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第二十六話 嫉妬と兆し

 人の噂も75日とはよく言ったもので。

 俺が『小さな勇者』と噂が広まってから3ヶ月経った頃にはもう誰も関心が無くなっていた。


 最初の頃こそ、貴婦人に持て囃され黄色い声も聞けたし、男のやっかむ視線も痛かったのに、今じゃすっかり鳴りを潜め只のラルスになっていた。

 

 最近では、あの騒動があった頃よりも、イリスの機嫌が良い。

 それだけが救いだ。

 あの当時、町を歩いていると、俺を見掛ける女性から熱い視線が向けられる度に、イリスが不機嫌になっていたしね。


「ラルス、鼻の下・・・伸びてる」


 顔は真顔で、眼は半眼。

 口だけが口角を釣り上げただけの笑みを作り、俺に注意してくる。

 明らかに嫉妬と解る、イリスの態度にどれ程恐怖したか。

 

 奴隷の子として過ごした子供時代は、俺達と同年代は3人だけ。

 というか、3人しか周りに居なかった。

 俺達が3歳時点で、15歳で買われたの奴隷は18歳になる。


 お姉さんやお兄さん、というよりも親と同じ大人になっている。

 そんな中で、恋心を芽生えさせたイリスにとって、俺しか男は居なかったのだ。

 しかも、絶対に取られる事のない好きな男の子として、揺ぎ無い安心感があったのだ。

 今まで俺を取られるという発想が無かった。

 あったとしても、想像だけで本能的に危機感を覚えたことなど無かったのだろう。


 それが、『小さな勇者』騒動で、俺に興味を沸かせる女性がわんさかと溢れ出したのだ。

 見かける女性の、俺に向ける熱い視線に甘い態度。

 此れにイリスが、過剰に反応するのも仕方の無い事だろう。


 チヤホヤする女性が多くなり、次第に俺への接し方が段々過激になってくると、声を掛けて来たり、お茶のお誘いなどをしてくるようになる。

 そんな周りの態度を見て、次第にイリスの嫉妬心が募り、ついには爆発したのも無理は無い。

 イリスにとって、初めての感情を制御する方法を知らなかったのだろうから。

 イリスの暴挙は、俺が【アルキメイト】を使って、部屋で商品を作って篭る事を利用して、監禁した事だ。


「ねえ、ラルス。今日エルナの店に品物を持っていくんでしょ?」


「ああ、そうだよイリス姉、午後から行こうと思ってるよ」


「それ、私が持って行って上げるから、部屋で依頼品を作る事に集中したらどうかしら」


 笑顔で俺にそう言って、さも負担を無くして上げるよっと言う。

 この時は、本当に作る事に集中したかったし、実際有り難いと思いイリスに任せた。

 最初は、マジでイリスが俺の為に行動してくれることに感謝し、何時もの優しさと勝手に解釈して受け取っていた。


 しかし、何度も同じやり取りが繰り返され、俺の仕入れまで代りに行ってくれる様になると流石に不自然に感じる。

 幾ら何でも一歩も外に出ない日が1週間も続くと、俺だって外の空気が吸いたくなる。

 其処で俺はエルナの店じゃなく、武器屋とか違う店ならイリスも代われないだろうと思い外に出る口実を作る事にした。

 イリスも知らない店までは、俺の代りに行かないと思ったのだ。


「きょ、今日は武器屋のダニエルへの納品だからいいよ。イリス姉も、彼と面識も無いだろうし店の場所だって行った事無いから知らないでしょ?だから今日は俺が行くよ」


「・・・・・・・」


「ね?俺も外に出たいな~っと思うし、イリス姉ばかりに行かせてたら悪いじゃない。だから今日は大丈夫。安心して仕事に行って来て良いよ」


 俺の言葉を聴きながら、次第に顔色が無くなるイリス姉。

 笑顔だった顔も、今や何の表情も見えない真顔である。


「お兄~~~い♪今日はお外にお出・・・・・・・・・」


 午後から俺と一緒に外に行けると思っていたセフィリアが、部屋に入ったきり、イリスの顔を見て言葉途中に固まる。

