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帰国前夜

大学のファイナルテストが終わって、寮を明け渡すまでは少し間があった

早々に帰国した人もいたし、旅行に出た人もいる

離れていく友人と近場に旅行に行ったり、寮でパーティをしたり

そんな気楽な日々が数日続いた


帰国する前日だった

寮の同じブロックに住んでいる友人達に彼と残っていた食材で料理を作って振舞った後、

最後の荷造りをしに部屋へ戻った

シャワーを浴びてラフな格好に着替えると淡々と使ったものをスーツケースに入れていく

深夜にスペイン人の友達が仲間と集まるからおいでといわれている

彼も誘っておいてといわれていたな、と思いだし部屋を出た

自分の部屋と同じようにすっかり慣れてしまった彼の部屋に入る

彼が部屋にいるときは寝るまではいつもカギは開いていた

彼はさっき飲んだお酒に少し酔ったのだろうか

ベッドの上で寝ていた

私は隣に同じように寝転がる

ベッドが揺れたので目が覚めたのか彼が私のほうを見た


「・・・ああ・・・」


「後でパーティするから、キッチンに来てって伝言、彼らのギター演奏、聴くのもこれで最後だね」


「そうだな」


目を合わせながらも彼は他のことを考えているように見えた

まだぼうっとしてるようだ


「部屋・・・すっかり片付いてる」


彼のものがすっかりなくなってしまっている部屋はまるで来たばかりの頃のようだった

冷たい感じの何もない部屋

彼という存在が作り出した昨日までの部屋はとてもやわらかで暖かくて、ここにいるとホッとしていられたというのに・・・


窓辺に作りつけられた机の上のリュックサックを見る

去年、誕生日にみんなでプレゼントしたかばんだ

彼はイギリスでも毎日使っていた


「あのリュック」


「うん」


「どうして私が選んだってわかったの?」


聞いてみたかったことを口にする

日本ではそんな質問もできなかった、二人の間にはすごく距離があって、人がたくさん間に入っていて、気楽に話せない緊張感があった

ここでは、何でも普通に話せていたことが日本ではできない

しがらみや気遣い、遠慮とか、何よりも自分の気持ちに臆病になっていること


「声が聞こえたんだ、おまえの」


「声?」


「おまえ、毎回プレゼントくれるときに講釈たれるだろ、これはどこどこのこういうやつで、こういうところが気に入ったとか、ここがポイントだとか、こういう機能が便利だとか・・・」


「説明しなきゃそういう利点に気づかないんじゃないかと思って、ついね、必死になって選んだんだもの」


「うん」

彼がリュックに手を伸ばす


「これをさ、手に取った途端にお前の声が聞こえたんだ、生地が軽いから持つのしんどくないだろうとか、でも縫い目がしっかりしてるから丈夫じゃない、とかここにペットボトル入れたらいいよ、とか」


確かにそんなことを思って選んた気がする


「しかも、この色だよ」


リュックサックの表面をなでる、大きくて、でも綺麗な指


「中学のときさ、これと同じ色のTシャツおれが持ってて、それをおまえが随分気に入ってただろ」


そう、そのTシャツはすごく彼に似合っていた


「あんまり気に入ってたからやるって言ったら『悲しいくらい似合ってて完璧に格好いいから奪いたくない』ってわけわかんないこと言って、断られてさ、あん時は顔を見れば、あれ着ろあれ着ろってうるさくて」


「・・・そこまで言ってたっけ・・・言ってたわ・・・すごく似合ってたから」


今もその色は彼に似合っている、あの頃の彼は女の子みたいだったから今とは雰囲気は違うけど、それでも彼に合うのだ

涼しそうなのに暖かみも感じるグリーンとブルーの中間の色

外見ばかりだけでなく、彼の内面にもぴったりと寄り添うような色だ


「・・・あんときのお前は犬みたいに無邪気だったな、すげえ素直だし何かあったらわんわん吠えてたから、何考えてるかはっきりわかった・・・でもいつのまにか変わって・・・猫みたいだ・・・何考えてるかわかんねぇ」


