表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーサー王物語―ガウェイン最初の冒険―  作者: 日守文乃
アーサー王物語―ガウェイン最初の冒険―
3/5

血潮―狂気―絶望

 アーサーの命を受けた後、ガウェイン、ラモラク、ぺリノアの三人はそれぞれ出立の支度を済ませ、城を出た。


 ガウェインも弟で従者でもあるガヘリスに手伝われながら、

未だ片手で数えるほどしか着たことのない自分の真新しい甲冑を身に纏い、

闇のように漆黒の愛馬に跨って――ついにガウェインは冒険の第一歩を踏み出した。

彼の後ろには白と灰の斑の駿馬に乗ったガヘリスが従者として付き従う。


 彼らは吠え声を頼りに馬を走らせ、そして幸いにもすぐに猟犬の群れが見つかった。

その先には、目当てである鹿の姿も確認できた。


 闇夜にチラチラ閃く白い影は、まるで瞬く星のようにガウェイン達を先導した。


 その微かな白い影を見失わないよう、注意しながら馬を走らせ、何とか猟犬の群れに―

そしてその先の白い鹿へ―近づこうとガウェイン達は必死だった。


 橋を駆け抜け、街を過ぎ、森を突っ切ると――目の前には大きな城があった。


 もう夜中だというのになぜか城の門扉は開いたままで、

そこから鹿が逃げ込むように中へと入っていく。そして猟犬達も後を追い、

続々と城の中へ駆け込んでいく。当然ガウェインとガヘリスもその後を追う。すると――


 キャインッ!!


 今までの凶悪な鳴き声とは明らかに違う、甲高い鳴き声が闇夜に響く。


 弱弱しい、恐怖を含んだ哀れなその鳴き声――


 闇を透かし、音のほうに目を凝らすと一瞬、鈍く閃く光の筋らしきものが見えた気がした。


 それから何か黒いものが宙に跳ね上がり――再び鈍い光が閃いて、また黒い何かが高く宙に舞い――

哀れな鳴き声も数を増す。


 黒い何かは猟犬だった。


 そして閃く鈍い光は――誰かが振るう剣の軌道だ。誰かが剣を振るっている。

払い落とすように猟犬を――剣で打って掃っているのだ。


 辺りには濃い血潮の匂い――


 猟犬達の血の匂いだ――ガウェインがそう思い、哀れに切り殺されていく猟犬達の姿に

沸々と怒りが込み上げてくるのと――ほぼ同時だった。


 猟犬の群れに覆われるようになっていた白い鹿の喉笛へ、終に一頭の猟犬が食らいついたのだ。


 すでに身体中噛み傷だらけだったが、首へのそれが致命傷となった。


 未だ猟犬に喉笛を押さえつけられたまま、白鹿はヒクヒクと痙攣を繰り返す。


 そして白鹿の目から光は失われ、見るも無残な骸となった。


「おのれっ!! この駄犬どもめっ!! 

