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町の見る悪夢と騎士の探す幻想

飛び降り自殺の死体を目撃する場面があります

 葬式も良いものだ。

 今までは葬式に対して悪いイメージしか持っていなかったが、妹の葬式を終えた後にはその考えが変わっていた。


 妹が死んでしまった事に対する鬱屈とした思いは変わらない。妹の死に悲しむ暇も無く、あらゆる人から何故目の前に居ながら自殺を止めなかったんだと、問われ、詰られ、貶された悲しみも変わらない。


 けれど葬式にやって来た弔問客の泣き顔が素顔だったのは、妹の死を心の底から悲しんでいたのは、へばり付く泥の様な悲しみの中のほんの一縷の喜びだった。


 特に妹の友達の泣き顔には救われた。三年もの間学校に通えなかった妹に真の意味での友達が居た事が嬉しかった。葬式なんてみんな仮面を被っているのだろうと思っていた健志にとって、それは新鮮で瑞々しい爽やかな発見だった。


 葬式が終わった後に向けてきた実の母の睨み目は悲しい。周囲の人々からの冷たい当たり、そうでなくても余所余所しいのも悲しい。健志はそんな風に突き出される沢山の棘に片っ端から謝りたかった。頭を下げて下げて、涙を涸らして声を嗄らして謝罪して、そして妹と同じ様に飛び降りて死にたかった。いや、葬式が始まるまでは実際にそうしようと思っていた。

 そんな逃避に代わって、健志の胸に新しく屹立した決意は葬式のお蔭で作られたものだ。



 きっと妹は俺にも知らない悩みがあったんだろう。全てを知る事なんて不可能でも、せめて自殺するだけの悩みに何故気付いてあげられなかったんだ。そんな風に考えていた過去の自分が恥ずかしい。


 妹が自分から死んだはずがない。


 家族、友人、医師や看護師、彼女に関わる沢山の人が彼女の事を愛していた。そんな環境で自殺なんてする訳が無い。病気で心が弱ったから。将来に絶望して。そんな説明は真っ先に否定できる。

 妹はそれ程弱くない。


 きっと誰かが妹を殺したんだ。そう気が付いた時、胸に決意が固まった。

 必ずその犯人を突き止めて、妹と同じ死に様を味わわせてやる。


 犯人の目星なんてまるで付いていない。どうやって探し出すのかも分からない。けれどそれでも絶対に、犯人を捜し出してこの手で。



 胸に不穏な決意を渦巻かせながら、健志はビルに面した歩道を歩いていた。


 突然目の前に犯人が現れて、謝罪しながら首を差し出すなんて思っていない。刑事の様に怪しい人間を見分ける事も出来ない。それでも健志はこの行軍が意味のある事だと考えていた。その考えを証明する様に辺りの人間が密やかにざわめきだした。


 次の瞬間、健志の行く先に赤が飛び散った。

 ビルの白い壁、歩道、歩道に沿って植えられた花壇の花、赤い色が飛び散って、一瞬の内に赤い円が出来た。中心には赤黒いゴミ袋がへばり付いていた。よくよく見てみれば、それは人の前面が押しつぶされて引き伸ばされた上に人の背面が辛うじて形を保って載っている物だが、見た瞬間はカラスに突かれたゴミ袋の様にしか見えなかった。辺りを彩る赤色だけが、咄嗟にそれを人だと信じさせる証人だ。


 もしも下に誰かが居たのなら更に酷い惨状となっていただろうが、幸いにも迸った赤が届く範囲に人は居なかった。健志は思考に沈思していたので気付かなかったが、他の人々は落下する前兆に気付いて逃げていたようだ。


 赤が散った後の一瞬の静寂が破られ、悲鳴があがり、ざわめきは一気に大きくなった。その喧騒の中、健志は上空を見上げてつぶさにビルや空を見回したが、異常は特に見られない。


 もう一度落下点を見ると既に警察がやって来ていた。余りに早い対応だが、最近では珍しい事ではない。既に何人もの人が飛び降り自殺を図って、異常なまでの死者を出していた。町を歩けば飛び降り自殺に当たると言われている程で、最近では回覧板が回ってきたり、警察だけでなく町内会も見回りに当たっている。