リュックを持っていた手が離れて、私のほうに伸びる

額に触れた彼の手は暖かかった、そのまま頭をなぜるように髪を絡ませる

私は気持ちよくて目をつぶった


「おれが追いかけたらおまえは逃げる、でも何もしなければこうやって擦り寄ってくる」


閉じた目の前が影で暗くなったのがわかる

彼の体が私の上におおいかぶさってきて

頬に彼の唇が触れる

離れた瞬間に私は目を開けて彼の目をみた

相変わらず中性的で、きれいな目

その目が私の心の中を確かめるように私の目を見つめている


「どうして」


「わからない?」


「・・・」


「わかるよな」


彼はそういうと、顔を近づけて来て、今度は唇にキスする

前にもこんなふうな会話をしたかな

でも、何かが違う、どう違ってたんだろう


目を開けていられなくなって目を閉じる

しばらくそのままにしていると息が苦しくなってくる

唇が離れて、「はっ」って息を吸った後、私は寂しくなって彼の顔を手で探る

すぐそばに彼の頭に触れてそのまま指を彼の髪に通す

少し開いていた私に口の中に彼の口が割り込んできて・・・


静かな部屋の中でキスの音だけが響く

どのくらいたったかわからないくらい長い間ずうっとそうしていた気がする


ふいにキスがとまる

私はゆっくりと目を開けて彼に顔をむけた


まばたきをするのが惜しいくらいずっとその顔をみていたかった

好きな人の顔・・・もっとずっとそばにいたいのにどうして離れてしまうんだろう・・・


彼の目が少しかげる


「日本に帰ったら・・・大学が3年になったら・・・よそと違って、うちの学部は途端に忙しくなる、多分泊まりこみも多いし、今までみたいにずっと一緒にいられることはない」


ああ、そうだ、3年になったら教育課程は終わるから・・・教室で彼を見ることはもうないだろう・・・


「でも、もし・・・」


彼が言葉をつなげようとした瞬間だった


部屋のドアがバタンっ勢いよく開いて、スペイン人の友人が今にも部屋の中に入ってこようとした

ベッドの上で彼が私の上に覆いかぶさっているのをみてぎょっとしてドアを閉める

でも、すぐまたドアが開いて・・・


「お邪魔したわね、私」

最初は、彼女の声は気まずそうだった

彼は私から離れた、寝転んでいた私も起き上がってベッドの上に座る


「・・・でも・・・あなた達は明日からも日本で会えるけど私とは今晩が最後!だから早くキッチンに来てね」


そう言って、にっこり笑うと再びばたんとドアがしまった


私達はしばらくドアのほうを見ていた

今、すごく邪魔された気もする・・・

うううって胸の中でわだかまった感じが残る


でも彼女とはもう本当に会えなくなってしまう・・・彼女だけじゃない、ここに集まったみんながもうばらばらになる・・・

そう思うとこのままここにいるよりも、彼女達と一緒に夜を明かしたかった


見上げると彼もふってため息をついて


「行こうか・・・今行ったら、すげえ・・・からかわれそうだけど」


「うん」


ものすごい照れくさくて、顔が真っ赤になってしまうけど、間をあけると邪推されそうで、それがちょっぴり嫌でそのまま2人で部屋をでた


そうしてそれからは朝までキッチンにいて、それから眠い目をこすりながら、帰国の為にロンドンへ出発した

ヒースローに向かう途中、私達は無言でずっと手をつないでいたけれど、お互いがそれぞれの家に戻ってからはあまりなかった


イギリスでの最後の夜にああいうことになったから私達の関係は変わってしまうかと思ったけど

日本に帰ってからはあまり以前と変わらない日々が続いていた



日本に帰国すると彼の言っていた通り彼は研究室に入り忙しくなって

私のことを考える余裕はなくなったようだった


最初はときどきあったメールや電話もだんだんと少なくなった


半年振りに会ったとき、研究室に慣れるまでは大変だと疲れた顔で笑っていた彼は、はたから見ても充実しているように見えた


それからも、しばらくは連絡は無かったが、一度、私が就職活動に苦戦しているのを、人づてにそれを聞いたのか部活の先輩が勤めている会社を紹介しようと電話があった



彼がまたみんなと個人的に会うようになったのは卒業のめどがたってからで

2人で会うのは就職して2、3月して落ち着いた頃からだった

その頃には私達はすっかり元の友人の姿にもどっていた

私は彼のことをずっと好きなままでいたけれど

たまにしか会えない彼にそのことを告げて避けられるようになったらと思うと何もいえなかった

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