第十一話 パステルの意思
「先制攻撃は任せて」
「わかった、お姉が攻撃したら俺が飛び込むから。セフィリアはそのままイリス姉の防御を頼む」
「ん♪お兄任せて」
「あいよ」
「いくわよ!」
イリスが弓をつがえて、狙いを定める。
今俺達の前にはゴブリンの集団がいる。
パステルの訓練はまだ続いているが、こうやって最近では実戦訓練を優先させている。
パシュ!!
イリスの放った矢が、ゴブリンの1匹に当たった。
距離にして150mは離れているのに、見事射止める。
イリスが手にしているのは俺の作ったアーチェリーだ。
【アルキメイト】の実験により手ごたえを感じて試行錯誤の上完成させた一品になる。
だが、此れだけでは150mも矢が進むことはない。
普通90mを基準に競技が行われるくらいだ。
故に倍以上の飛距離が出ている事になる。
その理由は、イリスが魔法を矢に纏わせているからだ。
パステルの助言により、イリスは見事に自力で魔法を習得したのである。
彼女の適正は、風と水魔法。
パステルさんからLV1の呪文を教えてもらい、次の日には発動させていた。
そこからは毎日の様に魔法の訓練と弓の練習をして今に至る。
特に風魔法は【ウィンドウ】しかし出せないのに威力は抜群だ。
エルフだから凄い、と言ったわけではなく、俺と奴隷部屋で魔力操作を練習していたため、比較的スムーズに魔法習得に繋がったそうだ。
更にLV1しか発動できないので、いかにして有効に使えるかを検討した結果。
矢に【ウィンドウ】の威力を乗せ、放つ事に成功したのだ。
魔力を操る事にセンスがあったのだろう。
イリスは弓と魔法を巧みに使い、後衛としての戦闘力を上げていた。
2本目の弓をつがえた所で、俺は走り出す。
「いってくる!」
「気をつけて!」
先制が利き、うろたえるゴブリンの集団に向って走り寄る。
俺の姿を確認して、臨戦態勢になるゴブリン達。
そこに後ろからイリスの放った矢が飛んできた。
遠距離武器を持っていたゴブリンは矢に貫かれて倒れる。
イリスは俺を見かけて、弓をつがえたゴブリンを容易く屠ってくれる。
本当に頼りになる姉だ。
ゴブリンは視認出来ない距離からの攻撃に戸惑い、戦列を崩す。
そんなゴブリン達の中で1匹だけが、身動きせず何か呟いている。
呟くゴブリンの姿に、俺はゴブリンウィザードだと目星を付ける。
前にも同じ事があり、気付かずに魔法攻撃を受けたのだ。
まあ、お陰で俺は人生初の【ラーニング】が発動し、火魔法LV2を無事取得。
【ファイアーボール】を打てるようになった。
必然的に火魔法LV1【ファイア】も使えるので、火を起す事が楽になったのは言うまでもない。
攻撃手段よりも、火を起こす事の方が便利だと思ってしまうのがちょっと笑えるが。
ブツブツ言っていたゴブリンの詠唱も完成し、俺に向って【ファイアーボール】を放ってきた。
この世界の魔法はロック式になっていない。
その為狙いをつけて当てる必要がある。
つまり、魔法も避けることが出来ると言うわけだ。
ただ、発動地点を意識しているので、突然火の玉が現れ飛んでくる。
何処に現れるかが解らない為、魔法攻撃の危険は大きい。
範囲魔法なら、避けることも難しいだろう。
俺は出来るだけ動きをつけて、狙いを付けれないようにする。
ゴブリンウィザードの放った【ファイアーボール】は動き回る俺を捕らえられず当たらなかった。
魔法を避けきり、一気にゴブリンウィザードに迫る。
魔法使いに共通する肉体的弱さはゴブリンも同様だ。
動きも遅いので、俺の接近に対応できない。
小太刀を抜き、ゴブリンウィザードを袈裟懸けに切り付ける。
見事ゴブリンウィザードを屠り、残る集団を迎え撃つ。
この間にもイリスの矢は順次打ち込まれ、ゴブリン達を1匹1匹確実に倒していく。
2匹ほどイリスの方へ向かった者もいたが、セフィリアのセミロングソードの餌食となっていた。
8匹いたゴブリンも残り2匹。
気を引き締め、残る2匹に向かい小太刀を振るう。
