第十八話 パステルとの別れ
温かい温もりが体を包み、痛みが引いてくる。
背中の苦痛も治まり、体中に力が戻ってくる感じがする。
次第に覚醒する意識に、俺はさっきまでの戦闘を思い出し瞬間的に目覚めて体を起こす。
「っ!イリス、セフィリア!無事か?!パステルさんは?パステルさんは大丈夫か!!」
起き上がり周りを見渡すと、見知らぬ人が驚いた顔で見詰めていた。
「えっと~そんなに慌てないでいいから。ゆっくり起き上がるといいよ」
笑顔が様になるイケメンが其処にはいた。
若い感じだが、醸し出す雰囲気から優しさがビンビン伝わる位に善人な人だ。
そのイケメン男の手が、俺の胸の傷を癒そうと光っているのが解る。
それは、目覚める時に感じた暖かさと同じだったからだ。
「もしかして治療してくれてるんですか?」
「お、解るかい?そうだよ。だから安静にしてくれるかな」
俺は男の言葉に素直に従って、癒しを受け入れる事にした。
落ち着いて周りを見ると、獣人の女の人に年取った人族の男の人。
そして、遠くには如何にも熊という大きく邪悪な顔をした獣が居る。
咄嗟に警戒を強め、体を動かそうとしたらイケメンに抑えられた。
「あ、彼は大丈夫。熊の獣人のアドルフだよ。俺達のリーダーさ」
イケメンの説明に、俺はポカンと口を開けて固まってしまった。
あれがリーダー???
大丈夫だと??
「あ~信用してないね。じゃあ証明してみようか」
そう言って男は熊に向って大声を上げる。
「アドルフ!笑顔でこの子に手を振ってよー!」
あの熊の名前はアドルフなのか?
俺は注意深く熊を見ると、その熊が俺に向って笑顔で手を振ってきた。
しかし、その笑顔はとても笑顔に見えない。
何を言ってるか解らないかもしれないが、笑顔なんだが笑顔じゃない。
どっちかって言うと獲物を狙う獣の笑いに似ているからだ。
「ね、大丈夫でしょ?」
男は俺を見て、安全である事を告げてくる。
こっちは本当に笑顔の似合う男だ。
男でも取り込まれそうなくらいにイケメン力を発揮して俺を安心させようとしている。
「ップ、やっぱ無理よねーアドルフじゃあそうそう警戒も解けないわよフランク」
「ドリス、そうは言ってもちゃんと説明してあげないと」
癒してくれているフランクに向って、獣人の女性ドリスが話しかけてきた。
「始めましてラルス君。私はドリスよ。そして彼がフランク。向こうでパステルさんを見ているのがオイゲンね。そして今の熊さんがアドルフよ。よろしくね」
「あ、えっとはい。よろしくです」
「ん♪よろしい。じゃあちょと来てくれる」
挨拶もそこそこに、俺はパステルの方に連れて行かれた。
ドリスに伴われ、パステルの側に来るとイリスとセフィリアが俺を見て声をあげる。
「ラルス!!治ったの・・・良かった・・・良かった」
「お兄!ご免何も出来なくって。体治った?・・・それと、ありがとう。助けてくれて」
イリスもセフィリアも心配してくれたようだ。
「ラルス・・・あのね、パステルさんなんだけど・・・もう・・・もう・・・グスグス」
イリスは泣き虫になったのかもしれないな。
でも仕方ないかもしれない、色々あったからな・・・
それに今、初めて親に近い人に死を見ようとしているのだし。
「お兄・・・母さんもう駄目かもしれないって・・・どうしようお兄・・・グスグス」
セフィリアも泣き出すとは、まだ9歳のセフィリアには酷な事だ。
それでも、母親の死に際してまだこうやって事情説明が出来るならマシかもな。
やはりセフィリアは強い子だ。
だからと言って、それに胡坐をかいていてはセフィリアを支えてやれない。
生まれて初めて目にする死が、自分の母親と言う事は後に緒を引く可能性がある。
俺は健気に強くあろうとするセフィリアを、これから支えてやら無いといけないと強く思う。
「パステルさんは助からないのか?」
俺が問い掛けるとオイゲンが変わりに答えてくれた。
「治療の出来ぬ身じゃが、経験と知識は豊富じゃ。ワシの見立てでは、毒がもう心臓に達しており体力も無い。しかも無理をしたんじゃろう、彼方此方が傷だらけで失血も多い。フランクの癒しでも無理じゃろう・・・」
オイゲンが説明しなくても覚悟はしていた事だ。