 それでも何も見えてこない。犯人も原因も特定できないまま、落ち着く様に自制を求める声とそれを塗り潰す様な不安を煽る声が混じり合って、人々は怯えながら空を見上げている。

 咄嗟の飛び降りに皆が対応できるのは、それだけの経験があるからだ。人々はいつも上を見上げているし、警察も常に異常に目を光らせている。


 健志は収穫が無い事を残念に思いながらしぶしぶその場を後にした。



 家に帰ると、真っ先に自室のパソコンをネットに繋いで、この町で起こる飛び降りについて調べた。まず見るのは県警察のサイトで、トップページには自殺を考え直す様に訴える文章が載っていた。


 連続で起き続ける飛び降りは殺人鬼の仕業や組織めいた行動ではないかと様々に囁かれているが、警察は自殺だろうとの見解を示している。生き残った人々が誰かに突き落とされた事を否定して、自分で飛び降りたと証言したからだ。地下を蠢く暗闇の組織や宗教組織の関与も見られない。


 一度、飛び降りた生徒達に薬を手渡していた人物が居たと分かり、薬物かと色めき立った事があった。


 それはまだ連続飛び降り事件が始まった頃で、それまでに飛び降りた犠牲者は全員同じ高校に通っていた。薬を渡していた人物も同じ学校に通う生徒で、生徒達の間で怪しげな繋がりがあったのでは等と騒がれたが、結果は警察の赤っ恥で終わった。渡した薬は只のビタミン剤だった上に、薬を渡した生徒に事情を聞いている間に別の学校で多数の飛び降り自殺が起ったからだ。


 連続的な飛び降り自殺は地域が町内、年齢が概ね思春期に限定されている。思春期なので大半が学校に通う年齢で、田舎町なので学校の数は少ない。無作為に思春期の人間を選べば、それなりの確率で同じ学校の生徒が集まる。今になって考えてみれば同じ学校が連続したのは当たり前の事だが、誰も大連続飛び降り事件なんて想像もしていなかったのだから仕方が無い。事態の異常さが警察の目を曇らせたのだ。


 学校内の薬物事件と判断した警察の誤認捜査はただの早とちりで、何とも間の抜けた話だったが、事態が拡大した後もその時以上に話が解決に向かった事は無い。


 裏を返せば、それだけ関連性の薄い、あるいは繋がりの見え辛い事件だと言える。中には不況の所為で世の中に絶望したからだという意見もある。回って来る回覧板は大体その論調で、希望を持って自殺は止めましょうという内容だ。


 全国的なニュースになればきっとどこかのコメンテーターも不況の所為だと訴えるだろう。さすがにこんな片田舎で、しかも犯人の存在性が薄く、それでいて真似をされる可能性のある話題を全国的に流しはしないのだろうけど。一度、どこかの週刊誌が外連味たっぷりに地方の闇と題して載せた事があったぐらいだ。ネットの情報も大体今まで述べた様な事で、後は信憑性の薄い噂話が載っている程度だ。


 ネットの情報の中で一つ気になる書き込みがあった。生き延びた人が言っていたというもので、「天使になりたかったから」というものだった。


 馬鹿げている等とは思わない。犯人も分からず、それでいてただの自殺とは思えない謎の事件なのだ。その犯人を追いつめようとする健志にとって、天使だろうが僅かでも可能性があればという気持ちだった。


 まして目の前で操られる様に死んでしまった妹を見たのだから。


 現に今まで、影や黒マント、果ては巨大な鳥や鬼まで色々な噂を検証して、その可能性を一つ一つ潰してきた。今日探したのは、下から物凄い速さで飛び出る化け物で、噂では上ばかり見ているから気付かないが実は下から、という話だった。


 健志は今日の失敗を思い返しても、天使という文字を見ても、ほとんど何も感じずに、明日は天使を探そうと何の疑問も持たずにそう思った。


 出来れば今すぐにでも探しに行きたいが、そういう訳にもいかない。階下から母親の怒鳴り声が聞こえてくる。この声が聞こえたらすぐさま母親と対面しなければならない。

 これも妹の自殺から始まった健志の日常だった。

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