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僕は認められる何者かになるんだ

 とある有名な犬のキャラクターはこう言ったらしい。「配られたカードで勝負するしかないのさ」と。様々な場面で引用される名言だが、あの日の僕たちにも当てはまる言葉だと思う。


 本来エロ小説なんてものはエロを知り尽くした大人が書くものだ。女体を知り、行為を知り、匂いや温度まで言葉に落とし込む人達が書く世界。それに比べ僕らはあまりにも無知だった。それでもエロ小説が書きたい僕たちは、それこそ配られたカードで勝負をするまでである。まず僕らは自らの持つカードを確かめ合うことにした。


 翌日、男子トイレの掃除時間。誰も来ない薄暗いタイルの部屋は、僕らの秘密基地だ。相変わらずのアンモニア臭が鼻をつく中、K君は便器の前で、わざわざ持ってきた保健体育の教科書をパラパラめくる。


「これしかねえよな、手元のカードは」


 彼はニヤリと笑いページを指さす。覗き込むと男女の体つきの変化というタイトルのページだった。保健の教科書に付き物の裸体。シンプルな顔つきの男女が年齢順に並んでいる。


「貧弱なカードだよ……」

「でもな?年齢順で裸にされて並ばされてる姿はシチュエーションとしてはとても『エロ』だぜ。」

「はー…なるほどねぇ……」

 僕は感心してしまった。僕含め同年代の男子達はただ教科書におっぱいが並んでいることに喜んでいたが、K君は一味違う。中学生にしてあのシンプルな裸体のイラストをシチュエーションと捉えたのだ。

 ずば抜けたエロへの感受性と言わざるを得ない。

「例えば今僕たちがいるこのトイレに、男女が丁度この絵みたいにズラッと並ばされる。しかも几帳面に年齢順に……。そう考えると中々変態チックになるね。」

「そうそう、流石未来のエロ小説家!理解が早くて助かるぜ!」

 僕も負けじと話題についていく。この場はよき理解者との語らいでありながら一種の戦いでもある、のかもしれない。

 そうして意見をぶつかり合わせる中で、驚くべきことに僕らには意外な共通点を見つける。人生で初めて触れた『エロいもの』が同じだったのである。それは一冊の同人誌だった。

 市販されていない、自主制作の作品。少年漫画に登場する魅力的なヒロインが、本編では絶対にあり得ないあんなことやそんなことをされてしまう。そんな妄想を実現したものが『その同人誌』だった。


「まさか相手をスローモーションにするビームであんなエロい表現をするなんて!!」「能力の使い方がすごいのもそうだけどあの絵柄!!本家と間違うほどの画力!!」と、K君と僕、まるで漫才みたいにまくし立てる。


 僕が『その同人誌』を初めて目にしたのは小学6年生の頃だった。友達と遊んでいた時、その友達のお兄さんが「面白いものを見せてあげる」と言ってきた。彼らはいわゆるお金持ちの家だったのだろう。お兄さんは自分専用の部屋と専用のパソコンを持っていた。そこに表示されたのが『その同人誌』である。

 当時の僕はよく本を読む子供だったので『そういうこと』を仄めかすシーンを見たことは何度もあったし、昼ドラの再放送でも『そういうこと』をしているシーンは幾らでもあった。


 ただ、『そういうこと』そのものを、自分がよく見知ったキャラクターがしている姿を見るのは中々に衝撃であった。あの時の僕は大人達が隠そうとする都合の悪いものを見ている背徳感に興奮をしていたのだと思う。

 だがその目に焼き付いた光景を思い返しながら成長をし、あれこそが『エロ』なのだと理解した。

 K君も僕とほぼ同じような形で『その同人誌』を知ったと語る。


「あれが、俺らが目指すべきエロの形なんだよ!」

 K君の声がタイルに反響する。僕も頷く。実物は手元にない、だが確かに脳に焼き付いた『その同人誌』、あの時感じた興奮。それが僕ら2人が目指すべきエロ小説の完成形であった。


「あともう一つだけ、僕はカフカを挙げたいんだけど……知ってる?」


「カフ……何?」


あの有名な小説家の名作。15歳の少年が不思議な世界を行き来しながら成長していく物語。難解な文体。幻想と現実が混ざり合う世界。今思えばあれほど憧れた『異世界』というものに初めて触れたのはあの作品が初めてだったと思う。

 最初は背伸びしたくて読み始めたけど、気づけば引き込まれていた。




 そして、初めて文章をエロいと感じた作品でもある。




「はー……。俺が読むのはライトノベルくらいだからなぁ。エロいシーン読んでみようかな」

「K君、確かにカフカのそういうシーンは強烈だけど、それだけが魅力ってわけじゃないんだからな!」


 つまるところ、僕らに配られたカードはこんなものだ。記憶にしか存在しない『その同人誌』、カフカ、保健の教科書。たった3枚のカード。


「『ユーキとヒナ』を書くのは楽しかったけど、エロ小説ってなるの同じように書くわけにはいかないよね。」

 僕はポケットから『ユーキとヒナ』のメモ帳を取り出し、パラパラと捲る。

「うん、軽い会話劇はすごく楽しかったけどね。でももっと女の子への情報量っていうか、書き込みっていうか。そういうのを深めていく必要がありそう」


 K君も神妙な顔をして同意する。


「たださ、楽しく書くってのは大事にしようよ。ニッカ君が楽しく書いてたから、読んでる俺も『ユーキとヒナ』は楽しかったんだと、俺は思うんだ。」

 書いた僕の感情が作品に乗っている。そうK君は言ってくれている。なら僕がこれから書く作品に乗せるべき感情は楽しさともう一つあるはずだ。


「楽しく、エロい気持ちで」

「そう、そのとおり。楽しさと、エロい気持ちを、ぶつけて書く」


 このゲームは極めて難しいものだ。


 不確かな記憶、あまりにも足りない惨めな知識、手探りの感覚、バレたら終わりの綱渡りで、この学校の底辺のような場所から、それでも僕らはこれから、




エロ小説を書く。


僕は認められる何者かになるんだ。

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