この白鹿は我が奥方から私への大切な贈り物であったというのに……っ!!」


 忌々しげな罵声が響き、一層に剣の閃きは数を増す。

猟犬達の許しを請うような哀れな鳴き声も引っ切り無しに聞こえるようになる。


 よくよく目を凝らすと、鹿の死骸の傍らに闇色の甲冑を纏った男が仁王立ちとなって、

群がる猟犬達を切り殺していた。


 哀れな断末魔を上げながら、成す術もなく切り殺されていく猟犬達に

ガウェインは哀れみを感じると共に、猟犬達を無残に切り殺している甲冑の男に

どうしようもないほど深い憎しみと怒りを感じずにはいられなかった。


 彼はこよなく馬を―それも特に己の愛馬グリンガレットを―愛していたが、

それ以外にもアーサーの愛犬ガバルのことも可愛がっていた。


 だから馬と同様に犬に対しても、ガウェインには深い思い入れのようなものがあった。


 その犬が目の前で血飛沫を上げて切り殺されている。


 確かに鹿を噛み殺した猟犬達が悪いのかもしれない。

大切な鹿を殺した猟犬達に怒りを感じるのも仕方がないのかもしれない。だがしかし……


 相手は犬なのだ。彼らに善と悪の見分けなどつくはずもないし、

今剣を振りかざす男にとって殺された鹿がいかに大切なものであろうとも、

彼らにしてみれば鹿は獲物にしか過ぎないわけで、つまり彼らは彼らがもつ、己の性に従って

鹿を追い、噛み殺したに過ぎないのだ。

ガウェインから見ればそれは仕方がないとしか言いようのない事態だ。


 なのにそれをこうも執拗に責め、無慈悲にも次々と猟犬達を殺していく男に――


 ガウェインは言いようもないほどの激しい怒りを感じた。


「おいっ! 止めろっ!! これ以上この猟犬達を殺すんじゃないっ!!」


 我知らず、ガウェインは叫んでいた。


 そしてやっと、男の元へと馬を走らせ、猟犬達を庇うような位置で馬の手綱を引き絞ぼり、

男の前に立ちはだかる。


 近くで見ても黒々とした甲冑のその男は、忌々しげにガウェインを見、

暗い炎のような瞳をカッと燃え上がらせ――


「小僧! この犬どもと同じようになりたくなければ、引っ込んでいろっ!! 

こいつらは我が妻からの大切な贈り物を、我が奥方から私への愛の証でもある大事な白鹿を

無残に噛み殺したのだ。その罪は奴らの薄汚い身を切り刻んだとて償い切れるものではない。

しかし命以外で償うことなど出来ないから、仕方なくこうしているのだ。邪魔をするなっ!!」


 と、ガウェインを恫喝した。


 その恫喝は野太く、いかにも恐ろしげなものであったが、それにガウェインが怯むことはなかった。


「そんなことをしたって、お前の白い鹿が戻ってくるわけじゃない。

善悪の区別もつかぬものは裁きようがないじゃないかっ! 

この行為はお前の感情のままの殺戮以外の何ものでもないっ!!」


 ガウェインは堂々と真正面から男を見据え、はっきりとそう言い切った。


「……小僧、黙って大人しく退くのなら、その暴言は若さゆえの誤りとして見逃してやろう。

だがそれでも退かぬというのなら――お前もこの駄犬共と同じく我が剣の錆としてくれよう」


 怒りで血走った目がガウェインを捕らえている。


 ガウェインはその怒りに滾った視線を全身で受け止めながら、やはり臆することなく――答えるのだ。


「お前が猟犬達に慈悲をかけ、ここを立ち去るというのなら、それを見届けた後、

私もお前の言うとおりここを退こう。しかしそうではなく、まだこの猟犬達を

切り殺し続けると言うのなら、救ってくれる者もない哀れなこの猟犬達に代わり、私がお前と戦おう」


 と――


「小癪な小僧め。そんなに早死したいのか。では望み通り、畜生共と同じ運命を辿るがいい。

泣いて救いを求めても、後の祭りだ。犬共と同じく、無残な末路を辿るがいい!」


 憎憎しげにそう言うや否や、男は馬の脇腹を荒々しく蹴り、ガウェイン目掛けて突撃してくる。


 手綱を引き、全身でガウェインに向かってくる男を避けた後、ガウェインも剣を抜き、

男へ振り下ろす。


 ガイイィィィンっ!!


 剣と剣のぶつかる鈍い音が、ガウェインの腕と鼓膜を震わせ、故に反応が少し遅れた。


 男は素早く剣を引き、再度ガウェインの頭目掛けて剣を振り下ろす。


「っ!?」


 身体を捻り、辛うじて頭から真っ二つの運命からは逃れられたものの、

左肩に深々と剣が食い込んだ。


 血潮の噴き出す音と臓の鼓動が、ガウェインの身体を駆け巡る。


 ドクッドクッと響く忙しない音は、ガウェインに死の恐怖を自覚させる。


 それは生まれて初めて感じる感情だった。


 死ぬかもしれないという恐怖、死にたくはないという渇望、自分から流れ出ていく血潮、焼け付くような痛み――


 動揺、混乱、恐怖――それらは熱い血潮のようにガウェインの身体中を駆け巡り、そして――ガウェインを狂わせた。


 目の奥がカッと燃えるように熱くなる。


 絶叫のような咆哮のような、人間離れした声を上げるやいなや、闇雲にガウェインは剣を振り回し、ただ目の前へと叩きつける。


 それはタガの外れた――狂気の沙汰としか思えない形相だった。


 目は血走り、カッと見開いて、ただただ男を切り殺そうと――否、己を恐れさせる何かを取り払おうと――半狂乱になっている。


 ガンッ、ガンッ、ガツンッッ!!


