秘密結社を作るぜ
教室に差し込む夕日に晒されながら、僕たちは教室の隅で密かに言葉を交わしていた。
「そこは『ぬらつく』、こっちは『慰める』の方が良い。そこは敢えて『グチュ』を残したほうがエロいと思う」
「ハイッ!」
「声が大きいぜニッカ君」
普段僕らの秘密の会議は男子トイレの清掃中に行われるが、今日は無人の教室で行われている。廊下では普通に生徒が談笑しているし、いつ教師が乗り込んでくるかもわからない。いつものトイレよりも周りを気にしなければならないが、今日は2人でノートを突き合わせる日だ。K君による『エロ語彙添削』である。
あの日、僕は妄想上で行った淫靡剣道。その中で何かを掴んだ僕は、その日のうちにそれをノートにぶつけた。翌日、それをK君に叩きつけると、彼が最初に放った言葉は、
「勃ったよニッカ君!!!!」
だった。これ以上無い褒め言葉である。
そして今、K君がよりエロくなるように単語を吟味し、読みやすく清書をすることで、それは完成する。
「遂に出来たね…ニッカ君」
「うん、これが僕の。僕らのデビュー作、『羽化』。完成だ」
『羽化』。この中学生にしては背伸びをしたようなタイトル。未だ性の快楽を知らない少女が無理やり大人にされてしまう。そんな内容からこのタイトルを名付けた。
K君はページをめくりながらニヤリと笑う。
「いや、やっぱり何度読み返してもエロいよコレ。一つひとつの動作が濃いというか、物凄くネチネチしてるというかさ。動きがしつこいくらい書かれててなんか生々しい」
「褒められてるはず何だけど、ネチネチて…」
キラキラとサムズアップしながらK君は答える。
「ネチネチネチョネチョ。しつこくて粘着質!エロにおいては最高の褒め言葉だぜ!」
戦闘シーンが一瞬の攻防を綿密に描くように、行為の一瞬を、感じる瞬間を、まるで時間の進みが遅くなっているかのように引き伸ばして描く。ネチョネチョとしつこく。それが僕が掴んだエロの描き方だった。
「ココ!ココすごいエロい!キスだけでねっとりたっぷり3行も書きやがって!」
まるで大きなカブトムシを見つけた少年のように目を輝かせるK君。相変わらず褒め上手な男だ。そこは僕が力を入れて描写したシーン。
「そこが『堕ち』のミソになるからね。最初嫌がってたキスとの対比はちゃんと描きたかった」
僕もまるで作家のようにもっともらしくそれに答える。
そしてこれは実際に書いてみての発見だったが、問題になった擬音、そして喘ぎ声。これらも適度に散りばめることによって陳腐にもならず、良いアクセントとなった。
「それに最後のシーン。余韻というかなんというか。コレもエロかったなぁ!」
K君は最終盤のページをペシペシと叩く。そう、僕は最後にシーンを追加した。当初のストーリーでは少女の絶頂で幕を閉じる。エロコンテンツにおいてそれは一般的に一番重要なシーンだ。
僕がその後に追加したのはシャワーシーンだ。体の汚れ、汗を落としながらも覚えさせられた快楽に身体が疼き、静かに自らを〝慰める〟。そんなシーン。
「あれはね、K君。残心だよ」
「ザンシン…?」
「剣道の心構えっていうのかな。技の後も油断しない、気を緩めないって感じの。先輩は簡単に技を決めた後の動作とか、審判へのアピールなんて言ってたけどさ」
だが、なぜか僕は何故か先生の言葉を覚えていた。
残心は敬意と余韻の美学だ。剣道を人殺しの道具でもただのスポーツにもしない為、術ではなく道であるために必要な事なんだ。
前にも少し語ったが、はっきり言って僕は剣道の先生が嫌いだった。だがそれでも、この言葉は覚えていた。
山場が終わったあとに、何を残すか。
ただ事が済めばいいわけじゃない。むしろ大事なのは、その『あと』なんだ。
「曲のサビとアウトロみたいな感じ?サビが一番注目されるところだけど、そこだけループで聴いててもモヤモヤするし、アウトロで最後に締めるから気持ち良い…みたいな?」
