ラルスも苦労しそうだ。


 後、自分を買い戻したいと思って、アルティナ国に来ている者達には、ラルスの行った行動は少なからず衝撃を与えた筈だ。


 羨望、尊敬、妬み、嫉み


 同じ境遇でありながら、斯くも違いを見せ付けられると彼等はどう思い、どう行動するのか?

 彼を尊敬し、自らの励みとする者もいれば、彼を羨み足を引っ張ろうとする者も出るだろう。

 妬み、羨む者達は、バゼルに加担して噂を広めていたようだ。


 やはり人とは恐ろしいものだ。

 グラスランナーであるザームエルも、長年の経験を積んだが未だに人という種族は恐ろしいと思っている。

 他種族とならまだしも、同族ですら殺しあう生き物なのだから。

 

 もし、ラルスが、此の事を想定して自らを買い戻すタイミングを計っているなら狡猾な事だ。

 ラルスの人柄は、アドルフにより聞かされているので多少は贔屓目にも見てしまうが、やはり人族としての恐怖を感じる。


 エルナの店に入っても物怖じしない態度も可笑しい。

 幾ら肝が据わっている奴隷の子がいたとしても、見た事も入った事も無い高級な店で平常心を保てるとは思えない。

 普通は、多少なり動揺するだろうし、怖気ずく姿を見せるものだろう。


 ところが、アドルフの報告を聞くと、高級な場所に慣れているのか堂々と振舞い、言葉遣いも丁寧に出来た様子だ。

 貴婦人然としたエルナに対して、少なからず対等に話が出来た事になる。

 アドルフは物怖じしない肝っ玉の座った子だと褒めていたが、それは違うだろう。


 高級な空間に慣れているのか、はたまたエルナの店以上の高級な場所を知っているかだ。

 言葉遣いからも、そういった場所での経験を多少なりとも積んでいるように思える。

 ラルスという人物は、その生い立ちに似合わない行動をしているのだ。


 まだまだ色々、ラルスの事は謎が多い。

 資金集めに売った、剣は何故高値で売れたのか?

 エルナの店に卸しているビロードはどうやって作ったのか?

 そもそもビロードの製法を何故知っているのか?

 ポーションは?

 鋼鉄の剣は?

 天孤を倒した方法は?


 尽きる事無く浮かぶ疑問。

 それらを出来る限り調べているが、浮かんだ疑問さえ気にしなければ、別段不審な点は無く本人から真相を聞く以外に辿り着けそうにない。

 

 ラルスが冒険者ギルドに来た時、ザームエルが思った事。

 『勇者になるのか魔王になるのか』

 その思いが益々現実味を帯びてくる。


 だから、敢えて『ぼんくらラルス』の汚名を広げるよりも『小さな勇者』として名声を与えた。

 まだラルスという人物の本質も解らない内は、勇者として周りから必然的に称えられる方が良いと判断したのだ。

 もちろん噂だけだ、其処には意味はないかも知れない。


 言葉には人に影響を与える力がある。

 『小さな勇者』と呼ばれる事で、彼をその様に振舞わせる事が出来る。

 逆に『ぼんくらラルス』と呼ばれ、自分をそう呼ぶ人々に憎悪を抱かせ、ラルスが歪んでしまう方が危険だ。

 復習と言う名の自己正当は甘美な魅力がある。

 それに飲み込まれないようにした方が良いのだ。

 もし、『ちいさな勇者』として振舞う事が出来無かったとしても、魔王とは成らないだろう。


 アドルフの報告を聞きながら、自分の思考を纏めていた。


「だぁーでもよーマスター。こんな報告意味があんのか?」


 アドルフは自分の自慢話が済むと、調子よくそんな事を言う。

 散々自慢しておいてどうかと思うが。


「ホホホ、意味はあるぞ?こうしてアドと話が出来るという別の楽しみも増えるでの」


「っけ、相変わらず子供扱いしやがって」


「そう怒るなアド。小さい頃から知っておるんじゃ、孫見たいじゃからの」


 本心は隠しながら、でもアドルフを思う気持ちを素直に言う事で、何を考えていたかを誤魔化す。

 誤魔化しついでに、ザームエルは1つの懸念を話し出す。


「ところでアド、最近の町の様子はどうじゃ?」


「お?ん~そうだなー、あんま景気が良くねえかな。物が高くなってきてやがるな。何か問題があるようには思うんだが・・・俺にはわかんねー」


「アドは感じぬのか?」


「感じるって・・・まあ、なんつうか嫌な匂いつうか、キナ臭い匂いかな?そろがどうした?」


「其処まで感じておって解らんのか、ぬしゃー・・・」


「あ!馬鹿にしやがったな!!くうそー爺!なんかあんのか知ってるのか!?」


 考えることは苦手な癖に、匂いには敏感だ。

 町で感じる雰囲気から、ある種の匂いを感じているのかも知れない。

 なのにそれが何かを想像できない点がアドルフらしいが。


 アドルフの敏感な鼻は、やはり適任に思える。

 ただ話題を変える為だったが、ザームエルはアドルフこそ適任かも知れないと思い、ある依頼をすることにした。


「マキアの森は知ってるじゃろ?」


「ああ、隣のカリウス王国との間にあるチンケナ森だろ?」


 アドルフにしたらそうなのかも知れない。

 あまり高LVの魔物が出ない為、冒険者には旨くない場所だからなのだろう。


「そうは言うても、あそこは広大じゃ、魔物こそLVは低いが大地の恵みには長けとるじゃろう?」


「ま、まあな。食いもんになる果実も多いし、鉱山もあるな。確かドワーフが沢山入り込んでいるんだったよな」


「ああそうじゃ、そのマキアの森の中でパキム鉱山が見つかったのは、アドもしっておろう」


「ああ、知ってるぜ。カリウス王国と所有権を揉めてたが、半年毎に交互に採掘する事で決着付いたってあれだろ?」


「そうじゃ、パキム鉱山はカリウス王国とアルティナ国との境界線にあるからの。先代の両国王同士が血を見る事無く政治的解決をした結果、交互に採掘すると決まった鉱山じゃ」


