若き騎士ガウェイン
それは輝かしい栄光の始まり――
若き王アーサーのこうべには王の証たるクラウン、そして隣に立つ美しき王妃の額には煌くティアラ――
今、この国に新たな王が誕生し、さらにはその王に血筋正しい王女が嫁いできたのだ。
誰もが歓声を上げ、新たな王と王妃、そして新たな王国の誕生を言祝いだ。1誰もが若く美しい王と王
妃を通し、この国の未来に光を見出したのだ。
それは少し離れたところから祝いの中心地―つまりは王と王妃―を眺めるガウェインも同じ心境だっ
た。
誇らしいような、少し寂しいような、言葉では言い表せないような何とも感慨深い気持ちになりなが
らも、しかしアーサーの新たな門出を祝う喜ばしい気持ちで彼の胸は満たされていた。
そしてそれと同時に騎士として彼に仕え、王国の繁栄と未来を担う重大な使命を心に描き、身の引き
締まるような緊張と心躍るような高揚感とで若きガウェインの胸は一杯だった。
ガウェインは思ったのだ。
これは王アーサーのみならず、自分にとっても新たな始まりなのだ――と。
この時、光に満ちた未来の到来を年若いガウェインは信じて疑わなかった。
否、信じる信じないの余地は少しもなく、今、彼の目の前には確かに光り輝く未来が開けていたの
だ。――ただしそれは若者特有の熱情と疑うことを知らない頑なな心の見せた陽炎の如き未来なのだが……
彼は知らない。
騎士というものが一体如何なるものであるのかを――
彼にはまだ分からない。
騎士が如何に残酷な運命に晒されているのか――
輝かしい反面、血生臭さと重圧、時に深い哀切と痛苦を孕んでいることを――
彼はまだ知らない。
しかしすぐにそれを思い知ることとなる――
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婚礼と戴冠式を終えると、後は祝宴だった。
目出度い祝いの席特有の、無礼講めいた喧騒、賑わい――
酒食の力も借りてか、今は昼間以上の騒々しさだった。
誰もが浮かれたように喜び、飲み食いし、声高に話したり語ったり、さらには歌う者までいる。
沢山の招待客に合わせて大広間には幾つもテーブルがあったが、中央に一際大きなテーブルがあった。
それはグウィネヴィアの父ロデグランス王が婚礼の祝いとして娘に持たせた品であった。
丸いその円卓は何百人もの人間が座れるほど大きなもので、サイズとその美しさ、風格はさることながら、特別な魔法の力が備わっていた。
円卓の座席の背に名が浮かび上がるのだ。つまり座るべき者の名が記される。万が一、そこに記された者以外が席につくと、その者は即座に死ぬ。資格なき者の着席を決して許さない。
宴の始めにマーリンという魔術師がそう言ったのだ。
そして彼は自ら座席の背を一つ一つ確認し、円卓に座るべき者を一人一人名指しして、座るべき席へと導いた。
その中にはガウェインの名も含まれていた。
そのことをガウェインは誇らしく思うと同時に無意識の内に当然だとも思っていた。
それは彼はオークニーのロト王の長子でさらにはアーサーの甥という非常に高貴で貴ばれるべき血統だったからだ。
少なくとも周囲はそのように扱ったし、そうなれば自然、そう扱われるガウェインにもそのような矜持や心構えが備わってくる。それはまるで血肉のようにごく自然に、彼の身に染み込んでいるのだ
夜が更け、そろそろ日付も変わろうかという時刻になった。
宴もたけなわではあったが、時間も時間であったため、宴もお開きになろうとしていた。
その時だった―― 歓談の声に混じって、犬の恐ろしげな吠え声――
直後、白い鹿が大広間の中へ駆け込んでくる。
それは真っ白な、清らかな鹿だった。
染み一つない、白雪そのもののような綺麗な鹿で、ピョンピョン飛びながら軽やかな足取りで大広間の人ごみを掻き分け、円卓へと駆け寄ってくる。
また扉から何かが駆け込んでくる。
犬だ。
鹿に劣らぬほど綺麗な雌犬で、ミルクのように滑らかな白さの美しい犬である。
犬も鹿の後を追い、円卓へと近づいてくる。
そしてまた、闖入者が訪れた――
今度は黒い猟犬だった。
