アルバイト
彼の誕生日の騒動から一週間後
相変わらず、私は駅の近くの本屋の前で求人の張り紙を見ていた
今のところ、バイトはまだ募集しているみたいだしやってみようかな
いい気分転換になるかもしれない
ああいう形でも、彼と再びかかわりを持ってしまったことで、また彼のことが気になって禁断症状みたいになっていた
プレゼント、選びになんて行かなければ良かった
一度彼を知ってしまうと、もっともっと欲しくなってしまう
声が聞きたい、話がしたい、彼の目をみたい・・・欲をいえば彼に触れたかった
友達の言った言葉もそんな気持ちに拍車をかけた
『彼も寂しかったみたいだよ』
たいしたことのない言葉だけど、私には甘くて、せつなくなる
彼からすれば中学のときからほとんど一緒にすごしてきた『親友』ともいえる私が急にいなくなればやはり寂しかったに違いない
私にだって、『友達を失くした』っていう失望感もある
でも、それ以上に、好きだという気持ちを持ったままでは、まともに顔なんて合わせられない
拒否されてしまったら、もうどうしていいかわからなくなりそうだ
寂しかったのなら、好きだという気持ちは拒否されても友達としての関係は続けられるだろうか
そんな考えがふとよぎる
でも、怖くて行動が起こせない
だから相変わらず私は彼から離れていた
今から店員に募集の話を聞いてみようかな、と張り紙を見ながらも、まだなんとなく踏ん切りがつかないでいると・・・
突然腕を誰かにつかまれた
びっくりして腕をつかんだほうをみると・・・彼だった
驚いて声が出ない
本気で怒った時の冷たい表情
最初から相手が太刀打ちできないように、強引にことを進めようとするときの顔
彼が他の人に、めったに見せない顔
怖くて息を飲んでしまう
それが合図だったように彼は私の手を引っ張ってレジのほうへ向かう
レジに立っている店員らしき人に
「外のバイトの募集を見たんですが2人空いてますか」と話しかける
・・・え・・・
店員は彼のただならぬ勢いに押されたのか
「今店長を呼んできます」というと急いで奥に引っ込んでいった
待っている間も何も話さない、手はきつくつかまれたままだ
先ほどの店員が戻ってきて、奥のほうに案内される
休憩室だろう、壁にロッカーが並んでいて、大きめのテーブルが一つとといすがいくつかおいてある
とりあえずそこにあった椅子に彼が座ったのでそのまま私も隣の席に座る
やっと腕が開放された
店長らしき人が後から入ってきて
私達に挨拶をする
「君達2人だね、学生さん?」
「はい」
彼が大学名を告げる
いつもの穏やかな顔だ
「ああ、そこの大学ね、他にも何人かバイト来てるよ」
どうやら春に卒業した学生の分の穴埋めが終わらないまま数ヶ月経っていて人手が無くて困っていたらしい
確かにもっと割りのいい塾講師とか家庭教師などのバイトのほうが人気がありそうだからここに入りたい人は少ないだろう
「2人ともいつから来られそうなの?」
「明日からでもいけます」
このとき彼が「なっ」というように私を見る
「・・・はい」
「じゃあ明日、学校終わったら履歴書持ってきて、シフト表そこにあるから空いてる時間チェックしておいてね、じゃあ」
と店長はそういうと忙しそうな顔で先に部屋を出て行った
・・・バイト決まっちゃったんだ
店長の後姿をみながら呆然としていると
「行くぞ」
と横から彼の声がして、また腕をひっぱられた
本屋の外に出て一緒に駅に向かう
腕がだんだんしびれてきて
「痛いから、離して」
といったら、逃げんなよ、といわれて開放される
「なんなの、これ」
「おまえ、ここでバイトしたいんだろう」
「・・・うん」
「それにそろそろ働かないとダメなんだよ、語学研修の代金」
「あっ」
大学を決めるときの決め手になった語学研修の制度
半年間、外国の大学に留学できて単位もその分認められるからいいねって言ってたんだ
「来年の秋に行こうと思ったら、今から稼いでおかないとまずいんだよ、平日は授業があるからあんま時間取れないし、来年の夏休みまでにはもう用意しとかないとまずいから、長い休みはこの冬と春しかないだろ?」
それはそうだけど・・・
「昨日、そろそろ準備するかって、みんなで話してたんだ・・・来年度の単位のとりかたとかも、そのうち考えないといけないし・・・おまえ、まさか行かないとか言わないよな」
じろって睨むように見られる・・・でも、さっきとは違って、すこし緊張しているんだってわかる表情をしている・・・私は彼のこういう表情に弱い・・・
私の返事を待っている、意思確認を求められてる顔
「うん」
じゃあって言われて今度は駅にあるコンビニに入るからあわててついていく
雑貨のコーナーで手に何か持ってレジにいく
ああ、履歴書だ
今度はこっちってひっぱられて証明写真のボックスに連れて行かれる
先に座らされて椅子の位置や操作ボタンをクリックしていって撮影ボタンを押す
その後交替してして彼が写真をとる
それが終わると今度は学生御用達の喫茶店に連れて行かれて、窓辺のカウンター席に並んで座る
プレゼントにあげたかばんから筆記具が入ったポーチを取り出しボールペンを渡される
・・・やっぱり合ってる、このかばんと彼は・・・かっこいいな、とバカみたいなことを考えながらボールペンを受け取る
私がぼんやりそんな事を考えている間に、彼は袋から2枚の履歴書を取り出しひとつを私の前におき、もう一つに自分の履歴を書き始めた
あわてて、私も自分の空白の履歴書を見る
私が書式にとまどって書くのに時間がかかっている間に彼はすらすらと書き上げる
「おれが書いてやろうか?」
「それってどうなの?」
「まあ、いいんじゃないか、ほらここ、学歴は中学から大学名までは内容、まるまま写せるから」
彼の履歴書を渡されて自分の履歴書に写し始める
頭のどこかで、なんでこんなことになったんだろうって思ってるけど、従う。
あ~はさみとのりがない、まあ、いいかって彼の声がして
「この履歴書、ハンコとかいらなさそうなやつだし、おれが写真と履歴書、持って帰るから、明日の講義、何コマ目までだっけ?一緒?」
「・・・えっと、仏語」
「一緒だから授業終わったらそのまま行こう、そのとき履歴書渡すから・・・終わっても教室にいろよ」
「うん」
私の性格とか、アピールポイントとか、いきなり言われても困るんだけどっていちいちひっかかってたら、もう採用決まってるんだから適当でいいんだよってあっさり言われてそれもそうか、と納得し、
『性格・・・やさしい』って書いたら、
「『押しに弱い』の間違いだろ?」って笑われた