イリスもセフィリアも何処かで解ってはいる事だ。
可能性があるかもと思っていたが、それが無いと解ったら後はパステルを安らかに送るしかない。
「そうですか、ありがとう御座います」
俺は頭を下げてオイゲンに礼を言う。
「いやいや、当たり前の事じゃて。律儀に礼を言わんでもええて」
「でも、パステルさんは俺達にとって母同然の人です。少しでもパステルさんを看て頂いたならお礼を言わないといけません」
「そうか、では其の礼、確かに受け取ったぞい」
「はい」
オイゲンは俺の礼を受け取ってくれた。
こんなやり取りが何の意味もない事は知っている。
でも、パステルの最後に当たって、俺は出来るだけパステルさんに託された思いに答えられる男として振舞いたかったのだ。
オイゲンはそれを見越していて、合わせてくれたのかも知れない。
「ラルス君、パステルさんがあなたが気が付いたら話しがしていって言ってたのよ。傍にいってあげて」
ドリスに促されて、俺はパステルの傍に行き、顔の近くに座り込む。
イリスもセフィリアも俺の両側に座り、パステルを覗き込んでいる。
「パステルさん、ラルスです。来ましたよ」
俺が声をかけると、閉じていた目を薄っすらと開けパステルが反応する。
「ラルスなの?ラルス来てくれたの?」
「はい、ラルスですよパステルさん。傍にいますよ」
「そう、ラルス来てくれたのね、有難う」
俺が来た事を確認して、パステルは俺に向って最後の言葉を伝えてくる。
「ラルス、見事でした。これで私も安心して逝けます。どうかずっとイリスとセフィリアを守ってあげてね。お願いよラルス・・・お願いね」
パステルは俺の手を取り、力強く握ってくる。
その力に、俺はミリアリアの足を掴む姿が重なった。
「はい、母クリスティンにそしてミリアリアさんの想いと、そしてパステルさんの願いを受けて守り抜きます。だから安心して眠ってください。起きたらまた一緒に串焼きを食べて、パステルさんに鍛えてもらわないといけませんから」
「フフ、そうよね。また串焼きを食べましょう。そして貴方達が自由になる姿を、クリスとミリアの変わりに見届けないといけないものね」
「はい、そうですよ。だからアルティナ国で一緒に暮らすんですからね」
実際にはパステルは暮らせない。
でも、今は夢を語ってもいいじゃないか。
「ええ、アルティナ国で一緒にね」
「ええ」
パステルは安心したように笑みを浮かべて笑っている。
「イリス、ありがとう。ラルスお願いばかりでごめんね。セフィリア、ああ、愛しい子。また会いましょうね。少し眠いから、寝させてもらうけど、後でね」
そう言って、パステルは目を閉じた。
俺の手を握っていたパステルの指から一本一本力が抜けていき、すり抜けるように地面に落ちる。
「母さん!!!!!!」
セフィリアは大きく声を上げ、パステルの胸にしがみ付く。
「パステルさん・・・ありがとう御座いました。ありがとう。ありがとう」
イリスはパステルの頭を撫でながら、頭を下げお礼を何度も繰り返す。
俺は、落ちた手をパステルの胸に戻し、反対の手と組み合わせてやる。
前世で良く知る行為であり、胸の前で手を組み合わせて祈るようにしたあげた。
「変ってるけど、良いともらい方ね」
ドリスはそう評価して、パステルに向って目を閉じてくれた。
「うむ、実に良い送り方じゃ。ワシも祈らせてもらおう」
オイゲンも目を閉じ、パステルに祈りを捧げてくれる。
「では、私は祝詞を上げましょう。パステルさんの魂が安らかたらんと」
フランクは朗々と何か言葉を紡ぎ、パステルの為に祝詞なるものを唱えだす。
其の声に、イリスもセフィリアも泣きながら目を閉じ、パステルの死を安らかたらんとしている。
一同にパステルを見送り、俺達は改めてドリス達にお礼を言って、今後に付いて語り出した。
川辺で、焚き火を起こし俺達の境遇から説明し出す。
この時ようやくアドルフが合流した。
イリスもセフィリアもようやく慣れたのか、アドルフに頭を下げ謝っていた。
「でっだ、なんていうかその。まずだな大体解った」
俺達の説明を聞き、アドルフが代表して感想を言ってきた。
「ただな・・・まあ、ラルスが天狐を倒したのが信じられねー」
「そうでしょうね、俺も驚いています」