「そう!まさにそう!それが僕の思う残心なんだよ!」
もし先生が言ったように残心が敬意と余韻の美学であるのならば、例え僕が書いているものがエロ小説だったとしても、より美しく、良いものが出来上がるのではないだろうか。
「だからエッチの後のシャワーシーンで残心して気持ちよく終われたってことか。色んなことがエロに繋がってるなぁ」
そうだ、全てのことが『カード』になるんだ。あんなに苦痛だった剣道だって。ぽつりと僕は言う。
「ありがとう」
「ニッカ君?」
「いや、なんか全てのことにお礼を言いたくなった。」
「やけに壮大だねぇ」
夕日に照らされて向かい合う僕たち。その手には一冊のノート。エロ小説家ニッカが誕生した。
「では、作家先生。ここからのお話をします」
K君はクイッと眼鏡を上げる仕草をした。裸眼なのに。
「ここからって?」
「完成した達成感に満ちあふれてるのは良いことだけどさ、正直に答えてご覧ニッカ君。この小説、読まれたいだろ?」
「そ、そりゃもちろん。せっかく書いたからね」
遠慮しがちに僕は言うが、本心では読まれたい、評価されたい。強く思っている。
「俺もこの『羽化』は、俺以外の皆に読まれるべきだと思ってる。すっごいエロいからな!」
言葉の勢いとは裏腹にK君は優しくノートに触れた。
「だが!このエロ小説の存在が広く知れ渡り過ぎるのは、良くない」
実際の所、教室の隅で密かにエロい話をしてる分には誰も文句は言わない。精々女子たちの耳に入れば不潔扱いされる程度だ。先生達も「まあ男の子だしこんなもんだよね」くらいのものである。
「ただし、この『羽化』はバカな男子の落書きと片付けるにはあまりにも、あまりにもー!エロいッ!」
「声が大きいよK君……」
K君の演説にも力がこもってきた。僕は自分の作品が褒められる照れを隠すように、なるだけ冷静な顔をしてトーンを下げるようジェスチャーを送る。
「……ともかく、このノートや俺達がやってることが先生や女子たちにバレたらマズいわけだよ。これは立派な猥褻物だ」
「先生にこれを取り上げられようものなら……ヤバいよね。女子に見つかるのも……この学校では生きていけなくなりそうだし……」
「自分たちでエロ本書いたやつなんて前代未聞だからどんなことされるかはわからないけど、職員室に呼び出されて説教、で済むかな。親まで出てくるかも。そして女子にバレたら……」
当たり前だが学校社会の半分は女子、そして女子たちのネットワークは強固で、伝達も素早い。僕たちに貼られる変態というレッテルは即座に出回り強烈な迫害が始まるだろう。
苦々しい顔をしながらK君は続ける。
「実際の所、男子も油断ならない。『こいつ変態だぜー!』とか言って晒し上げる奴もいる。〇〇とか☓☓とか、アイツらとか……」
K君が具体名を挙げたのはクラスの男子。以前K君が読んでいたライトノベルを取り上げて騒いでいた。
嫌でも思い描いてしまう。全てが公になってしまった光景を。
教室でそのノートを取り上げられ、バカな男子達に、雑に回し読みされる光景を。女子達の冷たい目、近づくな、という罵声を。校長室のソファーに座り、両脇で神妙な顔をする両親と怒る先生達。
ただの中学生にとってこの光景はまさしく『終わり』であった。
「でも、そのリスクがあったとしてもさ、この小説の良さがわかるやつに読まれるべき。そうだよね、ニッカ君」
彼はノートに触れて、またニヤリと笑う。
「ニッカ君は最高の小説を作った。だからここからは、俺の仕事だ」
「仕事?」
「俺たちだけじゃもったいない、でも余計な奴には広めたくない」
またK君は眼鏡を上げた。裸眼なのに。
「秘密結社を作るぜ、ニッカ君!」
「秘密結社ぁ!?」
夕日に照らされた教室で、K君はさらなる悪巧みを始めようとする。
汚いトイレから始まった僕たちの物語は、この教室からさらなる飛躍を遂げる。
その予感に僕は怖さを忘れ、またときめいてしまったのだ。