 セフィリアがそれ以上の言葉を出せずに、ただ部屋の扉を開けたまま身動き一つしない。



「あ・・・っね、イリス姉。ほら、セフィリアも楽しみ「ダメ!!」・・・ええ?」


「ラルス、貴方は此処で製作に励むの。私が場所を聞いてダニエルさんの所に行くわ。商品を頂戴、いいわね」


「えっと、此処最近何故か知らないけど、剣の注文が多くて数もあるし、その・・・重いから俺が行く方が良いと思うなー」


 本当のことだ。

 最近、やけに普通のロングソードやショートソードの依頼が多い。

 大量注文が最近多いと、ダニエルも言っていた。

 俺は、此の事実にある懸念を抱いていたがまだ確信はなかった。


「えっと~、出来たら俺、が行った方が「ダメといったでしょ」・・・ですよね~」


「ラルスは此処で大人しく製作してて頂戴」


「はい・・・」


「後、私が居無いからといって外に出ちゃダメよ。良いわね。此処にいて・ぜ・っ・つ・た・い・よ!」


「・・・・・・・・」


「返事は?」


「はい!」


「うん♪宜しい。ラルスは良い子ね。じゃあ行ってくるから大人しく待っててね。今日はラルスの好きなものを作ってあげるからね♪」


 今までの真顔が消え、それこそ太陽が輝くような満面の笑みを湛えて、イリスは部屋を出て行く。


「セフィリア、ラルスのお手伝い頑張るのよ?お外に行こうとしたら止めてね。お姉ちゃんが帰るまでちゃ~~~~んと見張ってるのよ」


「ふぁい!姉様!!」


「ん♪セフィリアも良い子ね。セフィリアの好きなものも作ってあげるわ。じゃあ行ってきます」


 イリスは俺達が外に出無いと納得したのか、鼻歌を歌いながら仕事に向かって言った。

 残った俺とセフィリアは、2人揃って溜息をつく。


「お兄、お外今日も無理っぽい?」


「ああ、無理そうだね~コッソリ出ても良いけどバレたら・・・こえーよ」


「だよねー。でも何でお姉は、あんなに外にお兄を出したくないんだろう?」


「多分、俺が他の女性にちやほやされてるからだと思うが・・・」


「あ~でも、お兄は全然そういった女性に眼もくれてないのにね~」


「だぜ?信じて欲しいよな~」


「だよね~」


 セフィリアも俺を見て同情してくれる。


「その点、セシリーは信じてるよ♪お兄がお姉と私以外に興味が無いの♪」


「いや、興味って。そりゃ2人は大事だし、俺は2人が好きだよ。だけど、変に意識してはい無いぞ?」


「おやおや、知らないとでも思ってるんですかお兄、フフフ」


 最近成長著しいセフィリアは話し方も普通に成ってきた。

 あどけなく子供だった感じもなくなってきて、イリスに迫る勢いで成長している。

 

 エルフは、人同様に肉体は成長するが、その精神は比較的早く成熟する。

 18歳程度で肉体は保たれ、若い姿のまま200年は生きるのだそうだ。

 魔力も大きく、知能も高い。

 正に、スタートレ○クのMrス○ックのような存在だ。

 でも、ハイスペックな分肉体は脆弱だ。

 人よりも力が弱く、体の抵抗力も弱い。


 逆に獣人の成長は、人よりも早い。 

 獣の遺伝子が入っているからだろうか?

 早くから肉体はどんどん成長して行き、一番肉体的に極まった時点になると成長が止まる。

 そして、そのまま一番良い状態の肉体を維持し続けるのだ。

 寿命は短いが、常に最高の肉体を維持できる所は、獣人の強みである。

 太る事等無い、まあ痩せはするがそれでもガリガリとまでは行かない。

 その分知能は、人よりも劣っている。

 アホでは無いが、魔法も使えないし、難しい事を考えるにも不向きだ。


 そのセフィリアも11歳近くになり女らしい身体つきになってきている。

 つい最近まで子供だと思っていたのに、出る所が出だし背もイリスと同じになっている。

 俺なんか、まだ成長期が来てい無いのか3人の中では一番小さくなってしまっているのにだ。


「ええ?何のことだよ?」


 セフィリアの知る、俺の事って何だろう?

