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この下劣さを理解できないほど、僕たちは愚かではない

 どのようなジャンルであれブームが起これば後追いが現れるもの。それは自作エロ小説においても同じことだった。

 写本の他にも誰かが書いたオリジナルの小説も現れ始める。


「ま、粗悪品だけどな」

 K君がそう言い捨てる。僕自身、中学生にしては読める小説を書ける程度だと自覚していた。その僕と比べてもやはり劣る文章、テーマも貧相でとても興味惹かれるものではない。

 しかも行為に至るまでの前後をバッサリと省略している。ただヤればいいとしか考えていないような文章。なんにもわかっちゃいない。

 ただ、このブームを起こしたのは僕だ。その最先端に立つ以上、こういったものは受け止めるのが余裕というものだろう。

 頭の中で僕は先駆者であり、偉い評論家気取りだった。


「これが僕が書いたものと同じと思われるのは気に食わないけどさ、でも止めようもないしね」

 僕たちはただそれを超える作品を書き続ければ良い。ライバルがこの程度であるならば気にするほどのことでもない。


 放課後の教室、いつもの会合の場所だ。この頃にはケッシャの活動はルーチン化されて、スムーズに執筆、監修、編集、そして流通の流れが出来上がっていた。もはやわざわざ会合をする必要も少なくなってくるほどに。今日はK君に新作を見せるため呼び出したにすぎず、博士とキャプテンが集まる予定はなかった。

「それで次回はもっとこう、ニッチなやつに挑戦したいと思ってるんだよね」

「それ本当に伝わんのかなぁ……もっとこう、わかりやすく……」

「いやいや、案外皆わかるもんだよ」

 最近はK君も内容に意見するようになってきた。僕と意見が合わないときも増えてきたが、そこは僕だって作家先生だ、うまく折り合いをつける方法というのも学んできた。これがプロ、と言うやつなのだろう。

「……2人とも、居るな」

 その会議中、静かに教室に二人の人影が現れる。博士とキャプテンだ。

「博士、どうしたの?」

 今日はこの二人は来ないはずだ。挨拶もせずに僕が座っていた机の前に二人は立つ。

 少し焦ったような顔で手渡されたのは1枚の紙。もう見飽きた粗製の写本。濡れ場のシーンだけが雑に書かれた実用性の欠片もないものだ。

「こういう雑なのは嫌になるけどさ、今更じゃない?」

 最早気にするようなものではない。読者のレベルも上がってきている、放っておけば自然に淘汰されるだろう。

「違う、よく読んでよ」

 促されるままに内容を確認する。表現には大きい乖離は見られない。

「……え?」

 ただ一点、明らかに違う点がある。




 ふざけるな。




「ニッカ君!?」

 僕は立ち上がり、その写本をビリビリに破く。破り、踏みつける。破る音がやけに大きく聞こえる。僕の豹変に驚いたK君も声を上げ立ち上がるが、状況がわかっていない。

「……これ、なに」

 僕の静かな問いに、誰もすぐには答えない

「……分からない、誰が書いたかなんて」

「ニッカ君、博士。何が書いてあったんだ?」

「……名前だよ」

 キャプテンが代わりに答える。

「名前?」

 彼はまだ意味がわかっていないのか。

 食道が詰まったような感覚がする。背中に氷を入れられたような気分になる。脳が理解を拒んだ。だが事実としてそこに書かれていた。




「実在の、女子の名前だよ。これを書いた奴は、実在の女子が犯される写本を書いたんだ」



 破いた紙面が床に散らばっている。その一枚に名前が残っている。出席番号順で、僕の少し後にいるあの子。廊下際で授業中少し寒そうにしているあの子。あまり話すことは無いが毎日顔を合わせているあの子。


 おぞましい。違う、僕が書きたかったのはこんなものじゃない。

 確かに刺激的な描写を求めたのは事実だ。それを求める読者がいるのもまた事実だ。それでも誰だって当たり前に、創作と現実は分けて考える。踏み越えてはいけないラインくらい当たり前に分かるはずだ。はずだった。


「K君」

 僕は怒鳴らない、ただ静かに、言わなければならないことを、口に出す。

 ほんの一瞬だけ考えた。だが、気持ちは変わらない。

「終わりにしよう」

「……何を?」

 きっとK君はもうわかっている。わかった上で聞き返す。


「ケッシャ」



 目をそらしていた。何か自分たちが思ってもいない方向に進んでいるんじゃないか、薄々、そんな気はしていた。

 ただ浮かれていたのだ。何者でもない僕らが得た役割に。


 暴走という言葉すら与えたくないが、もはやケッシャは僕らの手の中にはない。


 この決断は決して正義感のつもりはなかった。この作品を、このブームを汚された怒りも、独占欲もある。保身もある。だが、明確に1つだけ思ったことがある。


 この下劣さを理解できないほど、僕たちは愚かではない。



 これはもう遊びではない。これ以上は存在させてはいけない。

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