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なぐさめ

キスをせがまれたのは何回もある




最初は高校1年生だった


彼は入学早々、学年が一つ上のすごく綺麗な人に

告白されて付き合い始めた


マロン色の髪がゆるくパーマがかけられていて

ぱっちりした目にはマスカラとアイシャドウ

ぷっくりとした唇はグロスが塗られてつやつやしていた

制服も短めのスカートにゆるく開かれたブラウス

表情もやさしそうで、振る舞いも女の子らしくて



中学からあがってきたばかりの

野生の小猿みたいだった私たちにはすごくまばゆい姿で

自分と『女の子』という同じカテゴリーに存在しているとは思えないくらいだった


付き合い始めは当事者の彼も、その友人である私も

姿を見るたびに彼女に見とれていて


当時の彼の口から言うと

「この世にこんな可愛らしくて、あまりにも女らしい人が存在するのだ」

というノロケに、私も大きく頷いていたものだった


しかも、なかなか彼にもお似合いだったのだ

中学3年の春くらいから急に身長が伸びて

彼女の肩に手をかけて歩く姿はぎこちなくはあるが外見的には無理がない

体つきだって、がっしりとはいかないけど、部活で鍛えられていたからそれなりにしっかりしていたし

中性的だった顔も目をのぞいては少しずつ、男らしさが見えてきていたように思う


中身はあんまり変わらないけどね

最初はそう思ってた


彼女が教室に迎えに来たときとか

真っ赤になって頬を緩ませて出て行ったし


彼女と廊下で話して別れた後も

「かっ可愛い」ってつぶやいてた

そんな彼を私たちは、ちゃかしてしっかり遊んでいたんだ


それに、彼女のこと、相談してるときには

もうなんか必死になってる感じがしておかしかった


デートに誘おうと思うけど、どうしたらいいんだ?とか

どういう流れにしよう、とか

ごはんどこがいいかな、とか

映画は何が女の子には人気があるのか、とか

女の子はどんなものをプレゼントしたらいいんだろう、とか


彼女がこの間こういったら笑ったんだけどなんでかな?とか

夜遅くにメールしても大丈夫だろうか?とか



私は彼の大親友だし

彼には中2の先輩のことで助けてもらったという借りがあった

だからわりと親切に相談にのっていたほうだとおもう



そして彼が落ち着いて、彼女との姿がしっくりくるように感じた頃から

彼は私たちにあまり相談しなくなった



部活のない日は彼女を教室まで迎えに行く姿

手をつないで学校から帰る2人

頭をなぜたり、肩を抱いたり、いつも彼女とみつめあっていて

お互いの存在を確認しあって

親密な二人

二人の間には誰も入れない空気・・・


しばらくして彼女とそういう関係になったことも

なんとなくわかった



この半年間は、どんどん彼との差が広げられている気がした

一緒の山で隣にいたはずの野猿が

気がついたら人間化してどんどん進化をとげている

もう私は到底手の届かないところにいる


彼の気持ちが読めない、考えていることがわからない

前は手に取るように全てがわかっていたのに・・・



彼は忙しかった

相変わらず部活と予備校、更にどんどん広がっていく交友関係、やってみたいことも増えていく

そして、その間にどんどん挟まっていく彼女との約束



私たちの目から、彼は彼女を大切にしていた、と思う

いつも彼女から目を離さないな、とも

私たちと一緒にいる時間ですら

気がつくと彼女のことを考えていたのだろう

心ここにあらずといった表情で黙ってしまった時もあった


そんなぼうっとした時間が少しずつ増えてきたのは

彼女との関係に悩みだしたという印でもあったと気づいたのは少し後になってからだ


彼女は彼の忙しさに

不安になっていったのだろうと思う

いつも何かの途中で会いに来る彼

デートが終わって、家に送ってもらってから、どこかに出かける彼

電話をかけてもつながりにくい



はっきりと、彼の沈んだ顔が見られるようになった

少し気まずい表情で歩く2人

少しもめているように聞こえる電話の声






「どうやったら信じてもらえたんだろうな・・・」


ある日、ぽつりと彼がつぶやいた

日曜日、みんなで部活中に骨折した友達の見舞いに行った帰りだった

お昼をまだ食べてなくて

おなかが空いたから

みんなでコンビニでお弁当を買って

近くの河原で広げて食べていた

飲み物を追加で買いに行ってくれている他の友達を待っているときだった

秋になり始めていて4時でももうすこし暗くなりかけていた

すこし肌寒かった


彼が何を言ってるかはわかっていた

彼女に別れを言われてから2ヶ月

彼はものすごく落ち込んでいた


別れないでいるにはどうすれば良かったんだ

何が間違ってたんだ

そんな問いを何度も何度も自答していたのも知っていた



長く続く、広い河原でのその小さな声はとても心細なげだった

まだ弱ってるな、もう2ヶ月くらい経つのに・・・


いつも男の子友達にしか話さなかった彼女との別れを

初めて彼の口から聞いた


「付き合って半年しか一緒にいなかったのに、なんか隣に彼女がいないのが・・・なんか体を半分持ってかれたみたいな気がしてさ・・・一緒にいないと苦しくて・・・もうダメなんだろうなってわかってるけど、まだどこかで彼女にしがみついてる自分がいるんだ」


なんか情けないよな、って行った後下を向く

並んで座っていた私には何もいえない

私にはそんな経験もない・・・

だから、なぐさめる度量がない・・・


そうやってしばらく並んで座っていたけど


無口なままの彼が気になって横を向くと


目もとが赤かった

頬も濡れている

静かに泣いていたんだ


かばんからハンドタオルをだして

彼の前に差し出す

受け取って涙を拭く彼に

何を言っていいかわからなかったけど、励ましてあげたくなった


「どうしたら、泣き止んでくれるの?」

思わず出た言葉に自分でも笑ってしまう

まるで子供みたいなセリフだった


彼もフッて笑う

相変わらずだなって顔をした

ああ、昔の彼だ


「じゃあ、なぐさめて」と言って

私の頭をぐしゃぐしゃと犬みたいになでると

その手をそのまま私の顎の下に持っていって

持ち上げた・・・


中学のときと同じだ

かすかに触れてるだけのキス・・・

なんか懐かしいな



唇が離れて目を開ける



まだぬれてキラキラしている彼の目を見つめて

あの時、彼に言われた言葉を今度は私から言う


「大丈夫だから・・・ね」







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