但しこれは一頭ではなく、数え切れないほど沢山だった。ざっと五十頭ほどはいる。
その猟犬の大群は鹿と雌犬の後を追い、円卓へ――
鹿が円卓をぐるりと廻ると、雌犬もそれを追い、黒い猟犬の大群も吠え声を上げながら、それを追いかける。
円卓を一周し終えた鹿は、ピョンと大きく一跳ねした。
そしてそれに驚いたアベレウスという若い騎士が派手に引っくり返った。
皆の前でみっともなく、しかも仰向けに引っくり返ってしまった彼はひどく気恥ずかしい思いをし、故にひどく腹を立てた。
鹿はすでに大広間から出て行った後だった。
彼はまるで腹いせをするように、次に来た白い雌犬を捕まえ、大広間から去っていった。
大広間にいた皆と同様、目の前で起こった不可解な出来事を訳も分からず黙って見ていたガウェインが窓から外を見てみると、雌犬の首根っこを掴んだまま、アベレウスが馬に乗るところだった。
そしてアベレウスは去っていった。前方に白い鹿、後方に黒い猟犬の大群を従えて……
未だ猟犬達の吠え声の残響が響く中、今度は乙女が現れた。
金髪に澄んだ蒼い瞳の美しい乙女は物怖じすることもなく、つかつかと大広間の奥の、王座に座したアーサー目掛けて進み寄り、目の前に立つと、こう言った。
「王様、あの犬は私のものです。あの白い雌犬は私のものなのです。どうか取り返して下さい。大王様の御名にかけて」
乙女は真っ直ぐアーサーを見つめていた。
彼女の綺麗な蒼い瞳は怒りに燃えていた。
だからアーサーは諾と答えようとした。
乙女はまさしく貴婦人以外の何者にも見えなかったし、またその怒りようから連れ去られた雌犬が彼女にとって余程大事なものだと感じられたからである。
しかしアーサーが答えようとしたまさにその時――
けたたましい蹄の音――そしてすぐに――
バアンッ!!
引き裂くように鳴る扉が開く音――
入ってきたのは山のようにガッシリとした体格の騎士だった。
騎士は馬に乗ったまま、カツカツと歩を進め、アーサーの前へ――いや、乙女へと近寄り――
「っ!?」
掬い上げるようにひょいと乙女を抱き上げると、瞬く間に大広間から去っていった。
それは止める暇もないほど――あっという間の出来事だった。
大広間はシンと静まり返る。
誰もが凍りついたように動かず、喋らなかった。
立て続けに起きた幾つもの珍事に誰もが声を失い、唖然としていたからだ。
パンッ!!
誰かが手を打つ。
その乾いた音は静寂の中、滲みるようによく響き、誰もが夢から覚めたような心地を味わった。それはガウェインも同じだった。いや、若く経験が浅い故にそれは他の誰よりもひとしおだったかもしれない。
誰もが音源を辿る。
皆の視線の先にはマーリンがいた。マーリンが手を打ったのだ。
「皆、何という体たらくなのだ。目の前で乙女が連れ去られたというのに、立ち上がって乙女を救おうという者は誰一人いないのか? それでもお前達は騎士なのか? アーサー王の宮廷で、それも多くの名立たる騎士達の目の前で、あのような暴挙が許されるとは何たる屈辱。このまま指を銜えて見ていれば後の世までの恥辱となりましょう。王よ、すぐにでも人を遣わし、後を追わせるのです。王の宮廷の名誉において、このままにしておいてはなりません。然るべき者に命令をお与えなさい」
マーリンの、静かでありながらも厳しい叱責に、アーサーはハッとしたような顔をしながらも、
「マーリン、一体誰が乙女を救うべきなのだろう? ここには沢山の優れた騎士がいる。一体誰に私は命令を下すべきなのだ?」
と、アーサーはマーリンへ助言を請う。
「まずは雌犬とアベレウスをラモラクに追わせ、白い鹿はガウェインに、乙女はぺリノア王に救わせるが良いでしょう」
淀みなく、すらすらと簡潔にマーリンはアーサーの問いに答える。
「ではその通りにしよう。ラモラク、ガウェイン、ぺリノア、すぐに支度をし、出立するのだ。皆が与えられた冒険を無事に果たすことが出来るよう、祈っているぞ」
アーサーは三人へ命を下した。
それはガウェインが生まれて初めて受けた王の命令、騎士に任じられて初めて立ち向かう――冒険の始まりなのだった。