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幸運の神様

作者: 十夢
掲載日:2026/03/30

誰をも悲しませないこと。自分をも他人をも。その主な一つには。「人は相手に恥をかかせないこと」。

神様の正体


 映画館にてこんなことがありました。今週から公開が始まったばかりの映画です。主に若い女性に人気の映画でした。そのため、集まった観客も女性が多く、単身で観られる女性も多数でした。 

 女性が単身で映画を観に行くことは有り体に言えば勇気が要る事でしょう。館内にはカップルも居て、人目だって気になります。それでも単身で観に来ると言うのは、それだけ新作の映画に期待が有り、楽しみにしていたということでしょう。 

 さて、それだけ期待を込めてやって来た映画館です。食べ物や飲み物も館内で買い込んで楽しく観覧することでしょう。自分だってそう、一杯のコーヒーを買って楽しみに席に着きます。 

 そのような時でした。ザワザワと館内には人が歩き、ソワソワと映画の始まりを待つ時間です。自分と同じ列の最端の座席で、ある女性が大変慌てた様子で居ます。自分は同じ列でも真逆の最端に座っていました。その気を察して様子を見てみると、彼女は床に、その買ったばかりの飲食物を全て溢していました。どういう状況でそうなったのかは定かではありません。けれど、彼女の置かれた心情は空間を超えてダイレクトに伝わります。 

 たった一人で、この広い空間でそのようなミスをすれば、大抵の人は、大きく落ち込む事でしょう。それは、彼女をとても悲しませた出来事になっていたはずです。 

 さて、ここでどうするか?ここで駆けつけて一緒に片付ける……?いや、それは目立ちすぎるでしょう。それでは、彼女を余計に困らせてしまうでしょう。何よりも目立ちたく無いはずの状況下で、それは、恥をかかせてしまうでしょう。それでは、どうするか? 

 時間を見れば、映画の始まりまで残り5分です。後、5分で出来る事! 

 ここで、スタッフを呼びに行く事にしました。彼女には知られないように反対の出入り口からスタッフを呼びに行きます。それは敢えて自分の隣に座っていたパートナーに行って貰います。なぜなら、彼は、人助けが得意であり、この状況に相応しかったからです。 

 呼びに行って1分もすれば颯爽と男性スタッフが道具を持ってやって来ました。彼は手慣れたもので、騒がず静かにその場を片付けてしまいます。女性からは「すみません。ごめんなさい」という小さな声が聞こえます。この声を聞けば彼女が善い人だったと良く分かります。 

 男性スタッフは何やら女性に尋ねています。スタッフは片付けを終えて、女性を残して去りました。そろそろ映画も始まります。館内も大方の観客は席に着いています。館内も静まりかけた頃、先ほどの男性スタッフが女性のすぐ近くの出入り口からやって来ました。自分たちがスタッフを呼びに行った出入り口とは真逆の出入り口からです。 その時に彼が手にしていたものを見た時、それは、唖然と驚きました。なんとスタッフは、女性が溢してしまった商品を新品で再び用意して来てくれたのです。もちろん、お代は要りません。


幸運の正体


 館内のサービスが実はこんなことになっているなんて、自分たちは知りませんでした。彼女が悲しまないように、女性が一人で来て恥をかかないで済むようにと願いを込めただけでした。けれども、このような顛末になったことは幸いです。 

 きっと、彼女は初めは落ち込んだ事でしょう。最悪の映画館になっていたかもしれません。もう二度と一人では来なくなっていたかもしれない……。 

 けれど、人の目はちゃんと見ています。どこに居ても、本人はたった一人だったと思っていてもです。目が行き届かなくても些細な心の変化は人の心を動かします。少なくとも自分は、人の心の動きをキャッチする……。それは、人を落ち着かせるため。人の心を動かすものを取り除くため。そして、それらを果報へと結びつけるため。その為には、静かに観ている……。 


映画は始まって行く


 行き届いた館内サービスのおかげで一人の女性は救われました。これは、日常的な事です。一人一人の普段通りの働きが誰かに幸運をもたらしている。何気ない小さな親切も実はそれは誰かの幸運の正体になっている。


徳の香り


 ブッダのことばにこんな言葉がありました。


 『花の香りは風に逆らっては進んで行かない。栴檀もタガラの花もジャスミンもみなそうである。しかし徳のある人々の香りは、風に逆らっても進んで行く。徳のある人はすべての方向に薫る。 

 栴檀、タガラ、青蓮華、ヴァッシキー、これら香りのあるものどものうちでも、徳行の香りこそ最上である。

 タガラ、栴檀の香りは微かであって、大したことはない。しかし徳行ある人々の香りは最上であって、天の神々にもとどく。』 

 (以上、『ブッダの真理のことば・感興のことば』中村元訳 岩波文庫より引用)


 人間の世界にあって、徳の香りが分かるだろうか?ここに説かれた言葉からは、疑問に想うかもしれませんね。ですが、ここに説かれた言葉は嘘はあり得ません。人間に降り注ぐ幸運の正体は、ここに説かれた言葉の通りに徳行の香りは『天の神々にも』届いて雨のように幸運を降らせるでしょう。それは慈雨となって神々をも人々をも潤すでしょう。


人間の小さな親切から世界が動くまで


 人は、当たり前のように行なっている自分たちの行為には、何も無いことのように想うでしょう。けれども実際には、それは事情が異なります。先に挙げたことばのように『徳行』は、届くべきところまで届き、その先まで動かして行く力を保つ。そうして、関わり合う世界が動き出す……。 

 人間が行う行為は、例え小さくても実はとても重要な出来事です。ただそれは、還元される様相を異にするだけです。例えば、人間は金銭でそれを還して欲しいと願う。けれども天の神々は、相応しい値打ちでそれを還そうとした……。

 さて、この場合に人間は、どう受け取ることが正しいのでしょう?


