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このとき、僕らは共犯となる

「ニッカ君、エロ小説を書かないか?」


 タイルに水音が響く。


「……はぁ?」

 提案は唐突だった。あまりにもふざけた提案だ。声が裏返り、先ほどまで興奮していた頭が真っ白になる。だがKくんの瞳はどこまでもまっすぐだった。

 あまりの沈黙に耐えきれなくなったK君がポリポリと頭を掻きながら口を開く。

「……ごめん、急に変なこと言って。」

「まぁ変だけど。でも、なんで急に?」

 妙な提案をされ、僕はすっかり冷静になっていた。K君は言葉を探すかのように顎に手を当て、そして語りだす。

「今、俺達には格差があると思う。エロいものを簡単に手に入れられる奴とそうじゃない奴。俺達中学生はは2つに分けられる。」

「……いや何?」

 やはり分からない。しかしK君はとても真剣だった。

「インターネットで簡単にエロいものが見られる奴と見られない奴がいるってことだよ!」

 そう、今でこそ誰もがスマホを持つ時代。だが当時は自由にインターネットを使える中学生というのは決して多くなかった。


「俺達は必死にエロいものを探してる。辞書でエロい言葉を探すし、図書室にある手塚治虫の漫画でおっぱいの出るページを食い入るように読んだ。コンビニに行けばトイレの前をゆっくり歩いてチラチラとエロ本の表紙を覗く!そうだろ!?」

「いやそんなこと……。」


 熱弁するK君。僕は気恥ずかしさから口ではしょぼしょぼと否定するものの、本心では強く納得していた。僕も辞書でエロい言葉を探すし、手塚治虫のブッタに登場する踊り子のおっぱいを食い入るように読んだ。コンビニに行けばトイレ前のエロ本コーナー前をスローモーションで歩いて表紙を目に焼き付けている。そんな僕を知ってか知らずか、K君の演説はさらに熱を帯びてくる。


「エロいものは18禁だ、本来俺達は手に入れられない。そういうルールだ。でも誰だってわかってるでしょ? 18歳になったからって、ヨーイドンでビデオ屋に並ぶわけじゃない!」


 声が、トイレのタイルに反響する。


「中学生だって、本当は見たい。エロいのが、大好きで大好きで仕方ない。でも俺たちには、スマホもない。パソコンも自由に使えない。探し回ったって、エロ本なんか滅多に落ちてない。」


彼は、まるで戦時中の配給物資を語るように、切実に訴えた。


「だから必要なんだよ。俺たちによる、俺たちのためのエロ本が。」


 同年代の男子たちは皆、さも自分はエロいことなんかに興味ありませんよという顔をしていた。内心では興味津々なくせにみんなカッコつけていた。

 だが彼は言ってのけた。エロいものが読みたいと。僕はすごく、K君が真っすぐでカッコよく見えた。

「でも俺はエロい絵も描けない。小説も書けない。他の奴らだってそうだ。本当はエロいものが見たくて仕方がないのにそれを隠してる。でもそんな中、ニッカ君が現れた!」

 希望に満ちた声でK君が言う。

「この『ユーキとヒナ』、ギャグ作品だけどさ!ユーキのちょっとスケベな冗談に反応するヒナの姿とかさ、エロを感じるんだよ俺は!ニッカ君にはエロの才能があるって!うん!」

 この男はキラキラとした顔で、僕をとんでもないスケベだと断定してくる。

「俺は文章書くのが下手だ!ニッカ君みたいに一心不乱にあんな長い文章は書けない。でも、エロいことをいっぱい考えてきた。それをニッカ君に形にしてほしい!俺たちのエロ本を作ろう!ニッカ君!」

 エロ小説。俺達のための。K君の言葉がトイレのタイルに反響するように、僕の心の中でぐるぐると回っていた。ハサミムシが這う音すら聞こえそうな静寂の中、僕はなんとか声を絞り出した。

「いやちょっと待ってよマジで?」

「マジだよニッカ君。」

 確かにK君の演説は心が躍った。だがしかし、すぐに飲み込むにはこの話はあまりにも突拍子がなさ過ぎた。なによりリスクが大きすぎる。

「いや、でもバレたらヤバいでしょ。 学校でそんなの書いたら、親まで呼ばれるよ……?」

「だからバレないようにやるんだよ。今みたいにさ。」

 K君の目がキラキラしていた。かつて読んでいた『ぼくらの七日間戦争』のような、大人に隠れてやる壮大な悪巧みのような、秘密と背徳感。

 そんな彼の勢いに飲まれつつ、内心の恐怖と好奇心がせめぎ合っていた。確かに、K君の言う通り、僕らの周りには『エロいもの』を求める欲が渦巻いていた。クラスの男子たちが、表向きはクールぶってるくせに、誰かが『エロい話』を匂わせると目が輝くあの感じ。あの空気を、僕たちが支配する。

 きっとそれは、今以上に、『認められる』気がする。


「…で、どんな話にする?」


 口から心臓が出そうなほどのドキドキを隠し、平静を装う。覚悟をした、と言うには少し違う。リスクのことを考えられなくなるくらい、自分が主人公になれる可能性というものは魅力的だった。


 その姿を見たK君はまたニヤリと笑った。そして彼は、初めてここで『ユーキとヒナ』を読んだときのように強く親指を立てた。


 これはきっとただの友情ではない。もっと厄介なものだ。強いて言うならそう、



 このとき、僕らは共犯となる。

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