 剣と剣がこれ以上はないほどに激しくぶつかり合う。


 これまで学んだ技巧も戦術も心得までも投げ捨てて、ガウェインは狂気に駆られて剣を振るう。


 今、ガウェインの頭には――何もない。


 だた叩きつける――ただ――振るう。ただ――何かがガウェインを突き動かす。


 それは死の恐怖か、生への渇望か、それとも生まれて初めて経験する命を懸けた実戦故の高揚感か――


 一心不乱に振り上げる。そして我武者羅に振り下ろし――


 防御も護身もない――それはまさしく捨て身としか言いようのない有様だった。


 ガウェインの、その尋常ではない、鬼気迫る形相に、彼は微かに――怯んだ。


 だがそれでも男は、その威風堂々とした外観に見合う熟練した剣さばきでもって、ガウェインの凶刃を

薙ぎ払い、或いはいなし、一太刀とてその身に喰らうことはなかった。


 しかし如何せん――動作の素早さははるかにガウェインの方が勝っていた。


 恐怖と狂気に駆られ、ガウェインの剣は常とはまるで比べ物にならない、信じられないほどのスピードと強さで――目の前の敵を切り刻もうとする。


 懸命にガウェインの刃を避けながら、男は完全にその狂気に――呑まれていた。


 恐らくそれが決定的に勝敗を決したのだろう……


 ガンッッッッッ!!