既に戦闘慣れしつつある俺達の敵ではなかった。
その後すぐに2匹とも倒す事に成功し、また敵を求めて移動する。
イリスとセフィリアと歩きながら、装備の点検も欠かさない。
セミロングソードは痛みも無いようで、手入れは要らないだろう。
イリスの使った矢は、回収できた分以外【アルキメイト】で作成し再補充する。
「ホント、ラルスがいるから楽よね~普通もっと苦労するんじゃないかしら?」
「ん♪お兄は凄い~」
「いや、まあそうかもな」
【アルキメイト】というチートを使っているだけで其処まで感激されると恥かしくなる。
「それに魔法まで使えるようになるんだもの。流石私のラルスね♪」
「ん~セフィリーも~」
「ハイハイ、私とセフィリーのラルスね♪」
「うん♪」
いや・・・【ラーニング】で取得しただけで。
俺も呪文を聞き試したのだが、魔法の適正がどれにも無かった。
ぶっちゃけ皆無と言っていい。
魔力はあるのに、魔法は使えないとは言えないし【ラーニング】で覚えましたともまだ言えない。
何時かは言わないといけないだろうが、なかなか言い出せないのだ。
ちなみに魔力を操作して傷を癒すのはまた別のようで、魔法ではないようだ。
多分、自己治癒能力を他人に無理やり掛けている様な物だと憶測している。
「さて、言われた目標討伐数にも後一息よ、頑張りましょう♪」
「ああ」
「うん♪」
俺達は意気揚々と狩りの続きを行っていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この森に入り1週間。
拠点を決めて訓練に1月。
子供達3人だけで実戦を始めて3ヶ月が経った。
随分俺達も強くなり、3人でならオークも何とか倒せるまでに成長する。
いくら【ラーニング】がチートでも、スキル持ちの魔物がそうそういる筈も無く。
この森で出会える魔物では、大したものは取得できないままだった。
辺境とは言え、人が移り住む土地の近くの森だ。
広大な森林があっても、魔物が強力だったら移住できないだろう。
その意味でも、この辺の魔物のLVは低いと考えられる。
俺は何時もの生活用品や装備の点検再生産をしながら【ラーニング】の考えを纏める。
今日は何時もと違い、パステルと夜番だ。
此処1ヶ月、ローテーション制になった。
どうも、パステルが個人個人と内密に話をする時間を作りたかったみたいだ。
「ラルスは相変わらずマメね~」
「皆の命が掛かってますから」
「まあそうね。いつもありがとね」
「いえ、此方こそ俺達を導いてくれて・・・」
「フフ、当たり前でしょ。クリスとミリーとの約束だもの」
普段しない死んだ母親達の名前が出る。
暗黙の了解か、その辺は皆意識して話題にしないのに。
話題を変えようと、今まで聞けていなかった俺の疑問を聞くことにした。
「と、ところでアルティナ国って何処か知ってます?」
「ん?ラルス何処でアルティナの名前を知ったの?」
「いえ、昔何処かで聞いた事があって、何処なのかなーって」
「ぶっ、ラルス。クリスの出身国くらい知っておいた方がいいわよ」
「ええ?母さんの?」
「っそ、アルティナ国はクリスの生まれた国で、貴方を身篭っていた時はアルティナにいたらしいわよ」
っち!あの神め!
確かに転生先はアルティナ国だが、まさか意識も無い胎児の時とは・・・
何処までおちょくってやがるのか。
それに、話題を変えようとして藪蛇になった。
母達の話題から離れる事が出来ない。
「そうですか・・・」
「ええ、そうよ」
暫く無言になる2人。
流石に気まずいな~っと思っていたら、急に真剣な声でパステルが話し出した。
「ラルス、貴方隠し事があるわよね?」
「ふぇ?」
「貴方の隠し事次第で、私も覚悟が出来るの。そして目指すべき方針もね」
「何で急に?」
「時間がね、もう迫ってるのよ」
「????」
「解らなくていいわ、兎に角貴方の隠しているものを教えてくれる?」
「そ・・・それは・・・」
言いよどむ俺。
神に貰ったチートをどう説明するか?