 別に隠している事なんて無いしな~

 俺は、セフィリアの不敵な笑みに隠された秘密を推測できなかった。


「フフ、お姉には黙っててあげるけど~毎朝大変ねお兄♪臭いで解っちゃうよ?」


「ぶふぉあぁぁぁぁあブ~~~~」


 盛大に拭いた。

 いや、もう恥かしくって・・・


「うぉ?な、何・・・何の事だ。つか匂いって、セシリー!お前何処でそんな事覚えた!!」


「え?!そう言われても~獣人だし、臭いに敏感なんだもん。それに解るのは・・・・その~・・・本能?」


「はぁ?セフィリア!お前そんな事他所でしてないよな!!お兄ちゃんは許しませんよ!!」


「ちょ!してないししないよ!!お兄が好きなのにするわけ無いじゃん!!」


「え・・・・」


「あ・・・・」



 イリスの寄せる好意は慣れている。

 だが、セフィリアの好意はあくまで妹が兄を慕うものだとばかり思っていた。

 明確な男女の好意を向けられたのは、初めてかもしれない。


「ま、まあ兄妹だしな。好きと言われればお兄ちゃんは嬉しいぞ」


 セフィリアの言葉に、俺は咄嗟に兄妹愛と勘違いした振りをする。

 流石に俺も、突然の事で動揺したのだ。


「あ、あははははは。そう、そうだよお兄、兄としてお兄が好きなんだ~♪」


「「あははははは」」


 セフィリアも兄妹愛の言葉として誤魔化して来た。


「でも、今はそうしておく、今はね」


「そっか」


 本人の意思がどれ程かは解らないが、今の兄妹のあり方を壊したくないのだろう。

 セフィリアの言葉に、俺も今はそうしようと頷く。


「うんじゃ、お兄の手伝いするか~」


「ああ、じゃあ頼むわ」


「あいあいさー」


「っぶ、何処で覚えた」


「ん?さーどこだろ。それよりチャッチャとしようよ♪」


「あいよ」


 2人して、部屋の中で物作りに励む。

 慣れたもので、セフィリアが居てくれると俺の試作も順調だ。

 最近ではミスリルとオリハルコンの製造に成功している。


 元の金属が手に入り、製造が可能になったのだ。

 ミスリルの素材は、アルミニウムと銀に少量の魔核に幾つかの端材。

 その中の魔核の存在が、なかなか高価の物で手に入れにくいのだ。

 ミスリルが魔力を良く通しやすいのも魔核のせいかもしれない。


 此れを手に入れる為に、貯めたお金がぶっ飛んだのは言うまでもない。 

 だが、それでもミスリルは作って置きたかったし、俺の買取をを後回しにしても優先したかった事だ。

 まあ、おれ自身の事はまだ理由があるがそれは今は置いておく。


 魔核とは最高位にランクアップした魔物が、長年体内に溜め込んだ魔力が結晶となって宿るもので、そうそう取れるものではない。

 最高位にランクアップした魔物を倒す冒険者が少ない事と、倒される魔物も数が少ないのが理由だ。


 魔核自体には、然程利用価値は無いが、魔力を通しやすい点から、護身用の装飾品として扱われていることが多い。

 魔法の杖などに使われる魔石のように増幅効果はないが、素手の状態で魔法をより効果的に使えるようになるのだそうだ。

 それを、ダニエル経由で無理を言って、何とか手に入れた。


 調合比率は【アルキメイト】なので関係ない。

 材料さえあれば、ちゃちゃっと作成できた。


 この要領で、オリアハルコンも作る。

 オリハルコンは玉鋼に、ミスリルを混ぜて作り出せる。

 ただ、玉鋼が問題で、あれは砂鉄をたたら吹きで作り出したけらからでた、ほんの一握りしか出来ない粗鋼だったように思う。

 

 此の世界でまず、砂鉄を集める事をどうやってするかだ。

 磁石が無い、というか磁石が存在してるのか?