徳の香りが分かる人たち


 先に挙げたブッダのことばには、続きがあります。


 『徳行を完成し、つとめはげんで生活し、正しい智慧によって解脱した人々には、悪魔も近づくによし無し。

  大道に棄てられた塵芥の山堆の中から香しく麗しい蓮華が生ずるように。

  塵芥にも盲た凡夫のあいだにあって、正しくめざめたブッダの弟子は智慧もて輝く。』

 (以上、『ブッダの真理のことば・感興のことば』中村元訳 岩波文庫より引用)


  ここに挙げたことばは、何も特別な人間の行為を指し示しているのではありません。ごく日常の中にそれは、起こり得ると指しています。

 人は毎日を生きています。それは、何も起こらない日常です。当たり前の日常で人々は生きている……。

 そう!だけど、その中に幸運が訪れて人々に潤いをもたらして行く。その正体は何なのか?

 それは、誰と言うことでもない、一人一人がもたらした小さな当たり前の行為です。人が日常に相手を慮り、大切にした行為が、やがて天に届き、相応しく動かしてやってくる。その繰り返しの中で、天は寿ぎ、人々は導かれ……。そんな風に日常を念うなら、いま、私が目の前で為そうとする行為が見違えて来ませんか?それらは、意味を持ってやって来ていることでしょう。


徳の香りの楽しみ


 人々の間の中に徳の香りを見つける楽しみ。それは、大きく大きく全体を見渡す目になっています。物事を人間が見える視覚の世界だけに閉じ込めずに、感覚、思考、直感、感情、感じられる総てを用いて世界を観じて生きることです。その生活は楽しく、事実関係において視覚や思考に頼らない気の楽な生活となります。


大団円の結末


 人が窮地に出会う時、そこには、闇もあるでしょう。けれどもその窮地は、誰とも言わず人々の心にも繋がって行く……感知されて行くことでしょう。そこには、動くべきものが動き、顛末へと結ばれる。そのような一刻にも、動ける人々が在るのですね。人の窮地を嗅ぎ分け、行動に移す人が現れる。その縁は、特別な計らいでもあるでしょう……。それは、一人一人の毎日が動かした縁です。その中でも、徳行は、自他に福を与え、幸運をもたらすことでしょう。

 先に挙げたことばでは、このように説かれました。


『……正しくめざめたブッダの弟子は智慧もて輝く。』


そう、智慧もて輝くブッダの弟子たちは、多くを望んでは居ません。それでも、ただ、誰かに『功徳』を積んで欲しいと願う時には、その場をその方に譲るでしょう。そうすることでその場は自然に流れ、やがて、大きな果報をもたらすからです。


ブッダの弟子が生きる意味


『尊い人は得難い。かれはどこにでも生まれるのではない。思慮深い人の生まれる家は、幸福に栄える』(以上、『ブッダの真理のことば・感興のことば』中村元訳 岩波文庫より引用)


 この世に生きて、誰かと出会う。その出会いの中に誰かに『功徳』を生む機縁を感じた時……。ブッダの弟子は、その出会いを見逃しはしないでしょう。何としてでもその人に『功徳』を積ませたいと願う……。その願いを持って動き続けることがブッダの弟子であるのです。 人々の間にあって徳の香りを嗅ぎ分け、その香りを楽しむ。これもブッダの弟子の楽しみでしょう。人々の間にあって、この世の中を観る。それは別段、苦しいことではないけれど、時に、見事な時もあるでしょう。


映画の終わり


 さて、楽しみにしていた映画も無事に終わりです。この映画は、ずっと『一人』を感じて来た者同士が出会い、愛すること、愛し合うこと、愛されると言うことがどのようなことなのかを知って行く物語です。幼い頃から「私は愛されていない」と思い続けて生きて来た者たちは、愛されることが分からない……。愛をどのように受け取って良いのか分からずに迷い苦しむのですね。それを学んで生きて行くことは大変な勇気です。でも、その一歩は、例え小さな一歩でも、後から見れば大きな一歩になっています。

 愛されていない自分を信じることは難しいことかもしれない……。愛はそれ程までに大きな力を持って人々の心を支えます。ですが、その愛は、自分の中に生命として生まれている。そう信じてみませんか……?

 誰かを愛する愛だけが愛じゃ無い……。そう想って世界を見回してみませんか?

 一つ一つの愛が繋がって大きな愛になっています。そのどれか一つでも掴んで支えになって欲しいと願います。


優しいと悲しませないこと


 あなたの中に愛が生命として生まれて来る…… 

 私の中にも愛が、懇々と生命として生まれて来ている……


 もしも、私(あなた自身)が、私は誰にも愛されないと悲しむのなら…… 

 まずは、あなたが、あなたの中に生まれた生命と名付くその愛を愛して生きて欲しい 

 

 その愛は、慈愛となってあなた自身を潤うすでしょう

 そうしてまた、そこに溢れ出す慈雨がそばに居る者たちへと降り注ぐことでしょう


 その慈愛は、優しい…… 

 その慈愛が、自分をも相手をも……誰をも悲しませないことに続いて行く 

 その大事な大事なはじめが、あなたのその愛です

人が相手に恥をかかせないことは重要です。悲しませないことの分岐点です。もしも、私が、私は誰にも愛されないと悲しむのなら……まずは、あなたが、あなたの中に生まれたその愛を愛して生きて欲しい 

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