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自立と甘え

日本にいた頃は彼とはここまでは仲良くなかった

アルバイトで同じシフトだったら話すけど

学校ではあんまり一緒じゃなかった

彼が私に話しかけるとき、いつも私といる他の友達に必ず言うセリフ


「ちょっとごめん」って


彼が私と友人の邪魔をしてごめんなさいってことか・・・

彼にとっては今の私の友達なんてほんとアウェイなんだ

その言葉にいちいち引っかかってた

中学、高校のときは同じ輪の中に入ってわあわあやってたのにな・・・



イギリスでは毎週土曜日は食料の買出しに行くって決まっていて

私は彼と、同じブロックの友達と近所のスーパーへ散歩がてら歩いていく

その間、私は周りの景色を存分に楽しむ為に彼の腕を取って歩く

腕をとっておかないと先にずんずん歩かれておいていかれるから、という理由もある

そういうのをわかっているから彼は何も言わない

ポルトガル人の男の子とべらべらしゃべりながらのんびり歩いている

私の反対側の隣には

私と同じくこのバースを愛してやまないスペイン人の女の子が

毎度のように感嘆符を使いまくって私に話しかけている

私と彼女は趣味が似ていて、好きな小説が同じで、その小説の舞台となるこの町に憧れてここにきたのだというのも同じ

同じクラスになって、すぐに打ち解けて仲良くなったけど、小説の感想ってなかなか英語に変換するのが難しいからお互い助け合って会話している感じだ

事細かいニュアンスが伝えら得なくて、お互いに苦戦しながら、でも楽しくやっている

先に帰ってテニスをするから、という男性人に買い物袋を任せて

一緒にアフターヌーンティーに行こうと、前から目をつけていた店に2人で入った

一階の壁やドアが真っ白に塗られていて、二階からは蜂蜜色の壁、窓辺には緑の草木が入った鉢がすえられていて、すごく綺麗だった

屋内にもあちこちに緑が置いてあるし、建物自体、壁紙や床板なども古くからある自然のものでできているからだろうか、気持ちが安らぐ


日本の家は清潔で真新しいけど、人工的なものが多くて、安っぽくて、ぺらぺらしている感じがする

でもそれでも恋しいんだけど・・・家族がいて、何も言わなくてもわかりあえる人たち・・・

やばいっまた気持ちが暗転してる・・・、ホームシックがまたじわりじわりと私の心の中を侵食し始める

命綱だった彼の腕・・・はもうここにはない

そんなとき、スペイン人の友達がほうっとため息をつきながら

「ねえ、見て、この世界」と話しだす


「ほんとに夢みたいだわ、こんな蜂蜜色の世界で私ちゃんとこうやってスコーンを食べてるんだわ、1800年代のイギリスに迷い込んだみたい」


「ほんとね、この通りだって、当時のままなんでしょう?フェスティバルのときはみんなあの時代の服装でこの町を練り歩くんだって、私もやってみたかったわ」


手でちぎるとほろほろとこぼれる、まだ暖かいスコーンにジャムとクロテッドクリームをたっぷり乗せて口に入れる


「後は素敵な紳士が現れてダンスを一緒に踊るのよね、あっでもあなたにはそんな必要はないわね、もう素敵な彼がいるんだから」


「・・・そういうんじゃないのよ」

彼、だ、私の心の治療薬、ないと治らないから困る


「またまたぁ、でも彼ってほんとにスウィートじゃない?」


スウィート?


「わかんないな、彼のどこがスウィートなの?」


彼の何をもってしてスウィートだなんていうんだ

彼女のそんなことを言わしめるなんて・・・彼女にはそういう態度を取ってるってことかな

彼女をもしかして好きだったりするのかな?

久々にズキンって胸の奥が痛む

イギリスにきてからは彼を独占してたものだからたまにしかこんな気持ちにはならなかった

でもやっぱり彼を思う私にはつきまとってしまうのだろう・・・

・・・嫉妬だ・・・


「あなたがそんなこというなんて・・・もしかして日本人の男の子ってみんなスウィートなの?」

独り言のようにぶつぶつ言う彼女に私は


「いやいや、同じクラスのフランス人のカップルのほうがよっぽどスウィートだよ」という


・・・こうやって2人を引き合わせた私ってもしかして恋のキューピットだったりするのかな?

それで、今は邪魔者にもなってるってこと?


ちょっと落ち着かなくなって、3段重ねのトレイの中から今度はくるみとベリー類が入っている焼き菓子を食べる

サンドイッチは甘いものに飽きたときのお口直しに取っておかないと後がしんどいからできるだけ後にする、マナー違反になってないかな?

口にした焼き菓子はおいしいけど、絶望的に甘い


「まあ、でもね、正直なところ、彼のあなたに対する態度をみていると、なんていうか、よくわからなくなるときがあるの」


私も心のどこかで感じていた2人の関係

仲が良い、じゃなくて彼が私にすごく気を使っているのだ

自分からは何もしない、いわない、ただ私を受け止めるだけだ

おそらく私がホームシックだから、病気だから気をつけているのだろう


彼は私に対して、ものすごく静かになった


仲が良かったとき、彼はいつも「今はこれをしよう、次はあれにつきあえ」とうるさいくらいだったのに今はそんなことは言わない


逆に私は、すごくわがままで、おしゃべりで、自然体になったと思う

日本で当たり前のように存在する先輩後輩の関係や

周りの目を気にした言動もしなくていい

もちろんそれも心地よい慣れたもので

それがないからホームシックになんて来て早々かかってしまったんだけど

でも、ここでは泣いたり笑ったりも多いし、自分の思っていることをあいまいにせず、きちんと言葉にして伝えないと、相手には分かり合おうとしていないと思われる。だから、実は私は日本より自分の気持ちに正直になっていた

まあ、毎日、授業についていくのに必死で余計なことが考えられなくてなんでも思ってることを口にしていたことも後押ししてくれたんだろうけど

とにかく忙しいし、無駄なことを考える時間も余裕もなかった


寮の前で彼女と別れて部屋に戻ろうとしたけど、なんとなく1人でいるのが嫌で彼の部屋に行く

ドアをノックしたら返事があったので入る

ベッドで寝転がって本を読んでいた彼は顔を上げる


「・・・やっぱり」


また来たって言いたいんでしょう?


「スーパーで買ったやつ、おまえのとこのブロックの冷蔵庫に全部入れといたから」


それでも一緒になんでもしてくれるんだよね


「ありがと」


ホームシックだからって甘やかしてくれて・・・


「夕飯何食べたい?」


好きな人ができても私がこんなんだったら何もできないよね

好きな人なんて・・・できて欲しくもないけど


「おまえは?」


彼の姿を見る、テニスの後、シャワーを浴びたんだろう、髪がまだ湿っていて、やわらかそうだ


「さっき、甘いものいっぱい食べたからもう何も入らない」


「ふうん、じゃあなんか食ってこようかな?」


キッチンに行こうと立ち上がって私の前を通り過ぎるとシャンプーの良い香りがふわってした


ドアノブに手を伸ばした彼の右手が止まる


「・・・」


私が後ろから彼の首に手を回して止めてしまったから・・・

背が高いからうまくバランスがとれなくて、そのまま彼に体を預けた

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