多分前に言った時に余り追求してこなかったのも、何か訳があったのかもしれない。
「急には言えない・・・かな?じゃあ私の話を聞いてくれる?」
「・・・ええ」
「まずね、貴方達をアルティナ国に送る事が最終目的なの」
「アルティナ国に?」
「そう、アルティナはこの森を抜け、北に行けば辿り着けるはず」
「じゃあ何でこんな所で訓練なんてしているんですか?」
「ふふ、それはね強くなっておいて欲しいから。それと貴方達の身を買えるだけの物資を出来るだけ調達するためよ」
まさか正攻法で身分解放をする為の資金集めを考えていたのか。
「もちろんセフィリアが10歳になるまで待ちたかったけどね。10歳になれば商業ギルドに登録が出来てそこで物の売り買いが貴方達なら認めてもらえるのよ」
「でも所有権は?」
「その辺はライド王国とアルティナ国の法の違いね。アルティナ国では奴隷の子供は意思があれば金策の保障を国がしてくれるの。もちろんギルドに登録するんだけど、その際上納金を取るから国としても儲かる。解放されたい人達は必死になって働き、お金を貯める事が出来る。貯めた人は主にお金を支払うし、もし貯め切れなかったら奴隷はそのままだから所有者も損はしない。あくまで救済措置があるって事ね」
「そんなに上手い話があるのかな」
「そうね、貯め切れない人も多いわよ。でも貯める手段を保障されるし、その間はギルドで働けるの」
「ふむ」
「12歳になれば冒険者ギルドにも登録できるし、報酬は大きくなる。むろん15歳までは危険な依頼は受けれないけど格段に金策が楽になるわ」
「冒険者か」
「そ、その為には強くないといけない。だから訓練をしているの。で、十分強くなったら森を抜け、『森で道に迷い逃げた先がアルティナ国でした』と嘘つくわけよ」
「そんなの通るんですか?」
「ええ、言い訳なんて何でも言いの。要は国の利益になる事、逃亡の意思が無い事さえ示せばアルティナ国では通るのよ。ライド国では無理だけどね。だからライド国では奴隷が外に出ないようにしてるんだけどね」
「戦争にならないんですか?」
「その辺は協定なのかしらね~一応今の所ライド国からアルティナ国へ流れる奴隷は、私達みたいに何らかの事情で逃げ出せた者だけだからかしらね」
「結構あいまいなんですね」
「そ、曖昧なのよ奴隷のことなんてね」
そう言ってイリス達の方を見るパステル。
奴隷の身分の悲しさを、娘達にはさせたくないと言うように。
「で、戻るけどラルスの隠し事次第で私も覚悟が出来るの、言ってくれない?」
パステルの言葉に、俺は意を決する。
どうせイリスやセフィリアにも何時かは言わないといけないし。
それに、パステルの真剣な眼差しが今後の事態を左右する気がしたのだ。
「パステルさん・・・実は・・・」
こうして俺はパステルに全てを話す。
聞いていたパステルは信じられないといった顔をしたが、俺の能力を見ていたのか最後は納得した。
「そっか、これで心置きなく貴方達を送り出せるわ」
「ん?」
俺達だけ?
なにか違和感がある。
「後で2人にも言うけどね、私達は盗賊の襲撃を予想していたの。だから3人で決めていたのよ。命を懸けて貴方達3人を必ず連れ出し、奴隷から解放させるってね」
「母さん達が?」
「そうよ、ずっと決めていたのよ。3人でね」
「・・・・」
「さて、貴方の秘密も聞けたし明日からは私も森に出張るわ」
「え?」
「え?じゃないでしょ。残った時間で強い魔物からスキルを奪って行きましょう」
そう言ってパステルは俺を見詰める。
「ラルス。あの子達を守ってね。お願い」
「もちろんですよ」
「ん?いい返事だ」
こうして交代の時間まで俺はパステルと話し合った。