「ん?その鉱山がなんかあったのか?」


「うむ、先月からアルティナ国側の採掘が始まったのじゃが、どうも採掘を妨害する輩が出て来たらしいのじゃ。しかも、彼らはカリウス王国の者らしく、アルティナ国側がカリウス王国に抗議をした所、どうもカリウス王国側は、そんな国民はおらんと突っぱねてきたそうじゃ」


「おいおい、邪魔してるのはカリウスの者なんだろう?白を切るにしちゃ可笑しくないか?」


「うむ、其処が問題でな。不埒者達は確かにカリウス王国の兵装をしておるんじゃ。しかも鉱山の衛兵と揉めて刃傷沙汰にまでなっておる。此処までくれば普通は即会戦になるのじゃが、そうはなっておらん」


「むむむ、爺・・・俺はそういった難しいのは考えられねー。結論を言ってくれ」


「フォホホ、相変わらずじゃの~ちったー考えんか。後、マスターじゃ」


「お、おうマスター頼むよ」


「仕方が無いの、カリウス王国がアルティナ国に手を出したのに、アルティナ国は何ら報復はしておらん。その代り使者を立て抗議をしておる。面子を重んじる貴族ではありえん事じゃ。カリウス王国も抗議に対して知らぬ存ぜぬじゃから、双方の言い分が食い違っておる。まあ、どちらかが嘘を言っておると思うがの」


「ほほー・・・っで?」


「アルティナ国は抗議の後、会戦を準備しだしカリウス王国へ侵攻する算段をしていると聞く。じゃが解せんのは、期間を設けておる事じゃ。半年後に攻め上ると」


「ふむ」


「この半年の間に何を待っておるのか。それが問題なのじゃ」


「っで、何を待っているんだ?」


「フォッフォ、それが解らんから解せんと言っておろう」


「お、おう。まあそうだな」


「じゃからアドよ。少し旅に出てみぬか?」


「ああ?」


「カリウス王国で何があるか、ちょっと見てきてくれんかの?」


「はあああぁ?何でだよ!!」


「仕方が無いじゃろ?会戦が始まれば、ギルドは首都防衛の傭兵として繰り出す。その時にランクB~Cは無条件で参加しなければならんじゃろう?SとAランクはその強さゆえ何処にも所属しないと取り決めがあるのは知っておるじゃろ?」


「だからなんで俺なんだよ!?」


「BやCランクを動かす事無く、周りに懸念されない人事であること。Cランクの腕を持ち、わしの知己でもあり、信頼にたるランクDのお主が行ってくれれば、問題無いじゃろうが」


「・・・そんな理由でかよ」


「ホホホッホ、まあ良いではないか。わしもちょっと気になるのでの」


「っで、断ったらどうなる?」


「ん?断ったらか。そうじゃの、ギルド追放かの」


「んな!!!アホか爺!そんあ事出来んのかよ!!」


「ああ、できるぞ?」


「テメー!!!」


「ふぉ!冗談じゃて。わしからの断ってのお願いといったところかの。断られても何も無いわい」


 アドルフに白羽の矢を立てたのは、もう一つ理由がある。

 ザームエルはラルスを見出した彼の運に掛けて見ようと思ったのだ。

 もしかすると、彼のお人よしが功を奏して、ザームエルの考える事態に遭遇するような気がするのだ。


「頼むアドよ」


 暫し考え込むアドルフ。

 彼もまた、ザームエルがこういった時、何かあることを長い付き合いの中で知っているのだから。


「っち、解ったよ。その代わり直ぐ帰って来るからな!」


「うむ、助かるぞアド」


「っけ、まあなんかあっても8ヵ月後には戻るからな、どんな事があっても!!」


「なんでじゃ?」


「だって、セフィリアの12歳の誕生日までにはけーりてーんだよ!!」


 内心で、ホトホト呆れるザームエルだったが、アドルフの言葉に期待を膨らませる。

 彼なら、カリウス王国で何かに出会うだろう。


「解った、解ったアド。それでも構わん」


「うんじゃあ、出かけるのは何時からだ」


「出来るだけ早く。それでよい」


「わかった。報告はどうする?」


「暫くは良いわい。随分と解ったでの。帰ってきたらまた相談するからその時でよいじゃろう」


「あいよ、うんじゃあ皆を集めて行くとするか」


「あ、それなんじゃがの」


「ん?」


「ドリスと2人で行ってくれんか?夫婦を装って」


「はあああああああ!!!??」


「なんじゃ、驚かんでも良いじゃろう。夫婦の冒険者として2人で行ってきて欲しいんじゃ」


「ちょ??!何言ってんの爺!!」


「ぬしゃー行く事納得したのじゃろ?だったらそうしてくれんと」


 アドルフは更に抗議するが、聞く耳を持たないザームエル。

 最終的に折れたアドルフは、ザームエルと別れ一路帰宅する。

 

 ザームエルは、アドルフを送り出すと、カリウスのギルド宛に手紙を書きしたためる。

 アドリフがカリウス王国で、活動する際の手助けをする為に。

 この手紙の事態にならない事を祈って。

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