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第二楽章:天使見習いが落ちるまで

 私達、天使になれたんだよ。


 熱っぽく離す友人達を見て、付いていけないと少女は思った。自分の背中に翼が生えたと喜び、これで自由になれると笑いあう彼女達はどこか異次元の存在に思えた。


 これからみんなで飛び立とう。

 そんな事を語り合って、今、少女とその友人達は廃墟となったビルの屋上に来ていた。少女は天使になれたなんて思ってなかった。背中の翼だって見えなかった。それなのに何故ここに来てしまったのかと考えてみても、自分の事ながら少女は答えられなかった。


 強いて言うなら、なんとなく。


 ただいつもの通り、占いやオカルトに興じてその流れで天使の話になった。天使が見える様になる薬を貰ってみんなで飲んで、結局少女は天使が見えず、いつもやっているお呪いやお祈りの時と同じ様に、効かなかったねと笑い合おうとした。


 そのはずだったのに、みんなは天使が見えたと驚き合っていた。

 少女が途方に暮れている前で皆は天使が見えたと驚き、騒ぎ、少女にも同意を求めてきた。


 少女は天使の影すら見えなかったが、見えたと嘘を吐いた。自分だけ天使は見えなかったと言うのは嫌だったし、その時はみんな冗談を言っているのだと思っていた。しかしその些細でありながら決定的な勘違いに甘んじている間に、友人達が語り合う内容は「天使を見た」から「天使になった」に変わっていた。

 それがついさっきの話で、今その流れで折角生えた翼で飛び立とうという話になった。


 皆が自慢げにお互いの背中を見せ合う中で、少女は呆れた気持ちと不気味な気持ちを綯い交ぜに持ちながら、輪の外側で笑顔を作っていた。まさか本当に飛びはしないだろうけれど、まるで本当に翼が生えた様に騒ぐ演技臭い雰囲気と実際に廃墟のビルの屋上まで来てしまう行動力は一緒に居れば自分までおかしくなってしまいそうな気持ち悪さがあった。


 元から少女は占いを心の底から信じている訳ではなかった。当たったら良いなという期待が半分、友達がやっているからという惰性が半分で、精々星座占いや些細なお呪いに心をときめかせる程度だった。何処から仕入れてきたのか時たま行われる本格的な儀式には辟易していた。


 少女は一歩、輪から離れた所で、ただ早く帰りたいと思っていた。

 もう付いて行けない。明日にはこのグループから離れて別なグループに入れてもらおう。今からでも何か部活に入ってそこで新しい友達を作ろう。もしも駄目なら、無理を言ってでも転校してしまおう。

 既に少女は今を見ず、明日以降の事を必死に考えていた。


 だから少女は気が付けなかった。


 目の前で輪を作る友人達の眼は何処までも本気で、普通の人間でなら近寄らない様な怪しげな喜悦の光を放っている事に。どこかでオカルトを馬鹿にしていた少女はオカルトなんて誰も本気で信じていないだろうと、周りの人々も自分と同じ考えだと信じていた。だから目の前の本気で信じる人々の姿をどこか演技臭く感じていた。


 やがて一人がそろそろ飛ぼうと言った。

 皆はぞろぞろと屋上の縁へと向かった。


「どうしたの?」


 取り立てて仲の良かった一人が、立ち止まっている少女を訝しんだ。


「早く来なよ」


 慌てて思考から浮かび上がってくると、全員の視線が少女に集中していた。


 怖気が走った。

 澄んだ瞳は狂信者の眼に他ならなかった。


 今すぐにでも踵を返して逃げ出したかったが、理性がそれを押し止めて足を進ませた。ここで逃げだしたら、後で恐ろしい報復を受けるに違いない。とにかく今だけは仲間の振りをして、この場を乗り切ろうと皆の後を追った。


 みんなと一緒に縁に立って、下を覗き込んだ。街灯の弱々しい光を受けて、白く凝り固まったコンクリート製の地獄が闇の中に浮かび上がっていた。

 落ちたら助からない。そう思うとお腹の辺りが熱くなって掌が湿った。


「それじゃあ、みんなで一緒に飛ぼうか」


 一番端の一人が言って、みんなが頷いた。


「3」


 カウントダウンが始まった。


「2」


 少女は出来るだけ下を見ない様に星空を見上げて必死になって奈落の縁に立つ恐怖に耐えていた。


「1」


 もう少しで終わる。


 この茶番が終わったら、すぐさま家に帰って、明日からは別の生活をしよう。そんな決意を胸の中で繰り返した。


「0」


 数え終わった時に少女は視線を下に向けた。もし本当に誰かが飛び降りてたらどうしようという不安からだった。


 幸いにも人の姿は無く、安堵して横を見た瞬間に凍りついた。

 大きく見開かれた目達が少女を見ていた。


 その光景は一見友人達が驚いて少女を見つめている様に見えた。ところが友人達の驚きの表情ははあまりにもわざとらし過ぎた。まるで不出来なロボットが感情を作ろうとして失敗している様だった。

 何が起こったか分からぬまま、少女が暑苦しい思いに喘ぎ始めると、みんなが目を細めて笑った。


「やっぱり。怖くなっちゃったんだね」

「分かるよ。不安だもんね」


 みんなが笑い合い、場が温かくなった

 ぼんやりと思考が麻痺していた少女はその場の雰囲気に流されて、唾液の枯れた喉で笑った。

 弛緩した少女の意識に明るい声が掛けられた。


「大丈夫だよ、みんなが付いているから。ほら!」


 そう言って、一人が屋上を蹴った。

 ふわりと宙に浮かび、空へと飛びだす。

 凍りついた少女の前で、他の人々も飛び出した。

 体も思考も停止した少女の前で友人達は空へ飛び出して、そのまま落ちていった。


 隣に仲の良かった一人だけを残して、後はみんな居なくなった。

 少女が強張った首を必死に動かしてその一人を見ると、一人は笑って言った。


「ほら、私達も」


 仲の良かった一人に手を引かれた。体がゆっくりと屋上を離れ、体は傾ぎ、少女は奈落へと落ちていった。


 下を見ると、初めに飛び出した一人が既に地面に触れそうで、後を追う少女へと必死に手を伸ばしていた。信じられないという表情がありありと浮かんでいて、これからどんな結末を迎えるのかが知れた。


 天使見習い達は空中で絶望的な踊りを踊りながら、皆一様に最後は共に落ちる少女へと助けを求め、そうして散っていった。


 ぎゅっと手を掴まれた。


 横を見ると、奈落へと引きずり込んだ友人が顔を歪めて何かを訴えかけていた。何が何だか分からぬままに、少女はそのまま落ちて行き、友人の「助けて」という懇願に気付かない。少女は最後の最後まで自分が死ぬ事に気付かず、ただぼんやりと別の友達を探さなきゃと決して迎えぬ未来を見据えて、友人達と同じ様にコンクリートの上に意識を散らした。

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