 断末魔のような音を立て、一振りの剣が宙を舞う。


 それは――使い込まれた古びた剣――


 剣は、狂気に染まったガウェインの攻撃を防ぎ切れなくなった――男のものだった。


 剣を失った男はその場にへたりこむ。


 勝機を完全に失い、気力も力も尽きたのだろう。生気の失せた目がどこを見るでもなくただ虚ろに、中空を彷徨っていた。


「……」


 それを、もはや何の感慨もなく、ガウェインは眺めていた。


 勝負が完全に決しようと、目の前の存在がもはや脅威でなかろうと、一度取り憑いた狂気は――簡単には抜け落ちようとしない。


 ガウェインの目前には未だ狂気の濃霧が立ち込めている――


「……慈悲を……」


 男の唇が乞う。


「若き騎士よ。どうか慈悲を……私はもはや戦えない。降参するからどうか命だけは助けてくれ」


 小さな、しかし切実な声。


 抵抗する気力もなく、膝を屈して命乞いする彼の姿は惨めを通り越して、もはや――哀れでしかなかっ

た。


 彼の矜持も栄光も、プライドすらもこの瞬間に――砕け散ったのだ。


「……」


 ガウェインは微動だにしなかった。


 ただ見えているのかいないのか、よく分からない濁った目が――男の頭上辺りを彷徨って――


 鼻先をかすめる――血の匂い――


 狂気――恐怖――


 未だ埋み火の如く燻る――得体の知れない――激しい怒り――


 殺される――死ぬ――


 恐怖――


 生じる――狂気――


 狂気は激しい衝動を――


「っ……」


 グッと剣を持つ手に力が入る。


 止まらない――


 止められない――


 振り上がる――


 鈍い光を帯び、今まさに振り下ろされんとする――凶器――


 それを見て、男は覚悟を決めたかのようにそっと目を閉じた。


 そして振り下ろされる――


 その刹那――


「※※※※ッ!!」


 誰かが叫んだ。それは名前――


 絹を裂くような甲高い悲鳴で――


「っ!!!」


 はっとしたように男は顔を上げ、目を開く。


 近寄る足音に――


「来るなっ!! 来るんじゃないっ!!」


 悲痛な絶叫。


 落ちる――刃――


 噴き出す血――


「ああ……」


 絶望に満ちた――落胆の吐息。


 男の腕の中には女。


 首のない、婦人の身体。


 ガウェインの振り下ろした剣の下にはなぜか、男ではなく女が居た。


 気づいた時には全てがもう――遅かった。


 婦人の姿を認めた時にはもう……首が飛んだ後だった。


 狂気で勢いづいた剣は振り下ろしたガウェイン自身にも制することが出来なかったのだ。


 生々しい……肉を裁つ感触に――骨を叩き切る感触……


 一瞬、中空を舞い自分を見下ろした生首が――自分を蔑んだような……


 ボトッ


 呆気ないほど軽い音がして……生首は落ち、暫くゴロゴロと地面を転がった。


 後には絶望に咽び泣く男の泣き声だけが静かに響く。


「……」


 ガウェインは唖然とその場に立ち尽くしていた。


 まさしく悪夢から覚めた心地だった。


 自分が何をしたのか、信じられない思いだった。


 目の前の現実が――無残な姿の婦人の死骸が――ガウェインをようやく狂気から解放する。


 しかしガウェインに残ったのはやり切れない虚脱感と、行き場もないほどの深い嘆きに――どうしようもないほどの自己嫌悪のみだった。


 ガウェインは激しく絶望した。自分自身に――


 ただ自分が行った残虐無慈悲な行為を嫌悪すると共に、如何ともしがたい無力感と深い悔恨がガウェインの心と身体に重く圧し掛かる。


 目の前の光景は――若き騎士には悲愴過ぎる現実だったのだ。


「……殺してくれ」


 吐き捨てるように、男がつぶやいた。暗く淀んだ――死人のような目がガウェインを見上げる。


「殺す気だったんだろう……殺してくれ。もう生きたいとは思わない。そう思う理由がなくなってしまった……」


 言いながら、その覇気のない目は腕の中、首のない女へ向けられる。


「……」


 ガウェインはただうな垂れた。もうどうして良いか、分からなかった。


 気力という気力が全て身体中から抜け落ちてしまったみたいだった。


 億劫だった。もはや彼を殺す為に腕を上げる力すらない。いや、それ以前に彼を殺すだけの気概が――今のガウェインには残っていない。


「……無理だ。もう殺せない。俺は……何の罪のない人を殺してしまった……俺の剣が未熟だったばっかりに……いや、未熟なのは俺の精神、俺自身だ。どうしてあの時もっと冷静になれなかったんだ……どうして俺はあんなにも自分を制御出来なかったんだ……どうしてああも――怒り狂ってカッカしてしまったんだ。もっと俺が立派な騎士だったら……もっとしっかりしていたら……この人もこうはならなかったのに……」


 ガウェインの声は今にも泣き出しそうなほど弱弱しいものだった。


「…私はどうすればいい? お前は私を殺せないと言う。しかし私はもう生きてはいられない。生きていく甲斐もないのだ。どうかもう少し力を揮って私を殺してくれ。それがお前に出来る唯一の罪滅ぼしだ。私と奥方を引き離さず、どうか一緒にいられるよう、力を尽くしてくれ」


 お願いだ、慈悲だ――そんなことを言いながら男は懸命にガウェインに取り縋ろうとする。しかし……


「いや、駄目だ。そんなことはもう出来ない。俺の目はやっと覚めたんだ。もう殺してはならない。一度でも慈悲を乞われたなら、その者は決して殺してはならない。そう教わったというのに……あの時俺は理性の欠片もなく、剣を振り上げてしまったんだ……」


 声にはどこまでも深い後悔の念が滲んでいる。しかし崩れ落ちそうなほど弱弱しい声を懸命に奮い立たせ、毅然とガウェインは言う。


「キャメロットへ――アーサー王の宮廷へ行き、そこですべてを話すのだ。私はガウェイン。白い鹿の冒険へ出た者がここへ行けと言ったと言えば通してくれるはずだ」


「……」


 もはやガウェインが自分の望みを叶えてはくれないということを悟ったのか、そうするより他にないと理解したのか、男は暗い鬱々とした表情のまま、ガウェインに背を向け、フラフラとどこかへ歩き去って行く。


 そしてその背を、召使いらしき男が追いかけた。きっと急いで用意したであろう馬を引き、主人に手渡す。その光景を見るともなしに眺めながら、忠義な召使いだとガウェインは思う。


 馬がガウェインの真横を駆けた。


 ガウェインを通り抜けた際の、男の目は相変わらず虚ろでありながらも、どこか哀しげでそして恨めしげで――それがガウェインには堪らなく痛かった。


「……ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう……俺は俺を許せない。どうして俺はこうも短慮なのだ? 易々と怒りのままに我を失って、見境なしに自分でも信じられないほど残酷な行いをしてしまった。こんなに無思慮で横暴な上に残虐で、しかもこんなに見っとも無くて――なのにそんな奴が騎士に任じられて良かったのか? 今からでも騎士の位を返上すべきではないのか? ああ、俺は一体どうすべきなのだ……?」