境遇や経緯は直ぐに理解してもらえたが、天狐の件だけは信じられないといった感じだ。
そりゃあ10歳の子供がAランク冒険者でも梃子摺る天狐を倒したのだから信じるには難しい事だろう。
「まあ、嘘か真かなんざー言い合ってもしかたねーな。取り敢えず俺は天狐の解体をしてギルドに持ち帰るわ。その際、ラルスにもギルドで検査してもらうしかねーわな。いいか?」
「はい、そう言われるなら従います」
「ああ、すまねーな。それとパステルさんの遺体の事だが。言い難いんだがどうしても言わなきゃいけないと思うから言うぞ」
アドルフの言葉はぶっきら棒だが、どこか俺達への労りが随所に感じて嫌な気持ちにならない。
本当に必要だから言ってくれるんだろう。
「はい、言ってください」
「このまま放置するしか出来ねー。だがそうすると遺体は魔物に食い散らかされっちまう。穴を掘って埋めても同じだろう。どうする?持ち帰る事も出来ないしなー大切な人の遺体だからお前達の意見を聞いときたいんだ」
いい人だなって印象を受けた。
多分、普通なら聞かずに放置していくんだろう。
それなのに俺達に気を使ってくれている。
「焼こうと思います」
「ふぉ?焼くのか」
「はい、灰にしてしまえば跡形も残りません。パステルさんの遺体を汚すものが無い方が俺は良いです。イリス、セフィリアどうかな?」
前世の習慣がある俺は、火葬を提案する。
「ラルスの言う通りでいいわ。私もパステルさんが魔物に何かされるなんて嫌だもの」
「うん、母さんを守ってくれるならそれでいいよ」
イリスもセフィリアも同意してくれた。
これで懸念はないはず。
アドルフに向って、俺は頷いて見せた。
「そっか、じゃあ早くしな魔物が臭いで寄ってくるかもしてねーからな」
「はい」
「其の後は、俺達と一緒にアルティナ国の王都、キリエのギルドに言って貰おう。其処で事情説明と検査が終われば、お前達の好きにしな。もしなんだったら・・・お・・・俺が助けてやってもいいぞ?」
照れ臭そうに明後日の方向を見ながら、俺達を助けるというアドルフ。
そんな彼を微笑ましそうに見るドリス。
オイゲンはヤレヤレといった風に顎鬚をなでて笑っている。
フランクは当然と言う風に、俺達に笑顔で頷いている。
良い人たちに出会ったよな。
素直な感想を胸に、皆の了解が取れたことでパステルの火葬にかかる。
火葬準備の間に、アドルフとオイゲンは天狐の死体処理に向った。
俺は、アイテムBOXから溜め込んだ枯れ枝を取り出し櫓を作る。
其の上にパステルの遺体を乗せ、勢い良く火魔法を使おうとして失敗する。
火魔法は【九尾 鬼炎三連】に融合されてなくなっていたのだ。
俺がマゴマゴしているので、皆も如何したのかと顔を見合わせている。
今はまだ良い人たちと言ってもアドルフ達に【九尾 鬼炎三連】を見せるわけにはいかない。
そこで、天孤の解体から戻った、魔法使いなオイゲンの頼む事にした。
「あの、オイゲンさん火魔法を放ってもらえますか?」
魔法使いなら火魔法は使えるだろうと踏んでオイゲンに聞く。
「うむ、よかろう」
そういってオイゲンは呪文を唱え【ファイアーストーム】を放ってくれた。
オイゲンの【ファイアーストーム】により、櫓は勢い良く燃えパステルの体を焼いていく。
赤々と燃える炎を見て、俺達はパステルの魂が天国に向える事を祈る。
でも、灰にするには高温じゃなきゃ無理だったんじゃね?
燃える炎に俺は失敗したかもと焦る。
灰にするには確か2,000度もの火力がいったはずだが、燃え尽きるだろうか?
【ファイアーストーム】の温度が解らないが、パステルの遺体を焼いているのは確かだ。
枯れ木を更にくべ、火を大きくし出来るだけ焼けるようにしてみる。
徐々にその体を燃やし、パステルの遺体が原型をなくしてきた。
嫌な匂いが立ち込める。
それでも、俺達はパステルの遺体を出来るだけ留めない様に火を強くする。
随分と焼き、なんとか骨だけになった所で俺達はその場を後にした。
これ以上は魔物との遭遇を引き起こす可能性が出る。
まだ火も燃えているし、もう骨だけになっている。
後ろ髪を引かれるが、俺達はその場を後にして、アルティナ国に向った。
逃亡編完