 今まで磁石らしきものは【鑑定】で見つけられていなかった。


 諦めかけていた所で、北の魔族が住まうアーリラダ王国に、鉄にくっ付く石があることを風の噂に聞き、冒険者ギルドに依頼を出して入手をお願いする。

 随分掛かったが、無事依頼を達成する冒険者が現れ、磁石を手に入れることが出来た。


 砂鉄は海岸や川岸にある事が多いと覚えていたので、近くの川岸で試したが無かった。

 そこでまた、依頼を出して砂鉄集めをお願いし、ようやく最近手に入れた。

 此れをもとに【アルキメイト】で玉鋼を作成。

 たたら吹きと違い、100%で出来たのは嬉しい誤算だった。


 ミスリルと玉鋼を元に【アルキメイト】でオリハルコンが出来た時は、感動して小躍りしたほどだ。

 手伝ってくれたセフィリアとダンスした。

 後で考えると、異様なテンションだったと思う。

 

 話を戻そう。

 俺を外へ出さないように、イリスが俺への監視監禁が暫く続いていたのだが、更に悪化する出来事が起る。

 噂がピークになった頃に、イリスが思いつめて鉄製の鎖を手にして戻ってきた時は吃驚した。

 鎖を手にして、ブツブツ言ってた時は、マジで俺とセフィリアは引き攣った。


「私だけのものにするの。出さない、出さない、出さない、出さない、出さない、出さない、出さない」


 と聞こえたので、もうガクブルだった。

 俺は必死に他の女性には興味が無いと説明し、セフィリアが俺を庇って説得してくれて事無きを得たが、あのままだったらどうなっていたかと今でも寒気がする。


 別に鎖が怖い訳では無い。

 俺の力やスキルがあれば、全く問題になる事は無い。


 それよりも、イリスの精神状態が不安だったし、守ると決めたイリスを無碍にしたくなかったのだ。

 母親達の願いを引き継いだ俺は、イリスが幸せになってくれないと駄目なのだ。

 俺が力に訴えて、イリスの暴挙を跳ね除けないのは、そういった理由からだ。


 それから、噂が収まるにつれ、イリスも徐々に落ち着いていく。

 セフィリアも俺を見張っているからと言うのが、最終的には効いたのか、今では何時ものイリスに戻っている。

 初めての感情に戸惑い、心の均衡が保てなかっただけと俺は思っている。


 イリスが上機嫌で居てくれる今。

 俺は、帰り道であの頃を思いだし、苦笑しながら尋ねる。


「イリス姉、今日は何にしようか?」


 エルナの店の納品がてら、仕事帰りのイリスと夕食の買い物をしている。

 セフィリアはアドルフとドリスに、剣の稽古を付けて貰いに出ていて、帰りが遅くなるかもしれない。


「そうね、もしかしたらアドルフさんとドリスさんも来るかも知れないし、肉料理を添えようかしら」


「あーそっか、可能性あるもんね」


「飲みだすと肉を欲しがっちゃうから」


「だね~アドルフっていっつもエールを樽で持ってくるからな」


「フフフ、そうね~アドルフってそう言うとこは抜け目無いわよね」


 2人で顔を見合わせて笑いあう。


「もし来なかったとしても、明日の昼に回せば良いでしょ。問題ない?ラルス」


「ああ、いいよ。煮込んでおけば日持ちするしね」


「じゃあ、そうしましょう」


 2人して、パンとチーズ、野菜と肉を買い込み、家路を急いで帰宅する。

 家に帰ると、それぞれに別れ自分の事をする。

 俺は自分の鍛錬の為に、部屋で剣を振るい型をなぞる。

 イリスは、5人はゆうに食べれる位の食事の準備をしていた。


 イリスの勘では、アドルフにドリスも来るのかも知れない。

 こなかったら、そのままアイテムBOXに放り込み、明日の朝火を入れれば良い。


 セフィリアが帰ってくるまでにはまだ時間がある。

 夕食もその頃に合わせて、じっくりとイリスが仕上げるだろう。

 俺は、時間の許す限り、剣の稽古に勤しむ事にした。


 辺りも暗くなり、そろそろセフィリアの帰宅かなと思っていると、玄関のドアが勢い良く開き、セフィリアとアドルフ、そしてドリスが息を切らして駆け込んできた。


「お姉!!お兄!!!せ・・・戦争が始まる!!」


 セフィリアは開口一番叫ぶ。


「ちょ!落ち着けセシリー。まずはラルス達に説明しなきゃなんねーだろ?」

 

 アドルフが興奮しているセフィリアを宥めながら、俺達に声を掛ける。


「ラルス、イリス、ちょっくら話がある」


 アドルフの真面目な顔に、俺達は居住まいを正して話を聞くことにする。


「実はよー・・・・」


 アドルフは席に着くなり話し始めた。

 俺の懸念は当たらずも遠からずと言った内容だった。

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