 ガウェインの嘆きは深く、そして何より彼はどうしようもないほどに混乱していた。


 それほどガウェインは己の犯した過ちと罪とを後悔し、強く憎んでいるのだ。


「…兄さん、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。周りを見て。僕達囲まれてしまったよ……」


 今まで事態を静観するしかなかったガヘリスが痛ましげな眼差しを兄に遣しながらも、周囲へ警戒した視線を廻らせる。


 ガヘリスの言うとおり、前後左右の四方向にそれぞれ一人ずつ、四人の騎士が配置されている。


 彼らはじりじりと輪を縮めながら、ガウェインとガヘリスに近づいてくる。


 抜き身の剣、放たれる怒りと殺気――


 それらがただでは済まさないと物語る。


 そしてついに彼らのうち一人がガウェインに飛びかかった。


「っ!?」


 咄嗟にガウェインは剣を抜き、その刃を受け止める。キィィィンと腕に痺れが走り、それは脳天にまで駆け抜ける。


「お前達は一体何者だっ!!」


 ガウェインの代わりにガヘリスが誰何する。


「我らはこの城の主に養われていた騎士だ。主人の奥方を殺されて、黙っているわけにはいかない。しかもそれが無慈悲で残忍な騎士によるものであれば尚更だっ!!」


 そう言うなり、騎士は再度激しく剣をガウェインへ打ちつける。


「…っ」


 その剣はガウェインの右腕を傷つけた。深くはないが、しかしかすり傷と呼べるほど浅いものでもな

い。


「慈悲なき騎士よ。思い知れっ!!」


「正義の剣を受けるがいい!!」


「残忍な者は騎士にあらずっ!!」


「奥方の仇だっ!!」


 叫びながら彼らは一斉に切りかかってくる。


 一つ、また一つとガウェインの身に傷が増えていく。


 ほぼ血みどろになりながら、懸命にガウェインは応戦した。ガヘリスも奮戦してはいるものの、彼らの圧倒的不利は変わりない。


 肝心のガウェインは肉体的疲労と精神的磨耗とでボロボロの状態だったし、助太刀するガヘリスはガウェイン以上に幼く、故に未熟な為、戦況を覆すほどの活躍は望むべくもない。


 そして終にガウェインは地に倒れ付し、すぐにガヘリスも膝を屈した。


「さぁ、覚悟しろっ!」


 高々とかかげられる――刃。


 振り下ろされれば――首は飛び、命を失うのだろう……自分が殺したあの女のように……


(……)


 そう思うと、すぐ側で苦しそうに息をするガヘリスが目に入る。


 彼のことだけが気がかりで――無念だった。


 自分はともかくとして、弟までもがこの凶刃で倒れるのは余りに遣り切れない。


 自分のせいで、自分より幼く自分以上に未来も将来もある弟までもが死なねばならないという現実がガウェインの胸を締めつける。


 せめて彼の命乞いだけでも―無慈悲に彼らの主人を殺した自分の嘆願が彼らに聞き届けられる可能性は限りなくゼロに近いであろうが―しようと、ガウェインが口を開こうとした時――


 パタパタパタ――


 幾つかの軽やかな足音がこちらへ向かって近づいてくる。


 やって来たのは女達だった。


 若い者から老いた者まで、五、六人の女達が刃を掲げた騎士を囲み、口々に――ガウェイン達を取り成し始める。


「この者達を良くご覧下さい。まだ子供じゃないですか……」


「いくら許されないことをしたからと言って、こんなに若い、子供同然の子達を殺すだなんて……」


「まだまだ道理も分別もつかない、騎士になったばかりの若者です。鎧と剣を帯びてはいても、子供とそう変わりありません」


「こちらの従者の子をご覧なさい。この子は間違いなくまだ子供です。殺すだなんてあんまりに可哀想じゃありませんか……」


「まだまだいとけない、半人前とすら呼べない若い子達に大人と同じ責を負わせるだなんて……余りに過酷ではありませんか……」


「どうかお慈悲を。こんなに若くして命を落としては、この子達の親の嘆きと悲しみはどんなに深いことでしょう」


「どんなに酷いことをしたとしても、子供の過ちです。どうか許して差しあげて下さい」


「どうか哀れんでやって下さいまし。私達とこの子達の親とに免じて」


 女達は口々にガウェインとガヘリスを庇いたて、懸命にその命乞いをする。


 騎士達は皆黙っている。しかしいつの間にか、ガウェインを討たんと掲げられていた剣は下を向いてい

た。


「…いいだろう。しかしこのまま黙って帰すわけにはいかん。ひとまずは地下牢にでも放りこんでおけ」


 カシャンと軽やかな音をたて、剣は鞘へと戻された。


 女達は献身的に二人の身体を支えながら、真っ暗な闇夜に聳え立つ城の中へと運び込むのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